ウクライナと日本の関係|歴史・貿易・経済支援について解説
オリュカのひとこと
日本とウクライナの接点は、いつまで遡れるのでしょう。日付まで確かめられる出来事から本文がたどります。
この記事は2024年7月に公開し、2026年9月に見直したものです。日付と発表主体がわかる出来事を並べた「日本とウクライナの年表──1965年の姉妹都市提携から円借款まで」もあわせてお読みください。
日本がウクライナを支援するというニュースを目にする機会が増えたのは、2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナへの全面侵攻のあとです。では、それ以前の日本とウクライナの関係は、いつ、どこから始まっていたのでしょうか。
今回は、ウクライナと日本の関係として、歴史、貿易、経済支援を中心に解説します。ウクライナと日本の関係性に興味のある人は、最後までご覧ください。
ウクライナと日本の歴史的関係

ウクライナと日本の関係は、比較的近代になってから始まりました。ここでは、その歴史的な関係性について詳しく解説します。
日本で活動した作家エロシェンコと、ウクライナ独立後の国交樹立について見ていきます。
日本とウクライナの接点をいつまで遡れるかは、この記事では特定していません。日付まで確かめられるいちばん古い接点は、後述する姉妹都市の提携(横浜市とオデーサ市が1965年、京都市とキーウ市が1971年)です。
日本で活動した作家ヴァスィリー・エロシェンコ
日本で活動した作家として、ここではヴァスィリー・エロシェンコを取り上げます。
エロシェンコは盲目の詩人・童話作家で、1914年に来日し、1921年に日本から追放されました。日本滞在中はエスペラントの普及や詩集の発行にたずさわり、劇作家の秋田雨雀ら日本の文化人と交流しています(新宿中村屋「創業者ゆかりの人々」)。生まれた土地については資料によって記述が分かれるため、この記事では特定していません。
エロシェンコの作品は、雑誌への詩や童話の発表を通じて日本の読者に知られていきました。
エロシェンコは1921年に日本から追放され、日本での活動はここで終わります。追放の理由については、原資料で確認できていないため、この記事では書いていません。
ウクライナ独立後の国交
ウクライナがソビエト連邦から独立したのは1991年のことです。その直後、日本とウクライナは正式に国交を樹立しました。
日本がウクライナを国家承認したのは1991年12月28日、両国の外交関係が開設されたのは1992年1月26日です(外務省「ウクライナ基礎データ」令和8年9月3日付)。同じ日付は、1992年1月28日の衆議院本会議における宮澤喜一内閣総理大臣の施政方針演説(「一月二十六日には、ウクライナ等五共和国との外交関係を樹立いたしました」)からも確認できます。
日本政府はウクライナの独立を歓迎し、経済支援や技術協力を通じて長年ウクライナの発展を支援してきました。近年では、ウクライナの経済改革やインフラ整備に対する日本の支援が注目されています。
ウクライナ独立後、日本はODA(政府開発援助)を通じてウクライナの経済復興を支援し、インフラ整備や医療支援など、多くの分野で協力しています。
両国間では、2004年6月に技術協力・無償資金協力の協定が、2012年5月には原子力発電所における事故へのその後の対応を推進するための協力に関する協定が結ばれています(外務省「ウクライナ基礎データ」の二国間条約・取極一覧。同一覧は年月までの表記で、署名か発効かは行ごとに明示されていません)。チョルノービリ原発事故に関連する個別の支援事業の名称は、この記事では原資料を確認できていないため挙げていません。
これによって両国の関係は一層強化され、互いにとって重要なパートナーシップが築かれています。
オリュカのひとこと
ここから貿易の話です。その数字が何年のものか、本文や表の注記で確かめてみましょう。
ウクライナと日本の貿易関係

ここでは、外務省「ウクライナ基礎データ」(令和8年9月3日付)に載っている品目と金額を、出典と時点を付けて紹介します。
ウクライナから日本への輸出、日本からウクライナへの輸出、そして貿易収支について解説するので、経済に興味のある人は参考にしてください。
ウクライナから日本へ輸出されるもの
ウクライナから日本への主な輸出品は、以下のとおりです。
- 鉱石
- タバコ
- アルミニウム
- 水産物
- 化学製品
- 木材加工品
この品目は、外務省「ウクライナ基礎データ」が「主要品目(2020年:ウクライナ国家統計局)」として挙げているものです。並び順が金額の順かどうかは、同ページには書かれていません。それぞれの品目が日本のどの産業でどう使われているかは、原資料を確認できていないため書いていません。
日本からウクライナへ輸出されるもの
日本からウクライナに輸出される品目も数多くあります。主な輸出品目は、以下のとおりです。
- 自動車
- 機械・装置類
- 光学機器
- 医薬品
- 電気電子機器
こちらも、外務省「ウクライナ基礎データ」の「主要品目(2020年:ウクライナ国家統計局)」によります。個々の企業名や、ウクライナ市場でそれらがどう受けとめられているかについては、原資料を確認できていないため挙げていません。
ウクライナと日本の貿易収支
金額は、外務省「ウクライナ基礎データ」(令和8年9月3日付)が財務省貿易統計を引いて示しています。輸出・輸入はいずれも日本から見た方向です。
2024年の貿易額
| 方向 | 金額(2024年) |
|---|---|
| 日本からウクライナへの輸出 | 660.2億円 |
| ウクライナから日本への輸入 | 117.6億円 |
貿易収支の特徴
この2つの数字は、方向によって大きさが違います。2024年の日本からウクライナへの輸出は660.2億円、ウクライナから日本への輸入は117.6億円で、輸入額は輸出額の2割弱にとどまります(660.2億円と117.6億円から計算)。「日本とウクライナの貿易」と一括りにして合計額だけを見ると、この差が見えなくなります。
年ごとの推移は、財務省貿易統計(普通貿易統計)の「地域(国)別輸出入時系列表」で暦年ごとに確認できます。ウクライナの貿易については、以下の記事で詳しく解説しているのでご覧ください。
参照:ウクライナの輸出品ランキング|主要な貿易相手国と現状の課題
ウクライナと日本の経済関係

ウクライナと日本の経済関係は、互いの発展にとって重要な役割を果たしています。
2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナへの全面侵攻のあと、日本の支援は人道、財政、復旧・復興の各分野に広がりました。一方で、ウクライナに進出している日本企業は38社(2023年10月時点:外務省)です。
ウクライナへの経済復興支援、日本企業の進出状況について詳しく解説します。
ウクライナへの経済復興支援
日本政府はODA(政府開発援助)などを通じてウクライナを支援しています。その規模について、外務省は次のように書いています。
外務省は「2022年2月のロシアによるウクライナ侵略以降、日本は人道、財政、復旧・復興の分野で総額約200億ドルの支援を表明・実施している(2025年末時点)」としています(外務省「ウクライナ基礎データ」令和8年9月3日付)。
この一文を引用するときは、条件を落とさないようにしてください。「表明・実施」とあるとおり、表明しただけの額と実施済みの額を合わせた数字であり、その内訳は公表されていません。贈与か融資かの別も、どこまでが実行済みかも、この記述からは分かりません。時点も2025年末で、現在の数字ではありません。
ウクライナへ進出する日本企業と56の協力文書
ウクライナに進出している日本企業は38社(2023年10月時点:外務省)、日本の対ウクライナ直接投資残高は1億8,050万米ドル(2023年12月末時点:ウクライナ国立銀行)です。いずれも外務省「ウクライナ基礎データ」(令和8年9月3日付)に載っている数字で、時点が2023年である点に注意してください。
ウクライナ政府が外国企業に与えている優遇措置の内容については、原資料を確認できていないため、この記事では書いていません。
また、2024年2月19日、東京の経団連会館で「日・ウクライナ経済復興推進会議」が開かれました。主催は日本政府、経団連、ジェトロ、ウクライナ政府です(外務省)。
外務省「日・ウクライナ経済復興推進会議首脳セッション(概要)」(令和6年2月19日)によれば、この日、両首脳の立合いの下で計56本の署名協力文書が披露されました。緊急復旧支援、経済復興・産業高度化、基盤的環境整備などに関する文書で、同日には日・ウクライナ租税条約も署名されています。出席者数については、経団連が「総勢約350人」としています。
会議で岸田文雄内閣総理大臣は、日本の民間投資を促進しウクライナでの雇用を生み出す5つの行動として、租税条約の署名、投資協定の改正のための交渉開始、ジェトロのキーウ事務所の設置などを挙げました(外務省「日・ウクライナ経済復興推進会議首脳セッション(概要)」令和6年2月19日)。
ウクライナと日本の文化交流

ウクライナと日本の文化交流は、過去から現在まで多岐にわたる交流を通じて発展してきました。両国の文化交流の具体例として、姉妹都市の誕生と活発に行われる交流イベントについて詳しく解説します。
ウクライナと日本の姉妹都市が誕生
ウクライナと日本の文化交流の一環として、いくつかの姉妹都市関係が結ばれています。これによって両国の市民レベルでの交流が活発化し、相互理解が深まっています。
姉妹都市は、教育、文化、経済などさまざまな分野での協力を促進し、両国の友好関係を後押しする重要な取り組みです。
京都市とキーウ市が姉妹都市提携を結んだのは、1971年(昭和46年)9月7日です(京都市)。日本とウクライナのあいだに外交関係が開設される20年以上前で、当時のキーウはソビエト連邦の一部でした。
また、横浜市とオデーサ市の姉妹都市提携日は1965年(昭和40年)7月1日です(横浜市)。日本とウクライナの関係を古い順に並べると、国どうしの外交より先に、この2組の都市提携が来ます。
2024年4月7日には、KAAT神奈川芸術劇場(横浜市)で「クラウンパレード2024 in KANAGAWA」が開かれました。オデーサで毎年4月に開かれているクラウンフェスティバル「コメディアーダ」に倣って企画されたもので、主催はクラウンパレードプロジェクト、共催はKAAT神奈川芸術劇場です。同フェスティバルに参加したことのある出演者が出演し、会場ではコメディアーダの写真展示や、避難してきた人によるオデーサの報告も行われました。来場者数は確認できていません。
ウクライナと日本の姉妹都市関係は、互いの友好関係を象徴するものであり、今後も多くの都市が文化交流を深めていくことが期待されています。
活発に行われる交流イベント
ウクライナと日本の文化交流は、多くのイベントを通じて活発に行われています。
両国の文化イベントは、市民の相互理解を深めています。また、若い世代にとっても貴重な経験となり、未来の友好関係を築く上で重要な基盤です。
例えば、ウクライナの民族音楽や舞踊が日本で紹介されるイベントが定期的に開催されてきました。ウクライナの伝統音楽や舞踊は、日本の観客にとって新鮮で、異文化への理解を深める機会となっています。
逆に、日本の伝統文化もウクライナで紹介され、茶道や華道、和楽器の演奏などがウクライナの人々に披露されています。
また、映画祭やアート展覧会なども開催され、両国のアーティストやクリエイターが互いに作品を発表し合う場も提供されてきました。
ウクライナと日本の文化交流は今後も多くのイベントを通じて続けられ、両国の関係をさらに強化していくでしょう。
今後のウクライナと日本の関係

ウクライナと日本の関係は、今後も重要なパートナー関係として維持されることが期待されています。経済協力や技術支援を通じて、両国は互いの発展を支え合ってきたためです。
今後の具体的な展望と期待される協力分野について、詳しく解説します。
経済協力と技術支援の深化
ウクライナの経済復興に対する日本の支援は今後も続き、インフラ整備や産業の近代化に貢献していくでしょう。
日本はODA(政府開発援助)を通じてウクライナを支援していますが、現在進行中の個別プロジェクトの名称は、この記事では原資料を確認できていないため挙げていません。最新の案件は、外務省と国際協力機構(JICA)の発表で確認できます。
日本の企業もウクライナ市場に進出し、技術提供や投資を通じてウクライナの経済発展を支援しています。
特に、製造業やIT産業などでの日本企業の進出が進み、ウクライナの優れた人材や資源を活用して競争力の向上を図っています。
政治的安定と経済的成長
政治的な安定と経済的な成長を目指す中で、ウクライナと日本の関係は、地域や国際社会においても重要な役割を果たすことが求められています。
ウクライナの安全保障や地域の安定に向けた日本の支援は、国際社会全体の安定にとっても重要です。
また、両国は国際的な課題に対しても協力して取り組んでいて、気候変動や国際貿易の促進、人権問題などにおいても共通の認識を持っています。
日本は、ウクライナの民主主義や市場経済の発展を支援し、ウクライナが安定した成長を遂げるためのパートナーシップを今後も強化していくでしょう。
ウクライナと日本は今後も重要なパートナー関係を維持する

ウクライナと日本の関係は、政治や経済、文化までさまざまな分野で深い絆を築いてきました。今後も、経済協力や技術支援を通じてウクライナの発展を支援し、両国の友好関係を強化することが重要です。
また、市民レベルでの交流や教育分野での協力を通じて、次世代にわたる友好関係を築くことが期待されています。
ウクライナと日本は、地域や国際社会においても重要なパートナー関係を維持し、共に繁栄する未来を目指していくことでしょう。
出典と記事の記録
出典・参考資料
- ウクライナ基礎データ令和8年9月3日付
発行:外務省 確認日:2026-09-23 - 日・ウクライナ経済復興推進会議首脳セッション(概要)令和6年2月19日
発行:外務省 確認日:2026-09-23 - 日・ウクライナ経済復興推進会議令和6年2月20日
発行:外務省 確認日:2026-09-23 - 日・ウクライナ経済復興推進会議 オンライン配信について令和6年2月16日
発行:外務省 確認日:2026-09-23 - 日・ウクライナ経済復興推進会議を開催週刊 経団連タイムス 2024年3月14日 No.3629
発行:日本経済団体連合会 確認日:2026-09-23 - 日・ウクライナ経済復興推進会議で56件の協力文書が締結ビジネス短信 2024年3月
発行:ジェトロ(日本貿易振興機構) 確認日:2026-09-23 - ウクライナ経済復興推進準備会議(第四回会合)の開催結果概要・2024年1月30日
発行:内閣官房 確認日:2026-09-23 - キーウ(キエフ)市(ウクライナ)姉妹都市提携1971年9月7日
発行:京都市 確認日:2026-09-23 - オデーサ市 姉妹都市提携日1965年7月1日
発行:横浜市 確認日:2026-09-23 - 創業者ゆかりの人々 ワシリー・エロシェンコ
発行:新宿中村屋 確認日:2026-09-23 - 笑いで平和を クラウンパレード2024 in KANAGAWA2024年4月7日
発行:KAAT神奈川芸術劇場 確認日:2026-09-23 - 第123回国会 衆議院本会議 1992年1月28日 宮澤喜一内閣総理大臣施政方針演説
発行:国立国会図書館 国会会議録検索システム 確認日:2026-09-22 - Yeroshenko, Vasyl
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(Canadian Institute of Ukrainian Studies, University of Alberta) 確認日:2026-09-23
訂正・更新の記録
- 日本の対ウクライナ支援額を「2023年に総額405億ドル」としていた記述は誤りのため、外務省「ウクライナ基礎データ」(令和8年9月3日付)の「2022年2月のロシアによるウクライナ侵略以降、総額約200億ドルを表明・実施(2025年末時点)」に差し替え、内訳が公表されていないことを明記しました。あわせて、出典を確認できなかった記述(『古事類苑』を日本とウクライナの関係の最古の記録とする断定、2020年の貿易額541.8億円・568.8億円、会議出席者「およそ300人」と「7つの分野」、品目の用途や個社名・市場評価に関する説明、進行中のODA案件の列挙)を削除し、外交関係開設日(1992年1月26日)、姉妹都市の提携日(京都市とキーウ市=1971年9月7日、横浜市とオデーサ市=1965年7月1日)、2024年の貿易額(輸出660.2億円・輸入117.6億円)、協力文書56本と開催日(2024年2月19日・経団連会館)を原資料で補いました。
- ヴァスィリー・エロシェンコを「ウクライナ人作家」と記していましたが、出生地は資料によって記述が分かれ、国籍・民族を断定できないため、「日本で活動した作家」と改めました。
記載内容に誤りを見つけた場合は、訂正のご連絡からお知らせください。確認のうえ、訂正した内容と経緯を記事に記載します。





