ホロドモールの死者は何人か。推計が260万から500万まで割れる理由
1932〜33年にソヴィエト・ウクライナで起きた人為的な飢饉、ホロドモール。死者数は、2015年の人口学の論文の超過死亡約394万人から、それより少ない推計、多い数字まで、主体によって違います。ウクライナの2006年の法律、各国議会の認定、「評価する立場にない」とした日本政府の答弁までを、誰が何を言ったかを添えてまとめます。
ホロドモールは、1932年から33年にソヴィエト・ウクライナで起きた人為的な飢饉です。ウクライナ語の「飢え(holod)」と「絶滅させること(mor)」から来た言葉だと、Encyclopaedia Britannica の項目(アン・アプルボーム執筆)は説明しています。ウクライナは2006年の法律でこれを「ウクライナ国民に対するジェノサイド」と定めました。
それでも、何人が亡くなったのかは一つの数に決まっていません。推計を出した研究者や機関によって、260万人から、1000万人という数字まで開きがあります。ジェノサイドと認めた国の数も、数える主体によって違います。そして日本政府は、国会で「評価する立場にはない」と答えています。
何が起きたのか
Britannica の項目によれば、発端はスターリンが1929年に決めた農業の集団化でした。農民は土地や財産を集団農場に差し出させられ、富農とされた人々や抵抗した農民は強制移住させられました。生産は落ち込み、ウクライナの一部では武装蜂起を含む農民の反乱が起きています。
1932年の秋、ソ連共産党の政治局は、ウクライナの農村の飢饉を広げ深める一連の決定をしました。同項目が挙げるのは次のような措置です。
- 農場、村、町をまるごと「ブラックリスト」に載せ、食料を受け取れなくした
- 農民が食べ物を求めてウクライナの外に出ることを禁じた
- 飢えが広がっても穀物の調達量を引き上げ、援助を十分に出さなかった
- 1932〜33年の冬には、警察と党の活動家の組織された集団が農家を回り、作物から個人の蓄えまで、食べられるものをすべて持ち去った
飢饉は1933年の晩春に頂点に達しました。同じ時期、ソ連ではロシアの穀倉地帯やカザフスタンでも大規模な飢饉が起きていましたが、Britannica は、ウクライナの飢饉は主にウクライナだけを対象にした一連の政治的な決定によっていっそう致命的になった、と書いています。飢饉と並行して、ウクライナの知識人や政治家への弾圧が進み、ウクライナ語の使用を後押ししていた「ウクライナ化」政策は事実上止められました。
ソ連の当局は飢饉を隠しました。1937年の国勢調査の結果は公表されず、調査の担当者は逮捕され処刑されました。数字がウクライナの人口の激減を示していたことが理由の一つだった、と同項目は書いています。ソ連で飢饉が初めて公に語られたのは、チョルノービリ原発事故のあとの1986年でした。
この時代、旅をしながら歌ったコブザールたちも弾圧を受けています(旅をした目の見えない歌い手コブザールと、楽器バンドゥーラ)。
死者数の推計は、誰が何を数えたかで違う
ソ連が長く人口の資料を隠したため、死者数は後から人口統計を使って推計するしかありません。主な推計と、その主体を並べます。
| 推計 | 主体と数えたもの |
|---|---|
| 超過死亡 約394万人(1932〜34年)+出生の喪失 約60万人=計450万人 | ルドニツキーほか5名の論文(査読誌 Canadian Studies in Population、2015年)。当時のソヴィエト・ウクライナの住民全体。著者のうち4名はキーウのプトゥーハ人口・社会研究所の所属 |
| 超過死亡 260万人+出生の喪失 110万人 | ヴァラン(Vallin)らの研究(2002年)。上の2015年論文が比較対象として紹介している数字 |
| 人口統計に基づく推計は260万〜500万人の幅 | 2015年論文による先行研究のまとめ |
| ソ連全体(1931〜34年)で少なくとも500万人が餓死。そのうちウクライナ人が少なくとも390万人 | Encyclopaedia Britannica(アプルボーム執筆)。ウクライナの人口学者のチームの研究として紹介 |
| 研究者の議論では400万〜1000万人の数字が挙がっている | ウクライナ国立記憶研究所(2023年10月の発表) |
2015年の論文は、ウクライナの農村と都市を分けて推計した最初の研究だと述べています。超過死亡は1932〜34年に約394万人で、その90%が1933年に集中し、農村が約365万人、都市が約29万人でした。1933年の農村の住民の16.5%にあたる超過死亡だった、としています。
数え方の違いにも注意が要ります。2015年の論文が数えているのは、当時のソヴィエト・ウクライナの領域に住んでいた人全体で、民族別の数ではありません。Britannica は390万人を「ウクライナ人」の数として書いています。Britannica が依拠した研究が2015年の論文そのものかは明記されていませんが、少なくとも2015年の論文の390万人は民族別の数ではありません。本サイトでも、ソ連の共和国だった七十年と、その間の日本で、この点を2026年9月に訂正しています。
2015年の論文と2002年の研究の差は、主に1933年の人口移動の見積もりの違いから来ています。2002年の研究は1933年にウクライナから約140万人が転出したと置いたため、死者が少なく出ました。2015年の論文は、そのような大規模な転出を裏づける証拠は見つからなかったとして、転出を約5万2千人と見積もっています。また同論文は、1000万人に達するような推計は逸話的な証拠に基づくもので、疑わしいとしています。一方、ウクライナ国立記憶研究所は「400万〜1000万人」という幅を挙げており、同じウクライナ側でも示す幅は一致していません。
ウクライナ外務省のサイトにある在フランス大使館のページは2023年11月、「科学者のデータによれば」として、1932〜33年に少なくとも390万人が餓死し、生まれなかった60万人を合わせて人口の損失は少なくとも450万人にのぼると説明しています。数字の大きさは研究によって違いますが、何百万人という規模の死であることは、どの推計でも変わりません。
ウクライナの法律は「ジェノサイド」と定める
ウクライナ最高会議は2006年11月28日、法律第376-V号「ウクライナにおける1932〜1933年のホロドモールについて」を定めました。前文で1948年12月9日のジェノサイド条約に触れたうえで、条文は次のように定めています。
第1条 ウクライナにおける1932〜1933年のホロドモールは、ウクライナ国民に対するジェノサイドである。
法律第376-V号(本記事による訳)
第2条 ウクライナにおける1932〜1933年のホロドモールを公に否定することは、ホロドモールの数百万人の犠牲者の記憶への冒涜、ウクライナ国民の尊厳を傷つけるものとみなされ、違法である。
前文は、2003年5月15日の最高会議の決定で、ホロドモールがすでにウクライナ国民に対するジェノサイドの行為と認められていたことにも触れています。また、ホロドモールを非難した外国の議会の行為として、オーストラリア、アルゼンチン、ジョージア、エストニア、イタリア、カナダ、リトアニア、ポーランド、アメリカ、ハンガリーを挙げています。2003年の国連総会の場で出された70周年の共同声明の署名国の一覧もあり、そこにはロシアも入っています。
この法律は2025年と2026年に改正されています。2026年2月11日の法律第4783-IX号で加わった第4-1条は、毎年11月の第4土曜日の16時に全国で黙祷を行い、「ろうそくを灯そう」の行動を始めると定めました。
ジェノサイドと認めた国と議会
国際的な認定は、1993年10月20日のエストニア議会の声明に始まった、とウクライナ外務省は説明しています。その後の数は、誰がいつ数えたかで変わります。
- Britannica:2019年初めまでに16か国とバチカンがジェノサイドと認めた。アメリカ議会は上下両院で決議を可決
- ウクライナ外務省(2023年4月):2022年11月以降に8か国が加わった。アイルランドとモルドバ(2022年11月24日)、ドイツ(同30日)、チェコ(同12月14日)、ブルガリア(2023年2月1日)、ベルギー(3月9日)、アイスランド(3月23日)、フランス(3月28日)
- ウクライナ外務省(2023年11月25日):独立以来、28か国と、欧州議会・欧州評議会議員会議を含む3つの国際機関がジェノサイドと認めた
欧州議会は2022年12月15日の決議で、ホロドモールを「ソ連の体制の意図的な政策によって引き起こされたウクライナの人為的飢饉」とし、集団を破壊する意図をもって行われたとして、ウクライナ国民に対するジェノサイドと認めました。欧州評議会議員会議は2023年10月12日に同様の決議を採択しています(ウクライナ国立記憶研究所の発表)。
ただし、「認定」の言葉の強さは議会によって違います。ドイツ連邦議会が2022年11月30日に採択した決議について、連邦議会の発表は、ホロドモールを「人類に対する犯罪」とし、「今日の視点からは、歴史的・政治的にジェノサイドと位置づけることが妥当だ」と書いたと伝えています。国の数を比べるときは、どの議会のどの文書を数えたのかを確かめる必要があります。
日本は認定していない
2026年9月時点で、日本はウクライナ外務省が挙げる認定国に入っていません。日本の国会がホロドモールをジェノサイドと認める決議を採択した記録も見当たりません。
日本政府の立場は、国会の答弁に表れています。2022年3月8日の参議院外交防衛委員会で、ホロドモールをジェノサイドと認めるかを問われた政府参考人は、農業集団化によって1932年から33年に「何百万人とも言われる餓死者が発生する大飢饉」が起きたと承知しているとしたうえで、こう答えました。
日本政府といたしましては、この他国で発生した歴史上の事件について評価する立場にはございませんが、そのような悲劇は二度と繰り返されてはならないというふうに考えております。
参議院外交防衛委員会(2022年3月8日)での政府参考人の答弁
林芳正外務大臣(当時)も同じ日と、2022年4月6日の衆議院外務委員会で、同じ趣旨を繰り返しています。そのうえで、日本は主権と領土を守ろうとするウクライナの国民とともにあり、支援や避難民の受け入れでウクライナを支えると述べました。
ウクライナは毎年11月の第4土曜日にホロドモールの犠牲者を悼みます。数字が一つに決まらないのは、犠牲の規模が小さかったからではなく、ソ連が記録を隠し、数える手段そのものを奪ったからです。
出典・参考資料
- Rudnytskyi, O., Levchuk, N., Wolowyna, O., Shevchuk, P., Kovbasiuk, A.「Demography of a man-made human catastrophe: The case of massive famine in Ukraine 1932–1933」Canadian Studies in Population 42(1–2), 53–80, 2015(超過死亡3,942,500人・出生喪失586,000人、1933年に90%、農村3,654,900人・都市287,600人、農村16.5%、Vallin et al. 2002 の260万・110万、1933年の純移動の見積もり、他の推計260万〜500万、1000万は逸話的で疑わしい、著者の所属)
発行:University of Alberta Libraries(誌の発行元) 確認日:2026-09-24 - Holodomor(執筆:Anne Applebaum、2026年7月28日更新表示。語源、集団化、1932年秋の決定、1931〜34年のソ連全体で少なくとも500万人・うちウクライナ人少なくとも390万人、1937年国勢調査、1986年、2019年初めまでに16か国とバチカン)
発行:Encyclopaedia Britannica 確認日:2026-09-24 - Закон України «Про Голодомор 1932-1933 років в Україні» № 376-V(2006年11月28日。前文、第1条・第2条、第4-1条、2025年・2026年の改正注記。2026年3月8日の版)
発行:Верховна Рада України(zakon.rada.gov.ua) 確認日:2026-09-24 - Comment of the MFA of Ukraine on the 90th anniversary of the Holodomor of 1932-1933 in Ukraine(2023年11月25日。28か国と3つの国際機関)
発行:Ministry of Foreign Affairs of Ukraine 確認日:2026-09-24 - Deputy Foreign Minister of Ukraine Andriy Melnyk announced the expansion of the list of countries that have recognized the Holodomor…(2023年4月4日。2022年11月以降の8か国と日付)
発行:Ministry of Foreign Affairs of Ukraine 確認日:2026-09-24 - The Holodomor of 1932-1933(2023年11月21日。少なくとも390万人と60万人、1993年10月20日のエストニア議会)
発行:Embassy of Ukraine to the French Republic(ウクライナ外務省) 確認日:2026-09-24 - ПАРЄ визнала Голодомор геноцидом українського народу(2023年10月13日。2023年10月12日の決議、「400万〜1000万人」)
発行:Український інститут національної пам'яті 確認日:2026-09-24 - European Parliament resolution of 15 December 2022 on 90 years after the Holodomor: recognising the mass killing through starvation as genocide(P9_TA(2022)0449、OJ C 177, 17.5.2023)
発行:European Parliament(EUR-Lex) 確認日:2026-09-24 - Bundestag ordnet Holodomor als Völkermord ein(2022年11月30日。決議 20/4681 の表現)
発行:Deutscher Bundestag 確認日:2026-09-24 - 第208回国会 参議院 外交防衛委員会 第2号(2022年3月8日。音喜多駿委員の質問、宇山秀樹政府参考人・林芳正外務大臣の答弁)
発行:国立国会図書館 国会会議録検索システム 確認日:2026-09-24 - 第208回国会 衆議院 外務委員会 第8号(2022年4月6日。杉本和巳委員の質問、林芳正外務大臣の答弁)
発行:国立国会図書館 国会会議録検索システム 確認日:2026-09-24
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