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ウクライナの人・文化・社会・未来を、日本と世界につなぐ

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人物

詩人、作曲家、画家、哲学者、政治家。一人の生涯からウクライナを読む記事です。

記事17本

  1. 文化・歴史/解説

    1814年の巣枠の巣箱。養蜂家ペトロ・プロコポヴィチ

    ウクライナの事典は、蜂を殺さずに蜜を取る巣枠の巣箱を1814年に作った人として、ペトロ・プロコポヴィチの名を挙げます。丸太の巣から巣箱への移り変わり、1828年に開いた養蜂学校、「世界初」という評価の読み方、事典で食い違う巣箱の数、FAOSTATに見るいまの蜂蜜の生産量をまとめます。

  2. 文化・歴史/解説

    ウクライナで最初の紙幣と切手を描いた、ヘオルヒー・ナルブト

    2026年3月9日は、グラフィック・デザイナーのヘオルヒー・ナルブト(1886〜1920年)の生誕140年でした。ウクライナ人民共和国の最初の紙幣と切手の図案を描き、1917年にキーウで開かれた美術アカデミーで教え、のちに学長を務めた人です。紙幣、国章、文字、本に残した仕事と、34年の生涯をまとめます。

  3. 文化・歴史/解説

    筆も絵の具も自分で作った画家、カテルィナ・ビロクール

    キーウ州の村ボフダニウカで生涯を過ごしたカテルィナ・ビロクール(1900〜1961年)は、学校に通わず、自分で作った筆と絵の具で花を描き始めた画家です。100を超える種類の花を描いた作品、世に出るきっかけになった歌手への手紙、1954年のパリの展示と、よく語られる「ピカソの言葉」の出どころをまとめます。

  4. 文化・歴史/解説

    山の霊と羊飼いの夏、コツュビンシキー『忘れられた祖先の影』

    映画『火の馬』の原作、ミハイロ・コツュビンシキーの中編小説『忘れられた祖先の影』(1911年)は、カルパティアの高地に暮らすフツルの村の物語です。対立する家に生まれたイヴァンとマリチカ、夏の放牧地の暮らし、山の霊と呪術師。作家の生涯と、村に滞在した年を事典で確かめながら、小説の中身をたどります。

  5. 白黒映画の一場面。空を見上げる若い女性の顔とヒマワリの花

    文化・歴史/解説

    公開9日で上映を止められた、ドヴジェンコの映画『大地』

    1930年4月8日にキーウで公開されたオレクサンドル・ドヴジェンコの無声映画『大地』は、モスクワの批評家に攻撃され、9日でソ連の映画館から消えました。その夏に西欧で上映されて評価され、1958年にブリュッセルで行われた映画批評家の国際投票では、映画史上の12本の傑作の一つに選ばれています。作品の中身、上映停止までの経過、監督のその後をまとめます。

  6. 森の中に立つ花崗岩の十字架の記念碑。「ウビエンヌィム・スィナム・ウクライヌィ(ウクライナの殺された息子たちへ)」と刻まれ、黄色と青の花輪が供えられている

    文化・歴史/解説

    1937年秋、サンダルモフで銃殺された1,111人と「処刑されたルネサンス」

    1937年10月27日から11月4日、ロシア北西部カレリアの森で、ソロフキの監獄の囚人1,111人がソ連の秘密警察に銃殺されました。演出家レシ・クルバス、劇作家ミコラ・クリーシら、1920年代のウクライナ文化を担った人たちが含まれます。何人がウクライナから来たのかは資料で201人から約300人まで割れます。経過と数字、見つかった後のことをまとめます。

  7. 口ひげをたくわえたイヴァン・フランコの肖像写真

    文化・歴史/解説

    ノーベル賞に推薦された年に亡くなった作家、イヴァン・フランコ

    ノーベル賞の推薦の記録には、1916年の文学賞の候補としてイヴァン・フランコ(1856〜1916年)の名が残っています。その年の5月、フランコはリヴィウで亡くなりました。鍛冶屋の息子として生まれ、3度逮捕され、小説・詩・戯曲・翻訳・学術に約6,000の著作を残した人の生涯と、名前が付けられた大学と町をたどります。

  8. レーシャ・ウクラインカの肖像写真

    文化・歴史/解説

    200フリヴニャ紙幣の詩人レーシャ・ウクラインカと、戯曲『森の歌』

    ウクライナの200フリヴニャ紙幣に描かれているのは、詩人で劇作家のレーシャ・ウクラインカ(1871〜1913年)です。本名ラリーサ・コサチ。30年にわたって病と闘いながら、20の劇作品を残しました。ヴォリーニ地方の森の言い伝えから生まれた『森の歌』(1911年)を中心に、作品と生涯、紙幣の図柄、日本語で読める訳書をまとめます。

  9. 口ひげのない若い男性の肖像写真。蝶ネクタイを着けている

    文化・歴史/解説

    作曲家ミコラ・ルィセンコと、生前に上演されなかった『タラス・ブーリバ』

    ウクライナの近代音楽の土台を築いた作曲家ミコラ・ルィセンコ(1842〜1912年)。代表作のオペラ『タラス・ブーリバ』は、ロシア語での上演の話はあっても原語での上演が実現せず、初演は死後12年の1924年、ハルキウでした。民謡の採集、シェウチェンコの詩による歌、1885年の「ウクライナのための祈り」、1904年に開いた学校までをたどります。

  10. 白い襟の服を着た男性の肖像画

    文化・歴史/解説

    「世は私を捕えようとした、だが捕えなかった」哲学者スコヴォロダ

    500フリヴニャ紙幣の肖像の人物、フルィホリー・スコヴォロダ(1722〜1794年)は、学院の職を解かれたあと25年にわたって各地を歩き、友人のもとで詩や対話を書いた哲学者です。生涯と著作、「生まれつき合った仕事」の考えを事典からたどり、生誕300年の2022年にロシアのミサイルで壊された博物館の記録をまとめます。

  11. 黒く焼け焦げた壁と、割れて崩れ落ちたオレンジ色の屋根材が残るイヴァンキウ郷土史博物館の外観

    文化・歴史/解説

    焼けた博物館から運び出された14点、画家マリア・プリマチェンコ

    キーウ州の村で空想の動物や花を描き続けた画家マリア・プリマチェンコ。全面侵攻の直後、その作品を収めたイヴァンキウの博物館が焼け、職員と住民が運び出した14点が2022年9月にキーウで公開されました。生涯と作品、ユネスコが関わった生誕100年、博物館の再建計画をまとめます。

  12. 日本とのつながり/解説

    8,193キロ先の国会へ、ゼレンスキー大統領が12分で語ったこと

    2022年3月23日午後6時、ゼレンスキー大統領はオンラインで日本の国会議員に語りかけました。演説は12分。チョルノービリ原発の危険、侵攻28日目の被害、そして制裁の継続と復興への備えを日本に求めた中身を、衆議院が公表した和文の仮訳から読みます。

  13. 若い男性の油彩の自画像

    文化・歴史/解説

    描くことも書くことも皇帝に禁じられた詩人、タラス・シェウチェンコ

    農奴に生まれたシェウチェンコは、1枚の肖像画の抽選で自由を買い取られ、美術アカデミーで学んだ画家でもありました。1847年の逮捕後は皇帝の命で書くことも描くことも禁じられた10年を送り、それでも詩を書き、絵を描きました。ウクライナ語を近代文学の言葉にした詩人の生涯です。

  14. 原爆死没者慰霊碑のアーチの下を歩くゼレンスキー大統領の背中に、岸田総理が手を添えている。アーチの先に原爆ドームが見える

    日本とのつながり/解説

    オンライン参加の予定だったゼレンスキー大統領が、広島に来た

    2023年5月のG7広島サミットに、ゼレンスキー大統領は当初オンラインで参加する予定でした。対面での参加を強く望んだことから、最終日の21日に広島でG7首脳とウクライナの議題を話し合い、原爆死没者慰霊碑に献花しています。外務省の記録から、2日間の出来事と首脳声明の中身をたどります。

  15. 刺繍のシャツを着て腰かける口ひげの男性

    文化・歴史/解説

    『シチェドリク』から「キャロル・オブ・ザ・ベルズ」へ ── 同じ旋律が二つの歌になるまで

    クリスマスの定番として知られる「キャロル・オブ・ザ・ベルズ」の旋律は、ウクライナの新年の祝い歌『シチェドリク』に由来します。1922年10月5日のカーネギーホール公演で北米に渡り、1936年に英語詞がつきました。その英語詞は原詞の翻訳ではありません。一つの旋律がどこで二つの歌に分かれたのかを、資料でたどります。

  16. ウクライナ映画の魅力

    文化・歴史/解説

    ウクライナに関わる映画7作品と監督・俳優

    この記事は2024年10月に公開したものです。「ウクライナ映画」という言葉が指すものの違い(製作国・舞台・作り手)は、「「ウクライナ映画」は五つのものを指す──製作国・舞台・作り手…

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  17. ウクライナのゼレンスキー大統領の経歴

    社会を知る/解説

    ウクライナのゼレンスキー大統領の経歴|俳優からの異例の転身劇と背景

    近年、日本のニュースでも目にする機会が増えているのが、ウクライナのゼレンスキー大統領です。大統領としては比較的若く、ロシアの侵略を受けるウクライナのリーダーとして世界中から注目が集…

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