第四章 折り返す線

「ぼく、待ちすぎた」
オリュカの声は、紙の擦れる音より小さかった。ヨリクネはくしゃりとした尾先を畳む手を止めた。
「ぼくが『あとで』って言ったんだよ」
「それを聞いて、ぼくも止まった。いつか札がもっと傾いたら、全部分かると思って」
オリュカは白い札を見た。向きは変わっている。ここまで来た、という外側の動きはもう届いていた。右か前かを勝手に決めることはできないが、今いる角から見えている場所まで道を示すことならできる。
「全部は分からない。でも、今いる角から、見える所までは案内できる」
タブリが顔を上げた。「そこから先は?」
「着いた所で、また確かめたい。戻る幅も残して」
シメロは長い線の先を見た。「それなら、入口の直線はこのまま。今の角だけ、向きを変える」
「直線なのに、向きを変えられる?」とヨリクネ。
「支点を動かす。線を全部引き直さなくても」
シメロは黄色いしおりを押さえていた手を少しずらした。張った紙は離れようとする。オリュカが根元を引くと、入口の青いタブまでついてきた。
「入口は、押さえる」とタブリ。
甲羅を入口側へ向け、青い印の縁を押さえる。彼の体は低い。遠い入口から今の角まで、黄色と青の二本の細い線が見える位置を探す。シメロが現在地の黄色い先を押さえたまま、紙の端を一枚だけ持ち上げた。
オリュカはしおりを巻き取るのをやめる。代わりに、タブリが置いた短い仮印のすぐ脇で、黄色を小さく折り返した。古いしおりは入口からここまで残る。ここから先だけが、新しい向きになる。
折り目がつくとき、かさ、と薄い音がした。シメロは指を離してみる。黄色は元の直線を引きずらず、現在地の角で折れたままになる。入口の青も起きたままだった。
ヨリクネが身を低くして眺める。「行った道が、まだある」
「なくす必要はなかった」とオリュカ。
シメロは長い体の向きを変え、折り返しから見出しの先へ続く面を見渡せるようにした。ただし彼が揃えるのは、現在地から確認できる一段ぶんだけだ。それより先を一本にしてしまえば、見えない境目まで道に見せてしまう。
「ここから先、どこまでが足場?」
オリュカの問いに、タブリは実際に歩いて答えた。小さな青い仮印から一段上がり、紙の端を叩く。一段の向こうは見出しへ続く平らな面、その先はまだ別の折りの影に隠れている。
「ここまで。戻るときは、この短い印」
スウネは平らな面の先に、白の境を照らした。道ではないと決めつけず、あるとも言わず、光をそこで止める。
「その先は、今は見えない」
紙の外側からもう一度、かすかな力が届いた。札の角が、一段上の平らな面へ向く。そこは右の脇道と前の見出しへ分かれる前の、共通の足場だった。どちらへ行くかは、まだ決まらない。
「じゃあ、一段ぶん」とオリュカ。
黄色の先をそこまで伸ばす。ほんの短い案内になった。遠くの見出しまで一気に届いたときのような気持ちよさはない。それでも今の角から足を出すには、十分だった。
ヨリクネは閉じた脇道へ振り返る。紙の裏に回った細い面が、正面からは縁だけになっている。自分が「あとで」と言った道を、このまま残していいのか。
「今は、こっちに行くの?」
オリュカは彼に向き直った。「ここまでは、案内したい。脇道を閉じたまま忘れるとは言ってない」
「どうやって、もう一度見つける?」
タブリが甲羅の小さな印を一枚出す。ヨリクネへ差し出しかけて、止めた。「このページの、入口は見えている。でも脇道の入口は裏にある。印を置く所が、まだない」
ヨリクネはうなずいた。以前なら折り目のあったあたりへ目印を貼りつけ、これで安心だと言ってしまったかもしれない。今は尾先のしわを見つめている。
「あの道の形は、覚えてる」
「形は、別の所にもある」とタブリ。
「分かってる。……でも、この紙で見た道なんだ」
シメロが長い体を少し倒す。裏に回った縁を起こせば通れるかもしれない。ただ、そのためには今の角へ押さえた指を離し、折り返した黄色を一度浮かせる必要がある。
「こちらを支えてくれれば、開けられる」とシメロ。
「支えられる。けど、白札の向きはまだこちらだ」とタブリ。
シメロは指を離さずに待った。その間にも、紙の外側で重みが移る。
スウネが早く気づいた。灯を細くして、二つの角の境目を照らす。
「紙が、閉じる」
「まだ、この一段だけしか――」オリュカが言いかける。
低い段の端から、白い面がゆっくり折れた。シメロが整えた直線も、タブリの二つの印も、ヨリクネの見失った脇道も、同じ大きな紙の内側へ畳み込まれていく。誰もそこへ手をかけていない。紙の外から来た動きだった。
タブリは入口の青を押さえたまま、今の角の小さな印を見る。「こっちを持つ? あっちを残す?」
「両方、置いていけない?」とオリュカ。
「置ける。でも、次に開いたとき同じ場所とは限らない」
ヨリクネは畳まれる脇道の端に、最後に見えた折り目を目で追う。「約束したのは、この角だった」
シメロの指は黄色い折り返しにある。「いまの支点は、ここだ」
「その『いま』が、変わる」とスウネ。
五人の声が、一枚の紙の上に残った。オリュカはどの声にも返事をしかけ、どれにも間に合わなかった。
ぱたん、と音がして、案内所が畳まれた。黄色いしおりを折り返した角も、裏へ回った細い道も、そこに置いたまま見えなくなる。オリュカの翼の先には、まだ一段ぶんを指した形が残っていた。
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このお話は、Ukrainaviの案内役オリュカと仲間たちが登場する創作の物語です。実在するウクライナの場所や出来事を描いたものではありません。挿絵は、生成画像をもとにした創作イラストです。