本文へ移動

ウクライナの人・文化・社会・未来を、日本と世界につなぐ

Ukrainavi Ukrainavi

文化・歴史/解説

森のマウカ、川のルサルカ、家のドモヴィク。ウクライナの精霊たち

ウクライナの民間伝承には、川辺で若い男を誘う水の精ルサルカ、森に住む娘の霊マウカ、家の炉を守るドモヴィクなど、多くの精霊が登場します。事典の記述をもとに、それぞれの姿と、キリスト教の祝日と重なって残った経緯、伝承を記録した民俗学者、文学に取り入れた作品をまとめました。

画像:Ukrainavi

オリュカのひとこと

ルサルカとマウカは、どこが似ていて、どこが違うのでしょう。水と森の娘たちの節で見比べられます。

夜の川辺で若者を踊りに誘う娘たち、森で人を迷わせる森の主、家の暖炉を守る小さな主。ウクライナの民間伝承には、名前をもった精霊や魔物が数多く登場します。民俗学ではこれらをまとめて「デモノロジー」(демонологія、魔物や精霊についての民間の信仰)と呼びます。

ここでは、Internet Encyclopedia of Ukraine(アルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所=CIUS。以下IEU)と、ウクライナの国の事典『大ウクライナ百科事典』(ВУЕ)の記述から、主な精霊の姿と、伝承がどう記録され、文学に入っていったかをまとめます。

神々は消え、精霊は残った

IEUの「Demonology」の項目は、10世紀末にキリスト教が国の宗教になり、異教が公に禁じられると、ペルンやダジボフ、ヴェレスといった「上位の」神々の名前は文献の中にしか残らなかった、と書いています。一方で、自然のあらゆるところに霊が住むと考える「下位の」神話は、特別な祭りの場所も神官も必要とせず、家族の長が儀礼を担えたため、ずっと後の時代まで生き残りました。

IEUによれば、こうした信仰はキリスト教に滅ぼされたのではなく、教会の祝日と重なって「二重の信仰」(двовір’я)になりました。雷の神ペルンは聖イリヤに、家畜の神ヴェレスは聖ヴラスに置き換えられた、とIEUは書いています。夏至の祭りが洗礼者ヨハネの日と重なったのも同じ流れです(夏至の祭り「イヴァン・クパーラ」の記事)。

IEUは「下位の神話」を「上位の神々への信仰より起源が古い」と位置づけています。ただしこれは事典の見方で、個々の精霊の話がいつから語られていたかを、記録で直接たどれるわけではありません。多くの話が文字に残ったのは、19世紀末から20世紀初めに民俗学者が村々で聞き取りを重ねてからです。

水と森にすむ娘たち:ルサルカとマウカ

ルサルカ(русалка)は、IEUの項目によれば、水の精です。溺れて死んだ娘や、洗礼を受けずに亡くなった子どもの魂とされ、長い髪をたらし、スゲの花輪をかぶった美しい娘の姿で語られます。ふだんは川の底の水晶の宮殿に群れで暮らし、春の「緑の木曜日」や「ルサルカの復活祭」のころに岸へ上がってきます。聖ペトロの日(夏)まで夜通し川辺で遊び、木の枝で揺れ、歌い踊って、若い男を誘い出してくすぐり殺す、と伝えられました。ルサルカが踊るとライ麦がよく育つとも言われ、身を守るにはニガヨモギやラベージを持ち歩いた、とIEUは書いています。川だけでなく、野や森のルサルカがいるとされた地域もありました。

マウカ(мавка。ナウカ、ニャウカとも)は森の精です。IEUによれば、名前は古いスラヴ語で「死者」を意味する語(nav)から来ており、不自然な死に方をした娘の魂とされました。背が高く、丸顔で髪が長く、森や山の洞窟で群れをなして暮らし、盗んだ亜麻で糸を紡いで薄い布を織り、花を髪に飾ります。聖霊降臨祭(「マウカの復活祭」)には遊びや踊りに興じる、と語られました。ВУЕも、マウカを東スラヴの伝承に出てくる、美しい娘の姿をした霊と定義しています。

IEUの二つの項目を比べると、ルサルカとマウカは「若くして死んだ娘の霊」という点でよく似ています。IEUの「Demonology」の項目も、ボヒニャ(女神)、ニチヌィツャ(夜の魔女)など、ルサルカやマウカと特徴を分け合う霊をいくつも挙げています。どの名前でどんな話が語られるかは、地域によって違いました。

森・野・水の主たち

  • リソヴィク(лісовик、森の主):森とその木、獣、鳥を治める者。森ごとに一人いて、人の姿、角のある大男、木、獣の姿で現れ、影がないことで見分けられるとされる。森で人を迷わせることも、狩人の前に獣を追い出して助けることもある。フツル地方では羊飼いの姿で語られた(IEU「Lisovyk」)
  • ポロヴィク(польовик、野の主):畑に住み、人や獣の姿をとる(IEU「Demonology」)
  • ヴォジャヌィク(водяник、水の主):川や湖、井戸に住み、溺れた娘を妻にする。地域によっては溺れた男と同じものとされた。沼に人を誘い込むボロチャヌィク(沼の主)もいる(同)
  • チュハイスティル(чугайстир):フツル地方の森の大男で、マウカにとって危険な存在(同)

家の中の精霊と、人に化けるもの

家にも精霊がいます。IEUはドモヴィク(домовик、家の主)を挙げ、ВУЕはドモヴィクを「家の炉を守る家の神」と定義しています。IEUによれば、ほかに家を守り住む人を助けるが、害をなすこともあるホヴァネツ(「隠れる者」)、特定の儀礼で敬われる祖先の魂ドーリャ(運命)、蜜蜂を守るパシチヌィク(養蜂家)がいました。

人に化けて近づく者もいます。ペレレスニク(перелесник)は、IEUによれば、火の竜や若者の姿で空を飛び、煙突や戸口から家に入って、亡くなった夫や恋人の姿で女性を誘惑するとされました。マラ(мара)は獣、植物、物、怪物、幽霊とさまざまな姿をとって人に害をなすとされ、この名前で悪魔やドモヴィクを呼ぶこともありました(IEU「Mara」)。

魔女(відьма)について、IEUは、雹や日照り、牛の乳が出ないこと、病気や不作の原因とされ、キリスト教の大きな祝日のあとに箒に乗ってキーウ近くの禿げ山(リサ・ホラ)に集まると信じられた、と書いています。ただし、ウクライナでは魔女への組織的な大規模な迫害はなく、教会もそうした動きに関心を示さなかった、ともしています。IEUは、禿げ山の信仰はドイツに由来する(ドイツのカーレンベルク)とも書いています。

また、IEUによれば、西ヨーロッパの伝承に多い小人や妖精、トロールのような存在は、ウクライナの伝承にはほとんど出てきません。例外はレムコ人で、家の精が小人の姿をとると語られました。

オリュカのひとこと

村々の伝承は、誰がどうやって書き留めたのでしょう。約800人の通信員の話をこの節で読めます。

伝承を記録した人たち

ガリツィア(ハリチナ)出身の民俗学者ヴォロディーミル・フナチューク(1871〜1926年)は、IEUの人物の項目によれば、1903年に結核を患って現地の調査が難しくなると、約800人の通信員の網をつくって伝承を集めました。精霊や魔物をめぐる信仰についても書き、IEUの「Demonology」の項目は、フナチュークがシェウチェンコ学術協会の『民族誌集』(Етнографічний збірник)第33・34巻(リヴィウ、1912年)に出した『ウクライナのデモノロジーのための資料』(Знадоби до української демонології)を文献に挙げています。同じフナチュークが動物の昔話を一冊にまとめた経緯は、1916年の動物の昔話の記事で扱っています。

IEUの同じ項目は、ほかにもイヴァン・フランコの「ピドヒリャの民間信仰」(『民族誌集』第5巻、1898年)などを文献に挙げています。19世紀末から20世紀初めのガリツィアで、学術協会の刊行物として伝承が体系的に記録されていったことがわかります。

文学に入った精霊

IEUは、民間のデモノロジーがウクライナ文学に表れている例として、次の作品を挙げています。

  • タラス・シェウチェンコの詩「魔法をかけられた娘」(Причинна)、「ルサルカ」
  • レーシャ・ウクラインカの戯曲『森の歌』(1911年):森の精マウカが主人公(レーシャ・ウクラインカと『森の歌』の記事)
  • ミハイロ・コツュビンシキーの小説『忘れられた祖先の影』:マウカ(ニャウカ)、チュハイスティル、シチェズニクなどが登場(『忘れられた祖先の影』の記事)
  • ニコライ・ゴーゴリの、ウクライナを題材にした短編
  • オレクサ・ストロジェンコの作品、18世紀の受難劇『地獄の破壊の物語』

IEUの「Rusalka」の項目は、ルサルカの姿がウクライナの文学、音楽、絵画、演劇、映画にたびたび現れると書いています。同じ精霊でも、伝承では若い男を死に誘う恐ろしい存在であり、文学では森の自然そのものを体現する主人公にもなります。作品を読むときは、作家が伝承の何を借り、何を変えたのかに目を向けると、違いが見えてきます。

出典と記事の記録出典 11件 · AIの利用 · 運営体制

出典・参考資料

  1. DemonologyIvan Korovytsky執筆、初出1984年。上位の神々と下位の神話、二重の信仰、精霊の一覧、魔女、禿げ山、小人の不在、文学での例、文献一覧
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24
  2. Mavka名前の由来、姿、暮らし、聖霊降臨祭、文学での例
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24
  3. Rusalka初出1993年。姿、住まい、現れる時期、ライ麦、身を守るもの、野と森のルサルカ
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24
  4. Lisovyk森の主の姿と働き、フツル地方の羊飼いの姿
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24
  5. Perelesnyk火の竜の姿、女性を誘惑すること
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24
  6. Mara姿を変えて害をなすこと、悪魔・ドモヴィクの呼び名
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24
  7. Witch魔女の働き、禿げ山、組織的な迫害がなかったこと
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24
  8. Hnatiuk, VolodymyrMykola Mushynka執筆、初出1989年。生没年、約800人の通信員、デモノロジーの著作
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24
  9. Мавка定義
    発行:Велика українська енциклопедія 確認日:2026-09-24
  10. Домовик定義
    発行:Велика українська енциклопедія 確認日:2026-09-24
  11. Демонологія定義
    発行:Велика українська енциклопедія 確認日:2026-09-24

記載内容に誤りを見つけた場合は、訂正のご連絡からお知らせください。確認のうえ、訂正した内容と経緯を記事に記載します。