ウクライナの反汚職機関と、独立が揺らいだ2025年7月の9日間
ウクライナの汚職対策は、予防の国家汚職防止庁、捜査の国家反汚職局(NABU)、起訴の特別反汚職検察(SAP)、裁判の高等反汚職裁判所が分担しています。2025年7月22日の法律はNABUとSAPを検事総長の権限の下に置き、9日後の法律がその独立を戻しました。条文と欧州委員会の評価から、変わったことと残った課題を説明します。
2025年7月22日、ウクライナの最高会議(議会)は法律 № 4555-IX を可決しました。その9日後の7月31日には、法律 № 4560-IX を可決しています。どちらも可決と同じ日に、最高会議の新聞『ホロス・ウクライーヌィ』に掲載されました。
欧州委員会は2025年11月4日付のウクライナについての年次報告書で、一つ目の法律を「独立した専門の反汚職機関である国家反汚職局(NABU)と特別反汚職検察(SAPO)を、政治的に任命される検事総長の権限の下に置いた」と書いています。二つ目の法律は「国内の抗議と国際的な批判を受けて」すばやく採択され、NABUとSAPOの独立を戻した、としています。
何が争われたのかは、汚職対策を担う機関の分担を見るとわかります。
予防、捜査、起訴、裁判を別々の機関が担う
| 機関 | 根拠となる法律 | 役割 | 長の任命と任期 |
|---|---|---|---|
| 国家汚職防止庁(NAZK。英語の略称はNACP) | 法律「汚職の防止について」(2014年10月14日 № 1700-VII) | 国の反汚職政策をつくり、実施する(第4条) | 内閣が任命。任期4年で、連続2期は務められない(第5条) |
| 国家反汚職局(NABU) | 法律「ウクライナ国家反汚職局について」(2014年10月14日 № 1698-VII) | 管轄に属する汚職などの犯罪の予防・発見・捜査。高位の公職者による、国家の安全を脅かす犯罪に対処する(第1条) | 内閣が任命。任期7年で、連続2期は務められない。解任は法律の定める理由があるときに限り、内閣の定数の3分の2以上の賛成が要る(第6条) |
| 特別反汚職検察(SAP。欧州委員会の略称はSAPO) | 法律「検察について」(2014年10月14日 № 1697-VII)の第8-1条 | NABUの捜査の監督、法廷での公訴の維持など(第8-1条第3項) | 長は検事総長の次長を兼ね、検事総長に直属する(第8-1条第6項) |
| 高等反汚職裁判所 | 法律「高等反汚職裁判所について」(2018年6月7日 № 2447-VIII) | 管轄に属する刑事事件を第一審と控訴審で裁く。不当に得た資産を国庫に帰属させる民事事件なども扱う(第3・4条) | 裁判官は競争選考で任命される。所在地はキーウ(第1条) |
NAZKは予防を受け持ちます。欧州委員会の報告書は、公職者の資産申告の点検や、生活ぶりの監視をNAZKの仕事として挙げています。NAZKは最高会議に対して責任を負い、内閣に報告する立場にあります(「汚職の防止について」第4条)。
NABUは「特別な地位を持つ中央の執行機関」です。法律は独立の保障として、局長を特別な手続きの競争選考で選ぶこと、局長の任期を終わらせる理由を法律に限ったこと、職員の選考も競争で行うことなどを挙げています(第4条)。法律の定めによらない指示や要求は「違法であり、従う必要がない」とも書かれています。
SAPには専用の法律がありません。「検察について」の法律の一つの条文で定められた組織です。この条文は2015年2月12日の法律 № 198-VIII で加えられ、2023年12月8日の法律 № 3509-IX で全文が書き改められました。現行の条文は、SAPを公法上の法人とし、検事総長室とは別の建物に置くと定めています。検事総長とその次長がSAPの検察官に職務上の指示を出すことは禁じられています(第8-1条第6項)。
高等反汚職裁判所は、2018年の法律で設けられた専門の裁判所です。法律は、選考で任命された裁判官が少なくとも35人(うち10人以上は控訴部)そろってから業務を始めると定めました。裁判官の選考では、「国際専門家公共評議会」が、候補者が誠実性の基準を満たすかどうかの判断で裁判官高等資格委員会を支える仕組みになっています。
NABUが捜査し、SAPがその捜査を監督して起訴し、高等反汚職裁判所が裁く。2025年7月の二つの法律が触れたのは、この流れのうちNABUとSAPの部分でした。
EUが加盟の条件にしてきたこと
欧州委員会が2022年6月17日にウクライナへ加盟候補国の地位を与えるよう勧めたとき、前提とした七つの措置の一つが汚職対策でした。高位の汚職の捜査・起訴・有罪判決の実績を積むこと、SAPの新しい長の任命を終えること、NABUの新しい局長の選考を始めて終えることが挙げられています。
2026年6月にEUとの加盟交渉で「基本」の分野が開かれたときも、EUは共通の立場の文書の中で、NABUの管轄を、大統領府の幹部や州行政府の長を含むすべての高リスクの公職に広げる必要があると書きました。SAPが検事総長の事前の承認なしに国会議員に対する刑事手続きを始められるようにすることとあわせて、交渉を先へ進めるための中間の基準(中間ベンチマーク)に入れています。
7月22日の法律 № 4555-IX
この法律の名前は「戒厳令下で特別な状況により行方不明になった人に関わる犯罪の、公判前捜査の特則について」の刑事訴訟法改正です。名前が示す内容のほかに、NABUとSAPに関わる規定が入っていました。主なものは次のとおりです(条文の要約)。
- 検事総長は、公判前捜査を行う機関の長に、捜査資料を提出するよう書面で指示でき、その指示には従う義務がある。NABUを対象から外す定めはない(刑事訴訟法第36条)
- 捜査が効果的でない場合や、戒厳令下で機関が働けない客観的な事情がある場合に、NABUの管轄の事件をほかの捜査機関に移す権限は検事総長が持つ(第36条)
- SAPの長や次長を特定の事件の担当検察官にするのは、検事総長の決定によってだけとする(第37条)
- NABUの管轄になりうる事件で管轄の争いがあるときは、検事総長が決める(第216条)
- 法律「検察について」で、SAPの長の上級の検察官を検事総長とし、SAPの検察官への指示を禁じる対象を、検事総長の第一次長と次長だけにする(第8-1条第6項)
- 戒厳令のあいだ、競争選考なしに、下級の検察からの異動や、検察官でない人の任命によって、検事総長室や州の検察の検察官を置けるようにする(同法の経過規定)
欧州委員会の報告書は、同じ7月に、検事総長室、保安庁(SBU)、国家捜査局がNABUの職員に関わる多数の捜索を行い、一部の職員が逮捕されて勾留されたこと、SBUがNABUとSAPの機密情報の扱いについて予告なしの検査を行ったことを記し、そのすぐあとに最高会議がこの法律を可決した、と書いています。
7月31日の法律 № 4560-IX
9日後の法律の名前は「NABUとSAPの権限の強化について」です。4555-IXで書き換えた条文を、もう一度書き換えました。主な違いは次のとおりです。
| 論点 | 7月22日(№ 4555-IX) | 7月31日(№ 4560-IX) |
|---|---|---|
| 検事総長が捜査資料の提出を指示できる相手 | 公判前捜査を行う機関の長。NABUを外す定めはない | NABUの探偵部門と内部監査部門を除く |
| NABUの事件をほかの機関に移すこと | 検事総長が移せる(捜査が効果的でない場合、戒厳令下の客観的な事情がある場合) | 原則として禁止。戒厳令下でNABUが働けない客観的な事情がある場合に限り、SAPの長か検事総長が移せる |
| SAPの検察官に職務上の指示を出してはならない人 | 検事総長の第一次長と次長 | 検事総長、第一次長、次長 |
| NABUの管轄になりうる事件の管轄争いを決める人 | 検事総長 | 検事総長またはSAPの長 |
4560-IXはこのほか、NABUの探偵(捜査官)はSAPの検察官の書面の指示にだけ従うこと、SAPの長が刑事訴訟法の定める「検察機関の長」の権限を行使することも定めました。
一方で、新しい規定も加わりました。国家機密に接する資格を持つNABU、SAP、経済安全保障局、検事総長室、国家捜査局、国家警察の職員に対し、SBUと合意した方法で、2年に1回以上、最高会議が侵略国と認めた国のための行為をしていないかをポリグラフ(うそ発見器)で調べること。施行から6か月以内に、SBUが同じ職員を点検すること。戒厳令のあいだ、出張の場合を除いてNABU職員の出国を禁じる規則を、1か月以内に整えることです(経過規定)。
欧州委員会の報告書は、4560-IXがNABUとSAPの独立を戻したとする一方、ほかの問題のある規定には手を付けなかったと書いています。例に挙げているのは、戒厳令下で競争選考なしに検察官を州の検察や検事総長室へ異動・任命できる規定で、実際にこの規定を使った異動が始まったとしています。法執行機関の職員へのSBUの点検についても、乱用を防ぐ歯止めを欠くと指摘しました。
欧州委員会が挙げている、ほかの課題
同じ報告書は、ほかにもいくつかの点を挙げています。
- 2025年5月に終わったNABUの初めての外部の独立した業績監査は、NABUを「中程度に効果的」と評価した
- NABUはいまも独自の通信傍受の能力を実際には持っていない。2024年10月にSBUと結んだ覚書は、その実施計画を戒厳令の解除後としている
- 高等反汚職裁判所の裁判官を25人増やす選考では、140人の候補のうち任命まで進んだのは2人だった
- NAZKは反汚職政策の中心的な役割を保っているが、一部の業務の公平性と効果に懸念が出ている
戒厳令のもとで大統領・最高会議・内閣がどう権限を分け合っているかは、ウクライナの大統領、最高会議、内閣はそれぞれ何を決めるのかで扱っています。
出典・参考資料
- Закон України «Про Національне антикорупційне бюро України» № 1698-VII(2014年10月14日。第1・3・4・6条を現行の条文で確認)
発行:Верховна Рада України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-23 - Закон України «Про запобігання корупції» № 1700-VII(2014年10月14日。第4・5条を現行の条文で確認)
発行:Верховна Рада України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-23 - Закон України «Про прокуратуру» № 1697-VII(2014年10月14日。第8条・第8-1条と改正の注記を確認)
発行:Верховна Рада України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-23 - Закон України «Про Вищий антикорупційний суд» № 2447-VIII(2018年6月7日。第1〜4条、最終・経過規定第5・14項を確認)
発行:Верховна Рада України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-23 - Закон України № 4555-IX(2025年7月22日。刑事訴訟法第36・37・216条ほか、「検察について」第8-1条と経過規定の改正、公布紙と公布日を確認)
発行:Верховна Рада України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-23 - Закон України № 4560-IX «Про внесення змін до деяких законодавчих актів України щодо посилення повноважень Національного антикорупційного бюро України та Спеціалізованої антикорупційної прокуратури»(2025年7月31日。改正条文、経過規定第2・3・6項、公布紙と公布日を確認)
発行:Верховна Рада України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-23 - Ukraine 2025 Report, SWD(2025) 759 final(2025年11月4日。2025年7月の二つの法律と捜索・勾留、NABUの業績監査、通信傍受、高等反汚職裁判所の選考、NAZKへの評価)
発行:European Commission 確認日:2026-09-23 - Commission Opinion on Ukraine's application for membership of the European Union(2022年6月17日。七つの措置のうち汚職対策の項目)
発行:European Commission 確認日:2026-09-23 - European Union Common Position – Cluster 1: Fundamentals(AD 18/26、2026年6月12日付。NABUの管轄とSAPOの権限についての評価と中間ベンチマーク)
発行:Conference on Accession to the European Union – Ukraine 確認日:2026-09-23
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