第三章 あとでの約束

ヨリクネが見つけた脇道は、低い段の横から出ていた。入口からはシメロの直線の陰に隠れ、今の角に立つと、その先の小さな面だけが見える。そこにはすでに紙の折り目があった。尾でなぞれば開けるが、新しい線を引き足せる場所ではない。
「今いる角から、こっちにも行ける」
ヨリクネはオリュカを振り返った。以前なら、見つけた道を三つ並べて全員を走らせていた。今は尾の折りをひとつだけ伸ばす。
「見出しの先は?」とオリュカ。
「そっちも。少し高いけど、折り段を越えれば行ける」
「どちらが必要かな」
「それを札に聞こう」
ヨリクネの返事を聞いて、オリュカは札を見た。札は途中の段へ向いている。そこからさらに右か前か、細かく指すほどの傾きはない。ページの外側には、まだ新しい動きがなかった。
「じゃあ、もう少し待とう」
ヨリクネは尾を戻しかけた。戻しきる前に、タブリへ声をかける。
「この小さい面、あとで戻れるよ。いっしょに見よう。ここに折り目があるの、忘れたくないから」
「今は、ここで見える」とタブリが答える。
「うん。あとで、こっちも見よう」
「『あとで』まで見える?」
タブリがそう訊くと、ヨリクネは細い道をもう一度眺めた。紙は静かで、すぐには消えそうにない。
「たぶん。印もつけられる?」
タブリは甲羅の端を探ったが、もう一枚のタブは取り出さなかった。「今いる角の印が、まだ仮のまま。印だけあっても、そこから入れるかは分からない」
ヨリクネは耳を下げかけ、すぐに立て直した。道を奪われたわけではない。いま見えている道を、後でも見えると約束できないだけだ。
「分かった。覚えておく」
蛇腹の尾をひと折り畳む。その音は軽かったが、尾の先から細い縁の影が離れた。
スウネが、ふたりの間をそっと照らした。光を集めてから、声を出す。
「ここが閉じたら、同じ場所に戻せるかは分からない」
「まだ閉じてないよ」とヨリクネ。
「うん。だから、今言った」
ヨリクネがスウネを見る。以前のスウネなら、声を出すまでに道が見えなくなっていたかもしれない。今は明るさを増して答えを示すのではなく、確かめられないことを、閉じる前の場所に置いた。
「聞いた」とヨリクネは言った。「それでも、今すぐ案内を決めていいか分からない」
「うん。今は、分からない」
オリュカは二人の間に入らなかった。こうして声にしてもらうために待つことは、大切だと思った。けれどしおりの先を押さえたシメロの指が、紙の動きにつれてほんの少し滑った。今の角は、永遠に今の角ではない。
「オリュカ」とシメロが呼ぶ。「先を押さえている。続けるなら、どこへ?」
「もう少しだけ待って。札が――」
言い終わる前に、外側の紙が動いた。
最初は、見出しの先に細い影が増えた。次に低い段がわずかに持ち上がる。札は右へ強く傾くことも、前へ戻ることもせず、現在の角を向いたままだった。だが、今見えている道の高さが変わる。
ヨリクネは脇道へ尾を伸ばした。ついさっきまで、尾の幅で通れたはずの縁に、今は紙の背しかない。折り目は消えていない。先の小さな面も、重なった紙の裏でかすかに見える。けれどここから足を置ける入口は、向こう側へ回っていた。
「あ……」
ヨリクネは尾を横から差し込んでみた。蛇腹の先端だけは入る。体は通らない。無理に尾を開けば今の角が狭まり、タブリの仮印を覆ってしまう。
「あとで、って言ったのに」
タブリはその言葉にすぐ返事をしなかった。小さい印の端を二度触り、入口側と脇道側の高さを比べる。
「言ったときは、ここにあった」
「あっただけじゃ、約束にならない」
ヨリクネは自分で尾を引き抜いた。紙に新しい折り筋はついていない。その代わり、自分の尾の先だけが少しくしゃりとした。
シメロが手前の回廊を見る。「今なら、前へは進める」
「こっちが閉じたままでも?」とヨリクネ。
「前の道まで閉じる必要はない」
ヨリクネは反論しなかった。シメロの言うとおり、前へ行ける線は確かにある。だが、今閉じた道に自分が「あとで」と言った事実も、紙の裏に残っている。
スウネが小さな面の輪郭を照らした。光は奥へ入れない。だから見えないものの代わりに、入口を失った折り目の端だけを示す。
「なくなってはいない」
「今、行けない」とタブリ。
二つの短い言葉の間で、オリュカはしおりを持ち直した。みんなが待っているのは札だけではない。指していい範囲を、オリュカ自身が決めることも待っている。
翼の先を上げてみる。どこまでなら、いま見える紙の上を正直に示せるだろう。シメロの指の先、タブリの仮印の前、閉じた枝の手前。
オリュカはまだ下ろせなかった。
目次(全8章)
このお話は、Ukrainaviの案内役オリュカと仲間たちが登場する創作の物語です。実在するウクライナの場所や出来事を描いたものではありません。挿絵は、生成画像をもとにした創作イラストです。