本文へ移動

ウクライナの人・文化・社会・未来を、日本と世界につなぐ

Ukrainavi Ukrainavi

文化・歴史/解説

猫の毛の筆で下絵なしに描く、ペトリキウカの花の装飾画

ドニプロペトロウシク州の町ペトリキウカで育った装飾画は、農家の白壁の絵から始まり、紙の上の一枚の絵になりました。猫の毛の筆で下絵を描かずに花を置いていく技法は、2013年12月にユネスコの無形文化遺産の代表一覧に記載されています。ウクライナの要素として最初の記載でした。筆づかい、空想の花、描き手たちをまとめます。

オリュカのひとこと

下絵なしで花を描くには、どんな筆づかいがあるのでしょう。4つの筆づかいと猫の毛の筆から見てみましょう。

筆は猫の毛でつくる。下絵は描かない。寸法を測る道具も使わない。ウクライナ中部の町ペトリキウカで育った装飾画「ペトリキウカ装飾画」(ウクライナ語 Петриківський розпис、ペトリキウシキー・ロズプィス)の描き手は、白い紙や板の上に、ひと筆ずつ花を置いていきます。

2013年12月、アゼルバイジャンのバクーで開かれたユネスコの無形文化遺産保護条約の政府間委員会は、この装飾画を「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」(代表一覧)に記載しました。2026年9月時点でユネスコの一覧に載るウクライナの7件のうち、最も早く記載されたのがこの装飾画です。

ドニプロに近い町の、壁の絵から

ペトリキウカは、ドニプロペトロウシク州の町です。Internet Encyclopedia of Ukraine(カナダ・アルバータ大学のウクライナ研究所=CIUS発行。以下IEU)は、18世紀半ばにペトルィクという人の屋敷のまわりにコサックと農民の集落ができたのが始まりだと書いています。2020年の地区の再編のあとは、ドニプロ地区に属するペトリキウカ・フロマーダ(自治体)の中心です。

IEUの「ペトリキウカ装飾画」の項目によれば、もとは農家の白壁に描かれた民衆の絵でした。かまど、家の正面の壁、窓や戸の枠を飾るもので、チョーク、その土地の粘土、すす、植物からとった顔料を、卵の黄身や牛乳、サクランボの木の樹脂で溶いて描いていました。19世紀にはペトリキウカがこの種の絵の中心地になります。

需要が増えると、村の描き手は、壁に貼れる透ける紙に絵を描いて市場で売るようになりました。こうして壁の飾りは、紙の上の一枚の絵として独り立ちしていきます。ウクライナがユネスコに出した申請書も、壁画と家財道具の飾りから始まり、やがて職業の描き手が生まれ、長持や民族楽器、紙の絵を描いて市場で売り、ほかの地域にも運ばれたと説明しています。

いつこの様式ができたかの書き方は、資料で違います。IEUは19世紀、申請書は「19世紀末から20世紀初め」、文化省の国内目録は「19〜21世紀」の装飾画としています。申請書は、18世紀のザポロージャ・シーチ(コサックの本拠)の芸術文化との結びつきや、シーチの廃止後に住民が農奴にされなかったことが民衆芸術の発達を助けた、という見方も書いています。

4つの筆づかいと、猫の毛の筆

IEUは、ペトリキウカ装飾画の伝統的な筆づかいを4つ挙げています。

名前(ウクライナ語の読み)筆の運び描くもの
フレビンチク(櫛)押さえて始め、細く抜いて終える丸い形の花、葉、草
ゼルニャトコ(種)軽く始め、筆を押しつけて終えるぎざぎざの縁の葉
ホリショク(木の実)フレビンチクの変形花のめしべ、つぼみ
色を移す筆づかい筆に何色かの絵の具を含ませて描く濃淡のある花びらや葉
出典:Internet Encyclopedia of Ukraine「Petrykivka painting」(1993年刊行の第3巻の項目)。カナ読みは編集部による。

同じ項目は、描くときは猫の毛の筆を使い、下絵なしで紙に直接描くのが伝統だと書いています。ウクライナ文化省の国内目録の記録カードはもう少し詳しく、下絵の線も測る道具も使わないこと、筆のほかに植物の茎や木片を使い、実や花のいくつかは指で描くことを挙げています。

記録カードによれば、絵の具は伝統的に卵テンペラ、グアッシュ、下地の上の油彩で、漆の下に描く技法もあります。色は赤と緑が中心で、主な構図は「鉢植え」「花束」「枝」「フリーズ(帯状の文様)」です。茎や枝の線が交わらないこと、動物は横向きに、花は正面から描くことも特徴として挙げています。

オリュカのひとこと

描かれた花は、どこかで実際に咲いている花がもとなのでしょうか。空想の花の描かれ方をこの節で見てみましょう。

実在しない花

ユネスコの記載文は、この装飾画を「その土地の植物や動物を注意深く観察したうえで描く、空想の花などの自然の要素」を特徴とするものと説明しています。記録カードも、ダリア、アスター、バラのような庭の花、カモミールやヤグルマギクのような野の花、イチゴやブドウの実を描く一方で、「ルチカ」「クチェリャウカ」と呼ばれる、自然にはない空想の花を生み出してきたと書きます。

絵の意味について、ユネスコの記載文は「この芸術は象徴に富む。雄鶏は火と精神の目覚めを、鳥は光と調和と幸福を表す。民間の信仰では、絵は人々を悲しみと悪から守る」と書いています。これは申請書にあるウクライナ側の説明をそのまま採ったものです。ほかの模様についての一覧表は、ユネスコの文書にはありません。

描き手たち

IEUは、よく知られた描き手として、テチャナ・パタ、マルファ・ティムチェンコ、フェディル・パンコら十数人の名を挙げています。

  • テチャナ・パタ(1884〜1976)。ペトリキウカ生まれ、ペトリキウカ没。家や長持を植物の模様で飾り、商店の壁画、キリム(織物)や本、絵はがきの図案も手がけた。ペトリキウカの装飾画の学校で教え、多くの描き手を育てた(IEU)。申請書は、1936年にできたペトリキウカの美術学校をパタが創設したと書いている
  • マルファ・ティムチェンコ(1922〜2009)。ペトリキウカ生まれ。1936〜38年にパタのもとで学び、のちにキーウの陶磁器工場で器や花瓶に絵付けをした。紙や厚紙に描いた作品で知られる(IEU)

申請書が出された2012年当時、ペトリキウカの「民衆芸術センター・ペトリキウカ」には、ウクライナ美術家同盟の会員24人と、ウクライナ功労民衆芸術家6人が集まっていました。地区の幼稚園4か所では500人を超える子ども(在籍児の約41%)が装飾画の講座に通い、美術学校では69人が学んでいたと書かれています。

一覧に載ってから

ユネスコの政府間委員会の決定(8.COM 8.29)は、記載の理由として、装飾画が学校の内外の教育で世代から世代へ受け継がれ、描き手に「帰属の感覚」を与えていることなどを挙げました。ウクライナ国内では、文化省が2012年12月14日の命令第1521号で国の無形文化遺産の目録をつくり、ペトリキウカ装飾画を登録しています。文化省が2024年に公開した目録では、登録番号は「004.нкс」です。

ユネスコの一覧に載るウクライナの要素には、2024年に記載されたピサンカ(ピサンカ──蜜蝋で「書く」ウクライナの卵と、2024年のユネスコ記載)もあります。卵の模様と同じく、花の一つひとつに決まった意味があるとする紹介には、どの資料の説明かを確かめる必要があります。キーウ州の画家マリア・プリマチェンコ(焼けた博物館から運び出された14点、画家マリア・プリマチェンコ)も、空想の花や動物を描いた民衆画家ですが、ペトリキウカの流派とは別の人です。

出典・参考資料

  1. Petrykivka decorative painting as a phenomenon of the Ukrainian ornamental folk art(2013年の代表一覧への記載、記載文:空想の花、雄鶏と鳥の象徴、家族ごとの描き手、学校での教育)
    発行:UNESCO Intangible Cultural Heritage 確認日:2026-09-24
  2. Decision of the Intergovernmental Committee: 8.COM 8.29(記載の決定、基準R.1〜R.5の理由)
    発行:UNESCO Intangible Cultural Heritage 確認日:2026-09-24
  3. Nomination file No. 00893(第8回政府間委員会・バクー・2013年12月、19世紀末〜20世紀初めの成立、シーチとの結びつき、壁画から紙へ、1936年のパタの学校、民衆芸術センターの24人と6人、幼稚園4か所の500人超・約41%、美術学校の69人)
    発行:UNESCO Intangible Cultural Heritage(Ukraine) 確認日:2026-09-24
  4. ICH inventory: Order of the Ministry of Culture of Ukraine of 14.12.2012 No. 1521 and record card(下絵なし・測る道具なし、猫の毛の筆、茎・木片・指、卵テンペラ・グアッシュ・油彩・漆の下の絵、赤と緑、4つの構図、線が交わらない、動物は横向き・花は正面、ルチカとクチェリャウカ、庭と野の花)
    発行:UNESCO Intangible Cultural Heritage(Ukraine) 確認日:2026-09-24
  5. Elements on the Lists of Intangible Cultural Heritage: Ukraine(ウクライナの7件と記載年)
    発行:UNESCO Intangible Cultural Heritage 確認日:2026-09-24
  6. Національний перелік елементів нематеріальної культурної спадщини України(第4番、004.нкс、2012年12月14日の命令第1521号、2018年2月12日の命令第105号)
    発行:Міністерство культури України 確認日:2026-09-24
  7. Petrykivka painting(白壁の絵、飾った場所、顔料と溶き材、19世紀の中心地、紙の絵、1936年の学校、4つの筆づかい、猫の毛の筆と下絵なし、描き手の名。1993年刊行の第3巻の項目)
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24
  8. Petrykivka(18世紀半ばの集落の始まり、ドニプロペトロウシク州。1993年刊行の第3巻の項目)
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24
  9. Pata, Tetiana(1884年3月4日生・1976年7月7日没、作品、学校で教えたこと)
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24
  10. Tymchenko, Marfa(1922年生・2009年3月26日没、1936〜38年にパタのもとで学ぶ、キーウの陶磁器工場)
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24
  11. Декоративний розпис(Н. О. Глухенька、2007年。ペトリキウカ村に民衆装飾画の流派ができたこと、描き手の名)
    発行:Енциклопедія Сучасної України 確認日:2026-09-24
  12. Постанова Верховної Ради України № 807-IX «Про утворення та ліквідацію районів»(2020年7月17日。ドニプロ地区にペトリキウカ・フロマーダが入ること)
    発行:Верховна Рада України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-24

記載内容に誤りを見つけた場合は、訂正のご連絡からお知らせください。確認のうえ、訂正した内容と経緯を記事に記載します。