ウクライナ映画ベスト100の18位、キーウのアニメ『ヴルンゲリ船長の冒険』
『ヴルンゲリ船長の冒険』は、キーウの撮影所キーウナウクフィルムのアニメーション部門で作られた全13話のシリーズです。監督ダヴィド・チェルカスキーの経歴、監督が足したギャングの筋、資料ごとに違う作品の年、日本では『ほらふき船長航海記』の題で訳された原作、ロシア語の言葉遊びを見ていきます。
オリュカのひとこと
『ヴルンゲリ船長の冒険』は、どこで作られたのでしょう。最初の見出しで確かめられます。
『ヴルンゲリ船長の冒険』(原題 Пригоди капітана Врунгеля)は、キーウの撮影所「キーウナウクフィルム」(Київнаукфільм)のアニメーション部門で作られた全13話のシリーズで、ドヴジェンコ・センターは制作年を1976〜1979年としています。監督はダヴィド・チェルカスキー(Давид Черкаський)。ウクライナの国立映画アーカイブであるこのセンターが映画批評家への調査でまとめた「ウクライナ映画史上ベスト100」で、この作品は18位に入っています。
以下は、ドヴジェンコ・センターの作品紹介、ウクライナ国立科学アカデミーの『現代ウクライナ百科事典』(ЕСУ)、監督の出身大学であるキーウ国立建設建築大学の紹介ページ、ウクライナ大統領令による内容です(2026年10月時点)。同じ撮影所で作られた別のシリーズは、アニメ『コサックたち』の記事で扱っています。
キーウのアニメ撮影所で作られた『ヴルンゲリ船長の冒険』
ドヴジェンコ・センターの作品情報は、制作年を1976〜1979年、国を「ウクライナ・ソビエト社会主義共和国」、長さを「10分の13話」としています(英語版の紹介は合計133分)。撮影所の欄は、ウクライナ語版が「ウクラニマフィルム」、英語版が「キーウナウクフィルム/ウクラニマフィルム」です。脚本はイヴァン・ヴォロビヨウ(Іван Воробйов)、撮影はレオニード・プリャトキン(Леонід Прядкін)とヴォロディーミル・ビェロルソウ(Володимир Бєлорусов)です。
センターは、この作品が、絵を切り抜いて動かす技法(перекладка)、描いた絵、実写の映像、物を動かすアニメーションなどを組み合わせて作られたと説明しています。さらに、犯罪スリラーやギャング映画、西部劇といった当時の西側の映画で人気のあった型と、十代の読者が夢中になった海の冒険文学を混ぜ合わせたこと、それがソ連の画面では珍しかったことを挙げています。台詞はすぐに引用句として広まり、歌はレコード会社「メロディヤ」(Мелодія)からレコードで出た、とも書いています。
ЕСУの「ウクライナ・アニメーション映画撮影所」の項(2013年)は、この作品を、ソ連全体の映画祭や国際映画祭で賞を受けた撮影所の作品の一つに挙げています。監督の出身大学の紹介ページは、1979年にシリーズが初公開されたこと、13話のそれぞれに画家たちがおよそ1万6,000枚の絵を描いたことを紹介しています。
オリュカ
撮影所の名前は、変わったのかな。
タブリ
どの名前がいつのものかは、この見出しの本文で確かめられるよ。
スウネ
いまの名前も、同じ本文に出ているね。
撮影所の昔の名前と今の名前
ЕСУによれば、アニメーション部門は1959年にキーウナウクフィルム(キーウ科学普及映画撮影所)の中の「芸術アニメーション創作部」として置かれ、1990年から「ウクライナ・アニメーション映画撮影所」(ウクラニマフィルム、Укранімафільм)を名乗りました。センターは独立した国営撮影所になった年を1991年としています。撮影所は2019年にドヴジェンコ・センターに統合され、センターが作品の保存を引き継ぎました。名前の移り変わりの詳しい経緯は『コサックたち』の記事にまとめています。
オリュカのひとこと
物語は、どんなところから始まるのでしょう。この見出しで確かめられます。
冒頭の筋と、監督が足したギャングの話
センターの紹介によれば、物語は国際ヨットレースの開催が告げられるところから始まります。世界一周の航海で一番の船長を決めるレースで、退役した船長フリストフォル・ボニファトヴィチ・ヴルンゲリにも招待が届きます。ヴルンゲリは、経験は浅いがいつも前向きな学生のロムを助手にし、ヨットに「勝利」(ロシア語で «Победа»)と名づけて出発します。ところが船が岸を離れる前から騒ぎが起き(ウクライナ語の紹介では、ヨットに根が生えてしまう)、船の名前から最初の2文字が落ちて、「災難」(«Беда»)になってしまいます。
センターによれば、ギャングが出てくる筋は、原作をもとに書かれた最初の脚本にはありませんでした。物語に対立を持ちこむために、監督のチェルカスキーが自分で考えて書き足したものです。
監督ダヴィド・チェルカスキー
キーウ国立建設建築大学の紹介ページによれば、チェルカスキーは1931年8月23日、いまのチェルカーシ州のシュポラ(Шпола)で生まれ、2018年10月30日に亡くなりました。1955年にキーウ建設工学大学(現在のキーウ国立建設建築大学)を卒業して3年間は専門の仕事に就き、1959年にキーウナウクフィルムにアニメーターとして入りました。1964年からはアニメーション部門の監督を務めています。同じ大学を出た建築家のヴォロディーミル・ダフノとマルク・ドライツン(Марк Драйцун)も、ともに撮影所で働きました。ダフノは『コサックたち』の監督です。
ЕСУの、アニメーション監督ナタリヤ・マルチェンコワ(Наталія Марченкова)の項(2018年)は、マルチェンコワをチェルカスキーの妻とし、マルチェンコワが『ヴルンゲリ船長の冒険』にアニメーターとして参加したと書いています。
大統領令によれば、チェルカスキーは1995年11月9日の第1024/95号で「ウクライナ功労芸術活動家」(Заслужений діяч мистецтв України)の称号を、2010年1月29日の第80/2010号で「ウクライナ人民芸術家」(Народний артист України)の称号を受けています。1995年の令は肩書を「ウクラニマフィルム撮影所の監督(режисер-постановник)」とし、2010年の令はウクライナ・アニメーション映画撮影所の創立50年を機にした授与だと記しています。大学の紹介ページは、チェルカスキーが20本を超えるアニメーションを作り、国際アニメーション映画祭「クロク」(КРОК)の会長も務めたとしています。
ほかの代表作として、ЕСУはチェルカスキーの監督作に『ドクトル・アイボリット』(Лікар Айболить)と『宝島』(Острів скарбів)を挙げています。大学の紹介ページによれば、『ドクトル・アイボリット』はコルネイ・チュコフスキーの複数の作品をもとにしたもの、『宝島』はロバート・ルイス・スティーヴンソンの小説をもとにした2部作です。
オリュカ
作品の年が、資料で違うのはどうしてかな。
ヨリクネ
どの資料がどう書いたかは、この見出しの表で見比べられるよ。
タブリ
表の下の説明も、読んでみようか。
作品の年は、資料によって違う
3本の作品の年は、同じ発行主体の資料の中でも書き方が分かれています。
| 作品 | ЕСУ「国立キネマテーク」(2013年) | ЕСУ「ウクライナ・アニメーション映画撮影所」(2013年) | ЕСУ「マルチェンコワ」(2018年) | センター「ベスト100」 | センター「ウクラニマフィルム」 |
|---|---|---|---|---|---|
| ヴルンゲリ船長の冒険 | 1976〜79 | 1976〜79 | 1980 | 1976〜1979 | 1979 |
| ドクトル・アイボリット | 1984 | 記載なし | 1985 | — | 1985 |
| 宝島 | 1988 | 1988 | 記載なし | — | 1986 |
どの年が、制作の始まり・完成・初公開のどれに当たるのかは、どの資料にも書かれていません。この記事では一つに決めず、並べて示します。
原作はネクラーソフのロシア語の物語
センターの紹介は、このシリーズをアンドレイ・ネクラーソフの物語(повість)にもとづく作品としています。ハーバード大学図書館の目録はネクラーソフの生没年を1907〜1987年とし、2017年にモスクワで出た版をロシア語の題 «Приключения капитана Врунгеля» で収めています。
日本では、この物語は別の題で訳されています。国立国会図書館の目録には、A.ネクラーソフ著、榊利夫訳の『ほらふき船長航海記』(理論社、1959年)があり、1980年に理論社のフォア文庫から出た版の記録には、原題としてこのロシア語の題が書かれています。日本語の題には、船長の名前が入っていません。
キーウの撮影所と、ロシア語の言葉遊び
この作品にかかわる事実を並べると、作られたのはキーウの撮影所、監督はチェルカーシ州の生まれ、センターの作品情報の国の欄は「ウクライナ・ソビエト社会主義共和国」、そしていまの保存先はキーウのドヴジェンコ・センターです。センターは撮影所の作品を保存し、研究し、紹介する役目を引き受けたとしています。
一方で、原作はロシア語の物語で、筋の仕掛けもロシア語の単語で成り立っています。«Победа»(勝利)から最初の2文字を落とすと «беда»(災難)になりますが、ウクライナ語の «Перемога»(勝利)では同じことは起きません。センターのウクライナ語の紹介も、船の名前はロシア語で書き、括弧にウクライナ語の訳を添えています。
旧ソ連期の作品を「どこの作品」と書くかは、「ウクライナ映画」は五つのものを指すで、撮影所の所在地、言語、いまの保存機関、作り手を分けて考える方法を示しています。『ヴルンゲリ船長の冒険』も、どれか一つの事実だけで言い切らず、並べて書くことができます。
出典と記事の記録
出典・参考資料
- Пригоди капітана ВрунгеляТОП-100の18位、制作年1976-1979、国、撮影所、13話×10分、監督・脚本・撮影、冒頭の筋、技法と型の組み合わせ、ギャングの筋を監督が足したこと、メロディヤのレコード
発行:Довженко-Центр 確認日:2026-10-31 - Adventures of Captain Wrongel / Pryhody kapitana Vrunhelia英語版の同じ紹介、撮影所 Kyivnaukfilm / Ukranimafilm、133分
発行:Dovzhenko Centre 確認日:2026-10-31 - ТОП 100. Рейтинг найкращих фільмів в історії українського кіно調査の方法、順位一覧の18位
発行:Довженко-Центр 確認日:2026-10-31 - Укранімафільм1959〜1991年の創作部、1991〜2019年の国営撮影所、作品の年、2019年の統合、作品の保存・研究・紹介
発行:Довженко-Центр 確認日:2026-10-31 - Кіностудія анімаційних фільмів Українська1959年の創設、1990年からの名前、受賞作としての「Пригоди капітана Врунгеля」(1976–79)と「Острів скарбів」(1988)。執筆 С. Я. Куценко、2013年
発行:Енциклопедія Сучасної України(ウクライナ国立科学アカデミー・シェウチェンコ学術協会) 確認日:2026-10-31 - Кінематека України Національна見出しはこれだが本文はキーウナウクフィルムの説明。1954年からの名前、1959年の創作部、チェルカスキーの監督作と年。執筆 В. В. Марченко、2013年
発行:Енциклопедія Сучасної України 確認日:2026-10-31 - Марченкова Наталія Семенівнаチェルカスキーの妻、『ヴルンゲリ船長の冒険』(1980)と『ドクトル・アイボリット』(1985)への参加。執筆 І. М. Сергєєва、2018年
発行:Енциклопедія Сучасної України 確認日:2026-10-31 - режисер Давид Черкаський生没年月日、出生地、1955年の卒業、1959年の入所、1964年から監督、ダフノとドライツン、1979年の放映、絵の枚数、代表作の原作、クロクの会長
発行:Київський національний університет будівництва і архітектури 確認日:2026-10-31 - Указ Президента України від 09.11.1995 № 1024/95 «Про присвоєння почесних звань України творчим працівникам»「ЧЕРКАСЬКОМУ Давиду Яновичу — режисерові-постановнику студії «Укранімафільм»」。ウェブアーカイブの2018年9月6日の保存版
発行:Верховна Рада України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-10-31 - Указ Президента України від 29.01.2010 № 80/2010 «Про нагородження митців української анімації»人民芸術家の称号、撮影所の創立50年。ウェブアーカイブの2021年5月17日の保存版
発行:Верховна Рада України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-10-31 - Prikli︠u︡chenii︠a︡ kapitana Vrungeli︠a︡著者標目 Nekrasov, Andreĭ, 1907-1987、モスクワの版
発行:Harvard Library(LibraryCloud API) 確認日:2026-10-31 - ほらふき船長航海記A.ネクラーソフ著、榊利夫訳、理論社、1959年
発行:国立国会図書館 確認日:2026-10-31 - ほらふき船長航海記 下フォア文庫、理論社、1980年、原タイトルの注記
発行:国立国会図書館 確認日:2026-10-31
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