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日本とのつながり/解説

絵本『てぶくろ』の原題「ルカヴィチカ」とウクライナの昔話

福音館書店の絵本『てぶくろ』は1965年の初版から「ウクライナ民話」と書名に添えています。1956年にはナウカから『テブクロ : ウクライナのおとぎばなし』も出ていました。絵を描いたラチョフはトムスク生まれで、キーウの出版社で挿し絵を始めた画家。昔話、絵本、日本での扱いの三つを書誌でたどります。

雪の森でおじいさんが手袋を片方落とす。そこにネズミが住みこみ、カエル、ウサギ、キツネが「わたしもいれて」と次々にやってきて、最後には大きなクマまで入ってくる。福音館書店の絵本『てぶくろ』は、表紙と書名に「ウクライナ民話」と添えられています。

福音館書店の商品ページによれば、初版は1965年11月1日。「世界傑作絵本」シリーズの1冊で、16ページ、28×23センチ。絵はエウゲーニー・M・ラチョフ、訳はうちだりさこ(内田莉莎子)です。同じページには「100刷を超えた本」という分類と、光村図書・教育出版の1年生の国語教科書(R6)、学校図書の2年生の国語教科書(R2)に採用されたという表示があります。ちひろ美術館は2026年の展覧会の案内で、国内の発行部数を330万部を超えると書いています。

この一冊には、三つの国の名前が重なっています。昔話はウクライナのもの。絵本はソ連で作られたもの。そして日本の図書館の目録には「ロシアの絵本」というシリーズ名も出てきます。どれがどこから来たのかを、書誌と美術館の資料でたどります。

原題は「ルカヴィチカ」

国立国会図書館(NDL)の目録で、2020年1月に福音館書店から出た大型版(「傑作絵本劇場」、48センチ)の記録を見ると、一般注記に「1965年刊の大型化」「原タイトル: Rukavichka」とあります。同じ記録は、原文の言語をウクライナ語(ukr)としています。

Rukavichka はキリル文字の Рукавичка をラテン文字にしたものです。この語はウクライナ語でもロシア語でも同じ綴りで、手袋を指します。ウクライナ語の読みをカナで書けば「ルカヴィチカ」です。日本語の書名『てぶくろ』は、原題をそのまま訳したものということになります。

NDLが所蔵する1965年(昭和40年)の初版の記録も、書名は「てぶくろ : ウクライナ民話」です。日本語版は刊行の時点から、この話をウクライナの民話として紹介していました。

1956年の『テブクロ』

福音館書店版より9年早い版もあります。NDLサーチには、1956年6月に東京のナウカから出た『テブクロ : ウクライナのおとぎばなし』の記録があり、絵はエウゲーニー・M・ラチョフ、訳はアズマ カズオ、16ページ、29センチです。シリーズ名は「ソヴエト児童青年文学叢書」でした。

ラチョフの絵による同じ話が、福音館書店版の前にも日本語で出ていて、その時点ですでに「ウクライナの」と書かれていたことが、この記録からわかります。1956年版の本文や訳文が1965年版とどう違うのかは、この記事では確かめていません。

刊行書名(NDLの記録)版元・シリーズ
1956年6月テブクロ : ウクライナのおとぎばなし(訳:アズマ カズオ)ナウカ/ソヴエト児童青年文学叢書
1965年11月てぶくろ : ウクライナ民話(訳:うちだりさこ)福音館書店/世界傑作絵本シリーズ
1997年【点訳絵本】てぶくろ : ウクライナ民話福音館書店/世界傑作絵本シリーズ(ロシアの絵本)
2020年1月てぶくろ : ウクライナ民話(原タイトル: Rukavichka)福音館書店/傑作絵本劇場. ロシアの絵本
出典:国立国会図書館サーチの各書誌(2026年9月23日に確認)。絵はいずれもエウゲーニー・M・ラチョフ。1997年版の刊行年は点訳絵本の記録による。

絵本はソ連で作られた

昔話がウクライナのものだとしても、絵本そのものはソ連で作られました。ちひろ美術館(東京)は、2026年3月1日から5月10日まで開いた展覧会「生誕120年『てぶくろ』の画家 ラチョフと民話絵本の世界」の案内で、絵本『てぶくろ』は1951年にロシア語で刊行されると好評となり、多くの言語に翻訳された、と書いています。同館が展示した原画の制作年は1950年です。

NDLが所蔵する1965年版の記録には、日本図書館協会が提供したあらすじとして「手袋と森の小動物たちを描いたソビエトの絵本の名作」とあります。1997年の点訳絵本と2020年の大型版の記録には、シリーズ名に「ロシアの絵本」が入っています。同じ記録の中で、書名の「ウクライナ民話」と並んでいます。

つまり、表示には層があります。話の出どころはウクライナ民話。絵本が作られたのはソ連で、ちひろ美術館によれば最初の本はロシア語。日本の図書館の記録に出てくるシリーズ名は「ロシアの絵本」。どれかが誤っているというより、それぞれが別のものを指しています。

ただし、原文の言語については資料が一致しません。NDLの2020年版の記録はウクライナ語とし、ちひろ美術館は1951年の最初の刊行をロシア語としています。日本語訳がどの言語の本から訳されたのかは、この記事では確認できていません。

画家ラチョフは、キーウで絵を描き始めた

NDLの典拠は、画家を Rachëv, Evgeniĭ(1906〜1997年)としています。ちひろ美術館の紹介によれば、ラチョフは1906年にロシアのトムスクに生まれ、幼少期をシベリアで過ごしました。1928年にクバン美術師範学校を卒業し、翌1929年、23歳でキーウの出版社で挿し絵を描き始めます。1936年にモスクワの児童文学出版社に招かれて移り、第二次世界大戦に従軍したのち、民話の絵本を次々に発表しました。

福音館書店が出版情報として出している著者紹介(NDLサーチに転載)は、キーウの美術研究所で学んだのち、1930年にキーウの出版所「クリトゥーラ」に勤めた、としています。キーウで働き始めた年は、資料によって1929年と1930年に分かれます。

ラチョフの絵の特徴は、服を着た動物です。ちひろ美術館によれば、服を着た動物が初めて登場したのは1947年刊行の民話集で、民話の動物は人間関係や性格を映す存在だと考えたラチョフが、動物に民族衣装を着せることを思いついたといいます。編集部は反対し、7か月の検討を経て出版が決まりました。以後ラチョフは、ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、ハンガリー、ブルガリア、シベリアの少数民族などの動物民話の挿し絵を描いていきます。

同館は、福音館書店の編集者だった松居直が、この絵本の魅力として精緻で写実的な絵を挙げていたことも紹介しています。動物が入るたびに手袋はふくらみ、窓や煙突がつき、縫い目がほつれていく。その細かな描写が、子どもが受け入れる絵本の中のリアリティだ、という評価です。

訳者と、2022年以降の読まれ方

訳者の内田莉莎子について、NDLの典拠は1928〜1997年としています。ラチョフも同じ1997年に亡くなっています。

ちひろ美術館は、2022年にロシアがウクライナへの全面侵攻を始めてから、この絵本がウクライナという国を身近に感じられる本として、また性質の違う動物が一緒に暮らす話として、あらためて注目されたと書いています。同館によれば、ロシア国内を除いてラチョフの作品をまとまって持つ美術館は同館だけで、2026年の展覧会では『てぶくろ』の原画6点と、絵本に収められなかったラストシーン1点が展示されました。

日本で60年以上読まれてきたこの絵本の書名には、1956年の版から「ウクライナ」の文字が入っていました。ウクライナの文学を日本語で読む手がかりは、ウクライナ文学は何から読むかでも紹介しています。

出典・参考資料

  1. てぶくろ(商品ページ。初版年月日1965年11月01日・16ページ・28×23cm・世界傑作絵本・ISBN・あらすじ・国語教科書採用の表示・100刷を超えた本)
    発行:福音館書店 確認日:2026-09-23
  2. 生誕120年『てぶくろ』の画家 ラチョフと民話絵本の世界(2026年3月1日〜5月10日。1951年のロシア語での刊行・国内発行部数330万部超・ラチョフの経歴・1947年の民話集・松居直の評価・原画6点と未収録のラストシーン1点)
    発行:ちひろ美術館・東京(いわさきちひろ記念事業団) 確認日:2026-09-23
  3. てぶくろ : ウクライナ民話(1965年版。典拠 Rachëv, Evgeniĭ, 1906-1997/内田, 莉莎子, 1928-1997・日本図書館協会提供のあらすじ)
    発行:国立国会図書館サーチ 確認日:2026-09-23
  4. てぶくろ : ウクライナ民話(2020年1月・傑作絵本劇場. ロシアの絵本・一般注記「1965年刊の大型化」「原タイトル: Rukavichka」・原文の言語コード ukr・著者紹介)
    発行:国立国会図書館サーチ 確認日:2026-09-23
  5. テブクロ : ウクライナのおとぎばなし(1956年6月・ナウカ・ソヴエト児童青年文学叢書・訳アズマ カズオ)
    発行:国立国会図書館サーチ 確認日:2026-09-23
  6. 【点訳絵本】てぶくろ : ウクライナ民話(1997年・世界傑作絵本シリーズ(ロシアの絵本))
    発行:国立国会図書館サーチ 確認日:2026-09-23

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