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社会を知る/解説

スルジクを話すのは1割か2割か。数え方で変わる、混ざった言葉

ウクライナ語とロシア語が混ざった話し言葉「スルジク」。名前は混ぜた穀物の粉に由来します。話す人の割合は、調査員が聞いて判定すると11〜18%、本人に尋ねると「両方を同じくらい」が2割近く。辞典と事典の説明、調査の数字が分かれる理由、評価の違い、文学と舞台での使われ方を並べます。

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オリュカのひとこと

「スルジク」と呼ばれる話し方は、どこから生まれたのでしょう。最初の見出しで確かめられます。

ウクライナで「スルジク」(суржик)と呼ばれる話し言葉があります。ウクライナ語とロシア語の要素が、書き言葉の決まりに沿わずに混ざったものです。では、それを話す人はどのくらいいるのでしょうか。調べてみると、1割という数字も、2割に近い数字も出てきます。どちらかが間違っているわけではありません。何を尋ね、誰が判断したかによって、数字が変わるのです。

以下では、辞書と事典がこの言葉をどう説明してきたか、調査の数字がなぜ分かれるのか、そして文学や舞台での使われ方を、資料の主体を添えて並べます。ウクライナ語とロシア語が言語としてどう違うのかはウクライナ語とロシア語はどこが違うのかで扱っています。

粉の名前が、言葉の名前になった

ウクライナ国立科学アカデミーの11巻本『ウクライナ語辞典』(СУМ、1970〜1980年)は、суржик に二つの意味を載せています。一つ目は「小麦とライ麦、ライ麦と大麦、大麦とえん麦などの穀粒の混ぜ物。その混ぜ物から作った粉」。二つ目は比喩で、話し言葉の用法として「二つ以上の言語の要素が、文章語の規範を守らずに人為的に結びついたもの。純粋でない言葉」とあります。

ウクライナ国立科学アカデミーとシェウチェンコ学術協会が編む『現代ウクライナ百科事典』(ЕСУ)の項目「スルジク」(執筆は M・V・ストリハ、2025年3月)も、語の出どころを「混ぜた穀物のパンや粉」に求め、定義を「文章語の規範を守らずに結びついた、いくつかの言語(多くはウクライナ語とロシア語)の要素」としています。同じ項目は、ベラルーシにも似た現象があり、そちらは「トラシャンカ」(трасянка)と呼ばれると書いています。

昔の意味と、いまの意味

もとの意味言葉についての意味
何を指すか種類の違う穀物を混ぜたもの、その粉ウクライナ語とロシア語などが、書き言葉の決まりに沿わずに混ざった話し言葉
СУМ-11 の記述第1の意味第2の意味(比喩・話し言葉)。「純粋でない言葉」
ЕСУ(2025年)の記述語源として挙げる定義として挙げる。ウクライナ語とロシア語以外の組み合わせにも触れる
СУМ-11(Словник української мови в 11 томах)の суржик の項、ЕСУ「Суржик」(М. В. Стріха、2025年)から作成。日本語の言い換えは本記事による。

ЕСУ の項目は、例として「треба(必要だ)」の代わりの「нада」、「зараз(いま)」の代わりの「січас」、「котра година(何時)」の代わりの「скоко времʼя」を挙げています。ふだん使う語がロシア語から入れ替わる一方で、文の組み立てや発音には、ウクライナ語の特徴が部分的に残る、という説明です。

耳で聞くと、どこが混ざっているのか

『Internet Encyclopedia of Ukraine』(アルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所=CIUS発行。以下 IEU)の項目「ウクライナのロシア語」(執筆はオレクサ・ホルバチ。初出は1993年刊の事典第4巻)は、スルジクを「ロシア語とウクライナ語の混ざった俗語(patois)」と呼び、特徴を次のように挙げています。

  • h の音のウクライナ語式の発音、o・e・y の母音のウクライナ語式の発音
  • 語末の r や唇の子音が硬くなること
  • 語と語のつながりの発音、アクセントの位置、動詞や前置詞がとる格がウクライナ語式であること(例:ロシア語の po domam の代わりに po domax「家々で」)
  • 暮らしの中のウクライナ語の語彙

同じ項目は、ハルキウのスルジクをボリス・ラーリン、ドンバスのスルジクをコスチャンティン・ニムチノウ、ドニプロペトロウシク州のスルジクを V・シャドゥラが調べた、と書いています。発音や文の組み立てにウクライナ語の特徴が残り、語彙にロシア語が入るという点は、上の ЕСУ の例の説明とも重なります。IEU のこの記述は1993年の初出のもので、その後の変化は反映していません。

どこから生まれたのか

ЕСУ の項目は、スルジクが生まれた背景を、国を持たなかった時代の言葉の分かれ方に求めています。上の層はほとんどロシア語で話し(ハリチナではポーランド語)、ウクライナ語は農民の暮らしに押し込められ、教会・法律・医療・工場の用語は外の言葉にしかなかった。そのため、家の外に出たウクライナ人は、借りた言い方を使わざるを得なかった、という説明です。19世紀後半には、鉄道や製糖工場、兵役を通じて、農民がロシア語を話す役人や工場主と日常的に接するようになった、とも書いています。

同じ項目によれば、1950年代の終わりごろ、農村から都市への大きな移動によって、ウクライナ人の多数が都市に住むようになりました。項目が挙げる1926年の数字では、都市の人口に占めるウクライナ人の割合は、キーウで42.1%、ハルキウで38.3%、オデーサで17.4%、リヴィウで16.2%でした。町に出た人々はロシア語に移ろうとし、「実際にはスルジクに」移った、と項目は書きます。ソ連時代の言語政策の数字は戦後ウクライナの半世紀、1920年代の「ウクライナ化」は1923年に始まった「ウクライナ化」で扱っています。

米国の人類学者ラダ・ビラニュークは、2002年3月11日にウィルソン・センター(ケナン研究所)で行った講演で、スルジクと呼ばれるものを五つに分けました。講演の要旨(ケナン研究所の公開記録)によれば、(1)農村から都市に出た人々のスルジク、(2)村の方言として固まったスルジク、(3)1930年代以降にロシア語に近づけられた「ソ連化したウクライナ語」、(4)二つの言語を話す人の習慣的な混ぜ方、(5)独立後にロシア語話者がウクライナ語を話そうとして生まれるスルジク、です。最後の型だけは、ロシア語からウクライナ語へ移る途中で生まれる点で、ほかと向きが逆だとビラニュークは説明しています。

オリュカのひとこと

話す人の割合は、調べ方によって数字が変わるようです。この見出しで見比べられます。

何人が話しているのか:数字を並べる

スルジクを話す人の割合は、調べ方によって大きく変わります。下の表は、主体と方法の分かる数字を年の順に並べたものです。

調査の年主体何を数えたか「混ざった言葉」にあたる数字
1995年ビラニュークが講演で紹介した全国調査母語として自由に書いてもらった答えスルジクと書いた人は1%未満
1995年同上家で話す言葉を選択肢から選んでもらった答え「混ざった言葉(スルジク)」10%、それとウクライナ語またはロシア語の両方を選んだ人2%、「ときにウクライナ語、ときにロシア語」16%
1996〜1999年キーウ国際社会学研究所(KIIS)二つの言語を話す調査員が、面接のあとで回答者の話した言葉を判定18.2%
2000〜2003年同上同上14.7%(2003年だけでは11.9%)
2014年9月KIIS(ヴォロディーミル・クリクの依頼)調査員が記録した、面接で実際に話された言葉11%
2022年12月同上同上13%(東部と南部では22%)
2022年12月同上家族と話す言葉の自己申告「両方を同じくらい」19%(スルジクという選択肢はない)
2024年6月ラズムコフ・センター家で話す言葉の自己申告「ほぼ同じ程度にウクライナ語とロシア語」18%(スルジクという選択肢はない)
2025年2〜3月KIIS家でふだん話す言葉の自己申告「同じ程度にウクライナ語とロシア語」19%(スルジクという選択肢はない)
1995年はケナン研究所によるビラニュークの講演(2002年)の要旨、1996〜2003年はヴァレリー・フメリコ(KIIS)の論文(『Наукові записки НаУКМА』第32巻、2004年)の表11・12、2014年と2022年はヴォロディーミル・クリクの解説(Збруч、2023年)、2024年はラズムコフ・センターの発表、2025年は KIIS の発表から作成。調査ごとに対象地域・方法・質問が違うため、数字どうしを直接比べることはできない。
  1. オリュカ

    『同じ程度に両方』と答えるのと、『混ざった言葉』を話すのとは、同じことなのかな。

  2. スウネ

    理由は、この見出しの下に三つ挙げられているよ。

  3. タブリ

    誰が言葉を判定するかも、この見出しの下で調査によって違うようだよ。

「両方」と「混ざった言葉」は同じではない

表の数字が分かれる理由は、少なくとも三つあります。

一つ目は、誰が判断するかです。KIIS は1996年から、二つの言語を話す調査員が面接のあとで回答者の言葉を「ウクライナ語」「ロシア語」「両者の混ざったもの」に分けて記録してきました(フメリコの論文)。本人の申告ではなく、聞き手の判断です。一方、ラズムコフ・センターや KIIS の2025年の質問は本人の申告で、選択肢に「スルジク」はなく、「同じ程度に両方」があるだけです。場面によって二つの言語を使い分ける人と、一つの文の中で混ぜる人は、この選択肢では区別できません。

二つ目は、言いにくさです。ビラニュークは講演で、汚名を着せられた言葉を話すと認めたがらない人がいるため、スルジクの数字は取りにくいと述べています。1995年の調査で、母語として自由に書かせると1%に届かず、選択肢に入れると10%になったのは、その表れとして紹介されています。

三つ目は、対象の範囲です。2022年以降の調査は、ロシアに占領された地域を含んでいません。ЕСУ の項目も、2024年のラズムコフ・センターの数字を引いたうえで、その変化は「伝統的にロシア語が多かった南部と東部の地域をキーウが管理できなくなったこと」でも説明される、と書き添えています。

地域で違う:2003年の五つの地域

フメリコの論文は、2003年の KIIS の調査で、調査員が「混ざった言葉」と判定した人の割合を地域ごとに示しています。

地域(論文の区分)含まれる州混ざった言葉
西部ヴォリーニ、リウネ、リヴィウ、イヴァーノ=フランキーウシク、テルノーピリ、ザカルパッチャ、チェルニウツィー2.5%
西中部フメリニツキー、ジトーミル、ヴィーンヌィツャ、キロヴォフラード、チェルカーシ、キーウ州とキーウ市14.6%
東中部ドニプロペトロウシク、ポルタヴァ、スームィ、チェルニーヒウ21.7%
南部オデーサ、ミコライウ、ヘルソン、ザポリッジャ、クリミア自治共和国12.4%
東部ハルキウ、ドネツィク、ルハンシク9.6%
フメリコ(2004年)の表13。2003年の KIIS の調査で、調査員が面接での言葉を判定した結果。州の区分は論文の注による(セヴァストポリ市は論文の注に記載がない)。

東中部の割合は西部のほぼ9倍でした。一方、ロシア語を話す人が多い東部と南部では、混ざった言葉の割合は東中部より低く出ています。同じ論文によれば、2003年に混ざった言葉が記録されたのは、民族としてウクライナ人と答えた人の13.8%(誤差±0.8)、ロシア人と答えた人の約5%でした。

汚れた言葉か、話し言葉の一つの形か

スルジクをどう評価するかは、資料によって大きく違います。ここでは、主な立場を書いた人とともに並べます。

「засмічене」:直すべきものとみる辞典

2000年刊の『ウクライナ語百科事典』(Українська мова. Енциклопедія)の項目「スルジク」(執筆は K・V・レネツ)は、スルジクを主に「不必要に取り入れたロシア語の要素でзасмічене(ごみが混じった)ウクライナ語の俗語」と説明し、「民族らしさ、美しさ、表現力を失った、貧しくなった言葉」と書いています。例として самольот(飛行機)、січас(いま)、строїти(建てる)などを挙げ、「スルジクとのたたかいは、ウクライナ語の文化を高める主な課題の一つ」としています。СУМ の「純粋でない言葉」という語釈も、同じ方向の書き方です。

言葉への見方そのものを問う研究

ビラニュークは講演で、何がスルジクと呼ばれるかは、言葉の客観的な特徴だけでなく、言葉の「純粋さ」を重んじる考え方によって決まると述べました。純粋さを強く求めるほど、混ざりに汚名が着せられ、スルジクと呼ばれる範囲が広がる、という見方です。二つの言語を話す人の混ぜ方がスルジクと呼ばれるかどうかは、その人への見方と、その人が「純粋な」ウクライナ語を話せると思われているかどうかに左右される、とも述べています。

移り変わりの途中とみる事典

2025年の ЕСУ の項目は、スルジクを長く「ウクライナ語からロシア語へ移る途中の段階」だったものとし、独立後はしだいに「ロシア語を話していた人がウクライナ語に戻る途中の段階」にもなった、と書いています。そして、2014年、2019年の国家語法、2022年の全面侵攻のあと、多くの人がこの段階を経ずにウクライナ語に移るようになった、と続けます。国家語法の中身と段階はウクライナの国家語法で説明しています。

同じ項目は、言語学者ユーリー・シェヴェリョウの次の観察を引いています。

二言語の大都市で、ウクライナ語を話すインテリは、ロシア語の語を感情のこもった俗語として好んで使う。農民のスルジクとは逆の現象だ。あちらでロシア語の語は文体を高めるため、こちらでは下げるために使われる。

ЕСУ「Суржик」(М. В. Стріха、2025年)が引くユーリー・シェヴェリョウの言葉。日本語訳は本記事による

どの言葉で話すかで、その人の考えや立場を推し量ることはできません。ЕСУ の項目も、1990年代にスルジクを話していた人の政治的な考えは「ソ連の復活を強く望む人から、独立を強く支持する人まで」幅があった、と書いています。

  1. オリュカ

    この混ざった言葉は、昔の作品にも出てきたのかな。

  2. ヨリクネ

    使った劇作家たちの例が、この見出しの下に並んでいるよ。

  3. タブリ

    同じ作家のほかの作品は、別の記事でも読めるよ。

文学と舞台のスルジク

スルジクは、書かれた作品の中にも登場してきました。IEU の項目は、ヴォロディーミル・ヴィンニチェンコが帝政ロシアの軍人を、ミハイロ・スタリツキーが町人を、オレクサンドル・コルニーチュークがソ連の警察官を描くときにこの言葉を使った、と書いています。

ЕСУ の項目はさらに多くの例を挙げています。イヴァン・コトリャレウシキーは戯曲『ナタールカ・ポルタウカ』の登場人物に、ロシアの劇作家アレクサンドル・シャホフスコイの芝居について「ロシア人が、我々の言葉で書いて、言葉をひどくひっくり返した」と言わせました。ソ連時代には、スルジクはおもに笑いの中に居場所を見つけ、オスタプ・ヴィシニャの作品や、漫才コンビ「タラプーニカとシュテプセリ」の掛け合いがその例として挙がっています。コトリャレウシキーの別の作品は『エネイーダ』の記事で扱っています。

同じ項目によれば、1989年の第1回「チェルヴォナ・ルータ」音楽祭では、バンド「ブラティ・ハジューキヌィ」などの歌詞にスルジクが使われました。1997年には、俳優アンドリー・ダニルコがスルジクを話す舞台の人物「ヴェルカ・セルドゥチカ」を生み出しています。作家ボフダン・ジョルダクはスルジクで書いた短編を発表し、ミハイロ・ブリヌィフは2013〜2014年に、世界とウクライナの文学についてスルジクで書いた評論集を出しました。そのうえで項目は、スルジクで書く独自の文学が生まれる見込みはない、としています。

出典と記事の記録出典 11件 · AIの利用 · 運営体制

出典・参考資料

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    発行:Інститут мовознавства ім. О. О. Потебні НАН України(СЛОВНИК.ua 掲載本文) 確認日:2026-09-26
  2. Суржик定義、語源、成立の背景、1926年の都市のウクライナ人の割合、ラズムコフ・センター2024年の調査の引用、文学・舞台の例、シェヴェリョウの引用。執筆 М. В. Стріха、2025年3月
    発行:Енциклопедія Сучасної України(НАН України, НТШ) 確認日:2026-09-26
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    発行:Українська мова. Енциклопедія(Київ, 2000。Ізборник 掲載本文) 確認日:2026-09-26
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  6. Хмелько В. Є. Лінгво-етнічна структура України: регіональні особливості й тенденції змін за роки незалежності表11〜15、地域の区分、調査員による言葉の判定の方法
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    発行:Київський міжнародний інститут соціології 確認日:2026-09-26
  9. Володимир Кулик. Мова та ідентичність в Україні на кінець 2022-го調査員が記録した面接の言葉:2014年と2022年、家族と話す言葉の申告
    発行:Збруч 確認日:2026-09-26
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    発行:Київський міжнародний інститут соціології 確認日:2026-09-26

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