『はだしのゲン』から『チーズスイートホーム』へ、ウクライナ語の漫画
出版専門メディア Chytomo によれば、ウクライナ語の日本の漫画の最初は2009年の『はだしのゲン』第1巻です。日本の版元の許諾を得た翻訳が続くようになったのは、2019年にドニプロの Nasha Idea が出した『チーズスイートホーム』からです。出版社の人たちが語った許諾の壁、刊行一覧の数、日本語の音をキリル文字でどう書くかの議論を見ていきます。
オリュカのひとこと
ウクライナ語の漫画は、どの出版社が出しているのでしょう。最初の見出しで確かめられます。
ウクライナの出版専門メディア Chytomo は、ウクライナ語に訳された日本の漫画が初めて出たのは、2009年の中沢啓治『はだしのゲン』第1巻だと書いています。日本の出版社の許諾を得た翻訳が続けて出るようになったのは2019年の終わりからで、最初はドニプロの出版社 Nasha Idea(ナーシャ・イデア)が出した、こなみかなた『チーズスイートホーム』でした。同じメディアの2026年9月の記事は、漫画を出している出版社として9社の名を挙げています。
ここでは、出版専門メディア「Chytomo(チトモ)」の記事と出版社の刊行一覧をもとに、どの出版社が、いつから、どんな事情のなかで漫画を出してきたかを見ていきます(2026年10月時点)。作品の中身の紹介や、どこで手に入るかは扱いません。
ウクライナ語の漫画を出している出版社
Chytomo は2026年9月2日の記事で、ウクライナで漫画を出している出版社として、Nasha Idea、MALʼOPUS(マロプス)、Varvar Publishing、Molfar Comics(モルファル・コミックス)、Artbooks(アルトブクス)、Bimba(ビンバ)、「Vydavnytstvo(ヴィダヴヌィツトヴォ)」の名を挙げ、さらに Vivat と「Laboratoriia(ラボラトリヤ)」も少し出していると書いています。同じ記事は、出版社ごとの例として次のような作品を挙げています。
- Nasha Idea:『鋼の錬金術師』『東京卍リベンジャーズ』『ヴィンランド・サガ』『ベルセルク』『MONSTER』など
- MALʼOPUS:『極主夫道』『黒執事』など
- Artbooks:『進撃の巨人』『攻殻機動隊』
- Molfar Comics:『BLAME!』
ウクライナで出る本全体の点数や、ウクライナ語の本が占める割合は、数字で見るウクライナの出版で扱っています。
2009年の『はだしのゲン』
Chytomo の2020年6月4日の記事は、日本の漫画がウクライナ語の翻訳で初めて出たのは2009年で、作品は『はだしのゲン』だったと書いています。出したのは出版社「Zelenyi pes(ゼレーヌィ・ペス)」で、記事の中では、企画の責任者の一人だったオレーナ・カプラノヴァと、出版人のドミトロ・カプラノフ、ヴィタリー・カプラノフが当時のことを話しています。
記事によれば、この作品を世界に翻訳して広めるために1976年にできた「プロジェクト・ゲン」の関係者がウクライナを訪れた際に、翻訳者としてニーナ・ヴァシレンコが迎えられました。ただし翻訳は、日本語からではなくロシア語版からの重訳でした。第1巻では、左から右へ読む形にするためにページを鏡に映したように反転させたところ、着物の合わせが逆になってしまい、日本側から強い反発があり、作り直すことになったといいます。第2巻は日本と同じ右から左へ読む形で出ました。日本側が費用を出したのは2巻分だけで、売れ行きも伸びず、続きは出ませんでした。
オリュカ
アメリマンガって、どんな漫画なのかな。
タブリ
名前の由来は、この見出しの本文に書いてあるよ。
ヨリクネ
ほかの本との違いも、この見出しの下にあるね。
2010年の8作は「アメリマンガ」
同じ記事は、2010年に出版社「Pero(ペロ)」が漫画の形の本を8作出したことも伝えています。『Warcraft』『スタートレック』『プリンセス・アイ』などで、どれも第1巻だけで止まりました。Chytomo は、アメリカの TOKYOPOP が2002年に始めたコンテスト「Rising Stars of Manga」から生まれた「アメリマンガ」の話のなかでこれらを取り上げ、2019年の『チーズスイートホーム』のほうを「本物の日本の漫画」と呼んで区別しています。
2019〜2020年、出版社が日本の版元と契約する
Chytomo は、Nasha Idea の『チーズスイートホーム』(ウクライナ語の題は «Чі. Життя однієї киці»、訳はオヌィシヤ・コレスヌィコヴァとムィハイロ・フナチューク)を「この10年で初めての、日本の漫画の正規の翻訳」と書いています。出版社は2019年10月の Comic Con Ukraine で第1巻を発表しました。Nasha Idea のサイトでは、第1巻の公開日が2019年11月25日、ISBN が978-617-7678-31-0となっています。
Nasha Idea は続いて、白浜鴎『とんがり帽子のアトリエ』を出しました。Chytomo は2020年6月の時点で、これがウクライナ語で出る初めての「連載中の作品」になると書いています。同じ記事は、やはり連載中のものとして『ラディアン』も紹介しています。フランスの作家トニー・ヴァレンテの作品です。出版社の代表のイルィナ・オレシコは、シリーズものは続きを早く出すことが求められる、と話しています。
2020年には、ほかの出版社も動き出しました。フメリニツキーの Molfar Comics は、記事が出た2020年6月の時点で、綾辻行人・清原紘『Another』の第1巻の刊行を準備していました(刊行日は記事にありません)。翻訳はアナスタシヤ・スコタルで、日本語から訳したといいます。共同創業者のアントン・ハユルは、ウクライナで印刷すること、日本と同じく右から左へ読む形にすること、ウクライナの漫画の版をそろえるため Nasha Idea とソフトカバーの判型を同じにしたことを話しています。キーウの Fireclaw Ukraine は、佐藤秀峰『ブラックジャックによろしく』の電子版を2020年4月13日から自社のサイトで出しました。講談社とがいちばん早く話がまとまった、と編集者のカテルィナ・クロペンコは話しています。翻訳は、版元から渡された英語版をもとに編集部全員で行い、ときに日本語も参照したといいます。
出版社が語った、許諾の難しさ
同じ記事で、出版社の人たちは許諾をめぐる壁についても話しています。アントン・ハユルによれば、新型コロナの流行で日本の出版社の多くが秋まで許諾を絞り、いくつかの契約は止まっていました。ウクライナには漫画の市場がない、という理由で断られることも多かったといいます。さらに、ロシアの出版社がウクライナの領域も含めた販売の権利を買っている作品があり、その説明として、「ロシアの出版社と契約したときは、ウクライナから申し出があるとは思っていなかった」という英語の文をそのまま引いています。カテルィナ・クロペンコも、ロシアが権利を買っているためにまだ出せない作品があると認めたうえで、「ライセンスは永遠ではない」と話しています。
オリュカのひとこと
刊行の点数は、どう数えるのでしょう。この見出しで確かめられます。
Nasha Idea の刊行一覧を数える
Nasha Idea のサイトの「漫画(Манґа)」の分類には、2026年10月31日の時点で345点の商品が並んでいます。1巻ごと、コレクション版(колекційне видання)、塗り絵、画集、予約受付中の巻を別々に数えた数です。巻を除いて題名で数えると、塗り絵と画集を除いておよそ80作です。この中には、サイトが「Манхва」「Маньхва」(韓国や中国などの漫画)の分類にも入れている作品が4作と、フランスの『ラディアン』も含まれます。サイトに並んでいない、品切れや絶版の本があるかどうかは分かりません。
サイトの商品ページにある、各シリーズの第1巻の公開日は次のとおりです。
| 作品(日本語の題) | ウクライナ語の題 | 第1巻の公開日 | ISBN |
|---|---|---|---|
| チーズスイートホーム | Чі. Життя однієї киці | 2019年11月25日 | 978-617-7678-31-0 |
| とんがり帽子のアトリエ | Ательє чаклунських капелюхів | 2020年6月11日 | 978-617-7678-49-5 |
| 東京卍リベンジャーズ | Токійські месники | 2022年1月6日 | 978-617-7678-89-1 |
| ヴィンランド・サガ | Сага про Вінланд | 2022年1月30日 | 978-617-7678-88-4 |
オリュカ
日本語の名前は、どんな文字で書くのかな。
スウネ
書き方の決まりが一つかどうかは、この見出しの下にあるよ。
ヨリクネ
最初の例は、この見出しの最初の段落にあるね。
日本語の音を、ウクライナ語の文字でどう書くか
漫画の翻訳では、人名や地名、「少年」「少女」のような言葉を、ウクライナ語のキリル文字でどう書くかが問題になります。2009年の『はだしのゲン』は、日本語をロシア語のキリル文字で書くために作られた「ポリヴァノフ式」で人名や事物を書いていた、と Chytomo は伝えています。Fireclaw Ukraine の『ブラックジャックによろしく』にも、この方式によるつづりの誤りがあったと同じ記事は指摘しています。
「ポリヴァノフ式」をめぐる2024年の議論
Chytomo の2024年10月9日の記事によれば、ウクライナ国立科学アカデミーのクルィムシキー東洋学研究所で、ウクライナ語での日本語の書き方をそろえるための研究会が開かれました。翻訳家のアンドリー・ナコルチェウシキーは、統一した方式がないことが翻訳者や研究者の混乱を招いているとして、1999年の論文などにある従来の書き方を標準にするよう求め、研究所は彼に学術的な方式の案を作るよう任せました。
これに対し、Vydavnytstvo、Nasha Idea、MALʼOPUS、Bimba、Artbooks が SNS で反対の声を上げ、Safran は日本語の研究者とウクライナ語の研究者がいっしょに方式を検討するよう求めました。反対した出版社の側は、研究会で示された方式を「ポリヴァノフ式」だとして退け、ウクライナ語の音に合わせて作られたほかの方式(Bimba はコヴァレンコ式を使っているとしています)を使うべきだと主張しています。一方、翻訳家のイーホル・ドゥビンシキーは、「ポリヴァノフ式」はロシア語のための方式で、ウクライナ語の翻訳で使われてきた書き方がそこから来たという証拠は示されていない、と反論しています。リヴィウ大学の東洋学講座は、さまざまな方式を使う専門家を広く加えて話し合うよう研究所に求めました。
Nasha Idea のサイトでは、漫画の分類名を «Манґа»、二宮正明『ガンニバル』を «Ґаннібал» と書くなど、日本語のガ行の音をウクライナ語の「ґ」で書いています。
ロシアで出た本の扱い
ウクライナでは、2023年6月25日から、ロシアとベラルーシで出た本や、そこから運ばれた本の輸入と販売が法律で禁じられています(2022年6月19日採択の法律第2309-IX号)。法律の中身と経緯は数字で見るウクライナの出版にまとめています。
年表:ウクライナ語で出た日本の漫画
| 年 | 出来事 | 典拠 |
|---|---|---|
| 2009年 | Zelenyi pes が『はだしのゲン』第1巻を出す(ロシア語版からの重訳)。のちに第2巻 | Chytomo(2020年6月4日) |
| 2010年 | Pero が漫画の形の本8作を第1巻だけ出す(Chytomo は「アメリマンガ」として書く) | Chytomo(2020年6月4日) |
| 2019年10月 | Nasha Idea が Comic Con Ukraine で『チーズスイートホーム』第1巻を発表 | Chytomo(2020年6月4日) |
| 2019年11月25日 | 『チーズスイートホーム』第1巻の公開日(Nasha Idea のサイトの表示) | Nasha Idea |
| 2020年4月13日 | Fireclaw Ukraine が『ブラックジャックによろしく』の電子版を出す | Chytomo(2020年6月4日) |
| 2020年 | Molfar Comics が『Another』第1巻を準備中(Chytomo の6月の記事)。Nasha Idea が『とんがり帽子のアトリエ』第1巻(公開日6月11日) | Chytomo(2020年6月4日)、Nasha Idea |
| 2023年6月25日 | ロシアとベラルーシの本の輸入・販売を禁じる法律が効力を持つ | 法律第2309-IX号 |
| 2024年10月 | 東洋学研究所の研究会を受けて、出版社が「ポリヴァノフ式」に反対する | Chytomo(2024年10月9日) |
| 2026年9月 | Chytomo が、漫画を出す出版社として9社の名を挙げる | Chytomo(2026年9月2日) |
出典と記事の記録
出典・参考資料
- Манґа українською: що вже перекладено і що незабаром перекладуть2020年6月4日。2009年の『はだしのゲン』とZelenyi pes、プロジェクト・ゲン、ロシア語版からの重訳、第1巻の反転と作り直し、2巻で中断、2010年のPeroの8作とTOKYOPOP、Nasha Ideaの『チーズスイートホーム』の発表と訳者、『とんがり帽子のアトリエ』、『ラディアン』、Molfar Comicsの『Another』、Fireclaw Ukraineの『ブラックジャックによろしく』電子版と講談社、許諾をめぐる各社の話
発行:Chytomo(chytomo.com) 確認日:2026-10-31 - Чому всі читають манґу і до чого тут Дісней, Кроненберґ та українські видавці2026年9月2日。漫画を出している出版社の名と、各社の作品の例
発行:Chytomo(chytomo.com) 確認日:2026-10-31 - Видавництва протестують проти «поліванівки» у транскрипції з японської мови2024年10月9日。東洋学研究所の研究会、ナコルチェウシキーとドゥビンシキーの主張、出版社の反対、リヴィウ大学東洋学講座の呼びかけ
発行:Chytomo(chytomo.com) 確認日:2026-10-31 - Манґа商品分類。2026年10月31日時点の商品数345点、題名、分類「Манхва」「Маньхва」
発行:Nasha Idea(nashaidea.com) 確認日:2026-10-31 - Чi «Життя однієї киці» Том 1ISBN 978-617-7678-31-0、公開日2019年11月25日
発行:Nasha Idea(nashaidea.com) 確認日:2026-10-31 - Ательє чаклунських капелюхів, Том 1ISBN 978-617-7678-49-5、公開日2020年6月11日
発行:Nasha Idea(nashaidea.com) 確認日:2026-10-31 - Токійські месники (Tokyo Revengers), Том 1ISBN 978-617-7678-89-1、公開日2022年1月6日
発行:Nasha Idea(nashaidea.com) 確認日:2026-10-31 - Vinland Saga (Сага про Вінланд), Том 1ISBN 978-617-7678-88-4、公開日2022年1月30日
発行:Nasha Idea(nashaidea.com) 確認日:2026-10-31
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