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社会を知る/解説

11月21日は「尊厳と自由の日」。2004年と2013年、二つの広場の始まり

ウクライナの「尊厳と自由の日」(11月21日)は、2014年11月13日の大統領令で定められた記念日です。2004年のオレンジ革命と、2013〜2014年の尊厳の革命は、どちらも11月21日に独立広場に人が集まったことから始まりました。令の文言と名前の移り変わり、二つの11月21日の出来事を原文と判決から並べます。

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オリュカのひとこと

この記念日は、どんな文書で定められたのでしょう。最初の見出しで確かめられます。

ウクライナでは毎年11月21日を「尊厳と自由の日」(День Гідності та Свободи)として記念しています。2014年11月13日の大統領令で定められた日で、令は、2004年の秋と、2013年11月から2014年2月にかけて民主主義と人権、国の「ヨーロッパの選択」を守るために立ち上がった市民をたたえると書いています。どちらの出来事も、キーウの独立広場(マイダン・ネザレージュノスチ)に人が集まったことから始まりました。

この記事では、大統領令の文言、記念日の名前と日付の移り変わり、2004年と2013年の11月21日に何があったのかを、最高会議の法令データベースに載る原文と、欧州人権裁判所の判決、事典の記述から並べます(2026年10月時点)。2004年の大統領選挙の数字と最高裁判所の判決の中身は大統領選挙の記事で、2014年からの経過は独立とロシアによる侵略の年表で扱っています。

大統領令 第872/2014号は何を定めたか

記念日を定めたのは、ポロシェンコ大統領が2014年11月13日に署名した大統領令 第872/2014号「尊厳と自由の日について」です。本文は前文と2項だけです。

З метою утвердження в Україні ідеалів свободи і демократії, збереження та донесення до сучасного і майбутніх поколінь об’єктивної інформації про доленосні події в Україні початку XXI століття, а також віддання належної шани патріотизму й мужності громадян, які восени 2004 року та у листопаді 2013 року – лютому 2014 року постали на захист демократичних цінностей, прав і свобод людини і громадянина, національних інтересів нашої держави та її європейського вибору, постановляю:

ウクライナ大統領令 第872/2014号 前文(最高会議の法令データベース、2026年10月24日確認)。訳:ウクライナに自由と民主主義の理想を根づかせ、21世紀初めのウクライナの運命を決めた出来事についての客観的な情報を守り、いまと将来の世代に伝えるため、また、2004年の秋と2013年11月〜2014年2月に、民主主義の価値、人と市民の権利と自由、わが国の国益とヨーロッパの選択を守るために立ち上がった市民の愛国心と勇気に、ふさわしい敬意を払うため、次のとおり定める。

1. Установити в Україні День Гідності та Свободи, який відзначати щорічно 21 листопада.

同 第1項。訳:ウクライナに尊厳と自由の日を設け、毎年11月21日に記念する。

第2項は、令が公布の日から効力を持つと定めています。令は2014年11月15日の『ホロス・ウクライィヌィ』(Голос України)と『ウリャードヴィイ・クール’イェル』(Урядовий кур’єр)に載りました。

この日は、労働法典第73条の祝日の一覧には入っていません。大統領令で定められた記念日で、仕事が休みになる日ではありません(2026年10月23日の版の第73条で確認)。祝日の一覧と、戒厳令のもとで第73条が適用されていないことは、独立記念日と祝日の記事にあります。

  1. オリュカ

    この記念日は、はじめから今の名前と日付だったのかな。

  2. タブリ

    名前と日付が書き換えられた順番は、この見出しの下の表に並んでいるよ。

  3. スウネ

    日付を選んだ理由が令の本文にあるかどうかは、次の見出しで分けて書いてあるね。

昔の呼び名と今の呼び名:「自由の日」から「尊厳と自由の日」へ

2004年の出来事を記念する日は、2014年より前にもありました。名前と日付は、大統領令で3回書き換えられています。

大統領令記念日の名前日付その後
2005年11月19日 第1619/2005号(ユシチェンコ大統領)自由の日(День Свободи)11月22日2011年の令 第1209/2011号で失効
2011年12月30日 第1209/2011号(ヤヌコーヴィチ大統領)統一と自由の日(День Соборності та Свободи України)1月22日2014年の令 第871/2014号でこの規定を削除
2014年11月13日 第871/2014号(ポロシェンコ大統領)統一の日(День Соборності України)1月22日現行
2014年11月13日 第872/2014号(ポロシェンコ大統領)尊厳と自由の日(День Гідності та Свободи)11月21日現行
各大統領令の本文(最高会議の法令データベース、2026年10月24日確認)。第1209/2011号は公布時の版(2011年12月30日)の第1条で確認。

2005年の令は、「2004年秋の革命的な出来事の歴史的な意味」を考慮して、11月22日を「自由の日」としました。2011年の令は、この「自由の日」の令と、1月22日を統一の日とした1999年の令(第42/99号)をともに失効させ、1月22日を「統一と自由の日」としました。1月22日は、1919年にウクライナ人民共和国と西ウクライナ人民共和国の統一が宣言された日です(第871/2014号の本文)。2014年の二つの令は、同じ日に署名され、1月22日を「統一の日」に戻したうえで、11月21日を「尊厳と自由の日」として切り離しています。

なぜ22日ではなく21日なのか

第872/2014号の本文は、11月21日を選んだ理由を書いていません。前文が挙げるのは「2004年の秋」と「2013年11月〜2014年2月」という期間です。

ウクライナ国立記憶研究所(UINP)は、この日を「この日に始まった二つの革命、2004年のオレンジ革命と、2013年のユーロマイダンと尊厳の革命」を記念する日だと説明しています(同研究所のページ、2025年11月21日)。2004年11月21日は大統領選挙の決選投票の日で、『インターネット版ウクライナ百科事典』(IEU。アルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所=CIUS 発行)の Orange Revolution 項目(ボフダン・ハラスィミウ執筆、2020年)は、ユシチェンコ候補がこの日の夜、投票が締め切られたあとに独立広場に集まるよう支持者に呼びかけ、人々がそのまま夜通し残ったことを「オレンジ革命の始まり」としています。2005年の令が日付を11月22日とした理由は、令の本文には書かれていません。

年表:2004年11月から2015年2月まで

記念日にかかわる出来事と文書を日付の順に並べます。2013年11月30日から2014年2月20日までの排除と死者は、下の別の節で扱います。

日付出来事典拠
2004年11月21日大統領選挙の決選投票。夜、ユシチェンコ候補の支持者が独立広場に集まるIEU「Orange Revolution」
2004年11月24日中央選挙管理委員会が決選投票の結果を確定し、ヤヌコーヴィチ候補を当選とする同委員会の決定 第1273号(2004年12月4日)の前文
2004年12月3日最高裁判所が、同委員会の結果の確定を「違法」とし、決選投票のやり直しを命じる最高裁判所民事部の判決
2004年12月26日決選投票のやり直し同委員会の決定 第1273号
2005年11月19日11月22日を「自由の日」とする大統領令大統領令 第1619/2005号
2011年12月30日「自由の日」の令を失効させ、1月22日を「統一と自由の日」に大統領令 第1209/2011号
2013年11月21日閣僚会議が、EUとの連合協定の締結準備を停止。同じ日、独立広場に数千人が集まる閣僚会議指令 第905-р号、欧州人権裁判所の判決(2021年)§23
2014年2月22日最高会議が、ヤヌコーヴィチ大統領が「憲法に反するやり方で職務から身を引いた」とし、大統領の繰り上げ選挙を5月25日に決める最高会議の決定 第757-VII号
2014年3月2日閣僚会議が、2013年11月21日の指令 第905-р号を取り消す閣僚会議指令 第113-р号
2014年11月13日1月22日を「統一の日」に戻し、11月21日を「尊厳と自由の日」とする大統領令 第871/2014号、第872/2014号
2014年11月21日「尊厳の革命のあいだに示された」勇気などをたたえ、99人に死後に「ウクライナの英雄」の称号を贈る(のちの令でも追加)大統領令 第890/2014号
2015年2月11日2月20日を「天上の百人の英雄の日」とする大統領令 第69/2015号
各文書の本文(最高会議の法令データベース)、欧州人権裁判所の判決 Shmorgunov and Others v. Ukraine(HUDOC)、IEU の項目から作成。2026年10月24日確認。

オリュカのひとこと

決選投票の夜、広場では何が始まったのでしょう。この見出しで確かめられます。

2004年11月21日:決選投票の夜

2004年の大統領選挙は、10月31日の1回目でユシチェンコ候補とヤヌコーヴィチ候補が上位2人になり、11月21日に決選投票が行われました。IEU の Orange Revolution 項目によれば、この日、中央選挙管理委員会には数百件の苦情が寄せられ、ユシチェンコ候補は不正を予想して、投票の締め切り後に独立広場へ集まるよう呼びかけました。集まった人々は解散せず、数万人、やがて数十万人が広場にとどまりました。同じ項目は、ロシア連邦から来た「政治技術者」がヤヌコーヴィチ候補の選挙運動を指揮していたこと、ロシアのプーチン大統領が結果の発表より前に2度ヤヌコーヴィチ候補に祝意を伝えたことも書いています。

11月24日、中央選挙管理委員会は決選投票の結果を確定し、ヤヌコーヴィチ候補を当選としました。12月3日、最高裁判所は、ユシチェンコ候補の代理人の訴えを受けて、同委員会の結果の確定を「違法(неправомірними)」と認め、決選投票のやり直しを命じました。判決は理由の中で、選挙人の本当の意思を確かに確かめることはできない、と述べています。やり直しの投票は12月26日に行われ、ユシチェンコ候補が当選しました。最高裁判所が何を認め、何を退けたかは、大統領選挙の記事に詳しく書いています。

2013年11月21日:連合協定の準備停止と、同じ日の集会

2013年11月21日、アザロフ首相の閣僚会議は指令 第905-р号を出し、EUとの連合協定の締結準備を止めました。

1. Призупинити процес підготовки до укладання Угоди про асоціацію між Україною, з однієї сторони, та Європейським Союзом, Європейським Співтовариством з атомної енергії і їх державами – членами, з іншої сторони, і дію рішення Кабінету Міністрів України від 18 вересня 2013 р. “Про підготовку до підписання проекту Угоди про асоціацію між Україною, з однієї сторони, та Європейським Союзом і його державами – членами, з іншої сторони”.

閣僚会議指令 第905-р号(2013年11月21日)第1項(最高会議の法令データベース。2014年3月2日に取り消し済み)。訳:一方をウクライナ、他方を欧州連合、欧州原子力共同体とその加盟国とする連合協定の締結準備の過程と、連合協定案の署名の準備についての2013年9月18日の閣僚会議の決定の効力を停止する。

指令の前文は、理由として「国の安全を確保する措置」と、ロシア連邦や独立国家共同体の国々との間で失われた生産と貿易の関係を取り戻すための検討を挙げています。第2項は、外務省などに、EUとロシア連邦との3者の委員会をつくるよう提案することと、ロシア連邦や関税同盟の国々との対話を再開することを指示しています。

欧州人権裁判所の判決(2021年、後述)は、この日、ソーシャルネットワークでの呼びかけを受けて数千人が独立広場に集まり、同じ日に採択された閣僚会議の決定に抗議した、と事実の部分に書いています。IEU の Euromaidan Revolution 項目(ボフダン・ハラスィミウ執筆、2020年)も、ムスタファ・ナイエムのフェイスブックの投稿に応えて、数千人の学生らが広場に集まったとしています。

抗議はその後、政権そのものへの抗議に広がりました。2014年2月22日、最高会議は決定 第757-VII号で、ヤヌコーヴィチ大統領が「憲法に反するやり方で職務から身を引いた(у неконституційний спосіб самоусунувся)」とし、大統領の繰り上げ選挙を5月25日と決めました。3月2日には、ヤツェニューク首相の閣僚会議が指令 第113-р号で2013年11月21日の指令を取り消しています。同じ時期の憲法の規定の復活はウクライナ憲法の改正の記事で扱っています。

2013年11月30日から2014年2月20日まで:排除と死者

欧州人権裁判所は、2021年1月21日の判決 Shmorgunov and Others v. Ukraine(申立て 第15367/14号ほか)で、2013年11月30日、12月1日・11日、2014年1月23日、2月18日のキーウでの抗議の排除などをめぐる14件の申立てを審理しました。判決が事実の部分に書く経過は次のとおりです(判決は、一部を「伝えられている」と断って書いています)。

  • 2013年11月30日の早朝、警察が独立広場で昼夜を通した座り込みをしていた数百人を力ずくで排除し、60〜90人がけがをし、30人を超える人が警察に拘束された(§24)。
  • 12月1日、大統領府の前に集まった数百人を警察が排除し、200人を超える人がけがをした。判決は、その場で何人かが警察官に石や棒を投げ、荷役車両で警察の隊列を破ろうとしたとも書いている(§26)。
  • 12月11日の未明、警察が独立広場から人々を排除しようとし、およそ40人がけがをした(§31)。
  • 2014年2月18日、最高会議に向かった人々と警察が衝突し、1,000人を超える人がけがをし、少なくとも8人が死亡した。同じ日、警察は独立広場に向かって進み、数百人がけがをし、10人を超える人が死亡した(§38〜39)。
  • 2月19日と20日、独立広場とその周辺の衝突で、伝えられるところでは約70人が死亡し、その多くは銃による傷が原因だった(§41)。

判決は、申立人のうち12人が不当な扱い(ill-treatment)を受け、当局が実効的な捜査をしなかったとして欧州人権条約第3条の違反を認めました。別の2人については、拷問を受けたとして同じ第3条の違反を認めています。4人の拘束を第5条第1項の違反、13人について平和的な集会の自由(第11条)の違反と認めています。判決は全員一致です。

判決はまた、当時の大統領、首相、検事総長、内務大臣などが、抗議に不釣り合いな力を使う戦略を組み立てた疑いで刑事手続きの対象になっていること、検察庁の公表によれば容疑者の多くがロシアに逃れたため、本人がいないまま手続きが進められていることを書いています(§18〜19)。

「天上の百人」は何人か:数え方で数字が分かれる

抗議の中で亡くなった人々は「天上の百人」(Небесна Сотня)と呼ばれています。人数は、誰が何を数えたかで違います。

  • 大統領令 第890/2014号(2014年11月21日)は、「尊厳の革命のあいだに示された」市民の勇気などをたたえて、99人に死後に「ウクライナの英雄」の称号を贈りました。称号を贈る大統領令はこのあとにもあり、第94/2015号(2015年2月20日、5人)、第56/2016号(2016年2月17日、1人)、第158/2017号(2017年6月13日、1人)が、同じく「尊厳の革命のあいだに示された」勇気などをたたえて死後に贈っています。第890/2014号の99人は、称号を贈られた人の全員ではありません。
  • 国立の「天上の百人の英雄の記念複合施設・尊厳の革命博物館」は、天上の百人に属する人の「公式の数」を107人とし、名前を挙げています。同時に、捜査が終わっていないため107人は確定した数ではない、とも書いています(同館のページ、2017年10月25日付)。最も若い人は17歳、最も年上の人は82歳でした。
  • 欧州人権裁判所の判決は、欧州評議会の国際諮問パネル(IAP)の2015年の報告などを挙げて、伝えられるところでは抗議にかかわる死者は100人を超え、そのうち70人を超える抗議参加者が銃で撃たれて死亡し、警察官も少なくとも13人が死亡した、と書いています(§16)。
  • 2月18日の死者は、判決では「少なくとも8人」と「10人を超える」の二つの場面に分けて書かれ、IEU の Euromaidan Revolution 項目は「26人が死亡」としています。

博物館のページによれば、2014年に称号を贈るときは、捜査の情報がまだ十分でなかったため、市民団体「ユーロマイダンSOS」が社会政策省に出した一覧が使われました。

ロシアの「クーデター」という主張について

IEU の Euromaidan Revolution 項目によれば、ユーロマイダンを「ネオナチによるクーデター」とする話は、ロシア連邦の政府とメディアが強く広めたもので、項目はこれを「真実からはほど遠い」と評価しています。根拠は、ヤヌコーヴィチ大統領が誰にも脅されずに自らの意思で国を離れたこと、憲法とその機関は解体されなかったこと、広場の人々が数十万人だったのに対し、戦闘的な「右派セクター」の参加者は数百人にすぎなかったことです。そして、プーチン大統領がこの主張を持ち出して、すぐにクリミアの占領を指示した、と書いています。

ウクライナでは、最高会議が憲法第85条第1項第7号を根拠に挙げて繰り上げ選挙を決め(決定 第757-VII号)、2014年5月25日の選挙でポロシェンコ大統領が選ばれました。2014年のロシアによるクリミアの占領と、ロシアが始めたドネツィク州・ルハンシク州での戦争、2022年2月24日からのロシアによる全面侵攻の経過は、年表の記事と日本が「併合」を認めていないことの記事で扱っています。

2月20日と11月21日:二つの記念日

尊厳の革命の死者を悼む日は、11月21日とは別にあります。2015年2月11日の大統領令 第69/2015号は、2月20日を「天上の百人の英雄の日」と定めました。同じ令の第4項は、州とキーウ市の行政府に、天上の百人の英雄の日、独立記念日、尊厳と自由の日、統一の日に、天上の百人の英雄の記念碑に花を供えることを求めています。

11月21日は、二つの抗議が始まった日を記念する日で、2月20日は、その中で亡くなった人々を悼む日です。UINP のページによれば、2025年の尊厳と自由の日に尊厳の革命博物館が行う行事は、オレンジ革命の始まりの記念日に合わせたものでした。

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出典・参考資料

  1. Указ Президента України № 872/2014「Про День Гідності та Свободи」2014年11月13日。前文・第1項・第2項、公布紙
    発行:Верховна Рада України(法令データベース) 確認日:2026-10-24
  2. Указ Президента України № 871/2014「Про День Соборності України」2014年11月13日
    発行:Верховна Рада України(法令データベース) 確認日:2026-10-24
  3. Указ Президента України № 1619/2005「Про День Свободи」2005年11月19日。2011年に失効
    発行:Верховна Рада України(法令データベース) 確認日:2026-10-24
  4. Указ Президента України № 1209/2011「Про відзначення в Україні деяких пам'ятних дат та професійних свят」2011年12月30日。公布時の版と2023年7月29日の版
    発行:Верховна Рада України(法令データベース) 確認日:2026-10-24
  5. Указ Президента України № 890/2014「Про присвоєння звання Герой України」2014年11月21日。99人
    発行:Верховна Рада України(法令データベース) 確認日:2026-10-24
  6. Указ Президента України № 69/2015「Про вшанування подвигу учасників Революції гідності та увічнення пам’яті Героїв Небесної Сотні」2015年2月11日。第1項・第4項
    発行:Верховна Рада України(法令データベース) 確認日:2026-10-24
  7. Розпорядження Кабінету Міністрів України № 905-р2013年11月21日。前文・第1項・第2項。2014年3月2日に取り消し
    発行:Верховна Рада України(法令データベース) 確認日:2026-10-24
  8. Розпорядження Кабінету Міністрів України № 113-р2014年3月2日。第905-р号の取り消し
    発行:Верховна Рада України(法令データベース) 確認日:2026-10-24
  9. Постанова Верховної Ради України № 757-VII2014年2月22日
    発行:Верховна Рада України(法令データベース) 確認日:2026-10-24
  10. Кодекс законів про працю України第73条。2026年10月23日の版
    発行:Верховна Рада України(法令データベース) 確認日:2026-10-24
  11. Рішення Судової палати у цивільних справах Верховного Суду України від 03.12.2004主文と理由
    発行:Верховна Рада України(法令データベース掲載の本文) 確認日:2026-10-24
  12. Постанова ЦВК № 12732004年12月4日。12月26日のやり直しの投票。前文に11月24日の結果の確定と当選の決定
    発行:Центральна виборча комісія(法令データベース) 確認日:2026-10-24
  13. Case of Shmorgunov and Others v. Ukraine申立て 第15367/14号ほか、2021年1月21日判決。§9〜41、主文
    発行:European Court of Human Rights(HUDOC) 確認日:2026-10-24
  14. Orange RevolutionBohdan Harasymiw 執筆、2020年
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-10-24
  15. Euromaidan RevolutionBohdan Harasymiw 執筆、2020年
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-10-24
  16. Революція гідності. День гідності та свободи2025年11月21日
    発行:Український інститут національної пам'яті 確認日:2026-10-24
  17. Небесна Сотня公式の数107人、名前の一覧。2017年10月25日付
    発行:Національний меморіальний комплекс Героїв Небесної Сотні – Музей Революції Гідності 確認日:2026-10-24

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