400編のうちキツネが55編。1916年に一冊になった動物の昔話
ウクライナ語で動物が主役の民衆の話は「バイカ」と呼ばれ、人が主役の「カズカ」と区別されてきました。1916年、民俗学者フナチュークはこの話を400編集め、動物ごとに並べた2巻本にしました。誰がどこで記録したか、キツネやオオカミの話がどう分けられたか、戦争で刊行が遅れた経緯を、本の序文と目次からたどります。
オリュカのひとこと
動物が主役の話と人が主役の話を、ウクライナ語ではどう呼び分けるのでしょう。最初の節で確かめられます。
ウクライナ語で昔話を指す言葉には、「カズカ」(казка)と「バイカ」(байка)があります。1916年、リヴィウのシェウチェンコ学術協会は、民俗学者ヴォロディーミル・フナチューク(1871〜1926年)が集めた動物の話400編を、『ウクライナの民衆のバイカ(動物叙事詩)』全2巻として出版しました。キツネやオオカミ、クマ、イヌのほか、鳥、魚、虫までが主役になる話を、動物ごとに並べた本です。
雪の森に落ちた手袋に動物が次々と入る「ルカヴィチカ(てぶくろ)」も、Internet Encyclopedia of Ukraine(カナダ・アルバータ大学のウクライナ研究所=CIUS発行。以下IEU)が小さな子ども向けの昔話として挙げる話の一つです。この話と日本の絵本との関係は絵本『てぶくろ』の原題「ルカヴィチカ」とウクライナの昔話で紹介しました。ここでは、その背後にある動物の昔話が、いつ、誰の手で集められ、どう分けられたかを、1916年の本の序文と目次からたどります。
主役が人か、動物か
フナチュークは本の冒頭の論考「バイカについての若干の考察」で、二つの言葉がよく混同されるとして、次のように分けています。
- カズカ:日常の暮らしではなく、空想で組み立てた民衆の話。不思議な要素が話の土台になる。主人公はいつも人間で、動物が出てきても脇役にとどまり、主人公が困ったときに現れて助ける
- バイカ:人間ではなく動物の暮らしを描く民衆の話。主な登場者は動物で、人間が出てきても脇役か、一場面だけの役になる
フナチュークは、文学作品としての寓話と民衆のバイカも同じではないと書いています。文学の寓話は人間も動物も植物も、ときには物までが同じように話し、たいていは韻文で書かれます。民衆のバイカは散文で語られ、話すのは主に動物です。IEUの「Fable(寓話)」の項目によれば、ウクライナで最初に寓話集をまとめたのは哲学者フルィホリー・スコヴォロダで、1769〜74年の『ハルキウの寓話』に30編を収めました(「世は私を捕えようとした、だが捕えなかった」哲学者スコヴォロダ)。
部屋の隅にいた動物の話
フナチュークの序文によれば、本人の知る限り、ヨーロッパの民俗学にも動物の話だけを集めた大きな学術的な集成はまだありませんでした。19世紀の昔話集では、動物の話は魔法の話やほかの資料に混ぜて載せられるのが普通だったといいます。序文は、主な昔話集に入っていた動物の話の数を挙げています。
| 昔話集(編者) | 動物の話の数(フナチュークの数え方) |
|---|---|
| イヴァン・ルドチェンコ | 2冊で35編(26+9)。この中で最も多い |
| パウロ・チュビンシキー | 13編(その巻の話480編のうち) |
| ボリス・フリンチェンコ | 2巻で15編(7+8) |
| ミハイロ・ドラホマノウ | 7編 |
| ヴォロディーミル・シュヘヴィチ | 7編 |
| アレクサンドル・アファナーシエフ(ロシアの昔話集) | 約50編 |
フナチュークは、動物の話を「隅に座らされていた娘」にたとえ、「別の小さな家を建て、隅から連れ出して上座に座らせ、民俗の中で自分の家の主にしたい」と書いています。フィンランドの民俗学者アンティ・アールネの昔話の型の索引(FFコミュニケーションズ第3号)は、動物の話に299番までを割り当てていました。フナチュークは、独立した動物の話が300を超えることはないと考えられていたが、自分の集成だけでそれだけの数がある、と述べています。
400編の内訳
序文には、話を記録した人ごとの数が表になっています。新しく記録した話が361編、ほかの本からの再録が39編で、合わせて400編です。
| 記録した人(記録した地域) | 編数 |
|---|---|
| イヴァン・ヴォロシンシキー(ホロデンカ郡) | 133 |
| パウロ・タラセウシキー(クルスク県) | 98 |
| アントン・オニシチューク(スニャティン郡・コシウ郡) | 46 |
| ヴォロディーミル・フナチューク(ブチャチ郡・スタリー・サンビル郡) | 45 |
| ほか20人 | 40 |
| ほかの本からの再録(ルドチェンコ11、フリンチェンコ11など) | 39 |
序文によれば、話の大部分は、民族の分布の両端にあたる二つの地域で記録されました。約4分の1は、ウクライナ人とロシア人の居住地の境目にあった当時のクルスク県の一つの村で、約半分は最も西のガリツィアの、スニャティン、ホロデンカ、ブチャチの一帯の四つの村で記録されています。フナチュークは、カルパティア山地、ポリーシャの湿地、ポジッリャやヘルソン、カテリノスラウ県の草原、ドナウ川やプルト川の氾濫原のように動物の多い土地で記録すれば、もっと多くの話が見つかるはずだとも書いています。
記録した人の一人には、作家イヴァン・フランコもいます。第25話「Соб, куме, соб бери!」は、オオカミとウサギが「クム(名付け親どうしの間柄)」になる話で、記録の欄には「1892年3月、ジダチウ郡ホレシウの渡し船の上で、名の知れない年老いた農民から、イヴァン・フランコが記録」とあります。
オリュカのひとこと
400編のなかで、いちばん多く主役になった動物は何でしょう。目次から数えた表で確かめられます。
動物ごとに並べる
本の目次は、話を動物の種類で分けています。最初が哺乳類(野生・家畜・いろいろな哺乳類の混ざった話)で、鳥、爬虫類、両生類、魚、甲殻類、クモのなかま、昆虫と続き、最後に「動物の声」をまねた話が置かれています。哺乳類はサル、ライオン、トラから始まり、この土地にいない動物の話も入っています。
| 動物 | 通し番号 | 編数 |
|---|---|---|
| オオカミ | 20〜53 | 34 |
| キツネ | 54〜108 | 55 |
| ウサギ | 148〜161 | 14 |
| イヌ | 163〜191 | 29 |
それぞれの話の後には、記録した人、村、年月、語り手の名前が書かれ、似た話がほかのどの本に載っているか(フナチュークは「並行例」と呼ぶ)の一覧と、ドイツ語の要約がついています。
昔から語られた話、教訓の話、風刺の話
フナチュークは、集めた話を性格で三つに分けました。
- 叙事的なバイカ:動物の暮らしと、動物どうしや人との関係をそのまま語る話。最も古い層だとする。例は第30話「オオカミが子ヤギを欲しがった話」、第96話「オオカミとクマのところで冬を越したキツネ」
- 教訓的なバイカ:話から人への教えを引き出す話。例は第23話「オオカミと子羊」、第55話「キツネと酸っぱいブドウ」。第150話「踊るのが好きなウサギ」は7ページの長い話で、語り手が最後に「敵は知恵で負かすものだ、相手ほどの力がないときは」と一言つけ加えたため、教訓の話になったと説明している
- 風刺的なバイカ:数は最も少なく、最も新しい層だとする。第6話「ライオンが治める動物たち」は、王の候補、秘密の会議、票の盗み、王の布告、臣下を苦しめる大臣たちが出てくる、国の制度への風刺だという。第275話「村長になったタカ」、第365話「小魚のラフ(йорж)が大きな魚から逃げるわけ」(裁判への風刺)もこの型に入る
フナチュークは、文学の寓話は民衆の教訓的なバイカから生まれたもので、その逆ではないと書いています。巻末の補遺では、第14話や第55話「キツネと酸っぱいブドウ」の並行例として、イソップ寓話の校訂本も挙げています。
戦争で2年遅れた本
序文によれば、この本は1914年の終わりに出るはずでした。第一次世界大戦が始まり、ロシア軍がリヴィウに侵入して占領し、ウクライナの民族的な活動が禁じられ、シェウチェンコ学術協会の活動も印刷所も止められたため、刊行が遅れました。序文の日付は1916年10月15日です。
フナチュークは序文で、記録者のヴォロシンシキーが1914年秋、ロシア軍による最初の占領の間に亡くなったという知らせを受けたこと、タラセウシキーの記録の多くがリヴィウへの侵入の際に学術協会の民族誌委員会の資料とともに失われたことも書いています。
フランコの『動物がまだ話していたころ』
IEUによれば、フランコは子ども向けの本として、『狐のムィキタ』(1890年)や、『動物がまだ話していたころ』(1899年)を書きました。1916年の本では、多くの話の「並行例」として『動物がまだ話していたころ』の話が挙がっています。フランコは1898年から1913年まで学術協会の民族誌委員会を率い、民族誌の論集をフナチュークと一緒に編集しました(IEU)。フランコの生涯はノーベル賞に推薦された年に亡くなった作家、イヴァン・フランコにまとめています。
出典と記事の記録
出典・参考資料
- Етноґрафічний збірник, т. XXXVII–XXXVIII: Українські народні байки (звіриний епос), т. I–II. Зібрав Володимир Гнатюк1916年、リヴィウ。序文の刊行の遅れと戦争、記録者の表、再録の出典、以前の昔話集の動物の話の数、アールネの索引、カズカとバイカの定義、三つの型と各話の番号、第25話の記録の記載、補遺のイソップの並行例、目次の動物の分類
発行:Наукове товариство імені Шевченка(Internet Archive のスキャン) 確認日:2026-09-24 - Folklore動物の話を含む昔話の分類、チュビンシキーの7巻本、民族誌委員会、フナチュークとフランコ
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24 - Children’s folklore子ども向けの動物の話、「ルカヴィチカ」など
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24 - Fable散文と韻文の寓話、スコヴォロダの『ハルキウの寓話』1769〜74年・30編
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24 - Rudchenko, Ivan『南ロシア民話集』2巻、1869〜70年
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24 - Hnatiuk, Volodymyr生没年、民族誌委員会の委員長、論集の編集
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24 - Franko, Ivan子ども向けの作品『狐のムィキタ』1890年、『動物がまだ話していたころ』1899年、民族誌委員会の委員長1898〜1913年
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24
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