本文へ移動

ウクライナの人・文化・社会・未来を、日本と世界につなぐ

Ukrainavi Ukrainavi

社会を知る/解説

ウクライナの戒厳令で止まっていること、止められないこと

2022年2月24日に始まったウクライナの戒厳令は、2026年9月までに20回延長されました。大統領令は憲法の12の条文について権利の制限を認め、法律は外出禁止や集会の禁止を措置として挙げています。一方で、生命や裁判を受ける権利など、戒厳令でも制限できない権利を憲法が列挙しています。男性の出国制限の根拠と、2025年の改正も見ます。

2022年2月24日、ロシアによるウクライナへの全面侵攻が始まった日に、ゼレンスキー大統領は大統領令 № 64/2022 に署名しました。「同日午前5時30分から30日間、ウクライナに戒厳令を導入する」。最高会議(議会)は同じ日に法律 № 2102-IX でこれを承認しています。以来、戒厳令は20回延長されました。最新の延長は2026年7月13日の大統領令 № 596/2026(翌14日に法律 № 4928-IX で承認)で、2026年8月2日午前5時30分から90日間です。計算上は10月31日の午前5時30分までになります。

戒厳令と聞くと、何もかもが止まった状態を思い浮かべるかもしれません。ウクライナの法律は、そうは書いていません。どの権利を制限してよいかを大統領令が列挙し、どの措置を取れるかを法律が列挙し、そして、戒厳令のもとでも制限してはならない権利を憲法が列挙しています。以下、その三つを条文に沿って見ていきます。条文はすべて、2026年9月23日時点で最高会議の法令データベース(zakon.rada.gov.ua)に掲載されている現行版です。

だれが決め、だれが承認するのか

ウクライナ憲法第106条第1項第20号は、法律に従って戒厳令の導入を決めることを大統領の権限としています。最高会議は、大統領の布告を2日以内に承認します(第85条第1項第31号)。

手続きの細部は、法律「戒厳令の法制度について」(2015年5月12日 № 389-VIII。以下、戒厳令法)が定めています。提案するのは国家安全保障・国防会議で(第5条第1項)、大統領は布告を出すと直ちに最高会議に承認を求めます(同第2項)。最高会議は招集を待たずに2日以内に集まります(同第4項)。布告は、承認する法律と一緒に公布され、その法律と同時に効力を持ちます(同第6項)。延長も同じ形を取り、延長の大統領令ごとに承認の法律が作られてきました。

戒厳令法第1条は、戒厳令を「武力侵略または攻撃の脅威があるとき」などに導入される特別な法制度と定義し、その中身として二つを挙げています。国の機関、軍、軍政機関、地方自治体に必要な権限を与えること。そして、憲法上の権利と自由を、脅威に応じて一時的に、期間を明示して制限することです。

なお、2022年2月24日には、戒厳令とは別の大統領令 № 65/2022 で総動員も布告されています(3月3日に法律 № 2105-IX で承認)。総動員も戒厳令と並んで延長されており、最新は大統領令 № 597/2026 による2026年8月2日からの90日間です。戒厳令と動員は、法的には別の制度です。

制限してよいとされた12の条文

戒厳令法第6条は、戒厳令の大統領令に「一時的に制限される憲法上の権利と自由の網羅的な一覧」を書くよう求めています。大統領令 № 64/2022 の第3項が挙げたのは、憲法の第30条から第34条、第38条、第39条、第41条から第44条、第53条です。

憲法の条文内容
第30条住居の不可侵
第31条通信の秘密
第32条私生活・家族生活への不干渉、本人の同意のない個人情報の収集の禁止
第33条移動の自由、居住地の自由な選択、ウクライナから自由に出国する権利
第34条思想と言論の自由、情報を集め広める権利
第38条国政と国民投票への参加、選挙で選び選ばれる権利
第39条平和的な集会・デモの権利
第41条財産権
第42条企業活動の自由
第43条労働の権利
第44条ストライキの権利
第53条教育を受ける権利
出典:ウクライナ大統領令 № 64/2022 第3項、ウクライナ憲法(1996年6月28日 № 254к/96-ВР)。いずれも最高会議の法令データベース掲載の現行版、2026年9月23日確認。内容の欄は各条の要約で、条文の全文ではない。

いくつかの条文は、平時から戒厳令を見越した書き方になっています。第41条は、私有財産の強制収用には事前の完全な補償が必要だとしたうえで、「戦時または非常事態の状況でのみ」事後の完全な補償による収用を認めています。第43条は強制労働を禁じつつ、戦時・非常事態の法律に基づく労働は強制労働に当たらないと定めています。第33条には、市民はいつでもウクライナに戻る権利を奪われない、という項もあります。

法律が認めている措置

権利を制限できる範囲の中で、実際に何ができるのか。戒厳令法第8条第1項は、軍の司令部が軍政機関とともに、あるいは行政機関や地方自治体を加えて取れる措置を列挙しています(一部は削除され、追加された号もあります)。暮らしに直接関わるものを挙げます。

  • 外出禁止時間(夜間などに、特別な通行証なしで街路や公共の場にいることの禁止)と、灯火管制の導入(第5号)
  • 出入りの特別な体制、市民・外国人の移動と車両の通行の制限(第6号)
  • 身分証の確認、必要な場合の所持品・車両・住居などの検査(第7号)
  • 平和的な集会、デモ、その他の大規模な催しの禁止(第8号)
  • 通信事業者、出版、放送などの業務の規制(第11号)
  • 国防に関わる作業などのための労働義務の導入(第2号)
  • 私有財産・公有財産の強制収用(第4号)
  • 住民の避難(第19号)、生活必需品の配給制の導入(第20号)
  • ウクライナを攻撃する国の市民の抑留(第23号)

外出禁止時間が地域ごとに違うのは、この仕組みによります。内閣決定 № 573(2020年7月8日)が定める手続きでは、外出禁止時間は軍の司令部または軍政機関の命令で導入され、その命令が時間帯と対象の区域を決めます。ウクライナ全土に一律の時間があるわけではありません。

財産の収用には歯止めもあります。戒厳令法第23条は、事前に補償されなかった収用には後から完全な補償をすること、収用された財産が戒厳令の解除後も残っていれば元の所有者が裁判で返還を求められることを定めています。

戒厳令のあいだ禁じられていること

戒厳令法第19条第1項は、戒厳令のあいだ次のことを禁じています。憲法の改正、クリミア自治共和国憲法の改正、大統領選挙・最高会議選挙・クリミア自治共和国最高会議選挙・地方選挙、全国と地方の住民投票、そしてストライキと大規模な集会・行動です。

この条文が、2022年以降ウクライナで選挙が行われていない直接の根拠です。大統領と最高会議の任期がどう扱われているかは、ウクライナの大統領、最高会議、内閣はそれぞれ何を決めるのかで詳しく書いています。

反対に、止めてはならないものも法律に書かれています。第10条第1項は、戒厳令のあいだ、大統領、最高会議、内閣、国立銀行、最高会議人権委員、会計検査院、裁判所、検察などの権限を終わらせることはできないと定めます。第26条は、裁判は裁判所だけが行い、あらゆる形の訴訟手続きを短縮・迅速化することを禁じ、特別裁判所や臨時裁判所をつくることを認めていません。

戒厳令でも制限できない権利

憲法第64条第2項は、戒厳令または非常事態のもとで権利を制限できるとしつつ、次の条文の権利は制限できないと明記しています。第24条(法の下の平等)、第25条(国籍を奪われない権利)、第27条(生命)、第28条(尊厳。拷問や残虐な扱いの禁止)、第29条(身体の自由)、第40条(公的機関に請願する権利)、第47条(住居を持つ権利)、第51条(婚姻と家族)、第52条(子どもの平等)、第55条(裁判による権利の保護)、第56条(違法な公権力の行使による損害の賠償)、第57条(自分の権利と義務を知る権利)、第58条(法の不遡及)、第59条(弁護を受ける権利)、第60条(明らかに犯罪的な命令に従わなくてよいこと)、第61条(二重処罰の禁止)、第62条(無罪の推定)、第63条(自己や家族に不利な証言を拒む権利)です。

戒厳令法も第20条第2項でこの条文を確認し、第22条で、戒厳令の導入は拷問や屈辱的な扱いの理由にならないと重ねて書いています。

権利の制限は国外にも知らされます。大統領令 № 64/2022 第7項と戒厳令法第24条は、市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)に基づき、義務から離れる範囲と理由を国連事務総長を通じて締約国に通知するよう定めています。延長の大統領令にも、同じ通知の指示が入っています。

18歳から60歳の男性と国境

戒厳令のもとでのウクライナの男性の出国の制限は、戒厳令法の中に一文で書かれているわけではありません。

国境の通過は、内閣決定 № 57(1995年1月27日)の「ウクライナ市民による国境通過規則」が定めています。規則は、非常事態または戒厳令が導入されたときに国境を越える権利を持つ人を、項目を立てて列挙しています。障害のある人とその付き添いの家族(第2-1項)、動員による召集の対象とならない人(第2-6項)、船員や航空要員など職業上の理由がある人(第2-12項、第2-13項)などです。

その規則が2025年8月26日の内閣決定 № 1031 で改正されました。新しい第2-19項は、戒厳令のもとでの国境通過の制限は「18歳から22歳(22歳を含む)の男性市民には及ばない」と定めています(政府高官などを列挙した第2-14項の人を除く)。同じ改正で、例外を定めたいくつかの項目の「18」が「23」に置き換えられ、2026年9月23日時点の規則では、それらの項目は「23歳から60歳の男性」を対象とする書き方になっています。

一方、戒厳令法そのものにも、男性に関わる規定が2024年4月の改正で加わっています。第20条第4項は、18歳から60歳の男性市民に、兵役登録の書類と身分証を持ち歩き、地域徴兵・社会支援センターの担当者、警察官、国境警備庁の担当者に求められたら示す義務を課しています。

国外にいるウクライナ人男性への影響

同じ第20条は、国外にいる人の手続きにも関わります。第5項によると、在外公館での領事手続きは、18歳から60歳の男性で、法律の定める期限までに個人データ(兵役登録の情報)を更新していない人については、更新と同時でなければ行われません。ウクライナへの帰国のための証明書の発行、外国籍の親を持つ子どもの手続き、国外で拘束されている人の手続きは、この条件の例外です。第6項は、国家移民庁が所管する国営企業の国外の拠点で国内用・国外用の旅券をつくる場合も、18歳から60歳の男性には兵役登録の書類が必要だとしています。

日本に住むウクライナの人がこれらの手続きをする場合、自分にどの条件が当てはまるかは、この記事では判断できません。駐日ウクライナ大使館に確認してください。

州と地区の行政は軍政機関へ

戒厳令は地方の行政の形も変えました。大統領令 № 68/2022(2022年2月24日)は、24州とキーウ市の州(市)国家行政府を州(市)軍政機関とし、その長を軍政機関の長としました。地区の国家行政府も地区軍政機関になっています。戒厳令法第4条によれば、軍政機関は戒厳令のあいだと、その終了後30日間、権限を行使します。

市町村の議会や首長が職務を果たせない地域では、集落の軍政機関が置かれ、最高会議の決定があれば、その長が議会と首長の権限を行使します(第4条第3項、第10条第2項)。選挙が禁じられているため、地方議会もまた、戒厳令が明けるまで改選されません。

出典・参考資料

  1. Указ Президента України «Про введення воєнного стану в Україні» № 64/2022(2022年2月24日。導入の時刻と期間、第3項の制限対象条文、第7項、承認法 № 2102-IX、20回の延長の注記を確認)
    発行:Президент України(zakon.rada.gov.ua 掲載版) 確認日:2026-09-23
  2. Указ Президента України «Про продовження строку дії воєнного стану в Україні» № 596/2026(2026年7月13日。延長の開始時刻と期間、承認法 № 4928-IX を確認)
    発行:Президент України(zakon.rada.gov.ua 掲載版) 確認日:2026-09-23
  3. Закон України «Про затвердження Указу Президента України "Про введення воєнного стану в Україні"» № 2102-IX(2022年2月24日)
    発行:Верховна Рада України 確認日:2026-09-23
  4. Указ Президента України «Про загальну мобілізацію» № 65/2022(2022年2月24日。承認法 № 2105-IX、最新の延長 № 597/2026 を確認)
    発行:Президент України(zakon.rada.gov.ua 掲載版) 確認日:2026-09-23
  5. Закон України «Про правовий режим воєнного стану» № 389-VIII(2015年5月12日。第1条、第4〜6条、第8条、第10条、第19条、第20条、第22〜24条、第26条を確認)
    発行:Верховна Рада України 確認日:2026-09-23
  6. Конституція України № 254к/96-ВР(第30〜34条、第38〜39条、第41〜44条、第53条、第64条、第85条第1項第31号、第106条第1項第20号ほかを確認)
    発行:Верховна Рада України 確認日:2026-09-23
  7. Постанова Кабінету Міністрів України № 57「Правила перетинання державного кордону громадянами України」(1995年1月27日。第2-1項、第2-6項、第2-12〜2-14項、第2-19項を確認)
    発行:Кабінет Міністрів України(zakon.rada.gov.ua 掲載版) 確認日:2026-09-23
  8. Постанова Кабінету Міністрів України № 1031(2025年8月26日。国境通過規則の「18」を「23」に改め、第2-19項を置き換えた改正の本文)
    発行:Кабінет Міністрів України(zakon.rada.gov.ua 掲載版) 確認日:2026-09-23
  9. Постанова Кабінету Міністрів України № 573(2020年7月8日。外出禁止時間と灯火管制の実施手続き、第4〜5項を確認)
    発行:Кабінет Міністрів України(zakon.rada.gov.ua 掲載版) 確認日:2026-09-23
  10. Указ Президента України «Про утворення військових адміністрацій» № 68/2022(2022年2月24日)
    発行:Президент України(zakon.rada.gov.ua 掲載版) 確認日:2026-09-23

記載内容に誤りを見つけた場合は、訂正のご連絡からお知らせください。確認のうえ、訂正した内容と経緯を記事に記載します。