記事種別: 解説
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緑と黄が「涙」のように流れる、コシウの彩色陶器
ウクライナ西部、フツル地方の町コシウでは、白い化粧土をかけた器に金属の棒で線を刻み、緑・黄・茶で彩る陶器が作られてきました。2019年にユネスコの無形文化遺産の代表一覧に記載されたこの伝統の作り方、描かれてきた図柄、名前の残る陶工、いまの担い手をまとめます。
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猫の毛の筆で下絵なしに描く、ペトリキウカの花の装飾画
ドニプロペトロウシク州の町ペトリキウカで育った装飾画は、農家の白壁の絵から始まり、紙の上の一枚の絵になりました。猫の毛の筆で下絵を描かずに花を置いていく技法は、2013年12月にユネスコの無形文化遺産の代表一覧に記載されています。ウクライナの要素として最初の記載でした。筆づかい、空想の花、描き手たちをまとめます。
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公開9日で上映を止められた、ドヴジェンコの映画『大地』
1930年4月8日にキーウで公開されたオレクサンドル・ドヴジェンコの無声映画『大地』は、モスクワの批評家に攻撃され、9日でソ連の映画館から消えました。その夏に西欧で上映されて評価され、1958年にブリュッセルで行われた映画批評家の国際投票では、映画史上の12本の傑作の一つに選ばれています。作品の中身、上映停止までの経過、監督のその後をまとめます。
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1937年秋、サンダルモフで銃殺された1,111人と「処刑されたルネサンス」
1937年10月27日から11月4日、ロシア北西部カレリアの森で、ソロフキの監獄の囚人1,111人がソ連の秘密警察に銃殺されました。演出家レシ・クルバス、劇作家ミコラ・クリーシら、1920年代のウクライナ文化を担った人たちが含まれます。何人がウクライナから来たのかは資料で201人から約300人まで割れます。経過と数字、見つかった後のことをまとめます。
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ノーベル賞に推薦された年に亡くなった作家、イヴァン・フランコ
ノーベル賞の推薦の記録には、1916年の文学賞の候補としてイヴァン・フランコ(1856〜1916年)の名が残っています。その年の5月、フランコはリヴィウで亡くなりました。鍛冶屋の息子として生まれ、3度逮捕され、小説・詩・戯曲・翻訳・学術に約6,000の著作を残した人の生涯と、名前が付けられた大学と町をたどります。
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200フリヴニャ紙幣の詩人レーシャ・ウクラインカと、戯曲『森の歌』
ウクライナの200フリヴニャ紙幣に描かれているのは、詩人で劇作家のレーシャ・ウクラインカ(1871〜1913年)です。本名ラリーサ・コサチ。30年にわたって病と闘いながら、20の劇作品を残しました。ヴォリーニ地方の森の言い伝えから生まれた『森の歌』(1911年)を中心に、作品と生涯、紙幣の図柄、日本語で読める訳書をまとめます。
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作曲家ミコラ・ルィセンコと、生前に上演されなかった『タラス・ブーリバ』
ウクライナの近代音楽の土台を築いた作曲家ミコラ・ルィセンコ(1842〜1912年)。代表作のオペラ『タラス・ブーリバ』は、ロシア語での上演の話はあっても原語での上演が実現せず、初演は死後12年の1924年、ハルキウでした。民謡の採集、シェウチェンコの詩による歌、1885年の「ウクライナのための祈り」、1904年に開いた学校までをたどります。
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「世は私を捕えようとした、だが捕えなかった」哲学者スコヴォロダ
500フリヴニャ紙幣の肖像の人物、フルィホリー・スコヴォロダ(1722〜1794年)は、学院の職を解かれたあと25年にわたって各地を歩き、友人のもとで詩や対話を書いた哲学者です。生涯と著作、「生まれつき合った仕事」の考えを事典からたどり、生誕300年の2022年にロシアのミサイルで壊された博物館の記録をまとめます。
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国産品を買うと最大15%が戻る、ウクライナの「ナショナル・キャッシュバック」
ウクライナでは2024年9月から、国内でつくられた商品を買うと代金の一部を国が戻す「ナショナル・キャッシュバック」が動いています。還元率は一律10%から、輸入品の割合に応じた5%と15%に変わり、2026年5月には第2段階に入りました。内閣決定の条文と経済省の発表から、仕組みと使い道、利用の規模をまとめます。
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携帯電話網が全国で止まった日、キーウスターへのサイバー攻撃
2023年12月12日の朝、ウクライナ最大の携帯電話会社キーウスターの通信が全国で止まりました。ウクライナ保安庁(SBU)は、ロシア軍の情報機関GRUの部隊による攻撃だとしています。すべてのサービスが戻るまでの1週間、加入者への補償とその費用、2025年の米国での上場までを、会社の開示とSBUの発表からたどります。