第五章 もどれない地図
オリュカは、紙の裏へ差し込まれたタブリの甲羅を見た。翼なら届くかもしれない。けれど勢いで引き出せば、また別の角まで散らしてしまう。
「着いてから整えるつもりだった」とシメロ。
「先へ行こうって、ぼくも言った。帰りは一緒に探そう」
シメロは線をすぐには開かなかったが、帰り側に影を落とさないよう長い体を半歩よけた。オリュカも低い位置を探せるよう翼を上げる。タブリの足元に、ようやく細い光が届いた。
タブリは甲羅から小さな青いタブを一枚抜いた。さらにもう一枚、もう一枚。前に通った角の形を確かめながら、紙の上に並べる。印をたどれば、折り込まれた縁のどこから降りられるか分かるはずだった。
「この角から下へ。次の角では、こちらに」

タブリは一歩進み、すぐ止まった。二枚のタブが同じ場所を指しているのに、向きが違う。
「古い印だね。どっち?」とオリュカが聞く。
タブリはすぐに答えなかった。この一枚で、見出しへ来る前には確かに右の角を通った。けれど道が折り重なった今、目の前の紙の折り目は左へ続いている。さっき通った形を消したくなくて、甲羅からさらに仮のタブを取り出した。三枚目が二枚を隠し、四枚目が三枚目を隠した。
甲羅の中には、曲がり角を覚えたときの小さな引っかかりが残る。それを指で確かめるほど、間違えてはいないはずだと思う。だが紙の上では、さっきの道と今の帰り道の影が重なっていた。タブリは先ほどの印に背を向けるのが怖くて、その前に立ったまま、新しい印を手前に積む。
「タブリ、ここ、足が置けないよ」
オリュカの小さな足が空中で止まる。タブリは敷き詰めた印を見た。全部を残そうとして、通る場所をふさいでいた。
しばらくして、甲羅のタブを揃え直す。古い印の端に、短い二重の線を付けた。そこは前に歩いた角だった、と分かるように。その隣で、今の折り目に合う一枚だけを起こす。
「前は、こっちだった。今、戻れるのはこっち」
「前のも、見えるんだね」
「うん。通るのは今の方」
タブリは二重線のついた印を少し横へ寄せた。そこに以前の道があった形は消えない。だが今歩く小さな足の幅は、ちゃんと空いた。
タブリが左の角へ足を乗せる。紙は静かに支えた。オリュカは黄色いしおりを無理に引っぱらず、後ろから同じ一歩を踏む。ヨリクネは蛇腹の尾を畳んで細くし、スウネは印が重なる場所だけをほのかに照らした。
入口に帰り着くと、タブリが一度だけ足踏みした。小さな音だった。それでもオリュカには、しおりが見出しに届いたときより、少しうれしい音に聞こえた。
シメロは最後に角を越えた。帰りの印を踏まずに済むよう、裾を少し持ち上げていた。何か言おうとしたオリュカは、代わりにタブリの隣へ座る。シメロも、紙の上に残った二種類の印を見ていた。

ただ、ヨリクネが顔を上げた先にある脇の道は、折り重なった面の裏に隠れたままだった。
「帰れた。でも、あっちには行けない」
ヨリクネの尾の先が紙の裏を指す。シメロはその先を見た。
「いまの問いには、一本で足りる」
「あっちを読むかは、まだ決まってないよ」
ヨリクネの返事は速かった。言い終えてから、尾を一折り畳む。どの道を見せるかを決める前に、入口の白い札を見る。札は、動かなかった。
やがてページをめくる音がした。案内所は一度畳まれ、五人の足元から白い床が消える。オリュカは最後まで、タブリの二重の印の形を見ていた。次のページにその印は持っていけない。それでも、古い線と今の線を見分けたタブリの歩き方は覚えていられた。
目次(全8章)
このお話は、Ukrainaviの案内役オリュカと仲間たちが登場する創作の物語です。実在するウクライナの場所や出来事を描いたものではありません。挿絵は、生成画像をもとにした創作イラストです。