「ウクライナ映画」と呼ばれるもの ― 製作国、舞台、作り手を分けて確かめる
「ウクライナ映画」という言葉は、少なくとも五つの異なるものを指している。ウクライナで製作された作品、共同製作国のひとつである作品、ウクライナを舞台にした他国の作品、ウクライナ出身の作り手が他国で作った作品、そして旧ソ連期の作品。何をどう確かめればよいのかを、資料で確認できた作品を例に整理する。
2022年2月24日のロシアによるウクライナへの全面侵攻のあと、日本でもウクライナに関わる映画が数多く上映された。だが「ウクライナ映画」という言葉は、少なくとも五つの異なるものを同時に指している。
分けずに紹介すると、二つの方向に転ぶ。他国の資金と製作体制で作られた作品をウクライナの作品として扱い、実際に出資し製作した国と会社の役割を消してしまうか。逆に、ウクライナが正式な共同製作国として名を連ねている作品を、多数派の製作国の名前だけで呼び、ウクライナ側の関与を見えなくしてしまうか。旧ソ連期の作品には、さらに別の難しさがある。
五つの分け方
1. ウクライナで製作された作品
製作国としてウクライナだけが挙がる作品。ヴェネツィア国際映画祭の公式サイトは、2019年オリゾンティ部門の『アトランティス』(原題 Atlantis、ヴァレンティン・ヴァシャノヴィチ/Valentyn Vasyanovych 監督)について、製作国を Ukraine、製作会社を Garmata Film Studios と Limelite、言語をウクライナ語と記載している。
2. ウクライナが共同製作国のひとつである作品
ヴェネツィア国際映画祭の公式サイトは、『異端の鳥』(The Painted Bird、2019年、ヴァーツラフ・マルホウル/Václav Marhoul 監督)の製作国を「Czech Republic, Ukraine, Slovak Republic」と記す。スロバキア映画研究所(Slovenský filmový ústav)のデータベースは「CZ – SK – UA」とし、ウクライナ側の共同製作会社に Directory Films を挙げる。作品自身の公式サイトも同社を海外の共同製作者に、ウクライナ国立映画庁(Ukrainian State Film Agency)を出資機関のひとつに挙げている。
『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』(Mr. Jones、2019年、アグニェシュカ・ホランド/Agnieszka Holland 監督)は、ポーランドの映画データベースFilmPolski.plが製作国を「ポーランド・イギリス・ウクライナ」、共同製作会社のひとつに Kinorob、出資機関にウクライナ国立映画庁を挙げている。ウクライナの製作グループFILM.UAのプロジェクトページも、同じ会社名と同庁の支援を記載している。
3. ウクライナを舞台にした、他国の作品
『ひまわり』(I girasoli、1970年、ヴィットリオ・デ・シーカ監督)は、2022年3月にアンプラグドの配給で日本でリバイバル上映され、ウクライナと結びつけて語られた。ただし製作国の記載は資料によって違う。映画.comとシネマトゥデイは「イタリア」とだけ記し、nippon.comの記事は「イタリア・フランス・米国・ソビエト連邦の合作」としたうえで、ひまわり畑のシーンはウクライナで撮影されたと書いている。三つのどれも、ウクライナを製作国としては挙げていない。
舞台や撮影地がウクライナであることと、ウクライナが製作国であることは、別の事実だ。
4. ウクライナ出身の作り手が、他国の体制で作った作品
『マリウポリの20日間』(20 Days in Mariupol、2023年)の公式サイトは、製作を「a FRONTLINE PBS and The Associated Press production」と記す。FRONTLINEはアメリカの公共放送PBSの番組、The Associated Pressはアメリカの通信社である。監督・脚本・製作・撮影を兼ねたミスティスラフ・チェルノフを、PBSは「Ukrainian filmmaker」と書いている。第96回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞したことは、アカデミー博物館の受賞作ページが記載している。
作り手の出身と、製作会社の所在国と、資料が記す「製作国」は、別々に確認するしかない。三つが一致しない例は珍しくない。
5. 旧ソ連期に、現在のウクライナの領域で作られた作品
いちばん難しいのがこれだ。当時のウクライナはソビエト連邦を構成する共和国のひとつで、映画は国家の管理下で作られていた。撮影所はキーウにもオデーサにもあり、モスクワにもあった。「旧ソ連の映画」という一語では、その違いが出てこない。
『火の馬』(原題 Тіні забутих предків、セルゲイ・パラジャーノフ/Sergei Parajanov 監督)について、ウクライナ最大の映画アーカイブであるドヴジェンコ・センターは、自館が選ぶ「Top 100」で製作年を1964年、撮影所をオレクサンドル・ドヴジェンコ記念撮影所とし、「20世紀後半のウクライナ文化の発展における転換点」と位置づけている。日本の発売元IVCは、製作年を1965年、製作国を「ソ連=ウクライナ」と記し、キーウのスタジオで製作されたと説明する。
一方『僕の村は戦場だった』(Иваново детство、1962年、アンドレイ・タルコフスキー監督)は、モスクワのモスフィルムが自社カタログに掲載する作品で、日本では映画.comが製作国を「ソ連」と記す。今回確認した資料に、ウクライナの製作機関が関わったという記載はない。同じ「旧ソ連期の映画」でも、どこの撮影所が作ったかで話は変わる。
では、キーウの撮影所で作られた作品を、現在のウクライナの作品と呼んでよいのか。本記事は結論を出さない。ただし、論点は分けて置くことができる。
- 製作した撮影所がどこにあったか。所在地と、当時それを管理していた制度は別に書ける。
- その作品がどの言語で作られ、どの土地の文化を素材にしていたか。
- 現在そのフィルムを保存し、研究し、修復しているのはどの機関か。
- 作り手自身が、自分をどこに位置づけていたか。パラジャーノフのように、出自も活動地も一つの国に収まらない作り手がいる。その名前の表記さえ、言語によって変わる。
この四つは別々の事実であり、どれか一つを根拠に「この作品は◯◯の映画だ」と決めるのは無理がある。旧ソ連という枠だけを理由に作品や作り手を現在の一つの国に帰属させることはできないし、逆に、キーウの撮影所でウクライナ語で作られたという事実を「ソ連映画」の一語で消すこともできない。
確認できた製作国の記載
| 作品 | 資料が記す製作国・製作主体 | 確認に使った資料 |
|---|---|---|
| アトランティス(2019) | Ukraine/ウクライナ | ヴェネツィア国際映画祭公式サイト、映画.com |
| 異端の鳥(2019) | Czech Republic, Ukraine, Slovak Republic(CZ – SK – UA) | ヴェネツィア国際映画祭公式サイト、スロバキア映画研究所、作品公式サイト、映画.com |
| 赤い闇 スターリンの冷たい大地で(2019) | ポーランド・イギリス・ウクライナ | FilmPolski.pl、FILM.UA Group、映画.com |
| ひまわり(1970) | 「イタリア」と記す資料と「イタリア・フランス・米国・ソビエト連邦の合作」と記す資料がある。ウクライナはいずれにも現れない | 映画.com、シネマトゥデイ、nippon.com |
| マリウポリの20日間(2023) | 公式サイトの製作表記はFRONTLINE PBSとThe Associated Press(いずれも米国)。日本の作品情報は「ウクライナ・アメリカ合作」 | 作品公式サイト、PBS FRONTLINE、アカデミー博物館、映画.com |
| 火の馬(1964年または1965年) | 撮影所はオレクサンドル・ドヴジェンコ記念撮影所(キーウ)。日本の発売元は製作国を「ソ連=ウクライナ」と表記 | ドヴジェンコ・センター、IVC |
| 僕の村は戦場だった(1962) | ソ連。モスフィルム(モスクワ)が自社カタログに掲載 | モスフィルム公式サイト、映画.com |
どこで確かめるか
- 映画祭の公式記録。ヴェネツィア国際映画祭(labiennale.org)は、上映作品ごとに製作国・製作会社・言語を掲載している。公式部門に選ばれた作品なら、まずここを見る。
- 各国の映画機関のデータベース。スロバキア映画研究所、ポーランドのFilmPolski.plなど。共同製作会社の国籍や出資機関まで載ることが多い。
- ウクライナ国立映画庁(usfa.gov.ua)。自らを「国の映画政策を実施する中央執行機関」と説明し、国家予算からの支援と、他国と結んだ共同製作条約の運用を担うとしている。国として関与した作品かの確認先になる。
- ドヴジェンコ・センター(dovzhenkocentre.org)。自館の説明によれば1994年設立、7,000本を超えるタイトルを収蔵するウクライナ最大の映画アーカイブ。旧ソ連期の作品を調べるときの入口になる。
- 製作会社と作品自身の公式サイト。共同製作者と出資機関が国別に並ぶことがある。ただし自社の説明であることを踏まえて読む。
- 日本の配給元・発売元の記載。日本語で紹介するときの表記を確認できる。
IMDbやWikipediaは、これらの資料にたどり着く手がかりにはなるが、根拠にはしない。そして資料が食い違うときは、どれか一つを選んで断定するより、どの資料が何と書いているかをそのまま示すほうが正確だ。読者が自分で確かめ直せるし、新しい資料が出たときに直しやすい。
分けたうえで、何を書けるか
五つに分けるのは、作品に序列をつけるためではない。分ける理由は、そうしないと書けないことがあるからだ。全面侵攻の下でウクライナの製作会社が他国の共同製作者と組んで作品を作り続けているという事実は、「ウクライナ映画」とまとめた瞬間に消える。誰が出資し、誰が撮り、どの国の制度がそれを支えたのかを分けて書いたときにはじめて、作品の成り立ちが見えてくる。
出典・参考資料
- Biennale Cinema 2019
発行:Atlantis 確認日:La Biennale di Venezia - Biennale Cinema 2019
発行:The Painted Bird 確認日:La Biennale di Venezia - The Painted Bird(作品公式サイト)
発行:Silver Screen 確認日:2026-09-22 - The Painted Bird(作品データ)
発行:Slovenský filmový ústav(スロバキア映画研究所) 確認日:2026-09-22 - MR. JONES(作品データ)
発行:FilmPolski.pl 確認日:2026-09-22 - Mr. Jones(プロジェクトページ)
発行:FILM.UA Group 確認日:2026-09-22 - Who we are
発行:Ukrainian State Film Agency(ウクライナ国立映画庁) 確認日:2026-09-22 - About
発行:Oleksandr Dovzhenko National Centre(ドヴジェンコ・センター) 確認日:2026-09-22 - Shadows of Forgotten Ancestors / Tini zabutykh predkiv(Top 100)
発行:Oleksandr Dovzhenko National Centre 確認日:2026-09-22 - 火の馬 セルゲイ・パラジャーノフ 2Kレストア(作品ページ)
発行:株式会社アイ・ヴィー・シー(IVC) 確認日:2026-09-22 - Иваново детство(作品ページ)
発行:Киноконцерн «Мосфильм»(モスフィルム) 確認日:2026-09-22 - 20 Days in Mariupol(作品公式サイト)
発行:FRONTLINE PBS / The Associated Press 確認日:2026-09-22 - 20 Days in Mariupol selected for shortlists for Documentary Feature Film, International Feature Film for the 96th Academy Awards
発行:FRONTLINE, PBS 確認日:2026-09-22 - 96th Academy Award Documentary Feature Film Winner: 20 Days in Mariupol
発行:Academy Museum of Motion Pictures 確認日:2026-09-22 - ウクライナ侵攻で全国に広がる『ひまわり』リバイバル上映の輪
発行:nippon.com 確認日:2026-09-22 - ひまわり(1970)作品情報
発行:シネマトゥデイ 確認日:2026-09-22 - ひまわり(1970)作品情報
発行:映画.com 確認日:2026-09-22 - アトランティス 作品情報
発行:映画.com 確認日:2026-09-22 - 異端の鳥 作品情報
発行:映画.com 確認日:2026-09-22 - 赤い闇 スターリンの冷たい大地で 作品情報
発行:映画.com 確認日:2026-09-22 - マリウポリの20日間 作品情報
発行:映画.com 確認日:2026-09-22 - 僕の村は戦場だった 作品情報
発行:映画.com 確認日:2026-09-22
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