第一章 札がもう一度傾く

次の問いが来たら、翼を半分だけ開いて待とう。
さっき、文字のない札が紙の外側から傾いたとき、オリュカは「次のページは、きみが選んでいい」と言って道を譲った。その一枚が閉じてからも、言ったときの翼の高さを覚えている。
なのに、実際に新しいページが開くと、まず目に飛び込んできたのは翼よりも小さなものだった。白い札の角が、余白の入口で折り上がっている。
「次は、どこから?」
短い問いだった。札の向こうには、背の低い段が二つ、少し離れて大きな見出しの面がある。手前の段を回れば見出しへ着く。脇には細い折り道があり、その先の小さな面はまだこちらから見えない。
ヨリクネは耳を上げたが、尾を広げなかった。タブリは入口の折り目を一度たどり、青いタブを置く。スウネの灯は右の白い面を照らし、その中に道があるとは言わない。シメロは二段の紙の端を、往復できる幅を残して揃えた。
オリュカは全員の手元を見てから、札に目を戻す。まだ傾いていない。
「こっちなら、見出しまで行けるよ」
黄色いしおりの先だけを持ち上げる。札の動きが来るまで、紙には下ろさない。
タブリがその先端を見上げた。「だいぶ待てるようになった」
「うん。だいぶ」
オリュカは自慢したくなり、しおりをほんの少し揺らしてしまった。シメロが揃えた段に黄色い影が落ちる。スウネの灯までその影を追い、ヨリクネは笑いをこらえるように尾を巻いた。
やがて紙の外側から、軽く開く力が伝わった。札が見出しの方へわずかに傾く。
「ここから、どうぞ」
オリュカはしおりを下ろした。見出しまでの道はまっすぐに見えるが、左側に青い帰りタブがあり、右側の脇道の端も消えていない。シメロは折り段の上で指を止め、タブリが一度渡って戻るのを待った。
「帰れる」とタブリ。
「曲がる場所も見える」とヨリクネ。
「見えないところは、白いまま」とスウネは言った。
オリュカは返事の代わりに翼を下げた。しおりの入口を残して、五人は紙の端へ退く。見出しの面が外側からひらき、紙を追うような小さな音がしばらく続いた。本文へ動きが渡ったのだ。もう案内の声を重ねるところではない。
ヨリクネが尾を動かしかけて、止める。タブリは甲羅の印を静かに揃える。オリュカは、見出しへ向かう黄色い線の上を、誰かが先へ進む気配だけを見ていた。
ところが紙は畳まれなかった。
見出しの面の少し先で、ページの重みがふっと止まる。手前の折り段が開き、さっきは高く見えた段が低くなる。同じ紙に見えていた遠近が、ひと呼吸ぶん変わった。
入口の白い札が、かさ、と音を立てた。
五人は振り返った。札は新しく増えていない。最初に現れた一枚が、外から伝わる紙の動きにつられ、見出しの方から、開いた段の途中へ向きを変えていた。
「あれ」とヨリクネが言う。「今の場所は、あっち?」
段の途中、さっきのしおりが一度も止まらずに通り過ぎた角に、細い縁が現れている。そこからなら、見出しの先へ続く面にも、右の脇道にも届きそうだ。ただし入口から伸びた黄色い線は、以前の向きを保っている。
オリュカは翼を出した。伸ばした先は、もう札の傾きと合わない。そこで翼を畳んだ。
「もう一回、待とう」
札は動かない。
「一度、動いたよ」とタブリ。
「うん。でも、まだ動くかもしれない」
オリュカは、その可能性が気になった。前に待たずに飛び出して、青いタブを踏み隠したことがある。いま慌てて次を決めれば、また見えない角をつくるかもしれない。
シメロが細い縁を測るように見下ろす。「あそこから先へ、線を引ける」
「どこへ?」
「まだ決めていない」
オリュカは少しほっとした。決めていないなら、待っていていい気がした。ところが、遠くの面では紙が小さく鳴り、段の高さがもう半分変わった。さっきまでは入口から歩けると思った道の端が、今は薄い紙の背になっている。
タブリが甲羅から一枚、別の青い角を出した。入口の印と似た色だが、折り方は違う。
「置く場所を間違えると、二つとも入口に見える」
「じゃあ、それも、まだ置かない?」とオリュカ。
タブリは細い縁を見た。ひとつ目の青い印は確かに残っている。けれど、それが今の足元を示しているわけではない。
「まず、そこへ行って見る」
タブリが動きだす。オリュカは思わずその前に翼を出しかけた。今度は、自分の翼が邪魔になると思い出し、横へ引いた。
白い札は、途中の段を向いたままだった。前へ進むために待っていたはずなのに、タブリの小さな足音だけがオリュカを追い越していった。
目次(全8章)
- 第一章札がもう一度傾く
- 第二章いまいる角
- 第三章あとでの約束
- 第四章折り返す線
- 第五章同じ角の、ちがう先
- 第六章ふたつの「ここ」
- 第七章白い縁から話す
- 第八章途中からでも
このお話は、Ukrainaviの案内役オリュカと仲間たちが登場する創作の物語です。実在するウクライナの場所や出来事を描いたものではありません。挿絵は、生成画像をもとにした創作イラストです。