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文化・歴史/解説

ウクライナ文学は何から読むか──日本語で読める本をジャンルと時代で

ウクライナ文学を読もうとすると、作品選びの前に「どこまでをウクライナ文学と呼ぶか」という線引きにぶつかります。範囲の決め方を先に示し、日本語訳が出ている本をジャンルと時代で並べました。人名のカナ表記が本によって違う点にも触れます。おすすめ順ではありません。

若い男性の油彩の自画像
タラス・シェウチェンコの自画像(油彩、Commonsの記載では1841年) 画像:タラス・シェウチェンコ/Wikimedia Commons(パブリックドメイン

「ウクライナ文学を読んでみたい」と思ったとき、最初に引っかかるのは作品選びではなく、どこまでをウクライナ文学と呼ぶかという線引きのほうです。ここを曖昧にすると、ソ連時代の作品を「いまのウクライナの小説」として読んだり、ロシア語で書かれた作品をウクライナ語文学の代表として受け取ったりします。範囲の決め方を先に示し、日本語訳の実在を確認できた本だけをジャンルと時代で並べます。

まず「ウクライナ文学」の範囲を決める

少なくとも四つの線引きがありえます。

  • ウクライナ語で書かれた作品
  • ウクライナで生まれ育ったが、ロシア語など別の言語で書いた作家の作品
  • ソ連期(1922〜1991年)にウクライナ・ソヴィエト社会主義共和国で書かれた作品
  • 現在ウクライナ国籍を持つ作家の作品

四つは重なりますが一致しません。どれを採るかで、同じ作家が入ったり外れたりします。

ゴーゴリ(ホーホリ)の扱いが分かれる理由

典型が、現在のポルタヴァ州に生まれロシア語で書いたニコライ・ゴーゴリ(ウクライナ語ではミコラ・ホーホリ、1809〜1852)です。Internet Encyclopedia of Ukraine の項目によれば、評価はウクライナの批評家のあいだでも割れてきました。セルヒー・イェフレモウとイェウヘン・マラニュークはゴーゴリがウクライナ問題に無関心だったことを厳しく指摘し、パウロ・フィリポヴィチとヴォロディーミル・ドロシェンコは、ロシア語作品がウクライナの国民意識の形成に寄与した面を強調しました。

「ゴーゴリはウクライナ文学か」に一つの答えはありません。この記事は範囲を固定せず、本ごとに「何語で書かれたか」「いつ書かれたか」を示します。とくにソ連期の作品は、当時の検閲と弾圧のもとで書かれたものとして扱い、現在のウクライナという国の作品と同じにはしません。

ジャンルで選ぶ

叙事詩・詩

ウクライナ語の口語で書かれた近代文学の出発点とされるのが、イヴァン・コトリャレウシキー(訳書の表記は「イワン・コトリャレウシキー」。1769〜1838)の『エネイーダ』です。Internet Encyclopedia of Ukraine によれば、第1〜3部は1798年に刊行され、全編の初版は没後の1842年にハルキウで出ました。同項目は彼を「近代ウクライナ文学の創始者」と位置づけています。日本語訳は2026年、幻戯書房のルリユール叢書として上村正之訳で出ました。版元は本邦初訳としています。

19世紀の詩では、タラス・シェウチェンコ(訳書の表記は「シェフチェンコ」。1814〜1861)。藤井悦子編訳『シェフチェンコ詩集』が2022年10月に岩波文庫で出て10篇を収めます。同じ藤井訳で、群像社から『コブザール シェフチェンコ詩集』(2018年)と『マリア 叙事詩』(2009年)も出ています。

戯曲

2025年3月、村田真一編訳『ウクライナ戯曲集』が国書刊行会から出ました。版元の書誌ページによれば、収録は3作です。

口ひげをたくわえたイヴァン・フランコの肖像写真
イヴァン・フランコ(1886年撮影)。『ウクライナ戯曲集』に「盗まれた幸せ」(原作1894年)が収録されている 写真:Włodzimierz Wysocki/Wikimedia Commons(パブリックドメイン
レーシャ・ウクラインカの肖像写真
レーシャ・ウクラインカ(1901年撮影)。『ウクライナ戯曲集』に「カッサンドラー」(原作1907年)が収録されている 写真:Johann Krzanowski/Wikimedia Commons(パブリックドメイン
  • イヴァン・フランコ(1856〜1916)「盗まれた幸せ」(原作1894年)
  • レーシャ・ウクラインカ(本名ラリーサ・コサチ=クウィトカ、1871〜1913)「カッサンドラー」(原作1907年)
  • ミハイリ・セメンコ(1892〜1937)「リリス」

短編

藤井悦子・オリガ・ホメンコ編訳『現代ウクライナ短編集』(群像社、2005年11月)。国立国会図書館サーチの書誌には、エウヘーニャ・コノネンコ「新しいストッキング」などが収録作として挙がっています。「現代」が指すのは2000年代前半までです。

長編小説

日本語で読める長編は、いまのところアンドレイ・クルコフに集中しています。『ペンギンの憂鬱』(沼野恭子訳、新潮社、2004年9月)と『灰色のミツバチ』(沼野恭子訳、左右社、2024年10月)。新潮社の著者紹介はクルコフを「ウクライナのロシア語作家」とし、3歳でキーウ(同ページの表記は「キエフ」)に移ったと記します。先の線引きでいえば二つめです。ウクライナ語で書かれた長編の邦訳は、今回は見つけられませんでした。

戦時の散文

2022年2月24日のロシアによるウクライナへの全面侵攻のあとに日本語で出たものが、いちばん層が厚くなっています。

  • オスタップ・スリヴィンスキー『戦争語彙集』(ロバート キャンベル訳著、岩波書店、2023年12月)。避難した人びとの証言を77の単語に沿って並べた本。
  • アンドレイ・クルコフ『侵略日記』(福間恵訳、ホーム社、2023年10月)。2022年2月から7月まで。
  • 同『ウクライナ日記』(吉岡ゆき訳、2015年7月)と『戦争日記』(福間恵訳、2025年8月。いずれもホーム社)。

作家自身の文章を論集で読む道もあります。赤尾光春・原田義也編『ウクライナ文化の挑戦』(幻戯書房、2025年)は22人による論集で、第1章はヴィクトリヤ・アメリナ(同書の表記は「ヴィクトリア・アメーリナ」)が書いています。PEN International の2023年7月3日の声明によれば、アメリナは6月27日に東部クラマトルシクのレストランがロシア軍の攻撃を受けて負傷し、7月1日に37歳で亡くなりました。同声明によれば、彼女は2022年3月24日にロシア軍に連行された作家ヴォロディーミル・ヴァクレンコの戦争日記を掘り出して保存した人でもあります。

時代で並べ直す

原作が書かれた時期日本語で読めるもの(邦訳刊行年)
18世紀末『エネイーダ』(原著1798年/2026年)
19世紀シェウチェンコの詩(2009・2018・2022年)
19世紀末〜20世紀初頭フランコ、ウクラインカの戯曲(2025年)
1920〜30年代セメンコの戯曲(同上)。ほかは確認できず
1980〜90年代『現代ウクライナ短編集』(2005年)
2000年前後『ペンギンの憂鬱』(2004年)※ロシア語
2014年以降『ウクライナ日記』(2015年)、『灰色のミツバチ』(2024年)※ロシア語
2022年以降『戦争語彙集』『侵略日記』(2023年)、『戦争日記』『ウクライナ文化の挑戦』(2025年)
出版社の書誌ページと国立国会図書館サーチで実在を確認したもの。2026年9月23日時点。網羅ではありません。

1920〜30年代が薄い理由

この時期のウクライナ語文学は、1930年代のソ連の弾圧で断ち切られました。後年これは「処刑されたルネサンス」(Розстріляне відродження)と呼ばれます。キーウ・インディペンデント(2026年4月3日)は、この呼び名が1950年代に亡命編集者イェジ・ギェドロイツによって作られたこと、1937年11月にカレリアのサンダルモフで100人を超えるウクライナの作家・芸術家・知識人が処刑されたことを伝えています。セメンコも、Internet Encyclopedia of Ukraine によれば1937年10月23日に処刑されました。読む本が少ないこと自体が、この歴史の結果でもあります。

人名のカナ表記が本によって違う

書店や図書館で探すときは、訳書の表記でないと見つからないことがあります。クルコフの日本語版は3社とも「アンドレイ・クルコフ」で統一されています。

ウクライナ語この記事の表記訳書・収録書の表記
Шевченкоシェウチェンコシェフチェンコ(岩波書店・群像社)
Гогольミコラ・ホーホリニコライ・ゴーゴリ(ロシア語形が定着)
Амелінаヴィクトリヤ・アメリナヴィクトリア・アメーリナ(幻戯書房)
訳書の表記は各出版社の書誌ページと国立国会図書館サーチによる(2026年9月23日確認)。

日本語で読めない部分をどう埋めるか

ウクライナ書籍研究所(Ukrainian Book Institute)は2020年から、ウクライナ語で書かれた本の翻訳出版費用を助成する Translate Ukraine を実施しており、同研究所のページによれば、これまでに326件の翻訳書が刊行されました(2022年は全面侵攻のため未実施)。日本語がこの助成でどれだけ使われているかは確認できませんでした。日本語では、野中進・古宮路子編訳『ウクライナからの声 戦争の中の国民と文学 講演集』(埼玉大学教養学部・人文社会科学研究科、2024年11月)のような大学の講演集も入口になります。

本を1冊選ぶときは、「何語で書かれたか」「いつ書かれたか」の二つを先に見ておくと読み違いが減ります。ウクライナ文学の場合、この答えがそのまま歴史の説明になっています。

出典・参考資料

  1. 『シェフチェンコ詩集』(藤井悦子編訳、岩波文庫 赤N772-1、2022年10月)書誌ページ
    発行:岩波書店 確認日:2026-09-23
  2. 『戦争語彙集』(オスタップ・スリヴィンスキー作、ロバート キャンベル訳著、2023年12月)書誌ページ
    発行:岩波書店 確認日:2026-09-23
  3. 『ペンギンの憂鬱』(アンドレイ・クルコフ著、沼野恭子訳、2004年9月)書誌ページ・著者紹介
    発行:新潮社 確認日:2026-09-23
  4. 『侵略日記』(アンドレイ・クルコフ著、福間恵訳、2023年10月、ホーム社発行)
    発行:集英社 確認日:2026-09-23
  5. 『ウクライナ戯曲集』(村田真一編訳、2025年3月)書誌ページ・収録作品
    発行:国書刊行会 確認日:2026-09-23
  6. 『エネイーダ』(イワン・コトリャレウシキー著、上村正之訳、ルリユール叢書、2026年7月、本邦初訳)書誌ページ
    発行:幻戯書房 確認日:2026-09-23
  7. 『ウクライナ文化の挑戦 激動の時代を越えて』(赤尾光春・原田義也編、2025年11月)書誌ページ
    発行:幻戯書房 確認日:2026-09-23
  8. 『現代ウクライナ短編集』(藤井悦子・オリガ・ホメンコ編訳、群像社ライブラリー16、2005年11月、269ページ)書誌・収録作品
    発行:国立国会図書館サーチ 確認日:2026-09-23
  9. 検索「シェフチェンコ 藤井悦子」(『コブザール シェフチェンコ詩集』群像社2018年/『マリア 叙事詩』群像社2009年/『シェフチェンコ詩選』大学書林1993年 を確認)
    発行:国立国会図書館サーチ 確認日:2026-09-23
  10. 検索「クルコフ ウクライナ」(『灰色のミツバチ』左右社2024年10月/『ウクライナ日記』ホーム社2015年7月/『戦争日記』ホーム社2025年8月/『侵略日記』ホーム社2023年10月 を確認)
    発行:国立国会図書館サーチ 確認日:2026-09-23
  11. 検索「ウクライナ文学」(『ウクライナからの声 戦争の中の国民と文学 講演集』野中進・古宮路子編訳、埼玉大学教養学部・人文社会科学研究科、2024年11月/『ウクライナ戯曲集』国書刊行会2025年3月 を確認)
    発行:国立国会図書館サーチ 確認日:2026-09-23
  12. 検索「ウクライナ文化の挑戦」(著者表示に「ヴィクトリア・アメーリナ ほか」があることを確認)
    発行:国立国会図書館サーチ 確認日:2026-09-23
  13. 検索「アメリナ ウクライナ」(該当0件。単著の邦訳が確認できないことの根拠)
    発行:国立国会図書館サーチ 確認日:2026-09-23
  14. 検索「ウクライナの詩」(『エネイーダ』幻戯書房2026年8月/『愛と太陽の園』鳥影社2002年 等を確認)
    発行:国立国会図書館サーチ 確認日:2026-09-23
  15. 項目「Gogol, Nikolai」(執筆:Dmytro Chyzhevsky, Danylo Husar Struk)
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(Canadian Institute of Ukrainian Studies) 確認日:2026-09-23
  16. 項目「Kotliarevsky, Ivan」(執筆:Pavlo Petrenko)
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(Canadian Institute of Ukrainian Studies) 確認日:2026-09-23
  17. 項目「Ukrainka, Lesia」(執筆:Petro Odarchenko。本名・生没年・『カッサンドラ』1907年)
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(Canadian Institute of Ukrainian Studies) 確認日:2026-09-23
  18. 項目「Franko, Ivan」(執筆:Marko Robert Stech, Arkadii Zhukovsky。生没年・『盗まれた幸せ』1894年)
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(Canadian Institute of Ukrainian Studies) 確認日:2026-09-23
  19. 項目「Semenko, Mykhailo」(執筆:Bohdan Kravtsiv。1892年12月31日生/1937年10月23日没、1937年に逮捕・処刑)
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(Canadian Institute of Ukrainian Studies) 確認日:2026-09-23
  20. 記事「The Executed Renaissance: Ukraine's cultural rebirth and its violent death」(Valeria Radkevych、2026年4月3日)
    発行:The Kyiv Independent 確認日:2026-09-23
  21. 声明「Ukraine: PEN International mourns the killing of writer and PEN Ukraine member Victoria Amelina」(2023年7月3日)
    発行:PEN International 確認日:2026-09-23
  22. Grant programme Translate Ukraine(2020年開始、累計326件、2022年は未実施)
    発行:Ukrainian Book Institute 確認日:2026-09-23

訂正・更新の記録

  • 題名を改めました(旧題:ウクライナ文学は何から読むか——範囲・ジャンル・時代で整理する)

記載内容に誤りを見つけた場合は、訂正のご連絡からお知らせください。確認のうえ、訂正した内容と経緯を記事に記載します。