1814年の巣枠の巣箱。養蜂家ペトロ・プロコポヴィチ
ウクライナの事典は、蜂を殺さずに蜜を取る巣枠の巣箱を1814年に作った人として、ペトロ・プロコポヴィチの名を挙げます。丸太の巣から巣箱への移り変わり、1828年に開いた養蜂学校、「世界初」という評価の読み方、事典で食い違う巣箱の数、FAOSTATに見るいまの蜂蜜の生産量をまとめます。
オリュカのひとこと
丸太の巣から巣箱まで、蜂の飼い方はどう移り変わってきたのでしょう。三つの段階を最初の節でたどれます。
蜂を殺さずに、巣から蜜を取り出す。ウクライナの事典は、このやり方を19世紀の初めに巣枠の巣箱で実現した人として、ペトロ・プロコポヴィチ(Петро Прокопович)の名を挙げています。バトゥールィン近くの領地で蜂を飼い、1814年に巣枠の巣箱を作り、1828年には養蜂の学校を開いた人です。
巣枠の巣箱の前は
Internet Encyclopedia of Ukraine(アルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所=CIUS)の「Beekeeping」の項(初出1984年)によると、ウクライナでは有史以前から、野生の蜂の巣から蜜を取ることに始まり、やがて蜂を飼うようになりました。最も古いやり方は、中をくりぬいた丸太に蜂を住まわせ、それを木の高い所に据える方法(ボルトヌィツトヴォ)です。これは18世紀半ばまで続き、ヴォリーニやチェルニーヒウ地方の北部などの森では20世紀の初めまで残った、と同項目は書いています。
そのあとに広がったのが、森の空き地や果樹園に巣箱を並べる方法(パシチヌィツトヴォ)です。蜂蜜と蜜蝋は、自分たちで使うだけでなく、諸侯への貢ぎ物になり、外国との交易品にもなりました。
『ウクライナ大百科事典』(ВУЕ)の「養蜂」の項(2021年公開、執筆はU・モウナ氏)も、この移り変わりを、野生の蜂の蜜を集める段階、木の洞を使うボルトヌィツトヴォ、巣箱を並べるパシチヌィツトヴォの三つの段階として説明しています。
ペトロ・プロコポヴィチという人
Internet Encyclopedia of Ukraineの「Prokopovych, Petro」の項(初出1993年)によると、プロコポヴィチは1775年7月10日、バトゥールィン近くのムィトチェンキ村(当時のニージン連隊)に生まれ、1850年4月3日、チェルニーヒウ県のパリチキ村で亡くなりました。キーウ・モヒラ・アカデミーで学んだあと、1794年から1798年まで軍に勤め、退役してからは自分の領地で養蜂に打ち込みました。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1775年 | バトゥールィン近くのムィトチェンキ村に生まれる |
| 1794〜1798年 | 軍に勤める |
| 1814年 | 巣枠の巣箱を作る |
| 1828年 | パリチキ村に養蜂の学校を開く |
| 1850年 | パリチキ村で亡くなる |
| 1874年 | 学校がこの年までにおよそ600人の養蜂家を育てる |
オリュカのひとこと
「世界で最初」という評価は、どう読めばよいのでしょう。1852年の米国特許との関係をこの節で確かめられます。
1814年の巣枠の巣箱
同じ項目は、プロコポヴィチが1814年に巣枠の巣箱を発明し、それが養蜂の技術を大きく進めた、と書いています。そして、蜂を殺さずに混じりけのない巣蜜を取り出したのは世界で彼が最初だった、とも述べています。
同事典の「Beekeeping」の項も、1814年にチェルニーヒウ地方の地主だったプロコポヴィチが最初の巣枠の巣箱を発明し、これによって近代の養蜂が始まった、と書いています。ВУЕの「養蜂」の項は、彼が1814年に「世界で最初の、分解できる巣枠の巣箱」を発明したと書いています。二つの事典は、発明の年を1814年で一致させています。
「世界で最初」は、事典の評価として読むのがよいでしょう。アメリカのロレンゾ・ラングストロスは、1852年10月5日付で、取り外せる枠(movable frame)を使う巣箱の米国特許(第9300号)を得ています。ただ、Internet Encyclopedia of UkraineもВУЕも、プロコポヴィチの巣箱とラングストロスの巣箱の構造の違いまでは比べていません。どちらが今の巣箱の直接の元になったかは、この記事では扱いません。
パリチキの養蜂学校
Internet Encyclopedia of Ukraineによると、プロコポヴィチは1828年、バトゥールィンに近いパリチキ村に養蜂の学校を開きました。同事典はこれを東ヨーロッパで最初の、科学的な養蜂の学校と呼び、1828年から1874年までにおよそ600人の養蜂家を育てたとしています。近代の養蜂の用語を東ヨーロッパで最初に整えたのも彼だ、と書いています。
彼は講義をウクライナ語で出版するために印刷機を買おうとしましたが、ロシア帝国の当局に阻まれました。論文のいくつかはロシアの学術誌に載り、ロシア語の講義録は死後に出版されて、ドイツ語、フランス語、ポーランド語に訳されています。19世紀のロシア帝国がウクライナ語の出版をどう制限したかは、コサックの自治が終わり、ウクライナ語の出版が禁じられるまでで扱いました。
ВУЕは、プロコポヴィチの後に続いて巣枠の養蜂を広めた人として、S・ヴェルィクダン、V・ヴァシチェンコ、V・リズヌィチェンコらの名を挙げています。
巣箱の数は、資料で大きく違う
その後のウクライナの養蜂の規模について、二つの事典は同じ年でも違う数字を出しています。1910年について、Internet Encyclopedia of Ukraineは「ウクライナの9つの県」で巣箱160万個とし、ВУЕは「ロシア帝国のウクライナの県」で養蜂場67,911か所、巣箱630,600個としています。数える範囲や方法の説明がどちらにもないため、この記事ではどちらが正しいかを判断できません。
どちらの事典も、第一次世界大戦と第二次世界大戦のあとに巣箱が大きく減ったと書いている点は共通しています。
いまのウクライナの養蜂
ВУЕによると、1989年にキーウに養蜂の研究所ができ、いまは「P・I・プロコポヴィチ記念 養蜂研究所」という国の研究機関になっています。ウクライナには2000年2月22日の「養蜂法」(法律番号1492-III)があり、2026年3月の改正を経て効力があります。ВУЕは、2020年時点でウクライナに養蜂家が40万人、蜂の群れが120万あったとしています。
国連食糧農業機関(FAO)の統計データベースFAOSTATで、ウクライナの蜂蜜の生産量(ウクライナ政府の公式値)を見ると、次のとおりです。
| 年 | 蜂蜜の生産量 |
|---|---|
| 2019年 | 69,937トン |
| 2020年 | 68,028トン |
| 2021年 | 68,558トン |
| 2022年 | 63,079トン |
| 2023年 | 57,919トン |
| 2024年 | 53,490トン |
同じデータベースでヨーロッパの国々を比べると、2022年から2024年まで、ウクライナの生産量はロシアに次ぐ2番目でした(ロシアの2024年の値はFAOの推計)。
伝統の養蜂そのものも記録されています。ウクライナ文化情報政策省は2022年7月6日の省令第228号で、キーウ州ヴィシュホロド地区イヴァンキウ・フロマーダのシュプィリ村とルドニャ=シュプィリウシカ村の「ボルトヌィツトヴォ」(木の洞を使う養蜂)を、無形文化遺産の国内一覧に加えました。ウクライナの知的財産庁(УКРНОІВІ)は、「ザカルパッチャの蜂蜜」(2024年7月24日)と「フルムシカの草原の蜂蜜」(2025年9月3日)を地理的表示として登録しています。
食卓の蜂蜜の使われ方、たとえば聖夜のクチャーに蜂蜜のソースを合わせることは、ウクライナの食卓の記事で触れています。
出典と記事の記録
出典・参考資料
- Prokopovych, Petro初出1993年。生没年月日と場所、キーウ・モヒラ・アカデミー、1794〜98年の軍務、1814年の巣枠の巣箱、蜂を殺さずに巣蜜を取った最初の人という評価、1828〜74年に約600人を育てた学校、用語、印刷機、講義録の翻訳
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24 - BeekeepingM. Borovsky、初出1984年。丸太の巣〈borti〉と18世紀半ばまでの継続、巣箱の養蜂、貢ぎ物と交易、1814年の最初の巣枠の巣箱、1828年のパリチキの学校、後継者、1910年の巣箱160万個、大戦後の減少
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24 - БджільництвоУ. В. Мовна、2021年11月12日公開。三つの段階、1814年の「世界で最初の分解できる巣枠の巣箱」、後継者、1910年の養蜂場67,911か所・巣箱630,600個、1989年の研究所、2020年の養蜂家40万人・蜂群120万、2000年の養蜂法
発行:Велика українська енциклопедія 確認日:2026-09-24 - L. L. Langstroth, Bee-hive, US Patent No. 9,3001852年10月5日付、movable frame
発行:United States Patent Office(Google Patents掲載) 確認日:2026-09-24 - Про бджільництво2000年2月22日、№ 1492-III。チンヌィイ、2026年3月2日の版
発行:Верховна Рада України 確認日:2026-09-24 - FAOSTAT Crops and livestock productsNatural honey, Production、Ukraine 2019〜2024年とヨーロッパの国々の比較。2025年12月31日更新の一括データ
発行:Food and Agriculture Organization of the United Nations 確認日:2026-09-24 - Наказ МКІП від 06.07.2022 № 228047.нкс「Бортництво Київської області」、地域
発行:Міністерство культури та інформаційної політики України 確認日:2026-09-24 - Реєстр географічних зазначень3131「МЕД ЗАКАРПАТТЯ/ЗАКАРПАТСЬКИЙ МЕД」2024年7月24日、3134「МЕД СТЕПОВИЙ ФРУМУШИКА」2025年9月3日
発行:УКРНОІВІ 確認日:2026-09-24
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