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文化・歴史/解説

緑と黄が「涙」のように流れる、コシウの彩色陶器

ウクライナ西部、フツル地方の町コシウでは、白い化粧土をかけた器に金属の棒で線を刻み、緑・黄・茶で彩る陶器が作られてきました。2019年にユネスコの無形文化遺産の代表一覧に記載されたこの伝統の作り方、描かれてきた図柄、名前の残る陶工、いまの担い手をまとめます。

オリュカのひとこと

緑と黄が「涙」のように流れる模様は、どんな工程で生まれるのでしょう。刻んで焼く順番を見てみましょう。

焼き上げるときに緑の絵の具がにじみ、水彩画のように流れ出す。ウクライナ西部の町コシウで作られてきた陶器では、この流れを「涙」と呼びます。2019年12月、ユネスコの政府間委員会が「コシウの彩色陶器の伝統」(Tradition of Kosiv painted ceramics)を無形文化遺産の代表一覧に記載したとき、その決定文もこの「涙」に触れていました。

フツル地方の町コシウ

コシウ(Косів)は、イヴァーノ=フランキーウシク州の町です。Internet Encyclopedia of Ukraine(アルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所=CIUS。この項目の初出は1988年)によると、文献に初めて現れるのは1424年。1869年から1939年までは郡の中心で、カルパティア山地に暮らすフツルの人々の地方(フツル地方)の行政と商業の中心でした。人口は8,627人(2017年)。木彫や織物のキリム、刺繍と並んで、陶器でも古くから知られてきた町です。

ウクライナが2018年にユネスコへ出した申請書は、いまの中心を、コシウの町と近くのピスティニ、ヴェルボヴェツ、スタルィイ・コシウ、クティの村々としています。18世紀末から20世紀半ばまで職人が最も多く集まっていたのはピスティニ村で、のちに芸術家同盟の地方組織や美術の学校、工房ができたコシウが中心になった、と書いています。申請書は別の呼び名として「フツルの陶器」「ポクッチャの陶器」も挙げています。

刻んで、焼いて、塗って、また焼く

申請書が説明する工程は次のとおりです。

  • 地元の灰色の粘土で形を作り、白い化粧土(エンゴーベ。クリームのような質感の白い粘土)をかける
  • 乾いたら、金属の細い棒で表面を引っかいて輪郭線を描く(ウクライナ語で「ルィトゥヴァンニャ」と呼ばれる技法)。線で囲んだ部分の一部は茶色の化粧土で埋める
  • さらに乾かして950℃で焼き、金属酸化物の絵の具で彩色して、もう一度焼く

二度目の焼成で、絵の具は伝統の緑と黄に発色します。申請書は緑・黄・茶の3色で彩ることを「欠かせない特徴」と呼び、この配色があるから「フツルの」「コシウの」陶器と見分けられる、と書いています。コバルトの青を少し加える職人もいますが、伝統の色合いを失わない程度にとどめる、とも述べています。焼成の間に緑がにじんで広がるのが、冒頭の「涙」です。

ウクライナの国の百科事典『ウクライナ大百科事典』(ВУЕ)の「コシウの陶器」の項(執筆はH・イヴァシキウ氏)も、焼く前の白く化粧した素地に釘や針金で溝を刻み、茶・緑・黄の「三色」で塗る技法を、コシウの陶器の中心に置いています。窯は薪の窯と電気炉の両方が使われている、と申請書は書いています。

オリュカのひとこと

器に描かれてきたのは、身の回りのどんなものなのでしょう。図柄の例を順に見てみましょう。

何が描かれてきたか

ユネスコの決定文は、コシウの陶器の最大の特徴を文様の具象的な図柄に置き、その図柄が「フツルの人々の歴史、暮らし、民話、信仰、慣習、そして身のまわりの植物と動物」を表す、と書いています。

ВУЕは、19世紀から20世紀初めの作例を次のように分けています。いちばん多いのは植物の文様で、ロゼット、チューリップ、葉、ブドウ、鉢植え、「生命の樹」など。幾何学的な文様は少なめです。動物では小鳥、雄鶏、孔雀、ヤギ、牛、ライオン、馬、魚、ザリガニ。人物を描いたものには、聖母や聖ニコライなどの宗教画、陶工・粉ひき・楽師・畑を耕す人・機織りといった職業ごとの暮らしの場面、「居酒屋で」「熊を連れ歩く」のような風俗の場面、三つや五つの丸屋根をもつ教会の絵があります。

作られてきたのは器だけではありません。決定文は食器のほか、儀礼の道具、玩具、タイルを挙げています。IEUの「Ceramics」の項(初出1984年)によると、コシウは独特の形をした絵付けタイルの暖炉でも知られ、19世紀にコシウの職人が作った暖炉は400基を超え、その多くはいまは博物館にあります。ВУЕも、19世紀から20世紀初めの作例で最も多く残っているのは暖炉のタイルだと書いています。

名前の残る陶工たち

ВУЕによると、1830〜40年代に陶工P・ハウルィシチウが、白く化粧して乾かした器に尖った道具で線を刻んで絵付けする技法を初めて取り入れ、のちにこの技法に完全に移りました。1840〜50年代には陶工I・バラニュクがこの技法で制作し、1860年代からは弟子のオレクサ・バフマチュークが続きます。バフマチュークはウィーン(1873年)、リヴィウ(1877年)、コロミヤ(1880年)の民族誌の展覧会に出品しました。IEUも、19世紀末の最も優れたフツルの陶工の一人にバフマチュークを挙げています。

ВУЕは、1880年代のコシウには20人、19世紀末には23人の陶工がいたと書いています。ユネスコの決定文は、この伝統が18世紀に生まれ、19世紀半ばに黄金期を迎えたとしています。

学校と家族が受け継ぐ

申請書によると、1959年にコシウの応用美術学校に陶芸科が置かれました。この学校はいま、リヴィウ国立芸術アカデミーのコシウ応用・装飾美術研究所になっています(ВУЕ)。決定文は、コシウの学校の陶芸科が世代をつなぐ特別な責任を負い、ろくろ、粘土、道具、窯という伝統の工程をひと通り保っている、と書いています。

担い手の数について、申請書は「約70人」と書いています。その多くはコシウの学校を出た職人で、自分の工房で働き、うち約20人はウクライナ全国芸術家同盟のコシウ地方組織の工房で制作しています。タイルを作る職人は別のまとまりをなしています。家族の工房では、粘土の準備や成形、タイル作り、窯焚きのような重い仕事を男性が、絵付けを女性が担うことが多い、というのが申請書の説明です。

申請への同意は、2014年に地元の祭り「マリョヴァヌィイ・ジュバヌィク」(絵付けの水差し)の場で開かれた集まりで、34人(女性19人、男性15人)が署名した文書で示されました。2017年には、タイルの職人9人が別に同意の書簡を出しています。申請書は、伝統の技法から外れた模倣や行き過ぎた商業化を避けることを課題に挙げ、伝統の工程を守る作り手を祭りや賞で後押しする計画を示していました。

国の一覧から、ユネスコの一覧へ

申請書によると、コシウの彩色陶器の伝統は、ウクライナの無形文化遺産の国内一覧が2012年12月14日の文化省令第1521号で作られたとき、最初に載った要素の一つで、一覧の番号は1番です。

ユネスコの記載は、2019年12月にコロンビアのボゴタで開かれた第14回政府間委員会で決まりました。ウクライナ外務省は、決定は12月12日だったと発表しています。ウクライナの要素が代表一覧に載るのは、2013年のペトリキウカの装飾画に続いて2件目でした。

ウクライナからユネスコの一覧に載った無形文化遺産の全体は「ウクライナの街と世界遺産」に、蜜蝋で模様を描く卵はピサンカの記事に、地域で技法の違う刺繍のシャツはヴィシヴァンカの記事にまとめています。

出典・参考資料

  1. Tradition of Kosiv painted ceramics(要素の紹介、2019年・14.COM・代表一覧)
    発行:UNESCO Intangible Cultural Heritage 確認日:2026-09-24
  2. Decision of the Intergovernmental Committee: 14.COM 10.B.40(決定文。18世紀の成立、19世紀半ばの黄金期、化粧土・刻線・緑と黄・「涙」、図柄の内容、コシウの学校の陶芸科、国内一覧)
    発行:UNESCO Intangible Cultural Heritage 確認日:2026-09-24
  3. Nomination file No. 01456 for inscription in 2019 on the Representative List(申請書。中心となる町と村、別名、約70人・約20人、工程と950℃、3色、男女の分担、1959年の陶芸科、2014年の同意34人・2017年のタイル職人9人、国内一覧の文化省令第1521号・2012年12月14日・番号1、2018年2月28日の署名)
    発行:Ukraine(UNESCO掲載) 確認日:2026-09-24
  4. Український елемент «Традиція Косівської мальованої кераміки» включено до Репрезентативного списку…(2019年12月12日、第14回政府間委員会・ボゴタ)
    発行:Міністерство закордонних справ України 確認日:2026-09-24
  5. Косівська кераміка(Г. М. Івашків。技法と三色、陶工ハウルィシチウ・バラニュク・バフマチュークと展覧会の年、1880年代20人・19世紀末23人、図柄の分類、タイル、学校の沿革)
    発行:Велика українська енциклопедія(ДНУ «Енциклопедичне видавництво») 確認日:2026-09-24
  6. Kosiv(初出1988年。1424年の初出、1869〜1939年の郡の中心、人口8,627人〈2017年〉、工芸)
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24
  7. Ceramics(初出1984年。コシウとピスティニの18世紀の器・タイル、19世紀の暖炉400基超、19世紀末の陶工)
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24

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