Q、Ñ、Ğを含む31文字。クリミア・タタール語のラテン文字
ウクライナの内閣は2021年9月22日、クリミア・タタール語の字母を31文字のラテン文字で定め、学校の教育を2025年9月1日までに移すよう求めました。アラビア文字からラテン文字、キリル文字へと書き方を変えさせられてきた経緯と、ロシアの法律がキリル文字を強いる占領下のクリミアとの違いをまとめます。
オリュカのひとこと
Q、Ñ、Ğは、それぞれどんな音を表す文字なのでしょう。字母表の「音」の列と、その下の説明で確かめられます。
ウクライナの内閣は2021年9月22日、決定第993号で、クリミア・タタール語の字母をラテン文字で定めました。31文字です。クリミア・タタール語は、1920年代までアラビア文字で書かれ、ソ連の時代にラテン文字へ、さらにキリル文字へと書き方を変えさせられてきました。この決定は、その言語を、話し手の代表機関が1990年代初めに選んだラテン文字に戻すためのものです。
一方、ロシアが占領しているクリミアでは、ロシアの法律に基づいてキリル文字が使われ続けています。ウクライナ政府の戦略文書は、同じ言語が二つの文字で分かれて書かれている状態を「分断された言語」と呼んでいます。以下は、内閣の決定と戦略文書、ロシア側の法令などに基づいて、2026年9月時点の状況をまとめたものです。
31文字の字母
決定第993号に付けられた字母表は、文字・名前・国際音声記号の3列でできています。
| 文字 | 名前 | 音 | 文字 | 名前 | 音 |
|---|---|---|---|---|---|
| A a | a | [a] | B b | be | [b] |
| C c | ce | [ʤ] | Ç ç | çe | [ʧ] |
| D d | de | [d] | E e | e | [ɛ] |
| F f | fe | [f] | G g | ge | [g] |
| Ğ ğ | ğı | [ʁ] | H h | he | [h] |
| İ i | i | [i] | I ı | ı | [ɯ] |
| J j | je | [ʒ] | K k | ke | [k] |
| L l | le | [l] | M m | me | [m] |
| N n | ne | [n] | Ñ ñ | ñe | [ŋ] |
| O o | o | [o] | Ö ö | ö | [ø] |
| P p | pe | [p] | Q q | qı | [q] |
| R r | re | [r] | S s | se | [s] |
| Ş ş | şe | [ʃ] | T t | te | [t] |
| U u | u | [u] | Ü ü | ü | [y] |
| V v | ve | [v] | Y y | ye | [j] |
| Z z | ze | [z] |
表を見ると、いくつかの特徴がわかります。点のある İ i と点のない I ı は別の文字で、別の母音を表します。Q q は喉の奥で出す [q]、Ñ ñ は「ン」のような [ŋ]、Ğ ğ は喉の奥でこする [ʁ] です。C c は [ʤ](英語の j に近い音)、Ç ç は [ʧ]、Ş ş は [ʃ] で、ラテン文字の形が英語とは違う音に当てられています。W と X はありません。
内閣の発表(2021年9月22日)は、この字母が1991〜1993年のクルルタイ(クリミア・タタールの民族会議)の決定に基づくと説明しています。
アラビア文字、ラテン文字、キリル文字
クリミア・タタール語は、20世紀の間に2度、書き方を変えさせられています。内閣が2021年4月7日に承認した「クリミア・タタール語発展の構想」(命令第296-р号)は、経緯を次のように書いています。
- 1928年まで:アラビア文字
- 1928〜1939年:ラテン文字
- 1939年から:ソ連の中央集権的な政策の中で、ほかのテュルク系の言語とともにキリル文字へ
年は資料によって1年ずれます。アルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所(CIUS)の『Internet Encyclopedia of Ukraine』は、「Tatars」の項で、1929年からアラビア文字に代わって教育と出版に使われていたラテン文字が、1938年にロシアのキリル文字に置き換えられ、アラビア語・ペルシア語・トルコ語から入った多くの語がロシア語の語に替えられた、と書いています。同じ項は、同じ時期にクリミア・タタールの定期刊行物が1935年の23から1938年の9に減らされたことも記録しています。
1944年、クリミア・タタールの人びとはソ連政府によってクリミアから中央アジアなどへ追放されました。帰還が認められたのは1980年代の終わりで、本格的な帰還は1991年の独立宣言のあとです(IEU「Crimean Tatars」)。
1990年代のラテン文字への復帰の決定
構想によると、クルルタイは1991年に「ラテン文字への移行について」、1993年に「ラテン文字に基づくクリミア・タタール語の字母の採択について」の決定をしました。クリミア自治共和国の最高会議も1997年4月9日の決定第1139-1号で、2002年までに段階的に新しい字母へ移ると決めましたが、構想は、この移行は「完全には実現しなかった」と書いています。
2021年の構想は、ウクライナの支配地域での状況も率直に書いています。国の予算がキリル文字とラテン文字の両方の出版物に使われていること、学校のクリミア・タタール語と文学の教科書はキリル文字で出ていること、一方でインターネットやテレビではラテン文字が優勢で、大学の段階では非公式にラテン文字への移行が進んでいること、です。
オリュカのひとこと
学校の教育をラテン文字に移す期限は、いつと定められたのでしょう。決定の中身がこの節に並んでいます。
決定第993号が定めたこと
2021年9月22日の決定は、字母の承認のほかに、次のことを定めています。
- 教育科学省・文化情報政策省・一時的被占領地域再統合省などが、メジリス(クリミア・タタールの代表機関)の参加を得て、クリミア・タタール語で行う教育(教科書・教材を含む)を、2025年9月1日までにラテン文字の字母に移す措置をとる
- ほかの分野でもラテン文字の字母の使用を促す
- 一時的に占領された地域に住む市民を含む国民と、国際的なパートナーに字母を知らせる。国連が2022〜2032年と定めた「先住民族の言語の国際の10年」の場も使う
2025年9月1日という教育の移行期限が守られたかどうかを示す公式の報告は、確認できていません。
字母の次に必要になったのが、書き方の規則(正書法)です。内閣は2023年7月28日の命令第657-р号で、国家民族政策・良心の自由局(ДЕСС)などに、ラテン文字の字母を使った正書法の案をつくるよう命じました。同局によると、クリミア・タタール語国家委員会が2024年11月4日に案を承認し、内閣は2025年4月4日の命令第307-р号で、この正書法を教育・出版・メディアなどで使うことに同意しています。
「分断された言語」
内閣が2022年2月23日に承認した「クリミア・タタール語発展戦略 2022〜2032年」(命令第224-р号)は、この言語が「分断された言語」の状態にあると書き、その要因の一つに、キリル文字とラテン文字という二つの字母が並行して使われていることを挙げています。戦略は、ウクライナがラテン文字への移行を決めた一方で、占領されたクリミアでは、就学前から大学までの教育を含めて、クリミア・タタール語がロシアの法律に従ってキリル文字で扱われていると書いています。
2021年の構想は、言語そのものの危機も数字で示しています。ユネスコの『危機にある世界の言語地図』(2010年)はクリミア・タタール語を「重大な危機」に分類し、ウクライナ科学アカデミーのクルィムシキー東洋学研究所の専門家は、実際の危機の度合いは「極めて深刻」だと評価しているとしています。研究者の推計では、ウクライナの中でこの言語を話す人は、クリミア・タタールの人びとの20〜25%、7万〜9万人です。
クリミア・タタールを含む先住民族の権利を定めた2021年の法律は、クリミア・タタール、カライム、クリムチャク。ウクライナの先住民族法で扱っています。
占領下のクリミアで使われているキリル文字
ロシアは2014年にクリミアを占領し、「併合」を宣言しました。ウクライナ政府の文書は、クリミア自治共和国とセヴァストポリ市を「ロシア連邦に一時的に占領された」地域と書いています。日本政府がこの「併合」を認めていないことは、クリミアは2014年、4州は2022年。日本はどちらの「併合」も認めていないで扱っています。
ロシアが占領後につくった「クリミア共和国」の機関が2014年4月11日に採択した「憲法」は、第10条で、ロシア語・ウクライナ語・クリミア・タタール語をその「国家語」としています。そしてロシアの「ロシア連邦の諸民族の言語について」の法律は、2002年12月11日の連邦法第165-ФЗ号で加えられた第3条第6項で、ロシア連邦の国家語と各共和国の国家語の字母は「キリル文字を基礎とする」と定めています。ほかの文字を使うには、連邦法で定める必要があります。この規定は、ロシアの憲法裁判所が2004年11月16日の決定で憲法に反しないと判断しました。
つまり、占領下のクリミアでクリミア・タタール語をキリル文字で書かせているのは、ロシアの法律です。ウクライナの2021年の構想は、この点を、ロシアとその占領当局による言語の使用範囲の制限、母語で教育を受ける機会の縮小と並べて、クリミア・タタール語にとっての危険として挙げています。
文字を選ぶのは誰か
ウクライナの決定第993号は、再統合省とメジリスの提案に同意する形をとっています。字母はクルルタイの決定に基づき、正書法もメジリスが加わってつくられました。話し手の代表機関が選んだ文字を国が承認するという順番です。
クリミア・タタールの文様オルネクが、追放と帰還を経て受け継がれてきた経緯は、バラは女性、チューリップは男性。クリミア・タタールの文様オルネクで紹介しています。
出典と記事の記録
出典・参考資料
- Постанова Кабінету Міністрів України № 993 «Про затвердження алфавіту кримськотатарської мови на основі латинської графіки»2021年9月22日。第1〜3項、2025年9月1日の期限、付表の字母31文字・名前・国際音声記号。改正 № 758 від 24.06.2022
発行:Кабінет Міністрів України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-24 - 同決定の付表信号文書 f509315n14.docx。字母表
発行:Верховна Рада України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-24 - Уряд затвердив алфавіт кримськотатарської мови на основі латиниці2021年9月22日。31文字、1991〜1993年のクルルタイの決定、2025年9月1日
発行:Кабінет Міністрів України 確認日:2026-09-24 - Розпорядження КМУ № 296-р «Про схвалення Концепції розвитку кримськотатарської мови»2021年4月7日。ユネスコの分類、話者7万〜9万人の推計、1928年・1939年の文字の変更、1991年・1993年のクルルタイの決定、1997年の決定第1139-1号、教科書の文字、ロシアの法律によるキリル文字
発行:Кабінет Міністрів України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-24 - Розпорядження КМУ № 224-р «Про схвалення Стратегії розвитку кримськотатарської мови на 2022-2032 роки»2022年2月23日。「分断された言語」、二つの字母、占領地での教育のキリル文字
発行:Кабінет Міністрів України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-24 - Розпорядження КМУ № 657-р «Питання розроблення правопису кримськотатарської мови»2023年7月28日
発行:Кабінет Міністрів України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-24 - Розпорядження КМУ № 307-р «Про правопис кримськотатарської мови»2025年4月4日
発行:Кабінет Міністрів України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-24 - Кримськотатарська мова отримала офіційний правопис2025年4月4日。国家委員会の2024年11月4日の承認
発行:Державна служба України з етнополітики та свободи совісті 確認日:2026-09-24 - Tatars1929年からのラテン文字、1938年のキリル文字への置き換え、語彙の置き換え、定期刊行物の数
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24 - Crimean Tatars1944年の追放、1980年代末の帰還の許可。2014年更新
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24 - Федеральный закон № 165-ФЗ «О внесении дополнения в статью 3 Закона Российской Федерации "О языках народов Российской Федерации"»2002年12月11日。第3条第6項
発行:Президент России(kremlin.ru) 確認日:2026-09-24 - Закон РФ «О языках народов Российской Федерации» статья 3現行の第6項と、2004年11月16日の憲法裁判所決定第16-П号の注記
発行:Гарант 確認日:2026-09-24 - 「Конституция Республики Крым」ロシアの占領下の機関が2014年4月11日に採択。第10条
発行:「Государственный Совет Республики Крым」(crimea.gov.ru) 確認日:2026-09-24
記載内容に誤りを見つけた場合は、訂正のご連絡からお知らせください。確認のうえ、訂正した内容と経緯を記事に記載します。





