「調子はどう?」が名前になった、ウクライナの心の健康プログラム
ウクライナの「全ウクライナ心の健康プログラム」は、親しい相手に「調子はどう?」と尋ねる言葉「Ти як?」を名前にしています。WHOと組んだ家庭医の研修、2023年に内閣が置いた調整センター、2026年2月に運用が始まった心の健康の法律まで、国の仕組みとしての歩みと、公式サイトが用意している窓口を紹介します。
オリュカのひとこと
「Ти як?」は、ふだんの会話でどんな相手にかける言葉なのでしょう。名前の由来を書いた段落から読んでみましょう。
「Ти як?(ティ・ヤク)」は、ウクライナ語で親しい相手に「調子はどう?」と尋ねるときの言葉です。ウクライナではこの短い問いかけが、国の心の健康のプログラムの名前になっています。正式には「全ウクライナ心の健康プログラム」で、公式サイトは、ファーストレディのオレナ・ゼレンシカさんが発案した取り組みだと説明しています。
プログラムは一つの法律や施設ではなく、ロシアによる全面侵攻が始まった2022年から、WHOとの協力、内閣の調整機関、新しい法律と、段階を追って組み立てられてきました。以下は2026年9月時点の公的資料にもとづきます。
2022年、世界保健総会の演説から
世界保健機関(WHO)の記事によれば、ゼレンシカさんは2022年5月に開かれた第75回世界保健総会で、戦争がウクライナの人々の心に与えている負担を訴えました。砲撃が続いたハルキウでは、3か月にわたって地下鉄で暮らした住民が、シェルターを出て家に戻る気持ちになれずにいる、という話でした。
同じ年の11月14日、WHOとウクライナ保健省は、心の健康の分野での協力の覚書に署名しました。WHOの発表によれば、覚書の狙いは、心の健康の支援を、身近なかかりつけ医などの一次医療で受けられるようにすることです。WHOのウクライナ代表ヤルノ・ハビヒト氏はこの場で、国内で心の健康の支援を必要としている人は1,000万人を超えると述べました。保健相(当時)のヴィクトル・リャシュコ氏は、一次医療で心の不調に対応する家庭医の報酬を上げる新しい枠を、国の医療保障プログラムに加えたと説明しています。
WHOは、2022年12月9日にファーストレディとデニス・シュミハリ首相(当時)が、心の健康と心理社会的支援の緊急対応の行程表を発表したとも伝えています。
WHOの研修「mhGAP」を家庭医へ
柱の一つが、WHOの「メンタルヘルス・ギャップ行動プログラム(mhGAP)」です。専門医ではない家庭医や看護師などが、うつ、不安、心的外傷後ストレス障害、自殺の危険といった、よくある心の問題に気づいて対応できるよう研修する仕組みで、WHOによれば2008年に始まり、100か国以上で使われています。
ウクライナでは2019年から研修が行われ、WHOによれば2022年7月までに655人が修了していました。WHOは2022年12月の記事で、2023年末までにウクライナの一次医療の職員の10%以上がmhGAPの研修を受ける見込みだと書いています。ウクライナのかかりつけ医の仕組みはウクライナでは、かかりつけの医師を住所に関係なく選んで「宣言」を出すで説明しています。
内閣が置いた「調整センター」
プログラムそのものは、法律や内閣の決定の名前ではありません。国の仕組みとして最初に形になったのは、内閣が2023年3月30日の決定第301号で設けた「心の健康に関する調整センター」です。
決定に付けられた規程は、センターを内閣の「臨時の諮問機関」と位置づけ、目的を「全ウクライナ心の健康プログラムを早く効果的に作り、実行する」ための省庁・自治体・団体の調整としています。任務には、プログラムの実行状況の監視、心の健康に関する法令案づくりへの参加、「2023〜2024年の心の健康に関する国家行動計画」の実施状況の分析などが並んでいます。プログラムの公式サイトによれば、センターの長には、NGO「バリアフリー(Безбар’єрність)」の事務局長オクサナ・ズビトニェヴァ氏が就きました。
行政サービスセンター「Дія Центр」の2023年5月の記事は、プログラムの開発と実施を保健省が調整し、WHOが専門面の、NGO「バリアフリー」が実施面のパートナーになっていると説明しています。
2026年2月に動き出した心の健康の法律
制度の土台として、2025年1月15日に最高会議が採択したのが、法律「ウクライナの心の健康保護の制度について」(第4223-IX号)です。2025年2月7日に議会の新聞『ホロス・ウクライーヌィ』に掲載され、翌8日に効力を生じ、1年後の2026年2月7日に実際の運用が始まりました(効力を生じる日と運用が始まる日を分ける書き方については「-IX」は第9期の議会。ウクライナの法令を原文で読む手がかりで扱います)。
法律は心の健康を、全体の健康の一部であり、心の病気や行動の障害がないことだけでなく、一人ひとりが自分の力を発揮し、暮らしの困難に対処できる良好な状態だと定義しています。そのうえで、国の政策の原則として、分野を越えた協力、支援を受ける機会の平等、偏見と差別をなくすことなどを挙げています。
- 心の健康の専門家の資格認定は、法律の公布から6年間は任意で、その後は必須になる
- 国や自治体の予算で支払われる心の健康のサービスは、公布から3年後には、認定を受けた専門家しか提供できなくなる
- 内閣は、新しい「心の健康に関する国家委員会」を、法律の効力発生から1年以内に設けるよう求められている
これより前から、内閣は2017年12月27日に「2030年までの心の健康保護の発展構想」を承認しており、国の政策の長期の方針はこの構想が示してきました。
オリュカのひとこと
公式サイトには、どんな窓口や情報が用意されているのでしょう。この節の一覧で確かめてみましょう。
プログラムが用意しているもの
公式サイト(howareu.com)は、2026年9月時点で次のような入口を設けています。
- セルフケア:ストレスへの対処や呼吸法など、自分でできる方法の資料
- オンライン:自宅から専門家の支援を受ける方法の案内
- オフライン:地域で対面の支援をする、確認済みの提供者の一覧
- ホットライン:ウクライナ国内の相談電話の一覧と、国外の番号
- どこから始めればよいかを選ぶための案内のテスト
- 専門職向けの無料の学習プラットフォーム
サイトは、各省との役割分担も挙げています。家庭医が最初の窓口になる保健省、地域の「レジリエンス・センター」を担う社会政策省、学校で感情を扱う力を教える教育科学省、空爆などの現場で被災者を支える国家非常事態庁と警察の心理職を抱える内務省などです。
日本は国外の番号の一覧にない
ホットラインのページには「国外の番号」の欄があり、2026年9月時点で、オーストリア、ドイツ、ポーランド、英国など欧州の20か国の無料番号が並んでいます。日本の番号は載っていません。
日本で暮らしている人が相談できる公的な窓口は、日本で暮らし始めたときの相談窓口にまとめています。ウクライナ語で相談できる窓口もあります。命に関わる危険があるときは、日本では119番(救急)に電話してください。
出典・参考資料
- Про Всеукраїнську програму ментального здоров'я(ゼレンシカ氏の発案、各省との分担、パートナー)
発行:Всеукраїнська програма ментального здоров'я «Ти як?» 確認日:2026-09-24 - Гарячі лінії(国内の番号と国外の番号の欄、国外は欧州20か国、日本の番号なし)
発行:Всеукраїнська програма ментального здоров'я «Ти як?» 確認日:2026-09-24 - トップページ(セルフケア・オンライン・オフライン・ホットライン・テスト・学習プラットフォームの入口)
発行:Всеукраїнська програма ментального здоров'я «Ти як?» 確認日:2026-09-24 - Уряд створив Координаційний центр…(2023年4月21日、決定第301号、センター長)
発行:Всеукраїнська програма ментального здоров'я «Ти як?» 確認日:2026-09-24 - Постанова КМУ від 30.03.2023 № 301 «Про утворення Координаційного центру з психічного здоров’я»(規程第1・3・4項)
発行:Кабінет Міністрів України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-24 - Закон України від 15.01.2025 № 4223-IX «Про систему охорони психічного здоров’я в Україні»(第1・3条、最終・経過規定)
発行:Верховна Рада України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-24 - 同法の文書カード(効力発生2025年2月8日、運用開始2026年2月7日、掲載紙)
発行:Верховна Рада України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-24 - Розпорядження КМУ від 27.12.2017 № 1018-р «Про схвалення Концепції розвитку охорони психічного здоров’я в Україні на період до 2030 року»
発行:Кабінет Міністрів України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-24 - WHO and Ukraine Ministry of Health sign memorandum on cooperation on mental health(2022年11月14日、mhGAP、655人、1,000万人、保健相の発言)
発行:WHO Regional Office for Europe 確認日:2026-09-24 - Scaling-up mental health and psychosocial services in war-affected regions: best practices from Ukraine(2022年12月16日、第75回世界保健総会の演説、12月9日の行程表、mhGAPの見込み)
発行:World Health Organization 確認日:2026-09-24 - Seventy-fifth World Health Assembly(会期2022年5月22日〜)
発行:World Health Organization 確認日:2026-09-24 - Всеукраїнська програма ментального здоров’я «Ти як?» за ініціативою Олени Зеленської(2023年5月11日、保健省の調整、WHO・NGOの役割)
発行:Дія.Центр(Міністерство цифрової трансформації України) 確認日:2026-09-24
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