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文化・歴史/解説

上の段で降誕、下の段で笑い話。二階建ての人形劇ヴェルテプ

上の段ではキリストの降誕とヘロデ王、下の段では農民や兵士、ザポリッジャのコサックの笑い話。二段の木の箱で演じられたウクライナの人形劇ヴェルテプの舞台と登場人物、始まりの時期をめぐる事典の書き方の違い、残る台本、20世紀の「生きたヴェルテプ」までを、ウクライナとカナダの事典からまとめました。

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オリュカのひとこと

二段の木の箱の上と下で、まったく違う場面が演じられるようです。舞台の仕組みを最初の見出しで見てみましょう。

木でできた二階建ての箱。上の段では天使が羊飼いに救い主の誕生を告げ、ヘロデ王が兵士に命令を下します。下の段では、酒場の女主人や兵士、ロマの男、農民の老夫婦が次々に現れては騒ぎを起こし、最後にはザポリッジャのコサックが出てきて場をさらっていきます。クリスマスの季節に村や町を回ったウクライナの人形劇「ヴェルテプ」(вертеп)です。

以下は、ウクライナとカナダの三つの事典、『Internet Encyclopedia of Ukraine』(IEU、カナダ・アルバータ大学ウクライナ研究所)、『現代ウクライナ百科事典』(ЕСУ、ウクライナ国立科学アカデミーほか)、『ウクライナ歴史百科事典』(ウクライナ国立科学アカデミー歴史研究所)の記述にもとづく内容です(2026年9月時点)。

二つの段に分かれた舞台

ЕСУは、ヴェルテプを「二段になった木の箱(2×1m)」と説明しています。それぞれの段の床には溝が切ってあり、人形遣い(вертепник、ヴェルテプニク)は針金で人形を動かしながら、その溝に沿って人形を歩かせました。IEUによれば、人形はふつう一人で全部を操り、登場人物の数は10から40にもなります。

「ヴェルテプ」という語は、人形劇という催しそのものと、それを演じる箱形の舞台の両方を指します。ウクライナ歴史百科事典は、語の意味を「古いウクライナの民衆の人形劇」「二階建ての小さな家の形をした人形劇の舞台」「その上演」の三つに分けています。

上の段下の段
演じられるものキリストの降誕と、ヘロデ王の幼児殺し日々の暮らしを描いた、ほとんど互いに関係のない笑いの場面
場面の数(ЕСУ)13〜1728〜31の幕間劇
主な登場人物寺男(ろうそくを灯し鐘を鳴らす)、天使、羊飼い、三人の王、ヘロデ王、兵士、ラケル農民の老夫婦、(合同派の)司祭、教会の歌い手、ヤギを連れたクリム、ロマの男女、ロシアの兵士、ポーランド人、ユダヤ人、軽騎兵、ザポリッジャのコサック
音楽4声の合唱曲「カント」が中心踊りの曲と器楽。バイオリン・太鼓・ソピルカ(縦笛)の三人組
『現代ウクライナ百科事典』(ЕСУ)第4巻(2005年)「Вертеп」、IEU「Vertep」をもとに作成。

上の段:降誕の物語

ЕСУは、上の段の宗教劇を、劇としての型をそなえたものと説明しています。寺男がろうそくに火をともし鐘を鳴らすのが序幕、天使が羊飼いの前に現れて羊飼いたちがキリストを讃えるのが導入、ヘロデ王が兵士に命じる場面で筋が動き出し、子を奪われた母ラケルの場面が頂点、ヘロデ王の死が結末です。場面のあいだには合唱の曲「カント」が入り、出来事を説明したり、先回りして知らせたりしました。ЕСУは、上の段の最初のカントが合唱の序曲の役を、「さくらの木の下で」(Ой під вишнею)というカントが上の段から下の段への切り替えの役を果たした、と書いています。

  1. オリュカ

    下の段の場面は、いつも同じ順番で演じられたのでしょうか。

  2. スウネ

    場面は入れ替えたり省いたりできたと、この見出しの下に書いてあるよ。

  3. タブリ

    場面をまとめる役だった人物も、この見出しの下で分かるよ。

下の段:入れ替えのきく笑いの場面

下の段の世俗劇は、ほとんどつながりのない短い喜劇の場面を並べたものです。ЕСУによれば、場面は入れ替えたり、省いたり、別の場面に差し替えたりでき、そのためにこの劇は即興と変化に開かれたものになりました。登場するのは民謡でおなじみの人物たちと、さまざまな民族の男女の組で、それぞれが自分の言葉(ЕСУは、土台はウクライナ語だとしています)や隠語で話し、癖や信仰、好みを誇張して見せます。ЕСУは、こうした人物の顔ぶれが当時のウクライナの社会の構成と、その習わしや好き嫌いを映していた、と説明しています。

下の段の場面の多くをまとめる役を担ったのが、ザポリッジャのコサック(Запорожець、ザポロジェツィ)でした。ЕСУは、民衆に最も愛された主人公だとしています。IEUによれば、世俗の場面には上演当時の出来事がよく取り込まれ、たとえばザポリッジャのコサックの人形は、エカチェリーナ2世の治世に現れました。このコサックの独白に言葉を足した詩が、民画「コサック・ママイ」の下の部分に書き込まれていたことは、民画「コサック・ママイ」の記事で扱っています。

  1. オリュカ

    ヴェルテプが始まった時期は、どの事典でも同じ書き方なのでしょうか。

  2. スウネ

    事典によって書き方が違うと、この見出しの下のリストにあるよ。

  3. タブリ

    いちばん盛んだった時期は、二つの事典で一致していると、次の段落に書いてあるよ。

いつから演じられてきたか

始まりの時期は、事典によって書き方が違います。

  • IEU:ヴェルテプの上演は16世紀の終わりにさかのぼる。
  • ЕСУ:人形を持って旅をしたことの最初の記録は1573年。
  • ウクライナ歴史百科事典:ヴェルテプの上演が生まれたのは、おそらく17世紀の後半。

一方、最も盛んだった時期については、IEUとЕСУがどちらも18世紀の後半としています。ЕСУは、この盛り上がりを、学校で上演された劇、とくに劇の幕間に演じられた短い喜劇(インテルメディア)の広がりと結びつけています。

キーウ・モヒラ・アカデミーの学生たち

IEUは、キーウ・モヒラ・アカデミーの多くの学生がヴェルテプの発展に関わったと書き、上演が二部に分かれていることには、アカデミーで行われていた劇の形式が一部反映している、としています。IEUはまた、各地をさすらった教会の歌い手たちも、ヴェルテプを広めたと書いています。『大ウクライナ百科事典』(ВУЕ、国の百科事典の電子版)は、キーウでヴェルテプが人気を得たのはアカデミーの教員と学生のおかげだとし、残っている台本のうち最も完全なものは、ヴェルテプを持って各地を回ったキーウの神学校の生徒から書き取られたものだとしています。アカデミーの歴史そのものはキーウ・モヒラ・アカデミーの記事で扱っています。

オリュカのひとこと

古い台本は、いまどこで読めるのでしょう。この節で確かめられます。

残っている台本

ЕСУは、知られているウクライナのヴェルテプの型として、次のものを挙げています。このうち、ソキリンツィ、スラヴティン、バトゥーリンのヴェルテプは音楽も残っており、ほかの型も断片が残っています。

名前ЕСУが記す年代
ソキリンツィ(ガラガン家)のヴェルテプ1771年
ヴォリーニのヴェルテプ1788〜1791年
クピャンシクのヴェルテプ1823年
スラヴティンのヴェルテプ1897年
バトゥーリンとホロルのヴェルテプ19世紀の終わり
『現代ウクライナ百科事典』(ЕСУ)第4巻(2005年)「Вертеп」による。地名のカナ表記は暫定。

最もよく知られているのが、いまのチェルニーヒウ州ソキリンツィ村の、地主ガラガン家に伝わった型です。ウクライナ歴史百科事典は、18世紀後半のヴェルテプの台本のうち、ソキリンツィの台本などがいまに伝わっているとし、台本を出版した人としてミコラ・マルケヴィチ、フルィホリー・ガラガン、イェウヘン・マルコウシキーの名を挙げています。ガラガンの論文「小ロシアのヴェルテプ」(Малорусский вертеп)は、1882年に雑誌『キエフスカヤ・スタリナ』に載りました。

ただし、年代の書き方は資料によってずれます。ЕСУがソキリンツィの台本を1771年とする一方、IEUの「Sokyryntsi」の項は、ガラガン家の領地にヴェルテプの人形劇が設けられたのを1781年としています。ВУЕは、ガラガン家のものだったチェルニーヒウ地方で最も古いヴェルテプの箱を「1770年代」と説明しています。

IEUは、村のヴェルテプのうち代表的なものとして、ソキリンツィ、バトゥーリン、ミジヒーリャ(いまのザカルパッチャ州)の三つを挙げています。研究の基本文献としては、IEUとЕСУがともに、イェウヘン・マルコウシキー『ウクライナのヴェルテプ 研究と台本』(1929年)と、ヨシプ・フェダス『ウクライナの民衆のヴェルテプ』(1987年)を挙げています。

途絶えかけてから、もう一度

IEUは、ヴェルテプの人形劇は19世紀の半ばに衰えたとし、ウクライナ歴史百科事典は、20世紀の初めまで続いたとしています。IEUによれば、その後もヴェルテプは象徴として生き続けました。クリスマスの季節に家に飾る小さな降誕の模型や、ヴェルテプの登場人物に扮して歌って回る人たちがそれです。IEUの「Christmas」の項は、家々を回ってコリャードカを歌うときに、人形劇のヴェルテプがともなうことがあると書いています。コリャードカそのものはウクライナのクリスマスの記事で扱っています。

20世紀には、人形ではなく俳優が演じる「生きたヴェルテプ」(живий вертеп)として舞台に戻ります。ЕСУは、次のような例を挙げています。

  • 1918年、キーウでレシ・クルバスの「若い劇場」(Молодий театр)が生きたヴェルテプを上演。IEUの「Molodyi Teatr」の項も、人形劇の約束事を使った様式化された「ヴェルテプ」を挙げている
  • 1923〜1929年、キーウ近郊のメジヒーリャの美術陶芸専門学校に、時事的・政治的な題材の「メジヒーリャのヴェルテプ」があった。ЕСУによれば、赤軍兵士やロシア皇帝ニコライ、ドイツ皇帝ヴィルヘルムが登場し、反宗教の宣伝の出し物を演じた
  • 1975年、ハルキウ人形劇場が伝統的なヴェルテプの原則で「ウクライナのヴェルテプ」を上演。1985年にはキーウ人形劇場が同じやり方でコトリャレウシキーの『エネイーダ』を上演した
  • 1980年代の終わりから1990年代の初めに、暮らしの中のヴェルテプの伝統を取り戻す動きが始まり、1989年からキーウの国際文化芸術センターでヴェルテプの祭典が開かれるようになった

ЕСУによれば、ヴェルテプの箱と人形のコレクションは、ウクライナ演劇・音楽・映画博物館が保管しています。

なお、ウクライナの国内の無形文化遺産目録には、2026年6月23日の文化省令第700号で加えられた分までを見るかぎり、ヴェルテプという名前の項目はありません。目録には、クリスマスの星づくりや、クリスマスの歌を歌って回る行事など、冬の祝いに関わるほかの項目が載っています。

出典と記事の記録出典 9件 · AIの利用 · 運営体制

出典・参考資料

  1. Вертеп二段の箱の大きさ、人形の操り方、上段13〜17場面・下段28〜31幕間劇、登場人物、ザポロジェツィ、音楽と楽器、1573年、18世紀後半の隆盛、台本の型と年代、1918年のクルバス、1923〜29年のメジヒーリャ、1930年代、1975年・1985年の上演、1989年以降の祭典、演劇・音楽・映画博物館の所蔵。執筆 І. М. Сікорська、第4巻、2005年
    発行:Енциклопедія Сучасної України(ウクライナ国立科学アカデミー・シェウチェンコ学術協会) 確認日:2026-09-24
  2. Vertep名前の由来の一説、10〜40の人物、一人の人形遣い、二段の舞台、16世紀末、18世紀後半の隆盛、キーウ・モヒラ・アカデミーの学生、ソキリンツィ・バトゥーリン・ミジヒーリャ、エカチェリーナ2世の時代のザポリッジャのコサックの人形、19世紀半ばの衰退、生きたヴェルテプ。執筆 Valerian Revutsky、Encyclopedia of Ukraine 第5巻、1993年
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(Canadian Institute of Ukrainian Studies) 確認日:2026-09-24
  3. ВЕРТЕП語の三つの意味、17世紀後半に生まれたとする見方、20世紀初めまで、ソキリンツィの台本、台本の出版者。執筆 Л. П. Корній、第1巻、2003年
    発行:Енциклопедія історії України(ウクライナ国立科学アカデミー歴史研究所) 確認日:2026-09-24
  4. Вертеп語源の一説、16世紀末〜17世紀の記録、キーウ・モヒラ・アカデミーの教員と学生、最も完全な台本、1770年代のガラガン家の箱。執筆 О. В. Недавня、2022年11月7日公開
    発行:Велика українська енциклопедія(国立学術機関「百科事典出版所」) 確認日:2026-09-24
  5. Sokyryntsi1781年のヴェルテプの人形劇、ガラガン家の領地
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(Canadian Institute of Ukrainian Studies) 確認日:2026-09-24
  6. Galagan, Hryhoriiヴェルテプの劇を支援したこと
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(Canadian Institute of Ukrainian Studies) 確認日:2026-09-24
  7. Molodyi Teatr人形劇の約束事を使った様式化された「ヴェルテプ」
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(Canadian Institute of Ukrainian Studies) 確認日:2026-09-24
  8. Christmasコリャードカの歌い回りにヴェルテプがともなうこと
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(Canadian Institute of Ukrainian Studies) 確認日:2026-09-24
  9. Національний перелік елементів нематеріальної культурної спадщини України2026年6月23日の省令第700号までの一覧。保護番号126までに「вертеп」の項目がないこと
    発行:Міністерство культури України 確認日:2026-09-24

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