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文化・歴史/解説

「キエフ」が「キーウ」になった日と、地名の綴りの決まり方

2022年3月31日、外務省はウクライナの首都の呼び名を「キエフ」から「キーウ」に改めました。変わったのは都市の名前ではなく、Київ の書き写し方です。ラテン文字の綴りを定めるウクライナの政府決定、#KyivNotKiev、法令による地名の改称、歴史資料の中の旧表記の扱いを順に見ていきます。

2022年3月31日、外務省は「ウクライナの首都等の呼称の変更」を発表しました。首都の呼び名を、ロシア語による読み方に基づく「キエフ」から、ウクライナ語による読み方に基づく「キーウ」に改め、首都以外の地名もウクライナ語の読み方に基づく呼び名に変えるという内容です。

ウクライナの首都の呼称をロシア語からウクライナ語に変更してはどうかとの指摘が各方面から寄せられました。これを踏まえ、適切な呼称についてウクライナ政府の意向について照会を行っていたところ、今般、ウクライナ側から回答が得られたことから、ウクライナの首都の呼称をロシア語による読み方に基づく「キエフ」からウクライナ語による読み方に基づく「キーウ」に変更することとしました。

外務省「ウクライナの首都等の呼称の変更」(令和4年3月31日)

同じ発表は、この変更を、ロシアによる侵略を受けてウクライナとの連帯を示す行動の一つとして位置づけています。都市そのものの名前が変わったわけではありません。ウクライナ語の名前は以前から Київ で、変わったのは、日本語でそれをどう書き写すかです。

一つの都市に、三つの書き方がある

ウクライナの地名は、少なくとも三つの形で目にします。ウクライナ語のキリル文字、ラテン文字(ローマ字)、そして日本語のカタカナです。

ウクライナ語ラテン文字この媒体の表記ほかの日本語表記の例
КиївKyiv(転写表の用例)キーウキエフ
ОдесаOdesa(転写表の用例)オデーサオデッサ
ХарківKharkiv(転写表の用例)ハルキウハリコフ
ЛьвівLviv(転写表の規則による)リヴィウリビウ
ДніпроDnipro(転写表の規則による)ドニプロドニプロ
ДонецькDonetsk(転写表の用例)ドネツィク(下で説明)ドネツク
ラテン文字はウクライナ閣僚会議決定2010年第55号の転写表(2016年1月12日改訂版)。「用例」は表に例として載っている地名、「規則による」は表の文字の対応を当てはめたもの。ほかの日本語表記の例は、上の5都市が日本貿易振興機構(ジェトロ)の2020年7月29日公開のレポート、ドネツクは外務省の2022年9月30日の外務大臣談話による。2026年9月23日確認。

表の右端を見ると、2022年より前の日本語表記も、すべてがロシア語の読み方に基づいていたわけではないことがわかります。ジェトロの2020年のレポートは、「キエフ」「ハリコフ」「オデッサ」と書く一方で、「リビウ」「ドニプロ」とも書いています。

ラテン文字の綴りは、ウクライナの政府決定が定めている

ウクライナ語をラテン文字に書き換える規則は、ウクライナ閣僚会議の2010年1月27日の決定第55号「ウクライナ語アルファベットのラテン文字転写の整理について」が定めています。決定に付いた表は、ウクライナ語の文字ごとにラテン文字を割り当て、その使用例として地名と人名を並べています。Київ は Kyiv、Одеса は Odesa、Харків は Kharkiv、Донецьк は Donetsk です。表の注記には、軟音記号(ь)とアポストロフィはラテン文字では書き表さないとあります。Донецьк の ь が Donetsk に現れないのはこのためです。

同じ表は、Андрій を Andrii、Володимир を Volodymyr とするように、人名の転写にも使われます。人名の書き方についてはウクライナの人の名前──ローマ字の綴り、父称、呼びかけの形で扱っています。

#KyivNotKiev:英語での呼び名をめぐって

英語では、長く Kiev という綴りが使われてきました。ウクライナの英字紙キーウ・ポストの2018年10月2日の記事によれば、ウクライナ外務省は、戦略コミュニケーションセンター StratCom Ukraine とともに、国際的な報道機関に Kiev ではなく Kyiv と書くよう求めるソーシャルメディアでの運動を始めました。名前は CorrectUA で、依頼には #KyivNotKiev のハッシュタグを付けるとしています。

同じ記事によれば、外務省は首都以外にも Kharkiv、Odesa、Mykolaiv、Lviv といった都市名をウクライナ語から転写した形で書くよう求め、国名を「the Ukraine」と書かないよう求めていました。記事は、外務省のフェイスブックの投稿として「ロシア語に根ざしたソ連時代の地名を使うことは、ウクライナの人々にとって受け入れられない」という一文を伝えています。ウクライナ外務省のウェブサイトには、現在も「#CorrectUA」の名で、地名の綴りと用法についての公式の案内のページがあります(2019年12月19日掲載)。

名前そのものが変わった地名

キエフからキーウへの変更は、書き写し方の変更でした。これとは別に、ウクライナでは地名そのものが法令で改められてきました。

2015年4月9日の法律 № 317-VIII(「共産主義と国家社会主義(ナチズム)の全体主義体制を非難し、その象徴の宣伝を禁止することについて」)は、共産主義体制の象徴を含む地名を改めることを求め、自治体などに6か月の期限を設けました(第7条第6項)。また2016年5月19日、最高会議は決定 № 1375-VIII でドニプロペトロウシク市(Дніпропетровськ)をドニプロ市(Дніпро)に改めています。憲法第85条は、居住地の命名と改称を最高会議の権限としています。

2023年3月21日には、法律 № 3005-IX「ロシアの帝国主義政策の宣伝の非難と禁止、および地名の脱植民地化について」が成立しました。地名や自治体名などに、ロシアの帝国主義政策を賛美・象徴する名前を付けることを禁じ、そうした名前を持つ居住地や通り、広場などの改称の手続きを定めています(第4条)。法律は、一部の規定を除いて公布から3か月後に施行されました。

書き写し方の問題と、名前そのものの変更は、分けて考える必要があります。キーウは同じ都市の書き方が変わった例、ドニプロは都市の名前そのものが変わった例です。

歴史資料の中の地名はどう扱うか

外務省のウクライナ基礎データのページには、呼び名の変更について「令和4年3月31日以前の記述は、遡及して変更しておりません」という注記があります。2022年3月31日より前の外務省の文書には「キエフ」が残っていて、それは書き換えられていません。

英語の学術事典も同じように扱っています。インターネット版ウクライナ百科事典(IEU。アルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所=CIUS発行)の Kyiv 項目は、見出しを「Kyiv [Київ; Kyjiv; Russian: Киев; Kiev]」とし、ロシア語名と英語の旧綴りを括弧に入れています。同じ項目の参考文献には、1888年にキーウで出た『Kiev teper i prezhde』のように、当時の題名がそのまま載っています。刊行地は Kyiv と書かれています。

この媒体でも、地の文は現在の表記で書き、本の題名、新聞名、引用は原文のままにしています。たとえばエムス法令の記事では、1876年に閉鎖された新聞を『キエフスキー・テレグラフ』(当時のロシア語表記による紙名)と書いています。改称前の出来事を書くときは、「ドニプロ(2016年まではドニプロペトロウシク)」のように改称の事実として添えます。

日本語のカタカナは一つに決まらない

ラテン文字の綴りは政府決定の表で一つに決まりますが、日本語のカタカナには同じような公式の対応表がありません。外務省は2022年3月31日の発表で方針を示しましたが、その発表そのものには個々の地名の書き方の一覧は載っていません。

実際の外務省の文書を見ると、2022年9月30日の外務大臣談話は「ドネツク、ルハンスク、ザポリッジャ及びヘルソン」、2024年3月19日の外務大臣談話は「ルハンスク州、ドネツク州、ヘルソン州、ザポリッジャ州、クリミア自治共和国、セヴァストーポリ特別市」と書いています。同じウクライナ語の読み方に基づくといっても、軟音記号(ь)の響きをどこまでカタカナに写すかで、書き方は分かれえます。

カタカナが資料ごとに違っていても、同じ地名かどうかは、ウクライナ語の綴りか、決定第55号によるラテン文字の綴りを見ればわかります。外務省の書くドネツクは Донецьк と Donetsk、ルハンスクは Луганськ で、表の規則を当てはめると Luhansk になります。

この媒体は、軟音記号(ь)の響きもカタカナに写し、ドネツィク、ルハンシクと書いています。外務省の表記とは異なるため、必要な記事では初出で「ドネツィク(外務省の表記ではドネツク)」のように添えます。

出典・参考資料

  1. ウクライナの首都等の呼称の変更(令和4年3月31日。本文全文を確認)
    発行:外務省 確認日:2026-09-23
  2. ウクライナ基礎データ(令和8年9月3日更新。「首都 キーウ」と、呼称変更についての「遡及して変更しておりません」の注記を確認)
    発行:外務省 確認日:2026-09-23
  3. ロシアによるドネツク、ルハンスク、ザポリッジャ及びヘルソンの「編入」について(外務大臣談話、令和4年9月30日。地名の表記を確認)
    発行:外務省 確認日:2026-09-23
  4. ロシアが違法に「併合」したウクライナ国内の地域におけるロシアの「大統領選挙」の実施について(外務大臣談話、令和6年3月19日。地名の表記を確認)
    発行:外務省 確認日:2026-09-23
  5. Про впорядкування транслітерації українського алфавіту латиницею(閣僚会議決定 2010年1月27日 第55号、2016年1月12日改訂版。転写表の用例 Київ—Kyiv、Одеса—Odesa、Харків—Kharkiv、Донецьк—Donetsk、Андрій—Andrii、Володимир—Volodymyr と、軟音記号・アポストロフィの注記を確認)
    発行:Кабінет Міністрів України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-23
  6. Закон України № 317-VIII(2015年4月9日。表題と第7条第6項の改称の期限を確認)
    発行:Верховна Рада України 確認日:2026-09-23
  7. Постанова Верховної Ради України «Про перейменування міста Дніпропетровськ Дніпропетровської області» № 1375-VIII(2016年5月19日。条文を確認)
    発行:Верховна Рада України 確認日:2026-09-23
  8. Закон України «Про засудження та заборону пропаганди російської імперської політики в Україні і деколонізацію топонімії» № 3005-IX(2023年3月21日。第1条・第4条・施行規定を確認)
    発行:Верховна Рада України 確認日:2026-09-23
  9. ウクライナ憲法 № 254к/96-ВР(第85条第1項第29号を確認)
    発行:Верховна Рада України 確認日:2026-09-23
  10. #KyivNotKiev campaign asks foreign media to change their spelling of Ukraine’s capital(2018年10月2日)
    発行:Kyiv Post 確認日:2026-09-23
  11. #CorrectUA(2019年12月19日掲載。表題と説明を確認)
    発行:Ministry of Foreign Affairs of Ukraine 確認日:2026-09-23
  12. Kyiv(見出しの綴りと参考文献の題名を確認)
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(アルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所=CIUS) 確認日:2026-09-23
  13. 知られざるウクライナIT産業のポテンシャル(2020年7月29日公開。「キエフ」「ハリコフ」「オデッサ」「リビウ」「ドニプロ」の表記を確認)
    発行:日本貿易振興機構(ジェトロ) 確認日:2026-09-23

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