特集
食卓から知るウクライナ
ボルシチのユネスコ記載から、そばの粥、山のチーズ、ワインとくるみまで。食べものの記事から、土地と暮らしをたどる特集。
- ウクライナの食卓──ボルシチのユネスコ記載と、地域で変わる料理
- そばは麺ではなく粥に。世界3位の産地ウクライナのフレチカ
- 夏は森の上で暮らす。フツルの山の放牧とブルィンザ
- ぶどう畑の3分の2はオデーサ州に。ウクライナのワインの産地と地理的表示
写真:Tiia Monto/Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)
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食卓、言葉、仕事、物語。ウクライナの人と文化を、日本から。
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ボルシチのユネスコ記載から、そばの粥、山のチーズ、ワインとくるみまで。食べものの記事から、土地と暮らしをたどる特集。
写真:Tiia Monto/Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)

1683年のウィーン包囲で急使を務めたガリツィア出身の商人ユーリー=フランツ・クルチツキーは、ウクライナの事典では「ウィーン最初のコーヒー店を開いた人」です。ところがウィーン市の歴史事典は、それを伝説とし、1685年に最初の特権を得たのはアルメニア人のデオダートだとしています。三つの資料を並べます。

1928年に演奏旅行で来日し、翌1929年から1946年まで日本に住んだピアニスト、レオ・シロタ。東京音楽学校の名簿、当時の年鑑、研究者の論文から、生まれた町の書き方の違い、教えた生徒、日本を離れた日付の食い違いまでをたどります。

794年の平安京遷都から1477年に応仁の乱が終わるまで、同じ年月にキーウとその周辺で何が起きていたかを並べます。キーウ・ルーシの始まりとされる882年は、出来事から二百数十年あとに編まれた年代記に依る年号です。日本史の時代区分も、資料によって始まりの年が違います。

日本で所得税を納める人は、ウクライナに住む家族を扶養控除の対象にできることがありますが、家族であることを示す書類と送金の記録を勤め先や税務署に出す必要があります。2023年からは30歳以上70歳未満の家族に「留学・障害者・年38万円以上の送金」の条件が加わり、扶養親族の所得の上限は2026年分から62万円になります。書類の種類と出す時期をまとめました(2026年10月時点)。

日本の多くの家には、ウクライナのような集中暖房がありません。部屋ごとの暖房器具と燃料、石油ストーブの給油と誤給油、一酸化炭素と換気、結露、寒い浴室での事故、2025年4月からの新築住宅の省エネ基準を、NITE・消防庁・消費者庁・国土交通省の公表資料でまとめました(2026年10月時点)。

1818年にサンクトペテルブルクで刊行されたオレクシー・パウロウシキーの『小ロシア方言の文法』は、ウクライナ語の百科事典で「最初の、生きた民衆のウクライナ語の印刷された文法」とされます。16世紀からの文法書と並べ、「最初」の条件、扉と中身、文字 і の使い方、序文に表れた「方言」と「言語」のあいだの揺れをまとめました。

マリウポリとその周りの村は、1778年にクリミアを出たキリスト教徒が住みついてできました。子孫のギリシャ系の人々は、ギリシャ語の流れをくむ言葉を話すルメイと、テュルク系の言葉を話すウルムに分かれます。移住の年と人数、二つの呼び名、1920年代の言語政策、2001年の国勢調査の数字を、事典と統計で並べます。

ウクライナ西部ザカルパッチャ州の山の中にあるスィネヴィル湖は、ウクライナのカルパティアで最大の湖とされます。ただし湖の面積は水位によって4.45haから7.58haまで変わり、ラムサール条約の登録地の「29ha」が湖の面積として紹介されることもあります。数字の出どころ、湖のでき方の説明、名前の伝説をまとめます。

独立したウクライナの大統領選挙は、1991年から2019年までに7回行われました。1回目で決まったのは1991年と2014年だけで、2004年には最高裁判所の判決で決選投票がやり直されました。中央選挙管理委員会の数字の年表と、任期・連続2期・繰り上げ選挙の条文、戒厳令のもとで選挙が行われない根拠を並べます。

ウクライナ西部テルノーピリ州の地下にあるオプティミスティチナ洞窟は、石膏の割れ目に沿って通路が網の目に広がる迷路型の洞窟です。延長は1996年の論文で200km超、2013年の国の規程で240km超、2022年の事典で260km超とされ、「世界最長の石膏洞窟」という言い方にも比べ方の条件があります。数字の出どころと、近くの洞窟、保護の仕組みをまとめます。

ウクライナの南極観測基地アカデミク・ヴェルナツキーは、1996年2月6日までイギリスのファラデー基地でした。運営する国立南極科学センターによれば、覚書のうえでは基地は無償で渡され、よく語られる「1ポンド」は引き渡しの日の冗談から生まれたものです。1947年からの年表、名前の移り変わり、南極条約の協議国入り、2026年の越冬隊までをたどります。
折り目の案内所
見出しの前や表のそばで、オリュカと仲間たちが読む道を案内します。どこから読むかを決めるのは、読む人。確かめられていないことは、確かめられていないまま示します。
オリュカ
問いを開いて、入口を指す
タブリ
目印を置いて、来た道へ戻す
スウネ
まだわからない所を照らす
ヨリクネ
もうひとつの入口へ曲がる
シメロ
まず読む一本を揃える
運営からのご案内(記事ではありません)
Ukrainaviを運営する株式会社Kinobo(共同運営:合同会社Vyshytech・合同会社illnoa)は、ウクライナと日本をつなぐ実務を請け負っています。 編集部は、ここに掲載する事業の利害から独立して記事を制作することを方針としています(編集方針)。
外務省は2026年1月19日、ウクライナ全土に危険情報レベル4(退避してください。渡航は止めてください)を発出しており、2026年9月22日時点で継続しています。当社は旅行業の登録を行っていないため、現地への渡航を伴うご依頼はお受けできません。オンラインでの通訳・開発・調査、および日本国内での対応を承ります。