ウクライナの保護区に残る、耕されなかった草原と28の湖
ウクライナ南部には耕されたことのないステップが、西端のカルパティアにはブナの原生林が、北西のポリーシャには湖と泥炭湿地が残っています。その中心となる自然保護区は、観光地ではなく研究の場として設けられています。生物圏保存地域とラムサール条約湿地の記録から、何が守られ、そこで何が調べられているのかをたどります。
ウクライナの国土は、北から森林帯のポリーシャ、森林ステップ、ステップの三つの帯に分かれ、西にカルパティア山脈がある。その大まかな地形と水系は、川と気候と黒土の記事で扱った。同じ記事で見たとおり、森林ステップとステップの黒土は、その大部分がすでに耕されている。この記事は、その中でわずかに残された「元の姿」の方を見る。どこが保護され、そこに何が生きていて、保護区で働く人たちが何を測り続けているのか。
保護区は、まず研究の場だった
カナダのアルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所(CIUS)が編む『Internet Encyclopedia of Ukraine』(以下IEU)の「Nature preserves」の項(Philip Pryde、Ihor Stebelsky 執筆、2009年改訂)は、ウクライナの保護区の仕組みを次のように説明している。
中心にあるのは「ザポヴィドニク」(заповідник)と呼ばれる自然保護区で、主な役割は研究施設として働くことだという。ステップ、河口、森林といった特定の景観や生態系の代表的な部分を残し、「自然の標準(エタロン)」と呼ばれることもある。観光の役割はほとんど想定されておらず、それは国立自然公園に割り振られている。
その外側に、より小さな区域がいくつもの種類で重なる。特定の動植物だけを守る「ザカズニク」(заказник。同項は2007年時点で2,709か所とする)、洞窟や滝のような個々の地物を守る「自然記念物」(同じく3,078件)などである。同項によれば、2007年時点で保護区や公園などを合わせた面積は約280万ヘクタールで、国土の約4.7%にあたる。いずれも20年近く前の数字で、現在の値ではない。
ステップ ── アスカニア・ノヴァ
ウクライナ南部、ヘルソン州にあるアスカニア・ノヴァは、ユネスコの「人間と生物圏(MAB)計画」の生物圏保存地域である。ユネスコのページは、指定年を1984年、面積を3万3,308ヘクタールとし、カホウカの町から南東へ60キロメートル、黒海に近い位置にあると書く。主な生息環境として挙げるのは、ハネガヤ(Stipa)の仲間とウシノケグサ(Festuca)が優占する草原である。
IEUの「Askaniia-Nova Biosphere Reserve」の項(Marko Robert Stech、Edvard Zharsky 執筆、2025年改訂)によると、始まりは1874年、プロイセン系の入植者フリードリヒ・ファルツ=ファインが父の土地に開いた動物園だった。1898年に、耕されていないステップの保護区、動物園、樹木園をあわせた施設として公開された。同項によれば、ファルツ=ファインはモンゴルでの野生馬モウコノウマ(プシバルスキーウマ)の捕獲を主導した一人で、いま世界にいる野生のモウコノウマは、実質的にここで守られた群れの子孫だという。区域のうち、耕されたことのないステップにあたる部分は1万1,054ヘクタールである。
同じ項目は、鳥の中継地としての役割にも触れている。区域内のチャプリ大低地(4×6キロメートル)はラムサール条約の登録湿地で、ツルやハイイロガン、マガンの大群が渡りの途中に立ち寄る。保護区全体で約270種の野鳥が記録されているという。
なお、生物圏保存地域に指定された年は、ユネスコのページが1984年、IEUが1985年と書いていて一致しない。またIEUは、この保護区が現在ロシア連邦に占領されている地域にあり、2023年3月20日以降は保護区全体が占領当局の管理下に置かれていると記している。
山 ── カルパティア生物圏保存地域
西部のザカルパッチャ州にあるカルパティア生物圏保存地域は、1992年にユネスコの生物圏保存地域の網に加わった。ユネスコのページは面積を6万5,828ヘクタールとし、標高180メートルの低地から2,061メートル(ホヴェルラ山)の高山帯まで、ウクライナ・カルパティア南斜面のすべての自然帯を含むと説明する。記録されている植物は3,022種(うち維管束植物1,353種)、脊椎動物は315種で、オオカミ、オオヤマネコ、ヒグマといった大型の肉食獣の個体群がよく保たれているという。
IEUの同名の項(Volodymyr Kricsfalusy 執筆、2008年)は、この保存地域を六つの離れた山塊の集まりとして描く。その一つ、ウホリカ=シロキー・ルフ山塊(1万5,580ヘクタール)はヨーロッパ最大のブナの原生林の広がりとして知られ、フスト近くの「スイセンの谷」(257ヘクタール)は、氷期のあとから生き残ってきたとされる細葉のスイセンの大群落を守る区域だという。IEUが書いた2008年の面積は5万3,630ヘクタールで、ユネスコの現在の値とは違う。範囲が変わったのか、数え方が違うのかは、両者の記述からはわからない。

この保存地域は、人の暮らしと切り離されてはいない。ユネスコのページによれば、地元の住民のほとんどは保存地域の外に住んでいるが、土地利用の大部分は内側で行われている。とくに「ポロニナ」と呼ばれる山の草地での牛や羊の放牧で、夏のあいだは羊飼いが共同で群れを見る。ユネスコは、放牧地を使う権利と立ち入りの保証が住民にとって決定的に重要だと書くと同時に、違法伐採があることにも触れている。
湿地 ── ポリーシャの湖と泥炭
IEUの「Wetlands」の項(Ihor Stebelsky 執筆。紙の初出は1993年)によれば、ウクライナの湿地は約100万ヘクタール、国土の1.7%を占め、最も広いのはプリピャチ川の両岸、とくに西部のヴォリーニ州とリウネ州である。同項は、湿地の排水が長く「賢明な経済政策」と見なされてきたことを書き、排水された農地が1987年に300万ヘクタールを超えたとする。その結果、プリピャチ川などでは春の洪水が増え、夏の流量が減った。湿地は川の流れを調整するスポンジであり、汚れを濾す働きを持ち、野生生物の逃げ場でもある ── だから今は保全の対象として見られている、というのが同項の結論である。
その北西部の端、ポーランド・ベラルーシとの国境近くにあるのがシャツクである。1983年に国立自然公園となり(IEU)、2002年にはユネスコの生物圏保存地域「シャツキー」に指定された。ユネスコのページは面積を7万5,075ヘクタールとし、ここにある28の湖がヨーロッパ有数の湖沼群をなすこと、スヴィチャージ湖が国内で最も深い自然湖(58.4メートル)であることを挙げる。二つの大きな渡りの経路が交わる場所で、春と秋には数万羽の水鳥が湖を使う。世界的に絶滅が心配されているヨシキリの仲間、アクアティック・ワーブラー(Acrocephalus paludicola)にとって、西部ポリーシャは中心的な生息地だという。

| 保存地域 | 主な生態系 | 指定年 | 面積(ヘクタール) |
|---|---|---|---|
| アスカニア・ノヴァ | ハネガヤのステップ | 1984 | 33,308 |
| カルパティア | 山地の森林・高山草原 | 1992 | 65,828 |
| ドナウ | ドナウ川のデルタ・氾濫原 | 1998 | 49,806 |
| 黒海 | 砂地・入り江・島 | 1998 | 89,129 |
| シャツキー | 湖沼・泥炭湿地・松林 | 2002 | 75,075 |
| デスニャンスキー | デスナ川の氾濫原・松林 | 2009 | 70,748 |
ラムサール条約湿地と、全面侵攻のあと
ウクライナ環境保護・天然資源省は、2025年の世界湿地の日に合わせたページで、国内の50か所がラムサール条約の「国際的に重要な湿地」の一覧に載っていると書いている。
同じページで同省は、2014年からの占領と2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナへの全面侵攻の影響について、自らの分析として次のように述べる。50か所のうち48か所が戦闘行為やそれに伴う経済的な影響を受け、31か所が戦闘・砲撃・地雷の敷設・ロシア軍の訓練や移動などによる被害を受けた。うち3か所は、同省が「爆破」と表現する2023年6月のカホウカ・ダムの破壊によるもので、「ドニプロ川デルタ」は完全に水没して一部が損壊し、別の1か所は完全に、もう1か所は部分的に干上がったという。同省はまた、占領地域にある湿地では保全活動が止まっているか、ウクライナの法律と国際条約に反する形で行われていると書いている。
これはウクライナ政府機関による発表であり、個々の湿地の被害の程度を第三者が現地で確かめた結果ではない。現地での調査が難しい場所も多い。
保護区で調べられていること
保護区の仕事は、柵で囲うことではなく、測り続けることにある。ユネスコのシャツキーのページは、リヴィウ、ルツィク、キーウの大学や研究所がここに野外観測所を置き、地形、水文、水生生物、土壌、植生、生態、保全管理について長期の調査を続けていると書く。湖の水位を保ち、周りの地下水位を上げ、湿地の植生を回復させる作業も、保存地域自身が行っているという。湖と湿地は飲み水を供給し、泥炭地は炭素を貯え、洪水をやわらげる。調査は、その働きが保たれているかを確かめるためのものでもある。
カルパティアでは、同じ山の草地が希少な植物の生育地であり、羊飼いの放牧地でもある。どちらかを締め出せば済む話ではなく、ユネスコの記述が住民の利用権に紙幅を割くのはそのためだ。アスカニア・ノヴァのステップが「耕されたことがない」ことの価値は、周りの畑との比較で初めてわかる。
ウクライナの自然を知る手がかりは、面積や種の数だけではない。どの草原がなぜ耕されずに残ったのか、どの湿地がなぜ干拓されずに済んだのか、そこで誰が何を測っているのか。保護区の記録は、その問いへの答えでもある。
出典・参考資料
- Nature preserves(執筆 Philip Pryde, Ihor Stebelsky。2009年改訂。保護区の区分、ザポヴィドニクの役割と「自然の標準」、2007年時点のザカズニク2,709か所・自然記念物3,078件・保護区等の合計約280万ヘクタール/国土の約4.7%)
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(アルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所) 確認日:2026-09-23 - Askaniia-Nova Biosphere Reserve(執筆 Marko Robert Stech, Edvard Zharsky。2025年改訂。1874年の動物園、1898年の公開、モウコノウマ、原生ステップ1万1,054ヘクタール、約270種の野鳥、チャプリ大低地、1985年の指定、占領下の管理)
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(アルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所) 確認日:2026-09-23 - Carpathian Biosphere Reserve(執筆 Volodymyr Kricsfalusy。2008年。六つの山塊、5万3,630ヘクタール、ウホリカ=シロキー・ルフ山塊、スイセンの谷)
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(アルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所) 確認日:2026-09-23 - Wetlands(執筆 Ihor Stebelsky。初出『Encyclopedia of Ukraine』vol.5, 1993。湿地面積約100万ヘクタール・1.7%、ポリーシャの分布、1987年に排水農地300万ヘクタール超、湿地の機能)
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(アルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所) 確認日:2026-09-23 - Shatsk National Nature Park(2014年改訂。1983年の設立、ヴォリーニ州北西部)
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(アルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所) 確認日:2026-09-23 - Black Sea Biosphere Reserve(2009年改訂。1998年の生物圏保存地域指定、2007年時点の面積8万9,129ヘクタール、うち水域7万4,971ヘクタール)
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(アルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所) 確認日:2026-09-23 - Askaniya-Nova(指定年1984、面積3万3,308ヘクタール、位置、主な植生)
発行:UNESCO 人間と生物圏(MAB)計画 確認日:2026-09-23 - Carpathian(指定年1992、面積6万5,828ヘクタール、標高180〜2,061メートル、植物3,022種・脊椎動物315種、大型肉食獣、放牧と利用権、違法伐採)
発行:UNESCO 人間と生物圏(MAB)計画 確認日:2026-09-23 - Shatskyi(指定年2002、面積7万5,075ヘクタール、28の湖、スヴィチャージ湖58.4メートル、渡りの経路、Acrocephalus paludicola、大学・研究所の長期調査、水位と湿地の回復作業)
発行:UNESCO 人間と生物圏(MAB)計画 確認日:2026-09-23 - Dunaisky(指定年1998、面積4万9,806ヘクタール、デルタの植生)
発行:UNESCO 人間と生物圏(MAB)計画 確認日:2026-09-23 - Desnianskyi(指定年2009、面積7万748ヘクタール、デスナ川の氾濫原と松林)
発行:UNESCO 人間と生物圏(MAB)計画 確認日:2026-09-23 - Всесвітній день водно-болотних угідь(世界湿地の日。2025年のテーマ、ラムサール条約湿地50か所、全面侵攻と占領の影響についての同省の分析)
発行:ウクライナ環境保護・天然資源省(Міністерство захисту довкілля та природних ресурсів України) 確認日:2026-09-23
記載内容に誤りを見つけた場合は、訂正のご連絡からお知らせください。確認のうえ、訂正した内容と経緯を記事に記載します。
