テーマ
言語と政策
出版の禁止から国家語法、手話、クリミア・タタール語の文字まで。国が言葉をどう扱ってきたかをたどります。
記事22本
-

ウクライナ語の声で配給証明を受けた、宮崎駿の9作品と『天気の子』
2019年から2021年にかけて、宮崎駿監督の9作品がウクライナ語の音声つきで映画館の配給証明書を受けました。『天気の子』は「吹き替え」、『ONE PIECE FILM RED』は「字幕」。国立映画庁の証明書の記録から、日本のアニメが映画館・テレビ・ビデオでどう届いてきたか、作品の題名の変化とあわせて見ていきます。
-

дорогий は дорожчий に。ウクライナ語の比較級と最上級
ウクライナ語の「より高い」は дорожчий、「いちばん高い」は найдорожчий。形容詞の形を変えて比べます。2026年の国家語の標準 §104 と §20 の決まり、кращий・гірший のような形の変わる語、比べる相手を表す ніж・за・від、正書法の版ごとの違いを表にまとめました。
-

авторка と директорка。ウクライナ語の職業名の女性形
ウクライナ語では автор(著者)から авторка、директор から директорка と、接尾辞を付けて女性を表す名詞を作ります。2019年の正書法で初めて規定になり、2026年の国家語の標準 §32 に引き継がれました。四つの接尾辞、1993年版との違い、辞書と百科事典の書き方を表にまとめました。
-

ルメイとウルム、マリウポリに住みついたクリミアのギリシャ系の人々
マリウポリとその周りの村は、1778年にクリミアを出たキリスト教徒が住みついてできました。子孫のギリシャ系の人々は、ギリシャ語の流れをくむ言葉を話すルメイと、テュルク系の言葉を話すウルムに分かれます。移住の年と人数、二つの呼び名、1920年代の言語政策、2001年の国勢調査の数字を、事典と統計で並べます。
-

у Львові と в Одесі。ウクライナ語の у と в、і と й
ウクライナ語では「〜に」の前置詞が、у Львові では у、в Одесі では в になります。子音や母音が続くのを避ける「響きの良さ」の決まりで、「そして」の і と й、з・із・зі も同じです。2026年に国家語の標準となった正書法の §23〜§25 の決まりを表にし、1993年版・2019年版からの変化もまとめました。
-

外国映画はウクライナ語で。映画館の言葉を決めてきた法律
ウクライナの映画館では、外国映画はウクライナ語に吹き替えて上映するのが原則で、原語にウクライナ語の字幕を付けた上映は、映画館ごとに月の上映回数の10%までです。1998年の映画法から、2007年の憲法裁判所の決定、2012年の言語法、2019年の国家語法、2024年の英語の法律まで、映画の言葉の条文の移り変わりをまとめます。
-

スルジクを話すのは1割か2割か。数え方で変わる、混ざった言葉
ウクライナ語とロシア語が混ざった話し言葉「スルジク」。名前は混ぜた穀物の粉に由来します。話す人の割合は、調査員が聞いて判定すると11〜18%、本人に尋ねると「両方を同じくらい」が2割近く。辞典と事典の説明、調査の数字が分かれる理由、評価の違い、文学と舞台での使われ方を並べます。
-

役人は1年でウクライナ語を。1923年に始まった「ウクライナ化」
1923年8月1日、ソ連ウクライナ政府は、職員に1年でウクライナ語とロシア語を身につけるよう命じ、できなければ解雇すると定めました。ソ連全体の「現地化」の一部として始まったウクライナ化の決定の中身、首都ハルキウでの進み方、学校や新聞の数字、1930年代初めに方針が覆るまでをたどります。
-

ブジャクの草原に移り住んだ、ブルガリア系とガガウズの人々
オデーサ州の南西部には、19世紀にドナウの南から移ってきたブルガリア系の人々と、トルコ系の言葉を話す正教徒のガガウズの人々がまとまって暮らしています。2001年の国勢調査では、旧ボルフラド地区の住民の6割がブルガリア人でした。2020年の地区の再編では、この地区の扱いをめぐってブルガリア議会とウクライナ外務省が応酬しました。
-

ハンガリー語で学べるのは何年生までか。教育法第7条をめぐる6年
ザカルパッチャ州のハンガリー系の学校では、2017年の教育法で5年生から上の授業をウクライナ語に移すことになり、ハンガリー政府は強く反発しました。2020年の法律で割合が決まり、2023年12月の改正を経て、ハンガリー語などEUの公用語で学べる範囲は大きく広がりました。
-

ウクライナ語の本は9割近くに。数字で見るウクライナの出版
ウクライナで2025年に出た本は1万5,069点で、ウクライナ語の本が9割近くを占めます。2022年に半分以下に落ちた刊行点数の推移、2023年に効力を持ったロシアとベラルーシの本の輸入禁止、18歳に本の購入費を給付する「єКнига」や書店の家賃補助まで、書籍会議所の統計と法律の条文からまとめました。
-

Q、Ñ、Ğを含む31文字。クリミア・タタール語のラテン文字
ウクライナの内閣は2021年9月22日、クリミア・タタール語の字母を31文字のラテン文字で定め、学校の教育を2025年9月1日までに移すよう求めました。アラビア文字からラテン文字、キリル文字へと書き方を変えさせられてきた経緯と、ロシアの法律がキリル文字を強いる占領下のクリミアとの違いをまとめます。
-

2019年の正書法は、7年後に「国家語の標準」になった
ウクライナ語で「プロジェクト」を проєкт と書くのは、2019年に改められた正書法の規則です。この正書法は2021年に一審で無効とされ、控訴審と2024年の最高裁で覆りました。2026年3月には、内閣の決定に代わって国家語法に基づく「国家語の標準」になりました。変わった規則と、その7年間をまとめます。
-

ウクライナ手話は法律で「言語」とされた。専用の法律はまだない
2019年の国家語法は、ウクライナ手話を独自の語彙と文法を持つ自然の言語と定め、誰もが使い、学び、手話で教育を受ける権利を書き込みました。一方で、手話の地位を定めるはずの専用の法律は成立しておらず、2026年7月の調査では全国向けテレビ36局のうち手話通訳があったのは2局でした。
-

店の応対は1年半後、地方紙は5年後に。段階を踏んだウクライナの国家語法
2019年に採択されたウクライナの国家語法は、施行日に全部が効力を持ったわけではありません。店での応対は1年半後、紙の新聞は2年半後と5年後、試験の言語は2030年と、分野ごとに時期がずらしてあります。2012年の言語法が違憲とされた経緯、罰金の仕組み、欧州から批判を受けた少数言語の扱いにも触れます。
-

「キエフ」が「キーウ」になった日と、地名の綴りの決まり方
2022年3月31日、外務省はウクライナの首都の呼び名を「キエフ」から「キーウ」に改めました。変わったのは都市の名前ではなく、Київ の書き写し方です。ラテン文字の綴りを定めるウクライナの政府決定、#KyivNotKiev、法令による地名の改称、歴史資料の中の旧表記の扱いを順に見ていきます。
-

ウクライナ語とロシア語はどこが違うのか
ウクライナ語とロシア語は同じキリル文字を使いますが、ウクライナ語には і、ї、є、ґ があり、ы、э、ъ、ё がありません。「г」の音、「はい」「いいえ」の語、ポーランド語からの借用にも違いが出ます。帝政期に「方言だ」とされた経緯とあわせて、二つの言語の近さと遠さを説明します。
-

コサックの自治が終わり、ウクライナ語の出版が禁じられるまで
1648年のフメリニツキーの蜂起から、原本が残っていない1654年のペレヤスラウ協定、1764年のヘーチマン職廃止と1775年のシーチ破壊、1863年と1876年のウクライナ語出版の禁止を経て、第一次世界大戦の直前までをたどります。蜂起のなかでユダヤ人共同体が受けた被害は、推計の違いをそのまま示しています。
-

ロシア帝国でウクライナ語の出版が禁じられた翌年、日本では東京大学が開かれた
1876年のエムス法令は、ロシア帝国の中でウクライナ語の本の印刷を禁じました。翌1877年の4月、日本では東京大学が開設されています。禁じられる前に出ていた『エネイーダ』(1798年)と『コブザール』(1840年)から書き起こし、ペリー来航から1919年までを、二つの国の暦の違いに注意しながら並べます。
-

ウクライナはどんな国か──面積、人口、言葉、暮らし
ウクライナはどこにあり、どのくらいの広さで、何語が話され、人びとはどう暮らしているのか。面積や人口、言葉、暮らしの基礎をまとめました。最後の国勢調査は2001年で、それ以降の人口はすべて推計です。数字ごとに、いつ時点のどの範囲のものかを添えて、地理・言葉・暮らし・人口の順に見ていきます。