ブジャクの草原に移り住んだ、ブルガリア系とガガウズの人々
オデーサ州の南西部には、19世紀にドナウの南から移ってきたブルガリア系の人々と、トルコ系の言葉を話す正教徒のガガウズの人々がまとまって暮らしています。2001年の国勢調査では、旧ボルフラド地区の住民の6割がブルガリア人でした。2020年の地区の再編では、この地区の扱いをめぐってブルガリア議会とウクライナ外務省が応酬しました。
オリュカのひとこと
ブジャクという土地には、どんな人々が暮らしてきたのでしょう。移り住んだ経緯を最初の見出しで確かめられます。
オデーサ州の南西、ドナウ川とドニステル川の下流にはさまれた一帯には、ブルガリア系の人々と、トルコ系の言葉を話す正教徒のガガウズの人々がまとまって暮らしてきました。2001年の全ウクライナ国勢調査では、オデーサ州のブルガリア人は約15万700人で州の人口の6.1%、ガガウズ人は約2万7,600人で1.1%でした。州には133の民族の人が住んでいたと、国家統計委員会はまとめています。ウクライナで国勢調査が行われたのはこの一度だけで、これより新しい公式の人数はありません。
ブジャクという土地
この一帯は、歴史の上では「ブジャク」と呼ばれてきました。アルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所(CIUS)の『Internet Encyclopedia of Ukraine』(以下IEU)は、ブジャクを、ドナウ川下流とドニステル川下流の間にある南ベッサラビアの16〜19世紀の地名で、南は平らな、北は起伏のある草原だと説明しています。17〜18世紀にはベルホロドのオルダ(ノガイ系の遊牧集団)が住み、1812年のブカレスト条約で、ベッサラビアのほかの部分とともにオスマン帝国からロシア帝国へ移りました。ベッサラビアという地域名がいまのどの州に重なるかは州の名前とは別の地域名の記事にまとめています。
ドナウの南から移ってきた人々
IEUの「ウクライナのブルガリア人」の項(2020年更新)によれば、いまウクライナ南部にあるブルガリア人の共同体は、ドナウ川の南でオスマン帝国の支配のもとにあった人々が移り住んでつくったものです。移住はロシアとオスマン帝国の戦争と結びついていました。ブルガリア人はロシア軍を助け、ロシア政府は南部の草原に早く人を住まわせたいと考えていた、と同項は書いています。
- 1769〜1791年:ベッサラビア(イズマイール、キリヤ、ベンデル、アッケルマンなど)へのブルガリア人の流入が大きくなる
- 1801〜1812年:最も盛んに移住が進んだ時期。オデーサの南、ミコライウ近く、クリミアのフェオドシヤ近く、南ベッサラビアに住む。1819年の入植者は約2万4,000人
- 1830〜1834年:南部への最後の大きな移住
- 1844年:ウクライナにあったブルガリア人の集落は92、人口は7万5,000人(ベッサラビア県・ヘルソン県・タウリダ県の人口の3.3%)
- 1856年のパリ条約でベッサラビアの南の一部がモルドヴァ公国に移ると、ロシア政府は1861〜1862年に約3万人のブルガリア人をアゾフ海沿岸のベルジャンシク、メリトポリの周辺に移した
IEUによれば、1791年のヤシ条約のあと、ベッサラビアのブルガリア人の一部はオデーサにも移っています(オデーサの町の成り立ちはオデーサの始まりの記事)。アゾフ海沿岸への移住の名残として、IEUは2001年の国勢調査でザポリッジャ州に2万7,764人のブルガリア人がいたと書いています。
ガガウズの人々について、IEUは、起源ははっきりしないとしています。中世にドブルジャに住みついたテュルク系のオグズやクマン(ポロヴェツ)の子孫とする説と、14世紀以降にトルコ化したブルガリア人とする説があります。テュルク系の言葉を話しながら、イスラム教徒ではなく正教徒で、文化はブルガリア人に近く、19世紀前半の露土戦争のころにブルガリア人とともにベッサラビアへ移ってきた、というのがIEUの説明です。ウクライナ国立科学アカデミーの『現代ウクライナ百科事典』(ЕСУ)も、ウクライナのガガウズの祖先は露土戦争の時代にブルガリアからベッサラビアへ逃れてきた人々で、ブジャクで農業、牧畜、ぶどうの栽培などを営んだと書いています。いまガガウズの人々が最も多く住むのは、モルドバの南部の自治区ガガウズ・イェリです(ЕСУ)。
オリュカ
ボルフラドの学校が始まった年は、事典によって同じなのかな。
スウネ
始まりの年は、この見出しの下で事典ごとに少し違うようだよ。
タブリ
町ができてからの流れは、この見出しの下でたどれるよ。
1821年にできた町、ボルフラド
ブルガリア系の人々の中心になってきたのが、ヤルプフ湖のほとりの町ボルフラドです。ウクライナの国の百科事典『大ウクライナ百科事典』(ВУЕ)とЕСУによれば、町は1821年、ベッサラビアの長官イヴァン・インゾフの主導で、早い時期の入植地の一つタバキ村の近くに、ブルガリア人の入植を組織する中心として建てられました。ВУЕによれば、通りはまっすぐに引かれ、中央に広場のある計画的な町として造られました。
ボルフラドの属する国は何度も変わりました。ВУЕによれば、クリミア戦争後の1856年のパリ条約でモルドヴァ公国(のちのルーマニア)に移り、1878年のベルリン会議でロシア帝国に戻ります。1918年からはルーマニア領で、1940年にソ連に組み込まれてイズマイール州の地区の中心となり、1954年からオデーサ州に属しています。
町はブルガリア語の教育の中心でもありました。ВУЕは、1858年にボルフラドに開かれたギムナジウム(中等学校)を、ブルガリアの外にできた最初のブルガリア人の中等教育機関と書いています。ЕСУは、1853年にキリルとメトディオスの名を冠した中央ブルガリア学校が開かれ、1886年にギムナジウムになったと書いており、始まりの年は事典によって違います。
2001年の国勢調査で見る広がり
ブルガリア系・ガガウズの人々は、オデーサ州の中でも南西部の地区に集まっています。国勢調査の地区別の数字(2001年当時の地区)から、ブルガリア人かガガウズ人が1割前後以上を占めていた地区を挙げます。
| 2001年当時の地区・市 | 人口 | ブルガリア人 | ガガウズ人 |
|---|---|---|---|
| ボルフラド地区 | 7万5,000人 | 60.8% | 18.7% |
| アルツィズ地区 | 5万1,700人 | 39.0% | 1.8% |
| タルティネ地区 | 4万5,200人 | 37.5% | 6.0% |
| イズマイール地区 | 5万4,700人 | 25.7% | 0.4% |
| サラタ地区 | 4万9,900人 | 20.0% | 0.3% |
| イズマイール市 | 8万5,100人 | 10.0% | 0.9% |
| レニ地区 | 4万700人 | 8.5% | 7.9% |
国全体では、2001年のブルガリア人は20万4,574人で、そのうち73.7%がオデーサ州に住んでいました(IEU)。ガガウズ人は3万1,923人です(ЕСУ)。IEUによれば、ブルガリア人の58.7%が農村に住んでいました。
母語についても国勢調査の数字があります。自分の民族の言葉を母語と答えた人は、ブルガリア人で64.2%、ガガウズ人で71.5%でした。ロシア語を母語と答えた人はブルガリア人の30.3%、ガガウズ人の22.7%、ウクライナ語はそれぞれ5.0%と3.5%です。IEUは、ソ連の時代にブルガリア語の学校や出版がなかったことがロシア語化を進めたと書いています。
学校については、ブルガリア語がEUの公用語であることが関わります。2023年12月の法改正で、EUの公用語である少数民族の言語の学級では、5年生から上の学年でもその言語で学べる範囲が広がりました。EUの公用語でないガガウズ語には、この扱いはありません。仕組みはハンガリー系の学校の言語の記事で扱っています。
オリュカのひとこと
地区の再編に、ブルガリア側はどう応じたのでしょう。やり取りをこの節で確かめられます。
2020年の地区の再編とブルガリアの反応
2020年の地方行政の再編(州・地区・フロマーダの記事)のとき、ボルフラド地区の扱いがウクライナとブルガリアの間の問題になりました。
ウクルインフォルム通信の報道によれば、ブルガリアの国民議会は2020年5月20日、ウクライナの行政区画の改革とブルガリア人共同体の権利と一体性の保護に関する宣言を採択し、オデーサ州ボルフラド地区の分割に反対しました。ブルガリア国営ラジオ(BNR)は、提案した議員が「ボルフラド地区は5つの独立した行政の単位に分けられる予定だ」と述べ、宣言がブルガリア語教育に関する両国の教育省の議定書の更新も求めたと伝えています。
ウクライナ外務省は、この宣言に強く抗議する声明を出しました(ウクルインフォルムの2020年5月21日の報道)。行政区画の問題はウクライナの当局だけが決めることで、外国がこれに干渉しようとすることは受け入れられないとしたうえで、「ボルフラド地区の問題は、大きなブルガリア人共同体を含む地元の住民の立場を考慮し、ウクライナの法律に従って解決される」と述べています。BNRは、ブルガリア外務省の発表として、ウクライナのクレバ外相がブルガリアのザハリエヴァ外相との電話会談で、ボルフラド地区はいまの境界を保ち分割されないと述べた、と伝えました。
最高会議が2020年7月17日に採択した決議(第807-IX号)は、オデーサ州の旧地区をすべて廃止し、新しい地区を設けました。新しいボルフラド地区は、ボルフラド、アルツィズ、タルティネなど10のフロマーダ(地域共同体)の領域から成り、中心はボルフラド市です。上の表の旧ボルフラド・アルツィズ・タルティネの3地区の中心の町は、いずれも新しいボルフラド地区の中に入りました。
ガガウズを先住民族にという訴え(2026年)
地元メディアの048.uaなどの報道によれば、オデーサ州議会は2026年9月11日、ガガウズの人々をウクライナの先住民族と認めるよう最高会議に求める訴えを採択しました。訴えの案を出した州議会議員は、ウクライナのガガウズの約95%がオデーサ州に住んでいると述べています。2021年の先住民族法が先住民族として挙げているのは、クリミア・タタール、カライム、クリムチャクの三つです(ウクライナの先住民族法の記事)。ガガウズを加えるかどうかを決めるのは最高会議で、2026年9月時点でそのための法律は成立していません。
出典と記事の記録
出典・参考資料
- 全ウクライナ国勢調査2001年 オデーサ州の民族構成州のブルガリア人150.7千人・6.1%、ガガウズ人27.6千人・1.1%、133の民族、地区別の表
発行:ウクライナ国家統計委員会 確認日:2026-09-24 - 全ウクライナ国勢調査2001年 民族構成ブルガリア人204.6千人、ガガウズ人31.9千人
発行:ウクライナ国家統計委員会 確認日:2026-09-24 - 全ウクライナ国勢調査2001年 言語構成民族別の母語:ブルガリア人64.2%・5.0%・30.3%、ガガウズ人71.5%・3.5%・22.7%
発行:ウクライナ国家統計委員会 確認日:2026-09-24 - Bulgarians in Ukraine移住の時期、1819年の約2万4,000人、1844年の92集落・7万5,000人、1861〜62年の約3万人、2001年の204,574人・73.7%・58.7%、ザポリッジャ州27,764人
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS)、2020年更新 確認日:2026-09-24 - Gagauzy起源の諸説、正教徒、19世紀前半の移住、1860年代のアゾフ海沿岸への移住
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS)、2014年更新 確認日:2026-09-24 - Budzhak南ベッサラビアの地名、ベルホロドのオルダ、1812年のブカレスト条約
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS)。初出1984年 確認日:2026-09-24 - Ґаґаузи祖先の移住、生業、2001年の31,923人
発行:Енциклопедія Сучасної України(М. І. Ярмоленко、2007年) 確認日:2026-09-24 - Болград1821年の創建、インゾフ、1853年の中央ブルガリア学校と1886年のギムナジウム
発行:Енциклопедія Сучасної України(М. І. Узун、2023年) 確認日:2026-09-24 - Болград1821年の創建とタバキ村、計画的な町、1856年・1878年・1918年・1940年・1954年、1858年のギムナジウム
発行:Велика українська енциклопедія 確認日:2026-09-24 - 決議第807-IX号「地区の設置と廃止について」2020年7月17日。オデーサ州のボルフラド地区の構成と旧地区の廃止
発行:ウクライナ最高会議 確認日:2026-09-24 - Ukrainian Foreign Ministry responds to Bulgaria's attempts to interfere in Ukraine's internal affairs2020年5月21日。ウクライナ外務省の声明、ブルガリア国民議会の5月20日の宣言
発行:Ukrinform 確認日:2026-09-24 - НС с декларация срещу разделянето Болградския район в Украйна議会の宣言の内容、5つに分けられる予定という議員の発言、教育の議定書
発行:ブルガリア国営ラジオ(BNR) 確認日:2026-09-24 - Bolhrad region in Ukraine populated with ethnic Bulgarians will retain its borders: Foreign Ministryクレバ外相の説明とされる内容
発行:ブルガリア国営ラジオ(BNR) 確認日:2026-09-24 - Гагаузів пропонують визнати корінним народом: Одеська облрада звернулася до Ради2026年9月11日
発行:048.ua 確認日:2026-09-24 - Одеська облрада готує звернення про визнання гагаузів корінним народом України2026年9月。決定の案
発行:Бессарабія INFORM 確認日:2026-09-24
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