改正法は7本、うち1本は違憲に。ウクライナ憲法の30年
1996年6月28日に採択されたウクライナ憲法は、2019年までに7本の法律で改正されました。2004年の改正は2010年に憲法裁判所が手続き違反として効力を失わせ、2014年に議会が戻しました。司法の章の書き換え、EUとNATOへの加盟の方針、そして戒厳令のもとで改正が禁じられている条文まで、改正法の本文からたどります。
オリュカのひとこと
夜通しの審議の末に採択された憲法は、その後どう改正されてきたのでしょう。歩みを見出しでたどれます。
最高会議(議会)の法令データベースに載っているウクライナ憲法の冒頭には、この憲法を改正した法律が7本並んでいます。2004年から2019年までのものです。そのうち最初の1本は、2010年に憲法裁判所が「憲法の手続きに違反した」として効力を失わせ、2014年に議会がその内容を戻しました。そして2019年を最後に、改正は止まっています。2022年2月24日から続く戒厳令のもとでは、憲法そのものが改正を禁じているからです。
1996年に採択された憲法がどう書き換えられてきたのかを、改正法と憲法裁判所の決定の本文から追います。条文は2026年9月時点の最高会議の法令データベースによります。大統領・最高会議・内閣の権限そのものはウクライナの大統領、最高会議、内閣はそれぞれ何を決めるのかで説明しています。
1996年6月28日、23時間の審議のあとで
『Internet Encyclopedia of Ukraine』(アルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所=CIUS発行。以下 IEU)の「ウクライナ憲法」の項目(執筆はボフダン・ハラスィミウ、2023年)によれば、ウクライナは旧ソ連の共和国の中で最後に新しい憲法を持った国でした。独立のあとも、1978年のソ連時代の憲法を改正しながら使い続けていたのです。大統領と議会の対立が続くなか、クチマ大統領が6月25日に憲法を国民投票にかける大統領令を出し、最高会議は1996年6月28日、23時間に及んだ審議の末に、315対36で憲法を採択しました。
採択された憲法は、14の章の161か条と、経過規定の章からなります。第161条は、憲法を採択した日を国の祝日「憲法の日」と定めています。6月28日がそれです。戒厳令のもとでの祝日の扱いはウクライナの祝日の記事で扱っています。
改正の手続き:第13章の6か条
憲法の改正のしかたは、第13章(第154〜159条)に書かれています。ふつうの法律よりも、何段階も重い手続きです。
| 段階 | 条文 | 定め |
|---|---|---|
| 提案 | 第154条 | 大統領、または最高会議の定数の3分の1以上の議員が法案を出せる |
| 憲法裁判所の意見 | 第159条 | 法案が第157条・第158条に反しないという憲法裁判所の意見がなければ、審議できない |
| ふつうの章の改正 | 第155条 | 定数の過半数で前もって承認し、次の通常会期に定数の3分の2以上の賛成で成立 |
| 第1章(総則)・第3章(選挙・国民投票)・第13章の改正 | 第156条 | 大統領または定数の3分の2以上の議員が提案し、定数の3分の2以上で可決したうえで、大統領が定める国民投票で承認 |
| 改正できない内容 | 第157条 | 人と市民の権利と自由を廃止・制限する改正、独立をなくす改正、領土の一体性を損なう改正はできない。戒厳令または非常事態のもとでは、憲法を改正できない |
| やり直しの制限 | 第158条 | 否決された法案は1年たたないと出し直せない。同じ期の最高会議は、同じ規定を2度改正できない |
戒厳令のもとで改正を禁じる第157条第2項は、1996年に採択されたときの本文にすでにありました。
7本の改正法
憲法の冒頭の注記に並ぶ改正法と、それに関わる決定を年の順に並べます。「効力の発生」は、法令データベースの各法律のカードの記載によります。
| 採択日 | 法律・決定 | 何を変えたか | 効力の発生 |
|---|---|---|---|
| 2004年12月8日 | 法律 № 2222-IV | 首相と閣僚の任命などで議会の権限を強め、議会の任期を5年に | 2006年1月1日(一部は2006年に選ばれた議会の就任から) |
| 2010年9月30日 | 憲法裁判所の決定 № 20-рп/2010 | № 2222-IV を、手続きの違反を理由に違憲とした | 決定の日に № 2222-IV は効力を失った |
| 2011年2月1日 | 法律 № 2952-VI | 議会の任期を5年とし、議会選挙を5年目の10月の最終日曜日、大統領選挙を5年目の3月の最終日曜日に | — |
| 2013年9月19日 | 法律 № 586-VII | 第98条。国家予算の収入と支出の監督を会計検査院が担う | — |
| 2014年2月21日 | 法律 № 742-VII(翌22日に最高会議の決定 № 750-VII) | 2004年の改正の規定を、2011年・2013年の改正とあわせて戻した | 2014年3月2日 |
| 2016年6月2日 | 法律 № 1401-VIII | 司法の改正。司法高等評議会、検察の章の削除、憲法への異議申し立て(憲法訴願)、国際刑事裁判所の管轄を認める規定 | 2016年9月30日(国際刑事裁判所の規定は3年後) |
| 2019年2月7日 | 法律 № 2680-VIII | EUとNATOへの完全な加盟を「国の戦略的な方針」と書き込んだ | 2019年2月21日 |
| 2019年9月3日 | 法律 № 27-IX | 第80条。議員を最高会議の同意なしに刑事訴追できないという免責をなくした | 2020年1月1日 |
2004年から2014年:改正、違憲、復活
2004年の改正は、大統領選挙をめぐるオレンジ革命のさなかに成立しました。IEU は、これをクチマ大統領、ヤヌコーヴィチ候補、ユシチェンコ候補のあいだの妥協の結果だと説明しています。改正法の本文によれば、改正は、地方自治の改正の法律が2005年9月1日までに成立すればその日から、成立しなければ2006年1月1日から効力を持つとされ、実際には2006年1月1日から効力を持ちました。
2010年9月30日、憲法裁判所は252人の議員の申し立てを受け、この改正法を違憲としました。決定が問題にしたのは中身ではなく手続きです。決定によれば、憲法裁判所は改正の法案(№ 4180)について2004年10月12日に意見を出していました。ところが最高会議はその後さらに法案を書き換え、書き換えた法案について憲法裁判所の意見を求めないまま、12月8日に可決していました。第159条の手続きに違反した、というのが決定の理由です。決定は、改正法は決定の日に効力を失い、変更前の規定の効力が戻るとしました。
2014年2月21日、ユーロマイダンの抗議の最中に、最高会議は「憲法の個別の規定の効力の回復について」の法律 № 742-VII を採択しました。2004年の改正の規定を、その後の2011年と2013年の改正とあわせて戻す内容です。翌22日には、同じ内容を確認する最高会議の決定 № 750-VII も出されました。決定の前文は、憲法裁判所には憲法の一部の規定の合憲性を審査する権限も、憲法を変える権限もない、と述べています。法律 № 742-VII には、大統領の職務を代行した最高会議議長トゥルチノフが署名し、2014年3月2日に効力を持ちました。これにより、2006年からの形がほぼ戻りました。
2016年:司法の章を書き換える
2016年の改正は、司法の章を大きく書き換えました。改正法によれば、裁判官の任命や解任を扱う司法高等評議会は21人で構成され、そのうち10人を裁判官大会が選びます。1996年の憲法にあった「検察」の章は削られました。人が、自分の事件で使われた法律が憲法に反すると考えるとき、憲法裁判所に訴える「憲法訴願」も、この改正で書き込まれました。
改正法は、ウクライナが国際刑事裁判所の管轄をローマ規程の条件で認めることができる、という規定も置きました。この規定だけは、公布の3年後に効力を持つとされています。2016年の改正の後の司法改革はウクライナの司法改革の記事で扱っています。
2019年:EUとNATO、そして議員の免責
2019年2月の改正は、憲法の前文に「ウクライナ人民のヨーロッパ的アイデンティティと、ウクライナのヨーロッパとユーロ・アトランティックの方針が後戻りしないことを確認し」という言葉を加えました。そのうえで、EUとNATOへの完全な加盟を目指す「国の戦略的な方針」を、最高会議が内外の政策の基本を定める権限(第85条)、大統領はその方針の実現の保証人であるという規定(第102条)、内閣がその実現を確保する任務(第116条)に書き込みました。
同じ改正で、経過規定の第14項が削られています。1996年の本文では、この項は、ウクライナにある既存の軍事基地を、外国の軍の部隊が一時的に使うことを、議会が批准した条約に定める賃貸の条件でなら認めていました。加盟交渉のその後はEU加盟の交渉の記事で扱っています。
2019年9月の改正は、議員の免責を定めた第80条を書き換えました。1996年の本文では、議員は最高会議の同意なしに刑事責任を問われたり、拘束・逮捕されたりしないとされていました。改正後の第80条に残ったのは、議会での投票や発言について法的責任を問われない(侮辱と名誉毀損を除く)という規定だけです。法令データベースによれば、憲法裁判所は2022年11月1日の決定でこの改正法を合憲としています。
オリュカのひとこと
戒厳令のいまも、憲法の改正はできるのでしょうか。条文の答えをこの節で確かめられます。
戒厳令のもとでは、改正できない
2022年2月24日、ロシアによるウクライナへの全面侵攻が始まった日に戒厳令が出され、2026年9月時点でも延長が続いています。憲法第157条第2項により、そのあいだ憲法は改正できません。戒厳令の法律(2015年 № 389-VIII)の第19条も、戒厳令のあいだの憲法の改正を禁じています。戒厳令で止まっていることの全体は戒厳令の記事で扱っています。
2026年9月時点で最高会議の法令データベースに載っている憲法の注記では、最後の改正は2019年9月の法律 № 27-IX です。戒厳令が明けるまでは、次の改正は成立しない、というのが条文の定めです。
出典と記事の記録
出典・参考資料
- Конституція України1996年6月28日 № 254к/96-ВР。現行版の冒頭の改正注記、第13章、第80条・第161条
発行:Верховна Рада України(法令データベース) 確認日:2026-09-24 - Конституція України1996年6月28日の版。第76・77・80条、第157条第2項、経過規定第14項
発行:Верховна Рада України(法令データベース) 確認日:2026-09-24 - Закон № 2222-IV「Про внесення змін до Конституції України」2004年12月8日。本文と経過規定、カードの効力発生日
発行:Верховна Рада України 確認日:2026-09-24 - Рішення Конституційного Суду України № 20-рп/20102010年9月30日。252人の議員の申し立て、法案№4180と意見の経緯、主文
発行:Конституційний Суд України(法令データベース掲載) 確認日:2026-09-24 - Закон № 2952-VI2011年2月1日。任期と選挙日
発行:Верховна Рада України 確認日:2026-09-24 - Закон № 586-VII2013年9月19日。第98条
発行:Верховна Рада України 確認日:2026-09-24 - Закон № 742-VII「Про відновлення дії окремих положень Конституції України」2014年2月21日。本文、署名、カードの効力発生日
発行:Верховна Рада України 確認日:2026-09-24 - Постанова Верховної Ради № 750-VII2014年2月22日。前文と主文、失効の規定
発行:Верховна Рада України 確認日:2026-09-24 - Закон № 1401-VIII「Про внесення змін до Конституції України (щодо правосуддя)」2016年6月2日。本文、経過規定、カードの効力発生日
発行:Верховна Рада України 確認日:2026-09-24 - Закон № 2680-VIII2019年2月7日。EU・NATOの方針。カードの効力発生日
発行:Верховна Рада України 確認日:2026-09-24 - Закон № 27-IX2019年9月3日。第80条、2020年1月1日施行、憲法裁判所の決定 № 2-р/2022 の注記
発行:Верховна Рада України 確認日:2026-09-24 - Constitution of Ukraine採択の経緯、23時間の審議、315対36、旧ソ連で最後、161か条と14章、2004年の妥協、2010年と2014年。執筆 Bohdan Harasymiw、2023年
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(アルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所) 確認日:2026-09-24
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