本文へ移動

ウクライナの人・文化・社会・未来を、日本と世界につなぐ

Ukrainavi Ukrainavi

社会を知る/解説

ドナウ・デルタの保護区と、ブィストレ運河をめぐる20年

ウクライナ側のドナウ・デルタには、1998年の大統領令で生物圏保護区が設けられ、302種の鳥が記録されています。2004年に保護区の中を通るブィストレ運河が開かれると、ルーマニアがエスポー条約の調査手続きを求め、2006年に調査委員会は重大な悪影響の可能性が高いと結論しました。この案件は2024年12月に締約国会議で終結しました。

イメージ画像

オリュカのひとこと

ドナウ川は海の手前で、幾筋にも分かれるようです。伸び続ける三角州を最初の見出しで見てみましょう。

ドナウ川は、約2,860kmを流れたあと、黒海の手前で幾筋にも分かれてデルタ(三角州)をつくります。ウクライナ国立科学アカデミーに属するドナウ生物圏保護区によれば、デルタの面積は5,640km²で、その82%がルーマニア、18%がウクライナにあります。ウクライナ側のデルタはオデーサ州の南西の端にあり、ルーマニアとの国境になっているキリヤ川筋(キリヤ支流)の先に広がっています。

ここには1998年に国の保護区が設けられ、同じ年にルーマニア側と一つの生物圏保存地域としてユネスコに登録されました。その一方で、2004年にはこの保護区の中を通る航路「ブィストレ運河」をめぐって、ルーマニアとの国際的な争いが起きています。保護区の成り立ちと、20年続いた争いの経過をたどります。

海へ伸び続けるキリヤ川筋のデルタ

ドナウ生物圏保護区の説明では、ドナウ川はイズマイールより下流の岬(イズマイール・チャタル)でキリヤ川筋とトゥルチャ川筋に分かれ、北のキリヤ川筋を水量の49%が流れます。ヴィルコヴェの町より下流のキリヤ川筋のデルタは、ドナウ・デルタ全体の中でも最も新しい部分で、できてからおよそ400年、海に面した帯は150年に満たないとされます。ドナウ川は毎年4,200万〜8,400万トンの泥を海へ運び、その堆積でデルタは海に向かって広がり続けている、と保護区は書いています。

水量の割合は資料によって違います。アルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所(CIUS)の『Internet Encyclopedia of Ukraine』(1984年の初出)は、ドナウ川の水量のおよそ3分の2がキリヤ川筋を通ると書いています。ウクライナの国内でのドナウ川の流域と国境の長さはウクライナの川と気候の記事で扱っています。

  1. オリュカ

    保護区の面積は、どの資料でも同じ数字なのかな。

  2. スウネ

    ユネスコのページの面積は、この見出しの下の数字と違うようだよ。

  3. タブリ

    保護区が広がってきた順番は、この見出しの下でたどれるよ。

1998年の大統領令と、二つの国にまたがる生物圏保存地域

ドナウ生物圏保護区は、1998年8月10日の大統領令(第861/98号)で、オデーサ州キリヤ地区にあった自然保護区「ドナウの氾濫原(ドゥナイシキ・プラウニ)」をもとに設けられました。大統領令は、目的を「ドナウ・デルタの独自の自然の複合体を自然の状態で保つこと、国際協力、科学的研究と環境の観測を進めること」とし、保護区を国立科学アカデミーの下に置いています。定めた面積は黒海の水域を含めて4万6,402.9ヘクタールで、そのうち2万2,662ヘクタールは保護区が使う土地として移され、2万3,740.9ヘクタールは土地の利用者から取り上げずに保護区に含める形でした。

保護区によれば、ユネスコの「人間と生物圏(MAB)計画」の国際調整理事会は1998年12月9日、この保護区を、ルーマニアとウクライナの二つの国にまたがる生物圏保存地域「ドナウ・デルタ」の一部として世界の網に加えました。ユネスコのページは、この越境の保存地域にルーマニア側の「ドナウ・デルタ」と、ウクライナ側の「キリヤ河口」「クフルルイ湖」「カルタル湖」の四つのラムサール条約湿地が含まれると書いています。

2004年2月2日の大統領令(第117/2004号)は、保護区を広げ、キリヤ地区の1,295ヘクタールとタタルブナル地区の3,850ヘクタールを加えました。保護区は現在の総面積を5万252.9ヘクタールとしています。ユネスコのウクライナ側のページが示す面積はこれと違う値で、ウクライナの主な保護区の面積は保護区の記事の表にまとめています。

ラムサール条約の「キリヤ河口」の湿地(登録番号113)は、もともと1976年10月11日にソ連が「ドナウ・デルタとテンドラ湾・ヤホルリク湾」として登録した湿地の一部でした。ラムサール条約事務局の情報によれば、ウクライナの加入後の1995年にこれが三つに分けられ、2021年には境界が広げられて面積が1万2,100ヘクタール増え、いまは4万4,904.3ヘクタールです。モモイロペリカンとハイイロペリカンの、それぞれの個体群の1%以上がここを訪れるとされ、2009年からは堤防を取り除いて中州の生息地を元に戻す工事が行われています。

記録されている生き物

ドナウ生物圏保護区が公表している数は次のとおりです。

分類確認されている種数うちウクライナの赤本(レッドデータブック)に載る種
鳥類302種(ウクライナの鳥類の70%)68種(コビトウ、オジロワシ、モモイロペリカンなど)
哺乳類47種20種(カワウソ、ヨーロッパヤマネコ、チチュウカイモンクアザラシ、イルカなど)
魚類108種24種(コチョウザメ、オオチョウザメなど)
両生類・爬虫類11種・6種—
植物1,561種(うち高等維管束植物970種)26種
昆虫800種以上—
出典:ドナウ生物圏保護区(ウクライナ国立科学アカデミー)「Про нас」。確認日2026年9月24日。調査の年は示されていない。和名は本記事で当てたもの。

二つの国にまたがる保存地域全体では、ユネスコのページが312種の重要な鳥類を挙げ、ヨーロッパで最大のモモイロペリカンの個体群がいると書いています。保護区は、ヨーロッパミンクやヨーロッパヤマネコにとって、このデルタの湿地がヨーロッパの規模で生き残るのに重要な場所だとしています。

オリュカのひとこと

運河をめぐる争いは、隣国とどう決着したのでしょう。経過をこの節でたどれます。

ブィストレ運河と、2004年からの争い

ウクライナは2000年代の初め、ドナウ川と黒海を結ぶ深い航路を、自国のデルタの中に開く計画を進めました。キリヤ川筋から分かれて海に出るブィストレ河口(ノヴォスタンブリシケ河口)を通る航路で、「ブィストレ運河」と呼ばれています。国連欧州経済委員会(UNECE)によれば、計画の第1段階は2004年8月に終わりました。

その半年前の2004年2月2日の大統領令(第117/2004号)は、「ウクライナ側のドナウ・デルタの航行を回復するため」として、ブィストレ河口の岸の保護帯348ヘクタール、オチャキウ河口の岸の保護帯442ヘクタール、黒海の水域230ヘクタールを、保護区の中の「人為的な景観の区域」に移しています。保護区の中でも経済活動が認められる区域です。

ルーマニアは、この計画が国境を越えて環境に影響するとして、国境を越える環境影響評価の条約(エスポー条約、1991年)の「調査手続き」を求め、2004年8月19日に通告しました。UNECEによれば、この手続きが使われたのはこれが初めてで、これまでにこの一度だけです。オランダの大学の名誉教授を委員長に、ルーマニアとウクライナが一人ずつ専門家を出す調査委員会がつくられ、2006年5月に両国の現地を訪ねたうえで、7月10日に「国境を越えて重大な悪影響を及ぼす可能性が高い」という全員一致の結論を両国に伝えました。

その後の経過を、UNECEの発表からまとめます。

年月出来事
2008年エスポー条約の締約国会議が、ウクライナは条約の義務を守っていないと認定。ウクライナは、計画の全面的な実施の決定を見直し、義務を果たすまで第2段階に着手しないと約束した
2011年6月22日締約国会議が、条約で初めて、締約国(ウクライナ)に「注意(caution)」を出す。ウクライナが計画の実施を続けたことを理由とし、毎年末に報告するよう求めた
2022年11月18日ウクライナとルーマニアの環境相が、エスポー条約を二国間で実施するための協定にブカレストで署名。締約国会議が2008〜2020年の決定で求めてきたもので、ドナウ・デルタなど国境をまたぐ川の流域を重視している
2024年12月10日再開された締約国会議が、ブィストレ運河の案件の終結を歓迎し、注意は解除された
出典:UNECEの調査委員会のページと、2011年6月23日・2022年11月23日・2024年12月16日の発表。

2004年10月には、欧州委員会と国際条約の専門家による合同の調査団もブィストレ河口を訪ねています(UNECEの調査委員会のページに報告書が挙がっている)。条約の手続きとしては、2026年9月時点でこの案件は終わっています。

全面侵攻のあとのブィストレ河口

2022年2月24日に始まったロシアによる全面侵攻で黒海の港からの輸出が止まると、ドナウ川の港とブィストレ河口の航路の役割が大きくなりました。ウクライナの共同体・領土・インフラ発展省(当時)は2023年2月17日、イズマイール港の2月16日の指示により、ブィストレ河口の0km地点からキリヤ川筋の77km地点までを通れる船の喫水が6.5m、77kmから116kmまでが7mになったと発表しました。全面侵攻が始まったときの最大の喫水は3.9mだったとしています。

同省は、2022年3月からの1年でイズマイール、レニ、ウスチ・ドゥナイシクの3港の積み替えが3倍になり、1,700万トンを超える産品、うち1,100万トンを超える食料が輸出されたと説明しました。ドナウ川のウクライナ側での作業は、欧州委員会、ルーマニア、ドナウ委員会と協力して進めている、とも書いています。2026年夏にオデーサの港が攻撃で止まったあとのドナウ川の港の役割は、穀物の輸出経路の記事で扱っています。

出典と記事の記録出典 11件 · AIの利用 · 運営体制

出典・参考資料

  1. Про насデルタ5,640km²・82%・18%、キリヤ川筋49%、デルタの年代と泥の量、1998年12月9日のMABへの登録、総面積50,252.9ha、種数
    発行:ドナウ生物圏保護区(ウクライナ国立科学アカデミー) 確認日:2026-09-24
  2. 大統領令第861/98号「ドナウ生物圏保護区の創設について」1998年8月10日。目的、46,402.9ha、22,662ha・23,740.9ha
    発行:ウクライナ最高会議(法令データベース) 確認日:2026-09-24
  3. 大統領令第117/2004号「ドナウ生物圏保護区の領域の拡大について」2004年2月2日。1,295ha・3,850ha、ブィストレ河口348ha・オチャキウ河口442ha・黒海230haの人為的景観区域への指定
    発行:ウクライナ最高会議(法令データベース) 確認日:2026-09-24
  4. Danube Deltaルーマニア・ウクライナの越境生物圏保存地域、1998年、312種、四つのラムサール湿地
    発行:UNESCO 人間と生物圏計画 確認日:2026-09-24
  5. Kyliiske Mouth登録番号113、1976年10月11日、44,904.3ha、1995年の分割、2021年の拡大、ペリカン、2009年からの復元
    発行:ラムサール条約事務局 Ramsar Sites Information Service 確認日:2026-09-24
  6. Danube Riverキリヤ川筋を水量の約3分の2が通る
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS)。初出1984年 確認日:2026-09-24
  7. Inquiry Commission2004年8月19日の通告、唯一の調査手続き、委員、2006年5月の現地訪問、7月10日の結論、2004年10月の合同調査団
    発行:国連欧州経済委員会(UNECE) 確認日:2026-09-24
  8. Parties to UNECE Espoo Convention issue caution to Ukraine2011年6月23日。2008年の不遵守の認定、初めての注意、第1段階の2004年8月の完了
    発行:UNECE 確認日:2026-09-24
  9. Ukraine and Romania sign Agreement on the Implementation of the Espoo Convention2022年11月23日。11月18日の署名
    発行:UNECE 確認日:2026-09-24
  10. Parties to Espoo Convention and its Protocol adopt declaration...2024年12月16日。12月10日の再開会合、ブィストレ運河の案件の終結と注意の解除
    発行:UNECE 確認日:2026-09-24
  11. Розвиток Дунайського портового кластеру: відтепер судна з осадкою 6,5 метра можуть проходити гирлом Бистре2023年2月17日
    発行:ウクライナ共同体・領土・インフラ発展省(ウクライナ政府ポータル) 確認日:2026-09-24

記載内容に誤りを見つけた場合は、訂正のご連絡からお知らせください。確認のうえ、訂正した内容と経緯を記事に記載します。