ロシアの旅券がなければ年金も家も。占領地で押しつけられる国籍
ロシアは占領したウクライナの地域で、住民にロシアの旅券を取らせる政策を2014年のクリミアから段階的に広げてきました。国連人権高等弁務官事務所の報告は、旅券を持たない人が仕事、年金、医療、財産で不利に扱われている記録を重ねています。ロシアの大統領令の中身と、ウクライナがこの国籍をどう扱っているかをまとめます。
ロシアの旅券を取れ、さもなければ拷問された場所に連れ戻すと言われた。いまはロシアの旅券を持っている。
国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の報告書(2024年3月)が引く、数日間の拘束と拷問のあと解放された男性の言葉
ロシアは、占領したウクライナの地域に住む人々にロシア国籍を取らせる政策を、2014年のクリミアから段階的に広げてきました。ウクライナでは「パスポート化(паспортизація)」と呼ばれています。ロシアの大統領令の原文と、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)およびウクライナ最高会議人権委員(オンブズマン)の報告から、その仕組みと、旅券を持たない人に何が起きているかを見ていきます。内容は2026年9月時点のものです。
クリミアでは「自動的に」国民にされた
OHCHRが2024年2月に公表したクリミア占領10年の報告書によれば、ロシアは2014年3月21日、クリミアに定住していたウクライナ国民と無国籍の人に、自動的にロシア国籍を与えたとしました。書面で拒否できる期限は2014年4月18日まででしたが、報告書は、拒否の手続きをしたのにロシア国民として扱われた人の例も記録しています。
拒否した人や、あいまいな定住の要件を満たさないとされた人は「外国人」とされ、クリミアに定住し続けることができなくなり、国外退去の危険にさらされました。報告書は、2017年から2024年までに、クリミアの裁判所が少なくとも864人(多くはウクライナ国民)の国外退去を命じたと書いています。2020年の大統領令は、クリミアの広い範囲で土地を持てる人をロシア国民とロシアの法人に限りました。こうした制限が重なった結果、2024年までにロシア国籍を持たない住民は、公式の住民の約0.5%だけになったと報告書は記しています。
2019年から2022年、「簡易な手続き」が広げられた
2014年からロシアが支配していたドネツィク州・ルハンシク州の一部(外務省の表記ではドネツク州・ルハンスク州)では、別の方法がとられました。2019年4月24日の大統領令第183号は、「ドネツク州とルガンスク州の一部地域」に定住する人が、簡易な手続きでロシア国籍を申請できると定めています。
2022年2月24日のロシアによる全面侵攻のあと、対象は広げられました。2022年5月25日の大統領令第304号がザポリッジャ州とヘルソン州の住民を加え、2022年7月11日の大統領令第440号は、対象を「ウクライナ」に定住するウクライナ国民全体に広げました。ウクライナ外務省は同じ日に声明を出し、「ウクライナ国民のパスポート化は法的に無効であり、ウクライナにとって何の法的効果も持たない」としています。
取らなければ、自分の土地で「外国人」になる
ロシアは2022年9月30日、ドネツィク州、ルハンシク州、ザポリッジャ州、ヘルソン州の「編入」を一方的に宣言しました。2023年4月27日の大統領令第307号は、この4州に住むウクライナ国民のうち、ウクライナ国籍を保つ意思を示した人や、ロシア国民としての宣誓をしなかった人を、2022年9月30日にさかのぼって「ロシアに定住する外国人」とみなすと定めました(第1項)。この人たちがロシアの居住許可を申請するときは、指紋の登録と写真の撮影を受けなければなりません。
同じ大統領令の2026年9月時点の版(第13項)は、こうした人のうち、ロシアの国家安全保障を脅かす人や、許可のない集会、デモ、ピケに参加した人などについて、国外退去などの決定をすると定めています。OHCHRは、ロシアの法律の「過激主義」の定義が広いため、ウクライナを支持する意見を述べたり、戦争についてのロシアの公式の説明を批判したりしただけで、国外退去の危険にさらされうると指摘しています。
2025年3月20日の大統領令第159号は、法的な根拠なくロシアにいるウクライナ国民に、2025年9月10日までにロシアを出るか、法的な地位を整えるよう求めました。OHCHRはこれを、占領地のすべてのウクライナ国民に、ロシアの旅券、居住許可など、ロシアの国内法にもとづく滞在の根拠を得て「合法化」するよう期限を課し、従わなければ国外退去の危険を負わせたものだと報告しています。OHCHRによれば、この手続きではロシア語、ロシアの歴史と法律の知識を示すことが求められ、同じ大統領令で、ウクライナ国民が原則として無料の医療を受けられるとしていた規定が廃止されました。
旅券を持たない人に起きていること
OHCHRの報告書は、ロシアの旅券を持たない人が受けている不利益を、分野ごとに記録しています。
- 仕事:公務員は、職を続けるにはロシアの旅券を取るよう上司から告げられた。ロシアでは公務の職にロシア国籍が要る。病院の職員が、旅券を取らなければ解雇されると告げられた例もある(2024年3月の報告書)
- 年金と社会保障:占領地ではウクライナの銀行や郵便が機能しなくなり、年金はロシアの銀行を通じて受け取るしかなくなった。その口座を開くにはロシアの旅券が要る(同)。2025年1月1日からは、占領地の地域法が年金の受給にロシア国籍を求めるようになった(2025年6月の報告書)
- 医療:2023年2月14日のロシアの連邦法で、占領地にロシアの強制医療保険が導入された(施行は2025年1月1日に延期)。保険に入るにはロシアの旅券が要り、旅券がなければ緊急でない無料の医療を受けられない(2024年3月の報告書)
- 移動:検問所でウクライナの旅券を持つ人が厳しく調べられ、通行を拒まれたり拘束されたりした例がある(同)
- 財産:占領当局は「放置された」とみなした住宅を自治体のものにする手続きを進めている。2024年12月から2025年5月までに少なくとも16,295件の住宅に通知が出され、2023〜24年に関係する法律ができてからの累計は3万件近い。所有を確かめるには本人が出向き、ロシアの旅券を示すよう求められるため、旅券を持たない人は所有を証明できない(2025年6月の報告書)
ウクライナのオンブズマンが2025年3月に公表した占領地に関する特別報告書も、ロシアの旅券を持たない人は自分の土地で事実上の「外国人」となり、ロシアの治安機関に目を付けられ、居住、医療と社会的な保護、財産、教育、労働の権利を制限されていると書いています。
旅券を取ると、兵役が来る
旅券を取れば不利益がなくなるわけではありません。OHCHRは、ロシアの旅券を取った若い男性は、ロシア軍の兵役に適するかどうかの判定のため、軍の登録事務所に出頭しなければならないと指摘しています。ロシアは2023年10月1日に始めた秋の徴兵で、初めて占領下の4州を対象に含めました。18歳から27歳の男性が、自国と戦っている軍に12か月徴兵されうることになります。
2025年10月1日からの徴兵では、ロシアの行政サービスのサイト「ゴスウスルギ」で電子的な召集通知が出され、OHCHRは、占領地の住民が徴兵される危険が高まったとしています。占領国が占領地の住民に自国の軍への勤務を強いること、その軍への志願を圧力や宣伝で促すことは、ジュネーブ第4条約第51条で禁じられています。
国際法と、ロシアが発表した数
OHCHRは、占領地の住民に占領国への忠誠を誓わせることは国際人道法(1907年のハーグ陸戦規則第45条)で禁じられており、占領国の国籍を押しつけることもこの禁止にあたるとしています。2024年3月の報告書は、ロシアに対し、忠誠を誓わせる措置をやめ、ロシア国籍を取っていないウクライナ国民への差別をやめるよう求めました。
OHCHRの2025年6月の報告書によれば、ロシアの当局は2025年3月、占領地で350万人にロシアの旅券を発行したと発表しました。この数はロシアが自ら発表したもので、独立に確かめられたものではありません。同じ報告書は、OHCHRが聞き取った占領地の人々の多くが、ほかに現実的な選択肢がなかったからロシア国籍を取ったと答えたと書いています。
ウクライナの法律での扱い
ウクライナは、占領地でロシアが出した旅券を認めていません。2014年の法律「一時的被占領地域における市民の権利と自由の保障および法制度について」(第1207-VII号)の第9条は、占領地で法律によらずにつくられた機関の出した文書を無効とし、例外を出生、死亡、婚姻とその解消を証明する文書に限っています。
国籍については、2025年6月18日に採択され、2026年1月16日に施行された改正法(第4502-IX号)が、国籍法第19条を改めました。侵略国の国籍を成人が「自発的に」取った場合はウクライナ国籍を失う理由になりますが、一時的被占領地域で侵略国の国籍を取った場合は、その国の手続きで申請をしていても「自発的な取得とはみなさない」と定めています。不法に国外へ移送された人がその国籍を取った場合も同じ扱いです。ただし、戦争の宣伝や侵略の公然たる支持など、国の安全を脅かす行為がある場合は除かれます。
刑法第111-1条(対敵協力活動)は、侵略の公然たる否定、占領当局の機関での職への自発的な就任、占領当局と協力した政治的な行事の組織などを罰する規定です。条文に並ぶ行為に、ロシアの旅券を取ったことそのものは含まれていません。
子どもの国籍と連れ去りについてはプーチン大統領への逮捕状は、子どもの連れ去りの容疑だったで、ロシアによる「併合」の宣言を日本がどう扱っているかはクリミアは2014年、4州は2022年。日本はどちらの「併合」も認めていないで扱っています。
出典・参考資料
- Human rights situation during the Russian occupation of territory of Ukraine and its aftermath, 24 February 2022 – 31 December 2023(2024年3月20日。第115〜124・151段落、勧告h。旅券の圧力、年金・医療・検問所、徴兵、大統領令第307号の効果)
発行:Office of the United Nations High Commissioner for Human Rights(OHCHR)/国連ウクライナ事務所 確認日:2026-09-24 - Ten Years of Occupation by the Russian Federation in Crimea(2024年2月28日。第5〜9段落。2014年3月21日の自動付与、4月18日の期限、864人、0.5%)
発行:OHCHR 確認日:2026-09-24 - Report on the human rights situation in Ukraine, 1 December 2024 – 31 May 2025(第61〜72段落。9月10日の期限、言語・歴史の要件、年金、350万人の発表、放置住宅16,295件と約3万件、旅券の提示)
発行:OHCHR 確認日:2026-09-24 - Report on the human rights situation in Ukraine, 1 June – 30 November 2025(第78・80・115段落。2025年3月の大統領令の期限、ゴスウスルギでの召集通知、国籍法改正)
発行:OHCHR 確認日:2026-09-24 - Special Report on the situation in the territories of Ukraine temporarily occupied by the Russian Federation(2025年3月。要約と第3章。旅券を持たない人の権利の制限)
発行:Уповноважений Верховної Ради України з прав людини 確認日:2026-09-24 - Указ Президента Российской Федерации от 24.04.2019 № 183(原本の第1項。ドネツク州・ルガンスク州の一部地域の住民の簡易手続き)
発行:Официальный интернет-портал правовой информации 確認日:2026-09-24 - Указ Президента Российской Федерации от 25.05.2022 № 304(ザポリッジャ州・ヘルソン州の追加)
発行:Президент России 確認日:2026-09-24 - Указ Президента Российской Федерации от 11.07.2022 № 440(対象を「ウクライナ」に定住するウクライナ国民へ拡大)
発行:Президент России 確認日:2026-09-24 - Указ Президента Российской Федерации от 27.04.2023 № 307(第1・4・13項。2026年3月4日の改正までを反映した版)
発行:Президент России 確認日:2026-09-24 - Указ Президента Российской Федерации от 20.03.2025 № 159(第1項。2025年9月10日の期限)
発行:Президент России 確認日:2026-09-24 - Заява МЗС України щодо указу президента РФ про спрощений порядок надання російського громадянства для громадян України(2022年7月11日)
発行:Міністерство закордонних справ України 確認日:2026-09-24 - Закон України «Про забезпечення прав і свобод громадян та правовий режим на тимчасово окупованій території України» № 1207-VII(第9条第3項)
発行:Верховна Рада України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-24 - Закон України № 4502-IX від 18.06.2025(国籍法第19条の改正、施行日2026年1月16日)
発行:Верховна Рада України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-24 - Кримінальний кодекс України, стаття 111-1 «Колабораційна діяльність»
発行:Верховна Рада України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-24
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