アゾフスターリを失ったあと、ウクライナの鉄鋼はどこでつくられてきたか
ウクライナの粗鋼生産は2021年の2,140万トンから、2025年には740万トンになりました。マリウポリの二つの製鉄所は占領で生産から外れ、残ったザポリッジャとカミャンシケの製鉄所が生産の多くを担ってきました。その二つも2026年8〜9月の攻撃で止まっています。製鉄所ごとの数字を、業界団体と企業の公表で追います。
世界鉄鋼協会(worldsteel)の集計によれば、ウクライナの粗鋼生産は2021年に2,140万トンで、世界14位でした。2022年には630万トンとなり、前年から70.7%減っています。2025年は740万トンで、世界23位です。
生産が3分の1ほどになったのは、工場が一様に稼働を落としたからではありません。一部の製鉄所はロシアに占領された都市にあり、ウクライナの生産から丸ごと外れました。残った製鉄所は、攻撃を受けながら操業を続けてきました。そして2026年の夏には、その残った製鉄所も攻撃で止まっています。
ここでは、どこの製鉄所で鉄鋼がつくられてきたのかを、世界鉄鋼協会、業界団体、企業の公表で追います。企業の生産量や被害は、それぞれの企業自身の発表です。
国全体の生産量
| 年 | 粗鋼生産 | 世界の順位 | 前年比 |
|---|---|---|---|
| 2021年 | 2,140万トン | 14位 | +3.6% |
| 2022年 | 630万トン | 25位 | −70.7% |
| 2023年 | 620万トン | 24位 | −0.6% |
| 2024年 | 760万トン | 22位 | +21.6% |
| 2025年 | 740万トン | 23位 | −2.2% |
2026年については、ウクライナの鉄鋼業の業界団体「ウクルメタルルフプロム」が、1〜8月に粗鋼430万トン(前年同期の87.5%)、銑鉄435万トン(同85.2%)、圧延鋼材359万トン(同84.4%)を生産したと公表しています(2026年9月8日)。
国全体の産業の中で鉄鋼がどう位置づけられるか、統計の範囲がどう変わったかは、戦時下のウクライナの産業──農業・製造・サービス・エネルギーの比重で扱っています。この記事は、その数字の中身を製鉄所の単位で見ます。
マリウポリの二つの製鉄所
鉄鋼・鉱業グループのメティンベスト(Metinvest)は、港湾都市マリウポリに、アゾフスターリ製鉄所とイリイチ製鉄所を持っていました。
同社の2021年の年次報告書によれば、この年、同社の粗鋼生産は953万3千トンで、そのうちアゾフスターリとイリイチの2社が822万4千トンのスラブ(圧延前の半製品)を鋳造しています。同じ年の国全体の粗鋼生産2,140万トンと比べると、4割近い量です。
同社の2022年の年次報告書は、アゾフスターリを次のように紹介しています。1933年創業で、港湾都市の海沿いに約10平方キロメートルの敷地を持ち、2022年初めの従業員は約1万1千人。侵攻前は年に400万トンを超える粗鋼を生産し、ウクライナで唯一のレールの製造者でもありました。チョルノービリ原子力発電所を覆う新しい閉じ込め構造物(新安全閉じ込め設備)にも、同所の鋼材が使われたとしています。
同じ報告書によれば、メティンベストは2022年2月下旬にアゾフスターリとイリイチ製鉄所を「ホット・コンサベーション」と呼ぶ状態に移し、生産を止めました。その後、マリウポリが一時的に占領されたため、両社を含むマリウポリの資産の操業上の管理を失いました。報告書は、アゾフスターリが80日にわたる包囲戦の中心となり、地下の通路に数千人の兵士が、また数百人の市民が身を寄せたと書いています。
同社は2022年の決算で両社の資産の全額を減損処理しました。2025年の年次報告書の財務諸表の注記は、2022年から2023年初めにかけて、「一時的に占領された地域に生産拠点がある」子会社としてアゾフスターリ、イリイチ製鉄所、マリウポリの機械修理工場の破産手続きが始まったと記しています。
メティンベストがウクライナで唯一のレール製造者と説明していたアゾフスターリが止まったあと、日本からウクライナへのレールの輸出が2024年に貿易統計に現れたことは、紙巻たばこと鉄鉱石が消えたあと、日本がウクライナから買っているもので扱っています。ただし、その用途は統計からは分かりません。
操業を続けてきた製鉄所
メティンベストの2025年の年次報告書によれば、同社がウクライナ国内で持つ製鉄所は、カミャンシケのカメット・スチールと、ザポリッジャ市のザポリッジスタリ(同社の出資比率49.99%の合弁会社)です。
| 製鉄所 | 所在地 | 年間の生産能力 | 2025年の実績 |
|---|---|---|---|
| カメット・スチール | カミャンシケ | 溶銑290万トン(高炉3基)、粗鋼340万トン | 高炉2基で溶銑178万2千トン、粗鋼201万8千トン(前年比4%減) |
| ザポリッジスタリ | ザポリッジャ | 溶銑440万トン(高炉4基)、粗鋼410万トン | 高炉3基で溶銑356万8千トン(15%増)、粗鋼321万2千トン(11%増) |
2社の2025年の粗鋼生産を合わせると523万トンで、世界鉄鋼協会が集計した国全体の740万トンの約7割にあたります(集計の出どころが違うため、目安です)。ザポリッジスタリの2021年の粗鋼生産は388万9千トンでした(同社2021年の年次報告書)。同社の責任者が誘導爆弾や弾道ミサイルが届く都市と説明するザポリッジャで、2025年には2021年の8割を超える量を生産していたことになります。
もう一つの大きな製鉄所が、ドニプロペトロウシク州クリヴィー・リーフの「アルセロール・ミッタル・クリヴィー・リーフ」です。国際的な鉄鋼グループ、アルセロール・ミッタルの一員で、同社のウェブサイトによれば、コークス、鉄鉱石の採掘から焼結、高炉、製鋼、圧延までを一つの工場群で行い、鉄筋や線材などの条鋼をつくっています。同社の最高経営責任者は、EUが国境炭素調整措置(CBAM)の適用でウクライナに猶予を認めなかったことについての寄稿で、2026年に予定していた125万トン、年間生産のほぼ半分にあたる欧州向け輸出が失われるとして、高炉の生産を技術的な最低限まで落とすと書いています。
原料の側で起きたこと
製鉄には鉄鉱石のほかに、コークスの原料になる原料炭が要ります。メティンベストはポクロウシクに原料炭の炭鉱「ポクロウシケ・コール」を持っていましたが、2025年の年次報告書によれば、2024年末に生産が止まり、2025年は同社にとってウクライナ国内で原料炭を生産しない最初の年になりました。同じ報告書は市場の概況で、ウクライナの高炉製鉄所は輸入した原料炭とコークスへの依存を強めている、国内で原料炭を生産できなくなったためだと書いています。
ドネツィク州アウディーイウカのコークス工場は、2022年2月下旬に生産を止めています(2022年の年次報告書)。2025年の年次報告書の地図は、アゾフスターリ、イリイチ製鉄所とともに、アウディーイウカ・コークスとポクロウシケ・コールを、「占領下の子会社」または「操業停止」の資産として示しています。
2026年の夏、残った製鉄所も止まった
メティンベストの2026年9月17日の発表によれば、ザポリッジスタリは8月11日のロシアの弾道ミサイル攻撃で主要設備と電力系統が損傷し、従業員8人が死亡、28人が負傷して、操業が完全に止まりました。その後も8月27日、9月12日、9月17日と攻撃が続き、同社の最高執行責任者は8月以降に撃ち込まれた弾道ミサイルが計17発にのぼると述べています。
同社が9月16日に掲載した同じ責任者のインタビュー(ウクライナの経済誌フォーブス・ウクライナ)によれば、カメット・スチールも8月と9月の攻撃で操業を止めました。二つの製鉄所への攻撃で、従業員と請負会社の作業員13人が死亡し、40人以上が負傷したとしています。インタビューの時点で国内で稼働していた同社の主要な資産は、二つの鉄鉱石の選鉱会社(Central Iron Ore と Northern Iron Ore)だけで、稼働率はいずれも50%だと述べています。
復旧の見通しについて、同社は時期を示していません。同じインタビューで同社は、ロシアによる港の封鎖で海上輸出が止まっていること、EUが4月から鉄鋼製品に輸入の数量枠を設けたことも重なっていると説明しています。
数字を読むときに
- 2021年から2025年への減少には、占領で操業できなくなったマリウポリの製鉄所の分が含まれています。この差を、残った製鉄所の稼働率が下がった結果とだけ読むことはできません。
- 製鉄所ごとの生産量、被害、稼働状況は、企業自身の発表です。独立した機関が確かめた数字ではありません。
- 2026年の年間の生産量は、ザポリッジスタリとカメット・スチールがいつ操業を再開するかで大きく変わります。
出典・参考資料
- December 2021 crude steel production and 2021 global totals(ウクライナ2021年21.4Mt・前年比+3.6%・14位)
発行:世界鉄鋼協会(worldsteel) 確認日:2026-09-24 - December 2022 crude steel production and 2022 global totals(2022年6.3Mt・-70.7%・25位)
発行:世界鉄鋼協会 確認日:2026-09-24 - December 2023 crude steel production and 2023 global totals(2023年6.2Mt・-0.6%・24位)
発行:世界鉄鋼協会 確認日:2026-09-24 - December 2024 crude steel production and 2024 global totals(2024年7.6Mt・+21.6%・22位)
発行:世界鉄鋼協会 確認日:2026-09-24 - December 2025 crude steel production and 2025 global crude steel production totals(2025年7.4Mt・-2.2%・23位)
発行:世界鉄鋼協会 確認日:2026-09-24 - Результати діяльності металургійної галузі України за 8 міс. 2026 р.(2026年9月8日。1〜8月の銑鉄4.35Mt・85.2%、粗鋼4.30Mt・87.5%、圧延鋼材3.59Mt・84.4%)
発行:ウクルメタルルフプロム(Укрметалургпром) 確認日:2026-09-24 - Annual Report 2021(2021年の粗鋼9,533kt、アゾフスターリとイリイチのスラブ8,224kt、ザポリッジスタリ粗鋼3,889kt)
発行:メティンベスト(Metinvest) 確認日:2026-09-24 - Annual Report 2022(2022年2月下旬のホット・コンサベーションと操業停止、マリウポリの資産の管理喪失、アウディーイウカ・コークスの停止、全額減損、アゾフスターリの紹介〈1933年創業・約10km²・約1万1千人・年400万t超・唯一のレール製造者・新安全閉じ込め設備・80日の包囲〉)
発行:メティンベスト 確認日:2026-09-24 - Annual Report 2025(カメット・スチールとザポリッジスタリの生産能力と2025年実績、49.99%の出資、ポクロウシケ・コールの2024年末の停止、国内の原料炭生産がなくなったこと、地図の占領下・操業停止の資産、財務諸表注記27の破産手続き)
発行:メティンベスト 確認日:2026-09-24 - russia Attempts to Disrupt Zaporizhstal’s Recovery: Plant Suffers Fourth Ballistic Missile Attack in a Month(2026年9月17日。8月11日の攻撃で8人死亡・28人負傷・操業停止、8月27日・9月12日・9月17日の攻撃、8月以降17発)
発行:メティンベスト 確認日:2026-09-24 - “There is no safety margin left.” … Metinvest COO Oleksandr Myronenko for Forbes(2026年9月16日掲載。カメット・スチールとザポリッジスタリの操業停止、13人死亡・40人超負傷、稼働中は2選鉱会社で50%、港の封鎖、EUの数量枠)
発行:メティンベスト(フォーブス・ウクライナのインタビューの転載) 確認日:2026-09-24 - About / Steel production(一貫製鉄所の構成、条鋼〈鉄筋・線材〉、所在地)
発行:アルセロール・ミッタル・クリヴィー・リーフ 確認日:2026-09-24 - Mauro Longobardo, CEO of ArcelorMittal Kryvyi Rih: on the impact of CBAM on Ukrainian steel(2026年の欧州向け輸出125万t・年間生産のほぼ半分、高炉を技術的最低限へ)
発行:アルセロール・ミッタル・クリヴィー・リーフ 確認日:2026-09-24
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