バラは女性、チューリップは男性。クリミア・タタールの文様オルネク
クリミア・タタールの人々が刺繍や織物、陶器、銀細工に使ってきた文様オルネクは、図柄の一つ一つに意味があり、並べると物語のように読めます。2021年にウクライナの申請でユネスコの無形文化遺産に記載された文様の中身と、ロシアの占領下にあるクリミアで受け継ぐ難しさをまとめます。
オリュカのひとこと
文様を「並べると物語になる」とは、どう読むことなのでしょう。図柄の意味を一つずつ見てみましょう。
バラは既婚の女性、ポプラやイトスギは成人の男性、チューリップは若い男性、アーモンドは未婚の女性や少女、カーネーションは年長の人と知恵と人生の経験。ユネスコの無形文化遺産の決定文としては珍しく、図柄ごとの意味が書き込まれています。2021年12月、オンラインで開かれたユネスコの第16回政府間委員会は、「オルネク、クリミア・タタールの文様とその知識」(Ornek, a Crimean Tatar ornament and knowledge about it)を代表一覧に記載しました。申請したのはウクライナです。
並べると物語になる文様
決定文によると、オルネクは記号とその意味の体系で、いまは刺繍、織物、陶器、彫金、宝飾、木彫、ガラス絵や壁画に使われています。記号は並べられて物語のような構図をつくり、クリミア・タタールの人々は記号の意味を理解していて、特定の意味をもつ構図を職人に注文することも多い、とされています。記号は全部で約35種類。幾何学的な文様はおもに織物に、植物の文様はそれ以外のすべての工芸に使われ、ガラス絵や壁画のように、もともとクリミア・タタールの伝統ではなかった分野にも広がっています。
植物の記号の意味は、独特の色づかいと記号の組み合わせで強められます。決定文が挙げる例は、バラの中にチューリップを置くと男女の愛や結びつきを表す、というものです。お守りとして使われる記号も多い、と書かれています。
オリュカのひとこと
バラやチューリップのほかに、どんな記号が登録されているのでしょう。登録カードの一覧を見てみましょう。
登録カードが並べる記号
ユネスコへの申請には、ウクライナの国内目録の登録カードが英語訳つきで添えられています。カードは記号を「女性の記号」「男性の記号」「その他」に分けて並べています。主なものを表にしました。
| 記号(カードのローマ字表記) | 図柄 | カードが書く意味 |
|---|---|---|
| Kobek | へそ(ひし形) | 女性の記号。新石器時代の図像につながる |
| Gul | バラ | 女性 |
| Badem | アーモンド | 少女 |
| Egri dal | 曲がった枝(S字形) | 女性の記号 |
| Lyale | チューリップ | 男性 |
| Lyale gondjesy | チューリップのつぼみ | 若い男性 |
| Emen yapragy | カシの葉 | 男性 |
| Servy | イトスギ | 男性。揺るぎなさ |
| Karanfil | カーネーション | 子を産む年齢を過ぎた年長の人 |
| Gul cherep | 花瓶 | 家 |
| Nar | ザクロ | 多産と繁栄。粒の多さは家族が増えることへの願い |
お守りの記号として、カードはとげ、両刃の斧、矢、はさみ、櫛、要塞、三角形のお守り、角、家、トウガラシを挙げ、守りたいものに添えられた、と書いています。ベリーや花、葉の形をした小さな要素は、勤勉と、心と物と体の豊かさを表すそうです。色を現実どおりに使わない、思いがけない配色も、この文様の特徴に挙げられています。
同じ申請の資料どうしでも、書き方は少しずつ違います。決定文はバラを「既婚の女性」、カードは「女性」とだけ書き、カーネーションもカードのウクライナ語の本文では「年配の女性」とされています。どの記号が何を指すかを引くときは、どの資料の説明かを添えるのが安全です。
刺繍の女性、彫金の男性
登録カードによると、文様はおもに衣服・靴・帽子の刺繍、宝飾品、陶器や金属の器、木工品、家具、絨毯に使われます。文様の入った品は、子どもの誕生、結婚の申し込みと婚礼、男子の割礼、新しい家への引っ越し、弔いと、人生のすべての段階で使われる、と書かれています。担い手は十代の学生から、最年長は89歳。
決定文は、刺繍はおもに女性が、彫金や木彫はおもに男性が担うとしています。知識は家族の中や刺繍教室のような場で受け継がれ、大学でも教えられています。決定文が名前を挙げるのは、キーウ国立装飾・応用美術デザイン研究所とキーウ国立文化芸術大学です。
追放と帰還をくぐった文様
Internet Encyclopedia of Ukraine(アルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所=CIUS)によると、クリミア・タタールはクリミアに生まれたテュルク系の人々で、15世紀半ばのクリミア・ハン国の成立とともに民族として形づくられました。1944年、ソ連政府によってクリミアから集団で追放され、帰還が認められたのは1980年代の終わりです。
登録カードは、文様が世代から世代へ知識を渡す手段だったからこそ、追放の時代にもオルネクの知識は保たれた、と書いています。決定文によると、1980〜90年代にはクリミア・タタールの団体「チャティル・ダグ」が調査に出て、年長者から手元にある文様の意味を聞き取りました。ウクライナ政府は2001年から2019年にかけて、教育の場での学習、バーチャル博物館、図版つきの目録、展示などを進めた、とされています。
占領下のクリミアで
ロシアは2014年からクリミアを占領しています。国連総会が2021年12月16日に採択した決議76/179は、クリミアを「一時的に占領された」ウクライナの領土と呼び、ウクライナ人と、クリミアの先住民族であるクリミア・タタール人が、アイデンティティと文化を保つこと、ウクライナ語とクリミア・タタール語で教育を受けることに制約を受けていると、深い懸念を示しました。
文化遺産と自然遺産の破壊、違法な考古学的発掘、文化財の不法な移転、宗教的伝統への迫害が報告されていることを非難する。それは、ウクライナとクリミア・タタールの文化的アイデンティティを、クリミアの民族文化の景観から意図的に消し去るものである。
国連総会決議76/179(2021年12月16日採択)より、筆者訳
同じ決議はロシアに対し、クリミア・タタール人の代表機関メジリスを「過激派組織」として活動を禁じた決定を直ちに取り消すよう求めています。
ユネスコへの申請に添えられた登録カードにも、占領の影が映っています。カードが挙げる担い手の多くはクリミアに暮らす職人で、文様を守る方策として、クリミアの職人をウクライナ本土の催しに招くこと、オンラインで講義を開くこと、本土の大学の授業に文様を学ぶ科目を入れることを挙げています。文様が使われている土地として、クリミアのほかにキーウ、ヘルソン、ハルキウ、リヴィウ、ルツィク、メリトポリ、ヴィーンヌィツャが並んでいます。カードは、独立後のウクライナでオルネクの保護がかつてない状況に置かれているとして、国の支援の仕組みを求めていました。
決定文は、記載によってクリミア・タタールの共同体の帰属意識とアイデンティティが強まること、国外に暮らすクリミア・タタールの人々との対話が深まることを、記載の意義に挙げています。ユネスコの要素の紹介は、オルネクを「ウクライナの記号と意味の体系」と書き出しています。ウクライナからユネスコの一覧に載ったほかの無形文化遺産は、「ウクライナの街と世界遺産」にまとめています。
出典・参考資料
- Ornek, a Crimean Tatar ornament and knowledge about it(要素の紹介、2021年・16.COM・代表一覧、「a Ukrainian system of symbols」)
発行:UNESCO Intangible Cultural Heritage 確認日:2026-09-24 - Decision of the Intergovernmental Committee: 16.COM 8.B.45(決定文。使われる工芸、約35の記号、バラ・ポプラ/イトスギ・チューリップ・アーモンド・カーネーション、バラの中のチューリップ、男女の分担、二つの大学、チャティル・ダグの調査、2001〜2019年の国の施策、記載の意義。会期は2021年・オンライン)
発行:UNESCO Intangible Cultural Heritage 確認日:2026-09-24 - Inventory card: Ornek – a Crimean Tatar ornament and knowledge about it(国内目録の登録カード、ウクライナ語・英語。記号の一覧と意味、お守りの記号、配色、使われる品と人生の儀礼、担い手の年齢、使われる土地、追放の時代、保護の方策)
発行:Ministry of Culture of Ukraine(UNESCO掲載) 確認日:2026-09-24 - A/RES/76/179 Situation of human rights in the temporarily occupied Autonomous Republic of Crimea and the city of Sevastopol, Ukraine(2021年12月16日採択。先住民族クリミア・タタール人の文化と教育の制約、文化遺産の破壊の非難、メジリスの禁止の取消しの要求、2014年以降)
発行:United Nations General Assembly 確認日:2026-09-24 - Crimean Tatars(クリミア生まれのテュルク系の民族、15世紀半ばのクリミア・ハン国、1944年の追放、1980年代末の帰還)
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24
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