キーウとコロステンで子ども6万人を検診した、チョルノービリ後の日本の協力
1991年から1996年まで、日本の財団はキーウとコロステンで6万人を超える子どもを検診しました。政府は石棺を覆う基金に拠出し、福島の事故の翌年にはウクライナと協定を結んで、チョルノービリの経験に学ぶ側に回りました。2025年のドローン攻撃後の動きまでを、公表資料でたどります。
1991年5月、ウクライナのキーウとジトーミル州コロステンで、日本の民間財団による子どもの検診が始まりました。1986年4月26日のチョルノービリ原子力発電所事故のとき0歳から10歳だった子どもを対象に、甲状腺の超音波検査、血液の検査、体内の放射線量の測定を行うものです。笹川保健財団(当時は笹川記念保健協力財団)の記録によれば、1996年までにキーウで30,814人、コロステンで33,554人が検診を受けました。
事故そのものの経過は戦後ウクライナの半世紀で扱っています。ここでは、その後に日本の政府と民間がウクライナと何をしてきたかを、財団・外務省・欧州復興開発銀行(EBRD)・ウクライナ政府の公表資料で順にたどります。
1990年、ソ連からの申し入れ
財団が2021年に出した冊子『チェルノブイリから福島へ』で、紀伊國献三氏と槙洽子氏は事業の始まりをこう書いています。1990年2月、日本財団の笹川陽平理事長(当時)が経済使節団を率いてソ連を訪れた際、ソ連側から、事故の被災者への医療協力を民間からしてほしいという非公式の申し入れがあった。これを受けて、財団が人道支援に乗り出した、というものです。
財団はそれまで放射線医療に関わったことがなく、放射線影響研究所の重松逸造理事長に相談しました。同年8月には重松氏を団長に、広島大学・長崎大学の専門家が現地を訪れています。冊子によれば、ソ連保健省はロシア・ウクライナ・ベラルーシの5つの地域を指定し、財団は保健省を介さずに各地の医療機関と直接同意書を交わしました。そのため、1991年にソ連が解体して三つの国が独立したあとも、検診を続けることができたといいます。
検診車には、全身の放射線量を測るホールボディーカウンター、血液分析装置、甲状腺超音波診断装置が積まれました。現地の医師・看護師・技師への指導には、長崎大学の山下俊一教授(肩書きは当時)らがあたっています。
| 国 | 検診センター | 期間 | 検診した児童数 |
|---|---|---|---|
| ウクライナ | キーウ | 1991〜1996年 | 30,814人 |
| ウクライナ | コロステン(ジトーミル州) | 1991〜1996年 | 33,554人 |
| ベラルーシ | ゴメリ | 1991〜1996年/1998〜2000年 | 30,732人/39,286人 |
| ベラルーシ | モギリョフ | 1991〜1996年 | 29,212人 |
| ロシア | クリンツィ(ブリャンスク州) | 1991〜1996年 | 34,683人 |
5年間の検診で小児の甲状腺がんが最も多く見つかったのはベラルーシのゴメリで、そこだけさらに検診を続け、事業は2001年3月に終わりました。財団の冊子は、検診を受けた子どもを約20万人、日本から派遣した専門家を延べ450人、日本と現地で研修を受けた医療者を延べ230人としています。同じ冊子の中でも、別の箇所では16万5000人という数字が使われています。
財団はこのあと、1998年に欧州連合(EU)とともに「チェルノブイリ甲状腺組織バンク」の立ち上げに資金を出しました。手術で摘出された甲状腺がんの組織を倫理的な手続きで保管し、世界の研究者に提供する仕組みで、財団の冊子によれば、ウクライナでは内分泌・代謝研究所がその倫理審査を担っています。
政府の拠出:石棺を覆う基金と、国連の基金
政府の協力で規模が大きいのは、壊れた4号炉を覆う構造物への拠出です。EBRDによれば、チョルノービリ・シェルター基金は1997年のG7デンバー・サミットで設立が発表され、同年にEBRDが設けました。この基金が、事故直後に急いで造られた「石棺」をさらに覆う新安全閉じ込め構造物(NSC)の建設を支えました。NSCは2016年に所定の位置へ移され、2019年に完全に稼働してウクライナに引き渡されています。基金には2023年末までに45の拠出者から16億ユーロを超える資金が集まり、EBRDは拠出者の一つとして日本を挙げています。
日本の拠出額について、外務省が掲載している2011年4月19日の高橋千秋外務副大臣の演説(英語仮訳)は、日本がシェルター基金と原子力安全基金(Nuclear Safety Account)に合わせて約7,300万ユーロを拠出してきたと述べています。二つの基金の内訳と、2011年以降の追加拠出は、この演説からはわかりません。
被災地の暮らしへの支援は、日本が主導して国連に設けた人間の安全保障基金を通じて行われました。外務省の発表によれば、2004年2月16日には、国連開発計画(UNDP)がウクライナの被災地で行う事業に121万4,249ドルの支援が決まりました。学校や医療機関の修繕を地域の組織が担うことで、住民の自立を助ける事業で、70の村落の約2万人が対象です。2008年11月18日には、UNDP、国際原子力機関(IAEA)、世界保健機関(WHO)、国連児童基金(UNICEF)がウクライナ・ベラルーシ・ロシアで行う情報提供の事業に、261万478.20ドル(約2億9,498万円)の支援が決まっています。
2011年、立場が入れ替わる
2011年は事故から25年にあたる年でした。1月18日の日・ウクライナ首脳会談の共同声明は、被災地の復興を支援する必要性に触れ、4月にキーウで開く国際会議に日本が参加する意向を記しています。その間の3月11日に、東京電力福島第一原子力発電所の事故が起きました。
4月19日、キーウ・サミットに出席した高橋副大臣は、演説の冒頭でチョルノービリへのこれまでの拠出に触れたあと、話の大半を福島第一原子力発電所の事故の説明にあてています。
翌2012年4月18日、玄葉光一郎外務大臣とウクライナのヴィクトル・バローハ非常事態大臣が、東京で「原子力発電所における事故へのその後の対応を推進するための協力に関する日本国政府とウクライナ政府との間の協定」に署名しました。外務省の発表は、この協定を通じて「チェルノブイリ原子力発電所事故後の対応からウクライナが得た知見を福島第一原発事故からの復興に役立て得る」としています。協定は2012年5月に締結されました。
- 協力の分野:事故が人と環境に与える影響、それに対してとった措置とその評価、両政府が合意するその他の分野(第1条)
- 協力の方法:情報の交換、研究者・技術者などの専門家の交流、共同セミナーなどの開催(第2条)
- 合同委員会を設け、原則として毎年1回、日本またはウクライナで会合する(第3条)
協定の前文は、チョルノービリ事故から「ウクライナが得た知見から日本国が多くを学び得る」と書いています。1990年代に日本が検診車を送った相手から、今度は日本が学ぶ、という書き方です。同じ年の12月15日には、ベラルーシとも同じ名前の協定が郡山で署名されました。
合同委員会で話し合われたこと
外務省によれば、第1回の日ウクライナ原発事故後協力合同委員会は2012年7月26日に東京で開かれました。日本側は外務省・内閣府・文部科学省・農林水産省・環境省・厚生労働省・東京大学から約30人、ウクライナ側は非常事態省立入禁止区域庁のヴォロディミル・ホローシャ長官ら8人です。議題は避難区域と住民保護、除染、モニタリング、放射能教育や住民への情報共有を含むリスク管理、学術協力でした。
第2回は2013年7月17日にキーウで開かれ、日本側からは復興庁や東京電力、長崎大学を含む17人、ウクライナ側から23人が出席しました。議題には原子力損害賠償が加わっています。両国は、東京大学がウクライナ宇宙庁などと進める、福島とチョルノービリを複数の超小型衛星で観測する計画を歓迎しました。第3回以降の開催は、この記事では確認できていません。
2025年2月の攻撃と、2026年の共同声明
EBRDによれば、2025年2月14日、ロシアのドローンがNSCに命中し、内外の外装に15平方メートルの穴が開き、約200平方メートルのパネルが損傷しました。修復には少なくとも5億ユーロが必要と見積もられています。EBRDが2020年に設けた国際チョルノービリ協力基金(ICCA)が修復の資金を集めていますが、EBRDのページが挙げる現在の拠出者(欧州委員会、フランス、ノルウェー、英国、カナダ、ドイツなど)に日本の名前はありません(2026年9月に確認)。
事故から40年の2026年4月26日、キーウで開かれたチョルノービリに関する国際会議は、NSCの修復を支持し、ロシアによる原子力関連施設への攻撃を非難する共同声明を出しました。ウクライナエネルギー省が公表した参加国の一覧には、26か国の中に日本が入っています。声明は、参加国が資金拠出の可能性を引き続き検討するとしていますが、日本が拠出額を示したかどうかは、声明からはわかりません。
1991年の検診センターから、2012年の協定、2026年の共同声明まで。日本とウクライナの協力は、支える側と学ぶ側を入れ替えながら続いてきました。事故の後始末は、戦争によって新しい問題を抱えています。
出典・参考資料
- チェルノブイリ医療協力事業-ウクライナでの活動(キーウ30,814人・コロステン33,554人、1991〜1996年)
発行:笹川保健財団 確認日:2026-09-23 - チェルノブイリ医療協力事業-ベラルーシでの活動(ゴメリ・モギリョフの児童数と期間)
発行:笹川保健財団 確認日:2026-09-23 - チェルノブイリ医療協力事業-ロシアでの活動(クリンツィ34,683人)
発行:笹川保健財団 確認日:2026-09-23 - チェルノブイリから福島へ(2021年。事業の経緯・検診車の装備・約20万人・延べ450人と230人・1998年の甲状腺組織バンク)
発行:笹川保健財団 確認日:2026-09-23 - Chornobyl Shelter Fund(1997年の設立・G7デンバー・拠出者一覧・2023年末で16億ユーロ超・45拠出者)
発行:European Bank for Reconstruction and Development 確認日:2026-09-23 - Making Chornobyl safe(2025年2月14日の攻撃・15平方メートルの穴と約200平方メートルの損傷・修復費5億ユーロ以上・NSCの2016年移動と2019年引き渡し・ICCAの拠出者)
発行:European Bank for Reconstruction and Development 確認日:2026-09-23 - Speech by Mr. Chiaki Takahashi, State Secretary for Foreign Affairs of Japan, at Kyiv Summit on Safe and Innovative Use of Nuclear Energy, 19 April 2011(約7,300万ユーロ)
発行:外務省 確認日:2026-09-23 - 人間の安全保障基金によるウクライナにおけるチェルノブイリ被災民に対する支援について(平成16年2月16日)
発行:外務省 確認日:2026-09-23 - 人間の安全保障基金「チェルノブイリ事故被災地域におけるICRINを通じたコミュニティと住民の人間の安全保障促進」への支援について(平成20年11月18日)
発行:外務省 確認日:2026-09-23 - 日本・ウクライナ・グローバル・パートナーシップに関する共同声明(仮訳、2011年1月18日)
発行:外務省 確認日:2026-09-23 - 「原子力発電所における事故へのその後の対応を推進するための協力に関する日本国政府とウクライナ政府との間の協定」の署名(平成24年4月18日)
発行:外務省 確認日:2026-09-23 - 原子力発電所における事故へのその後の対応を推進するための協力に関する日本国政府とウクライナ政府との間の協定(条約本文)
発行:外務省 確認日:2026-09-23 - 同名の日本国政府とベラルーシ共和国政府との間の協定(2012年12月15日、郡山で作成)
発行:外務省 確認日:2026-09-23 - 第1回日ウクライナ原発事故後協力合同委員会の開催(平成24年7月26日)
発行:外務省 確認日:2026-09-23 - 第2回日ウクライナ原発事故後協力合同委員会の開催(平成25年7月18日)
発行:外務省 確認日:2026-09-23 - Joint Statement of the International Conference on Chornobyl, Kyiv, 26 April 2026/Countries joining the Joint Statement on Chornobyl on April 26, 2026
発行:ウクライナエネルギー省 確認日:2026-09-23
記載内容に誤りを見つけた場合は、訂正のご連絡からお知らせください。確認のうえ、訂正した内容と経緯を記事に記載します。
