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ウクライナの人・文化・社会・未来を、日本と世界につなぐ

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記事一覧

  1. ビジネス・復興/解説

    「半導体用ネオンの約半分」の出どころ。オデーサとマリウポリの2社

    2022年3月、ウクライナの2社が半導体用ネオンの生産を止め、「世界の約半分」が失われると報じられました。この数字は会社と業界調査会社の数字をもとにした報道機関の計算で、精製されたネオンについての侵攻前の推計です。ネオンが製鉄所の副産物であること、マリウポリからオデーサ州へ移った会社のその後を、2026年9月時点の資料で見ます。

  2. ビジネス・復興/解説

    閘門の通行は無料に。2020年の内陸水運法とドニプロ川の貨物

    2020年12月に採択され、2022年1月1日に施行された内陸水運法は、外国の旗の船にウクライナの川を開き、閘門の通行を無料にしました。川の貨物の量は、国家統計局とインフラ省で約4倍違います。法律の中身と施行の段階、全面侵攻のあとに減った輸送と止まった閘門を、2026年9月時点の条文と発表で見ます。

  3. ビジネス・復興/解説

    支店1万5千、ロッカー3万4千。民間の配送会社ノヴァ・ポシュタ

    ウクライナで荷物を運ぶノヴァ・ポシュタは、2001年にポルタヴァで登記された民間の会社です。同社の発表では、2025年に5億2,200万個を運び、2026年初めに支店1万5,817、宅配ロッカー3万4,186を持っていました。国営のウクルポシュタとの違い、ヨーロッパへの広がり、2022年の郵便法での位置づけを、2026年9月時点の発表と法令で見ます。

  4. ビジネス・復興/解説

    1934年に生まれたキーウの溶接研究所と、全溶接のパトン橋

    キーウのドニプロ川に架かるパトン橋は、1953年11月5日に開通した長さ約1.5kmの全溶接の橋です。橋の名は、溶接の研究所を1934年に立ち上げた橋の技師イェウヘン・パトンから来ています。研究所の歩み、「世界初」という言い方の出どころ、研究から生まれた事業、70年を過ぎた橋の状態を並べます。

  5. ビジネス・復興/解説

    「Chernobyl」を「Chornobyl」に改めたゲーム会社、GSCと『S.T.A.L.K.E.R.』

    『S.T.A.L.K.E.R.』シリーズをつくったGSCゲームワールドは、1995年にキーウで生まれた会社です。第2作は延期を重ね、題名の綴りを変え、開発の拠点の一部をプラハへ移したあと、2024年11月20日に発売されました。発売の段階、会社が発表した数字、持ち主の変化を、会社の発表と報道で並べます。

  6. 社会を知る/解説

    原発で働く人のために1986年に計画された町、スラヴティチ

    スラヴティチは、チョルノービリ原発の事故のあと、発電所の職員と家族が暮らす町として1986年10月に建設が決まりました。ソ連の八つの共和国が建設に加わり、町は14の街区に分かれています。発電所への通勤、人口の移り変わり、2022年3月の占領までを、市と発電所、統計局の資料でたどります。

  7. 社会を知る/解説

    「世界最大」は誰の言葉か。ドニプロのユダヤ・センター「メノラー」

    ドニプロに2012年に開いたユダヤ共同体のセンター「メノラー」には、シナゴーグ、博物館、研究所、領事館が入っています。運営する共同体はこれを「世界最大」と呼びますが、比べた基準は示されていません。センターの成り立ちと、カテリノスラウと呼ばれた町のユダヤ人の歴史を、共同体の公表と二つの事典で並べます。

  8. 社会を知る/データ・資料

    小選挙区から比例、また混合へ。最高会議の選挙 1990〜2019

    ウクライナの最高会議450議席の選び方は、1990年から2019年までの9回の選挙で3回変わりました。小選挙区、名簿と小選挙区の混合、全員を名簿で選ぶ比例、そしてふたたび混合。阻止条項は4%、3%、5%と動き、投票率は70.78%から49.24%まで下がっています。選挙法の本文と中央選挙管理委員会の議定書で年表にしました。

  9. 社会を知る/解説

    スルジクを話すのは1割か2割か。数え方で変わる、混ざった言葉

    ウクライナ語とロシア語が混ざった話し言葉「スルジク」。名前は混ぜた穀物の粉に由来します。話す人の割合は、調査員が聞いて判定すると11〜18%、本人に尋ねると「両方を同じくらい」が2割近く。辞典と事典の説明、調査の数字が分かれる理由、評価の違い、文学と舞台での使われ方を並べます。

  10. 文化・歴史/解説

    顔を描かない布の人形「モタンカ」は、どこまでさかのぼれるか

    布を巻いて糸で結ぶ人形モタンカは、「魔除けのために顔を描かない」「トリピッリャ文化から続く」と紹介されることがあります。事典と、博物館の所蔵品を記録した論文を読むと、確かめられるのは20世紀の村の人形と、いま作り直されている新しい型でした。