本文へ移動

ウクライナの人・文化・社会・未来を、日本と世界につなぐ

Ukrainavi Ukrainavi

テーマ

宗教と教会

正教会、ギリシャ・カトリック教会、木造教会や大聖堂。ウクライナの信仰と教会の歴史をたどります。

記事23本

  1. 文化・歴史/解説

    枕の下の贈り物と、冬と春の二人のミコラ ── ウクライナの聖ミコライの日

    ウクライナでは、聖ミコライの日の前の夜に子どもの枕の下へ贈り物を置く家があります。二つの大きな教会の暦では、この日は2023年9月から12月19日ではなく12月6日になりました。4世紀の司教の伝説、冬と春の言い伝え、贈り物の習わしの由来をめぐる事典の書き方の違い、ソ連の時代のディド・モローズとの関係を、事典と教会の暦から見ていきます。

  2. 文化・歴史/解説

    2026年は西方より1週間遅い4月12日。ウクライナの復活祭の決まり方

    2026年の復活祭は、ローマ・カトリックが4月5日、ウクライナ正教会とギリシャ・カトリック教会が4月12日でした。2023年の暦の改正でクリスマスは12月25日に移りましたが、二つの教会は復活祭の計算を変えていません。春分と満月の決め方、年ごとのずれ、復活祭から数える祝日、国の祝日としての扱いを、教会の決定と教会暦から見ていきます。

  3. 文化・歴史/解説

    チェルニーヒウの救世主変容大聖堂と、1036年の年代記

    チェルニーヒウ公ムスティスラウが建て始めた救世主変容大聖堂は、1036年の年代記の項に「馬上で手の届く高さ」まで積み上がっていたと書かれています。仕上がった年、「最も古い」という言い方の条件、18世紀の改築と20世紀の保護を、事典と年代記から見ます。

  4. 社会を知る/解説

    リヴィウのアルメニア大聖堂と、町のアルメニア人

    リヴィウのアルメニア大聖堂は1363年に建て始められ、何世紀にもわたって町のアルメニア人の共同体の中心でした。自分たちの法、ローマとの合同の年をめぐる三つの説、1945年の断絶と2003年の聖別までを、事典と国勢調査から見ます。

  5. 人と暮らし/解説

    誕生日より大切にされてきた「名の日」。聖ミコラの日は12月6日へ

    ウクライナの「名の日」(イメニヌィ、天使の日)は、自分の名前のもとになった聖人の記念日です。事典は、かつては誕生日より大切な祝いだったと書いています。2023年9月に二つの大きな教会が新しい暦に移り、教会の暦の上では名の日も13日早まりました。名前のつけ方、洗礼名とふだんの名前、呼び名の違いとあわせてまとめます。

  6. 文化・歴史/解説

    聖メラニアの日の晩、仮装して家々を回る「マランカ」

    「マランカ」は、聖メラニアの日の晩に若者が仮装して家々を回る、新年の前夜の行事です。事典は、女装した若者のマランカやヤギの役が家を訪ね、いたずらをして祝い歌で締めくくると書いています。国の無形文化遺産の目録には、ブコヴィナとベレルヤ村のマランカ、全国の「豊かな夕べ」の三つが載っています。日付が12月31日と1月13日に分かれる理由も説明します。

  7. 文化・歴史/解説

    ヘーチマン・マゼーパの22年と、元禄の日本

    1687年にヘーチマンに選ばれたイヴァン・マゼーパは、1709年まで22年間ウクライナのコサックの国を率い、教会と学校に多くの寄進をしました。同じ年月、日本は元禄から宝永へ。生類憐みの令や赤穂事件と同じ年表に並べ、「裏切り者」という呼び名が誰のものだったかも見ていきます。

  8. 社会を知る/解説

    「世界最大」は誰の言葉か。ドニプロのユダヤ・センター「メノラー」

    ドニプロに2012年に開いたユダヤ共同体のセンター「メノラー」には、シナゴーグ、博物館、研究所、領事館が入っています。運営する共同体はこれを「世界最大」と呼びますが、比べた基準は示されていません。センターの成り立ちと、カテリノスラウと呼ばれた町のユダヤ人の歴史を、共同体の公表と二つの事典で並べます。

  9. 文化・歴史/解説

    1574年、リヴィウで刷られた『アポストル』と『アズブカ』

    1573年2月25日に刷り始め、1574年2月15日に刷り終えた。リヴィウで出た典礼書『アポストル』の奥付には、印刷者イヴァン・フェドロヴィチの来歴が書かれています。同じ年の小さな読み書きの本『アズブカ』とあわせて、中身と残った本、「ウクライナで最初の印刷本」という言い方の条件を見ます。

  10. 文化・歴史/解説

    1051年、洞窟から始まった修道院。キーウ・ペチェールシク大修道院

    年代記は1051年の項に、キーウの丘の小さな洞窟から修道院が始まった物語を置いています。「ラヴラ」の称号を得た年、1615年の印刷所、1718年の火事、1926年の保護区、1941年の大聖堂の爆破まで、事典によって食い違う年も並べながら、年表でたどります。

  11. 文化・歴史/解説

    上の段で降誕、下の段で笑い話。二階建ての人形劇ヴェルテプ

    上の段ではキリストの降誕とヘロデ王、下の段では農民や兵士、ザポリッジャのコサックの笑い話。二段の木の箱で演じられたウクライナの人形劇ヴェルテプの舞台と登場人物、始まりの時期をめぐる事典の書き方の違い、残る台本、20世紀の「生きたヴェルテプ」までを、ウクライナとカナダの事典からまとめました。

  12. 文化・歴史/解説

    1740年、メジビージに招かれた治療師。バアル・シェム・トーヴとハシディズム

    ユダヤ教の信仰運動ハシディズムは、18世紀のポディッリャ地方で、治療師バアル・シェム・トーヴのまわりから生まれました。1740年から暮らした町メジビージ、禁欲ではなく喜びを説いた教え、弟子たちが広げた運動、ひ孫でウマニに眠るブラツラウのナフマンまでを、二つの事典の記述でたどります。

  13. 社会を知る/解説

    「ウクライナ国家の日」は、聖ヴォロディーミルの日に置かれた

    ウクライナの祝日「ウクライナ国家の日」は、2021年の大統領令で生まれ、2022年の法律で祝日になり、2023年の法律で7月28日から7月15日へ移りました。なぜキーウ・ルーシの洗礼の日と重ねたのか、なぜ13日早めたのかを、大統領令と法案の説明書からたどります。2026年9月時点の扱いも書きます。

  14. 文化・歴史/解説

    キリル文字で署名したフランス王妃、キーウの公女アンナ

    ヤロスラウ賢公の娘アンナは、1051年にランスの大聖堂でフランス王アンリ1世と結婚し、夫の死後は幼い王フィリップ1世の摂政になりました。キリル文字の署名、再婚と破門、わからないままの晩年、そして「国王が誓いを立てた福音書」の話がどこまで確かかをまとめました。

  15. 文化・歴史/解説

    森のマウカ、川のルサルカ、家のドモヴィク。ウクライナの精霊たち

    ウクライナの民間伝承には、川辺で若い男を誘う水の精ルサルカ、森に住む娘の霊マウカ、家の炉を守るドモヴィクなど、多くの精霊が登場します。事典の記述をもとに、それぞれの姿と、キリスト教の祝日と重なって残った経緯、伝承を記録した民俗学者、文学に取り入れた作品をまとめました。

  16. 文化・歴史/解説

    諮問機関は「記載の延期」を勧めた。チェルニウツィーの府主教の邸宅

    チェルニウツィー大学の本館は、1864年から1882年にかけて建てられたブコヴィナとダルマチアの正教会の府主教の邸宅です。2011年、ユネスコの諮問機関は世界遺産への記載の延期を勧めましたが、世界遺産委員会は記載を決めました。建築家フラーヴカ、邸宅が大学になった経緯、評価が分かれた点をまとめます。

  17. 黄色い外壁とバロック様式の塔を持つ聖ユーラ大聖堂。手前に人物像の記念碑

    文化・歴史/解説

    1946年に消され、43年後に地上へ戻ったギリシャ・カトリック教会

    東方の典礼を守りながらローマ教皇と結ぶウクライナ・ギリシャ・カトリック教会は、1596年の合同から始まりました。1946年のソ連による「公会」で解体され、地下で礼拝を続け、1989年に再び認められるまでの歩みと、2025年の調査に表れた信徒の広がりをまとめます。

  18. 雪の積もったこけら葺きの木造教会。複数の塔と丸屋根が重なる

    文化・歴史/解説

    16棟のうち8棟がウクライナに。カルパティアの木造教会

    丸太を水平に積み、屋根と壁を木のこけら板で覆ったカルパティア山地の木造教会「ツェルクヴァ」。2013年にポーランドと共同でユネスコの世界遺産に記載された16棟のうち、8棟がウクライナにあります。四つの建築の型と8棟の顔ぶれ、2024年の報告が書く戦時下の保全の課題をまとめます。

  19. 金地の後陣に立つ、両手を挙げた聖母マリアのモザイク画

    文化・歴史/解説

    1011年か1037年か。キーウの聖ソフィア大聖堂が建った年

    キーウの聖ソフィア大聖堂は、ヤロスラウ賢公の時代に建てられ、11世紀のモザイクとフレスコを今に残しています。ただし建った年は、1037年とする事典と、2011年に創建1000年を祝ったウクライナ政府とで26年違います。バロックの外観の由来、1934年の博物館化、2023年の危機遺産入り、2025年の損傷までをたどります。

  20. イスタンブールの総主教庁にある聖ゲオルギオス教会の正面外観

    社会を知る/解説

    どちらも直訳は「ウクライナ正教会」。OCUとUOC、そして2024年の法律

    ウクライナには、どちらも直訳すれば「ウクライナ正教会」になる二つの教会があります。2019年にコンスタンティノープルから独立を認められたOCUと、モスクワ総主教庁に属してきたUOCです。1686年の書簡を取り消した2018年の決定から、2024年の法律によるUOCキーウ府主教区への手続きまでをたどります。

「文化と芸術」のテーマ

すべてのテーマを見る