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文化・歴史/解説

「世は私を捕えようとした、だが捕えなかった」哲学者スコヴォロダ

500フリヴニャ紙幣の肖像の人物、フルィホリー・スコヴォロダ(1722〜1794年)は、学院の職を解かれたあと25年にわたって各地を歩き、友人のもとで詩や対話を書いた哲学者です。生涯と著作、「生まれつき合った仕事」の考えを事典からたどり、生誕300年の2022年にロシアのミサイルで壊された博物館の記録をまとめます。

オリュカのひとこと

学院の職を解かれたあと、25年も各地を歩いて暮らした哲学者。どんな日々だったのか、最初の見出しからたどってみましょう。

ウクライナの500フリヴニャ紙幣の表には、ひとりの男性の肖像が描かれています。18世紀の哲学者・詩人、フルィホリー・スコヴォロダ(Григорій Сковорода)です。裏面には、彼が学んだキーウ・モヒラ・アカデミーの建物が描かれています。ウクライナ国立銀行は紙幣の説明で、スコヴォロダを「ほかの誰もたどらなかった道を歩んだ、最も独自な民衆の思想家で啓蒙家」と紹介しています。

教職を離れ、歩いて暮らした人

生年と没年は、アルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所(CIUS)の Internet Encyclopedia of Ukraine(IEU)と、ウクライナの国の事典『大ウクライナ百科事典』(ВУЕ)で一致しています。1722年12月3日、ルブヌィ連隊領のチョルヌヒ(現在のポルタヴァ州)のコサックの家に生まれ、1794年11月9日、パン=イヴァニウカ(現在のハルキウ州スコヴォロディニウカ)で亡くなりました。両事典から、主な経歴を拾うと次のとおりです。

  • 1734年:キーウ・モヒラ・アカデミーに入る。中断をはさみながら1750年代初めまで学ぶ
  • 1740年代前半:ロシアの女帝エリザヴェータの宮廷聖歌隊の歌い手として、サンクトペテルブルクなどで過ごす。入った年は、IEUは1741年、ВУЕは1742年の秋としている
  • 1745〜1750年:ハンガリーのトカイに置かれたロシアの使節団に加わり、中欧の各地を訪ねる
  • 1751年:ペレヤスラウの学院で詩学を教えるが、ВУЕによれば、従来どおりのやり方で教えよという命令に従わず、解かれる
  • 1753〜1759年:地主の家の家庭教師を務める
  • 1759〜1769年:ハルキウの学院で詩学、統語論、ギリシャ語などを教える。途中で学院を離れた時期がある
  • 1769年:学院の職を解かれる。以後、亡くなるまで、現在のハルキウ州一帯を中心とするスロボダ・ウクライナを歩いて回り、友人の館や修道院に身を寄せる

IEUによれば、定まった職をあきらめたスコヴォロダが思索と執筆に打ち込めたのは、友人たちの支えがあったからでした。作品の多くは友人に献じられ、手で書き写した写本で回し読みされました。

ВУЕによれば、スコヴォロダは墓に「世は私を捕えようとした、だが捕えなかった」と刻むよう言い残しました。いまのハルキウ州スコヴォロディニウカに葬られています。

詩、寓話、対話

IEUは、スコヴォロダの著作では文学と哲学の区別がはっきりしないと書いています。主なものは次のとおりです(作品名の日本語は本記事の訳、年はВУЕによる)。

  • 詩集『神の歌の園』:30の歌を収める(1753〜1785年)
  • 寓話集『ハルキウ寓話』:30編
  • 対話『ナルキッソス』:自分自身を知ることをめぐる対話(1769年)
  • 『世界のアルファベット』(1774年):よく知られた肖像でスコヴォロダが手にしている本
  • 寓話と対話を合わせたたとえ話『感謝するエロディオス』『貧しいヒバリ』(ともに1787年)

どの言葉で書いたかについて、ВУЕはこう説明しています。スコヴォロダは日常では「ウクライナ風に」話し、著作はラテン語か、ウクライナ語の語に教会スラヴ語やロシア語の対応する語が混ざった独特の文章語で書きました。この文体はのちにたびたび批判を受けましたが、言語学者ペレドリイェンコの計算では、『神の歌の園』の語形の84%が、のちに方言を土台にできた新しいウクライナ語の文章語と対応するといいます。IEUによれば、手紙の多くはラテン語で書かれ、キケロ、プルタルコス、ホラティウス、オウィディウスなどの翻訳も残しています。

オリュカのひとこと

「生まれつき合った仕事」とは、今でいう天職のことでしょうか。事典が伝える考え方をこの節で確かめましょう。

「生まれつき合った仕事」と幸福

スコヴォロダの思想の読み方は、研究者のあいだで割れてきました。IEUは、考えの寄せ集め、厳密な合理主義の体系、キリスト教の神秘主義、教父の伝統に立つキリスト教的プラトン主義、道徳哲学、といった解釈を並べ、文体が哲学的というより文学的で、考えが体系として示されていないことが論争の一因だとしています。ВУЕは、最も根拠のある読み方は、キリスト教的な新プラトン主義の流れの中に置くものだとしています。

IEUの項目の執筆者タラス・ザキダルスキーによれば、スコヴォロダにとって哲学の目的は実践的なもので、幸福への道を示すことでした。幸福とは、心の平安と明るさと確信からなる内面の状態で、誰にでも手が届くものだとされます。

その中心にあるのが、「生まれつき合った仕事」(сродна праця)の考えです。神は一人ひとりに、その人に合った務めを与えている。報酬にかかわらずその務めを果たすことが幸福であり、富や名声や快楽のために自分に合わない仕事を追えば、絶望に行き着く。務めは社会の調和が保たれるように割り振られているので、合わない仕事を選ぶことは、ほかの人の不幸にもつながる。IEUはこの考えを、スコヴォロダの道徳の体系の中心に置いています。国立銀行の紙幣の説明も、スコヴォロダが示したウクライナ人の心のあり方の特徴として、この「生まれつき合った仕事」を挙げています。

IEUによれば、19世紀の作家への影響は小さかったものの、20世紀のウクライナ文化の再生では、その詩の文体と思想、生き方が大きな役割を果たしました。詩人のパウロ・トゥィチナ、ヴァシーリ・ストゥス、イヴァン・ドラチらが、スコヴォロダから着想を得ています。ВУЕによれば、ウクライナ国立科学アカデミーの哲学研究所、ハルキウ国立教育大学などに、その名が付けられています。

生誕300年の年に壊された博物館

2020年11月4日、ウクライナ最高会議は決議第973-IX号で、生誕300年にあたる2022年12月に、国を挙げて記念することを決めました。決議は内閣に、記念の計画の中でスコヴォロディニウカの国立文学記念博物館などの建物を修理するよう勧め、外務省には、ユネスコが2022〜2023年に関わる記念日の暦に生誕300年を加えるよう提案することを勧めています。ユネスコのウクライナ常駐代表部によれば、生誕300年は、ユネスコが関わるウクライナの記念日の一つになりました。

その博物館は、記念の年の春に失われました。ВУЕによれば、スコヴォロダが晩年に暮らした家にある国立文学記念博物館(1972年設立)は、2022年5月6日から7日にかけての夜、ロシアのミサイルの直撃で破壊されました。ウクライナ文化省は2024年8月の発表で、博物館は2022年5月6日にロシアのミサイルで破壊され、スコヴォロダの像は残ったとしています。同じ発表によれば、博物館のチームは、壊された博物館をオンラインでたどれるようにする企画「未来の博物館」を始めました。

攻撃はその後も続いています。文化省は2026年5月15日、ロシアの無人機による攻撃で、この建物を守るために設けられた保護用の覆いが傷ついたと発表しました。覆いの屋根の8つの区画が損傷しましたが、国の史跡に指定された建物そのものと、覆いを支える構造は無事だったとしています。文化省は、この被害をユネスコに報告したと述べています。

ウクライナ文学をどこから読み始めるかはウクライナ文学は何から読むかで、19世紀の詩人についてはタラス・シェウチェンコの記事で扱っています。

出典・参考資料

  1. Skovoroda, Hryhorii(Taras Zakydalsky 執筆、2007年更新。生没年と生没地、キーウ・モヒラ・アカデミー1734〜53年、宮廷聖歌隊1741〜44年、トカイ1745〜50年、ペレヤスラウ1751年、家庭教師1753〜59年、ハルキウの学院、友人の支えと写本、作品の構成(30の歌・30の寓話・翻訳・ラテン語の手紙)、解釈の違い、幸福と「congenial work」、20世紀の詩人への影響、2011年の学術版全集)
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(Canadian Institute of Ukrainian Studies) 確認日:2026-09-24
  2. Сковорода, Григорій Савич(Л. В. Ушкалов 執筆、2022年10月18日公開。生没年と生没地、コサックの家、1734年の入学、宮廷聖歌隊1742年秋〜1744年、トカイの使節団、ペレヤスラウでの解任、ハルキウの学院と1769年の解任、放浪、墓碑銘、作品の年、lingua mixta とペレドリイェンコの84%、新プラトン主義の解釈、名を冠した機関、1972年設立の博物館と2022年5月7日にかけての夜の破壊)
    発行:Велика українська енциклопедія 確認日:2026-09-24
  3. Банкнота номіналом 500 грн(表の肖像、裏のキーウ・モヒラ・アカデミー、スコヴォロダの紹介と「сродна праця」)
    発行:Національний банк України 確認日:2026-09-24
  4. Постанова Верховної Ради України від 04.11.2020 № 973-IX «Про відзначення 300-річчя з дня народження Григорія Сковороди»(2022年12月の国を挙げた記念、博物館の修理、ユネスコの記念日の暦への提案)
    発行:Верховна Рада України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-24
  5. Anniversaries of Eminent Personalities and Historic Events Celebrated in Ukraine with which UNESCO is Associated(2021年12月1日掲載。2022年の生誕300年)
    発行:Permanent Mission of Ukraine to UNESCO 確認日:2026-09-24
  6. Музей Сковороди, який зруйнували росіяни, відтепер можна відвідати онлайн(2024年8月16日。2022年5月6日のミサイルによる破壊、残った像、「未来の博物館」)
    発行:Міністерство культури України 確認日:2026-09-24
  7. Російський обстріл пошкодив захисне укриття музею Григорія Сковороди на Харківщині(2026年5月15日。無人機による覆いの損傷、8区画、建物は無事、ユネスコへの報告)
    発行:Міністерство культури України 確認日:2026-09-24

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