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文化・歴史/解説

1万4千のことわざをどう並べたか。ノミスとフランコの集成

ウクライナのことわざは、19世紀に番号をつけた本にまとめられました。1864年のノミスの集成はテーマごとに、1901〜10年のフランコの集成は見出し語のアルファベット順に、何万ものことわざを並べています。筆名の主、並べ方の違い、原本の番号とページつきのことわざ7例を紹介します。

画像:Ukrainavi

オリュカのひとこと

何万ものことわざを、二人の編者はどんな順番で並べたのでしょう。テーマ順と見出し語順の違いを本文で見比べられます。

「静かな水が堰を切る」「贈り物には贈り物、言葉には言葉」。こうしたウクライナのことわざには、19世紀に番号をつけて本にまとめられたものがあります。代表的なのが、1864年にサンクトペテルブルクで出たマトヴィー・ノミス編『ウクライナのことわざ、格言、その他』と、1901〜10年にリヴィウで出たイヴァン・フランコ編『ガリツィア・ルーシの民衆のことわざ』です。

Internet Encyclopedia of Ukraine(カナダ・アルバータ大学のウクライナ研究所=CIUS発行。以下IEU)の「Proverbs(ことわざ)」の項目は、ノミスの本を19世紀で最も優れた集成、フランコの本を今日まで超えるもののない集成としています。二つの本は、何万ものことわざを、まったく違うやり方で並べました。

ノミスは筆名

ノミス(Номис)は筆名で、本名はマトヴィー・テレンティヨヴィチ・シモノウ(Симонов)です。IEUと、ウクライナ国立科学アカデミー歴史研究所の『ウクライナ歴史百科事典』によれば、1823年11月17日にポルタヴァ県ルブヌィ郡の村に生まれ、1900年12月26日に亡くなりました。キーウの大学を1848年に出て教師になり、IEUによれば、1873年からルブヌィのギムナジウムの校長を務めています。晩年に土地を売り、シェウチェンコ学術協会などに寄付しました。

本の扉には「O・V・マルコヴィチほかの集め。M・ノミス編」とあります。土台になったのは、民俗学者オパナス・マルコヴィチが集めていたことわざで、ノミスの前書きによれば、別形を含めて5万を超えていました。ノミスはこれに、ほかの人から届いた集めを加えています。前書きは、ミコラ・ビロゼルシキーが2,011のことわざと345のなぞなぞを、詩人ステパン・ルダンシキーが1850年代にポジッリャの村で記録した298のことわざを送ってきたことなどを、一つずつ記しています。

IEUによれば、収録されたのは別形を除いて1万4,339のことわざと、505のなぞなぞです(『ウクライナ歴史百科事典』は「約1万5千の記録」とする)。IEUは、検閲による削除があったにもかかわらず、当時のスラヴのことわざ研究で最も優れた成果だったと評価しています。削除された部分は、のちに1909年、文学研究者ミハイロ・ヴォズニャクが公表しました(『ウクライナ歴史百科事典』)。扉の裏には「1864年7月13日、サンクトペテルブルク、検閲許可」と印刷されています。ロシア帝国は前年の1863年、文学作品以外のウクライナ語の出版を禁じる通達を出していました(ロシア帝国でウクライナ語の出版が禁じられた翌年、日本では東京大学が開かれた)。

ノミスの並べ方、テーマごと

ノミスは前書きで、並べ方の考えを説明しています。心理学のような理屈を土台にするのではなく、探しやすく、読みやすく、覚えやすいように「物ごとに」並べた、というものです。本文は「信仰」「神」「罪」「断食」「祈り」「教会」の順に始まり、各節の初めに、その節に入る番号の範囲が示されています。

節の名(原文)意味番号
Віра信仰1〜4
Бог5〜95
Гріх96〜125
Козакコサック763〜798
Своя хата自分の家9607〜9635
ノミス編『ウクライナのことわざ、格言、その他』(1864年)の節の見出しから一部を抜き出した。

前書きによれば、ノミスはなぞなぞや呪文も含めて、集めにあったものはすべて載せました。記録された土地の言い方も直さずに残し、ことわざの後には、記録された地域や集めた人を略号で書いています。番号をつけ終えたあとに届いたことわざは、本の終わりに「補遺」としてまとめました。

オリュカのひとこと

「静かな水が堰を切る」は、ノミスの本の何番に載っているのでしょう。原本の番号とページを表で確かめられます。

原文と番号で読む

ノミスの本は通し番号で引かれるのが普通です。フランコの集成も、説明の中で「ノミス6066〜6068」のようにノミスの番号を挙げています。ここでは、ノミスの本から6つ、フランコの本から1つを、原本のつづりのまま挙げます(かっこ内は、ことわざの後に書かれた記録地の略号)。

原文(原本のつづり)意味(編集部訳)出典
Тиха вода греблю рве. (Лів., К.)静かな水が堰を切るノミス 3030番、60ページ
Дар за дар, слово за слово. (Бр.)贈り物には贈り物、言葉には言葉ノミス 4550番、88ページ
Дурнем бути — не дуба гнути. (Коз., Гат.)愚か者でいるのは、樫の木を曲げるほど骨が折れないノミス 6190番、120ページ
В своі хаті и тріска помагає. (Кр.)自分の家では木っ端も助けてくれるノミス 9630番、187ページ
Як дбаєш, так и маєш. (Бр., Проск., Л.)手をかけたとおりのものが手に入るノミス 9950番、193ページ
Сказаного и сокирою не вирубаєш. (Зал.)口にしたことは斧でも切り取れないノミス 12870番、253ページ
Аз, буки, віде — в золоті їде. (Коб.)「アー、ベー、ヴェー」(字を学ぶこと)は、金をまとって進むフランコ 第1巻第1分冊、見出し語「Аз」の1、2ページ
ノミス編(1864年)、フランコ編『ガリツィア・ルーシの民衆のことわざ』第1巻第1分冊(1901年)の原本による。「Аз, буки, віде」はキリル文字の最初の3文字の古い呼び名で、フランコは「学びの第一歩」と説明している。

ノミスの本で12870番のすぐ前には、「Слово не горобець, назад не вернецця(言葉はスズメではない、戻っては来ない)」も載っています。フランコは「Аз, буки, віде」のことわざに、「学ぶことが人を上の地位に導くという考えを表す」と説明を添えています。

ことわざの意味と使われ方は、記録された時代と土地のものです。いまのウクライナで、このうちどれがどのくらい使われているかは、調査の資料がないため、ここでは扱いません。

フランコの並べ方、見出し語のアルファベット順

フランコの『ガリツィア・ルーシの民衆のことわざ』は、シェウチェンコ学術協会の論集『民族誌集成』の第10、16、23、24、27、28巻として、1901年から1910年にかけて出ました。全3巻がそれぞれ2分冊に分かれた、計6冊です。IEUは収録数を3万を超えるとしています。

並べ方はノミスと違い、ことわざの中の見出し語をアルファベット順に並べています。第1巻第1分冊は「А〜Відати」、最後の分冊は「Рабунок〜Ячмінь」までです。それぞれのことわざには記録した土地が添えられ、多くに、どういう場面で使うか、どんな話から生まれたかの説明と、ほかの言語のことわざとの比較がついています。

IEUの「Proverbs」の項目は、ソ連時代のことわざ集には、党やソ連の体制、「人民の敵」についての「ソビエトのことわざ」が大きな節として入っていたと書き、その多くは党の指示で作られた人工的なもので、民衆とは関係がないとしています。19世紀の二つの集成が、記録した土地や人を一つずつ書き残していることは、どのことわざが本当に民衆の口から記録されたのかを確かめる手がかりにもなります。

出典と記事の記録出典 8件 · AIの利用 · 運営体制

出典・参考資料

  1. Українські приказки, прислів'я и таке инше. Збірники О. В. Марковича и других. Спорудив М. Номис1864年、サンクトペテルブルク。扉、検閲許可の日付、前書き(マルコヴィチの集め、送られた集め、並べ方、記録地の略号、補遺)、節の見出しと番号、3030・4550・6190・9630・9950・12870番の本文とページ
    発行:原本のスキャン(Internet Archive) 確認日:2026-09-24
  2. Етноґрафічний збірник, т. X: Галицько-руські народні приповідки, вип. I (А–Відати). Зібрав, упорядкував і пояснив Іван Франко1901年、リヴィウ。見出し語の並べ方、「Аз」1の本文と説明、ノミスの番号の参照、2ページ
    発行:Наукове товариство імені Шевченка(Internet Archive のスキャン) 確認日:2026-09-24
  3. Етноґрафічний збірник, т. 16, 23, 24, 27, 28: Галицько-руські народні приповідки1905〜1910年。巻と分冊の構成、見出し語の範囲
    発行:Наукове товариство імені Шевченка(Internet Archive のスキャン) 確認日:2026-09-24
  4. Proverbsノミスの本1864年・14,339、フランコの本1901〜10年・3万超、ソ連時代のことわざ集
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24
  5. Nomys, Matvii本名、生没年と生地、経歴、14,339のことわざと505のなぞなぞ、検閲による削除、協力者
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24
  6. НОМИСС.І.Білокінь、2010年。本名、生没年、約1万5千の記録、マルコヴィチの約5万、削除部分のヴォズニャクによる公表1909年、寄付
    発行:Енциклопедія історії України, т. 7(Інститут історії України НАН України) 確認日:2026-09-24
  7. ФРАНКО Іван ЯковичБ.З.Якимович、2013年。『ガリツィア・ルーシの民衆のことわざ』т. 1—6, 1901—10
    発行:Енциклопедія історії України, т. 10(Інститут історії України НАН України) 確認日:2026-09-24
  8. Valuev, Petr1863年のウクライナ語出版の制限
    発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24

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