刺繍ではなく、織りで模様を出す。クロレヴェツのルシュヌィク
ウクライナ北東部スームィ州の町クロレヴェツでは、儀礼の布ルシュヌィクの赤い模様を、針ではなく機で織り出してきました。「拾い織り」の技法と模様、婚礼や葬儀での使われ方、事典ごとに違う始まりの年、2012年からの国の無形文化遺産一覧と2020年の地理的表示の登録をまとめます。
オリュカのひとこと
刺繍と織りでは、ルシュヌィクの模様の出し方はどう違うのでしょう。「拾い織り」の節で確かめられます。
白い布の両端に、赤い糸で菱形や花、鉢から伸びる木の模様が並ぶ。ウクライナ北東部、スームィ州の町クロレヴェツ(Кролевець)で作られてきた儀礼の布「ルシュヌィク」は、この模様を針で刺すのではなく、機(はた)で織り出します。ウクライナの国の無形文化遺産の一覧には「クロレヴェツの拾い織り」(Кролевецьке переборне ткацтво)の名で、最初の年から載っています。
ルシュヌィクは何に使われてきたか
ルシュヌィク(рушник)は、ふつう「タオル」と訳される語ですが、ここで扱うのは日々の手ぬぐいではなく、飾りや儀礼に使う細長い布です。Internet Encyclopedia of Ukraine(アルバータ大学カナダ・ウクライナ研究所=CIUS。「Rushnyk」の項の初出は1993年)は、幅20〜50cm、長さ1〜4mほどの、刺繍または織りで模様を入れた布と説明しています。
同じ項目によれば、ルシュヌィクは人の一生に付き添う布でした。生まれた子はまずルシュヌィクの上に寝かされる。婚約と教会の式では若い二人の手をルシュヌィクで結び、式の間は二人がルシュヌィクの上に立つ。婚礼のパンもルシュヌィクに載せる。葬儀では亡くなった人をルシュヌィクで覆い、棺をルシュヌィクで墓に下ろす。家を建てるときは最後の梁をルシュヌィクで吊り上げ、そのルシュヌィクを大工に贈る。イコンや大切な絵を飾る布は「ボージュヌィク」と呼ばれました。
模様の入れ方は二つあります。刺繍で模様を入れるものと、織りで模様を出すものです。刺繍のルシュヌィクや、刺繍のシャツの地域差はヴィシヴァンカの記事で扱いました。この記事は、織りのほうの代表的な産地の話です。
「拾い織り」とは
技法の名にある「ペレボール」(перебір)を、この記事では「拾い織り」と訳しました。『ウクライナ大百科事典』(ВУЕ。「クロレヴェツの拾い織り」の項、執筆はV・シュプルィンデリ氏、2023年公開)は、クロレヴェツのルシュヌィクを「手による拾い」(ручний перебір)という複雑な技法で織るもので、織り手が思い描いた図柄をそのまま形にでき、綜絖(そうこう)のついた機を使う、と説明しています。
同じ項目は、拾い織りを技法ごとに細かく分けています。表と裏に同じ模様が出る両面の織り方がいくつかあり、片面だけに模様が浮き出る織り方もいくつかあります。後者では表と裏がはっきり分かれます。模様の糸を地の糸の4〜5倍の太さにする織り方もあります。
| 項目 | ВУЕの記述 |
|---|---|
| 大きさ | 長さ170〜600cm、幅35〜60cm(用途による) |
| 地の布 | 18〜19世紀は亜麻と麻の糸、20世紀からは工場製の木綿 |
| 赤い糸の染め | はじめは天然の染料(カイガラムシの一種、オレガノ、アカネの根)、のちに化学染料のアニリン |
| 構図 | 一つの絵としてまとまる形、主な模様帯が2段の形、主題の違う模様帯を何段も重ねる形 |
| よく使われる模様 | 菱形、三角形、正方形、円、波線、ジグザグ、雷文、山形 |
| 中心に置かれる図像 | 生命の樹、世界樹、花、鉢植え、「ベレヒニャ」(守り手の女性像) |
| 儀礼での使い道 | イコンを飾る布、洗礼の布、婚礼のパンの下に敷く布、婚礼の布、仲人と花嫁の付き添いに贈る布 |
Internet Encyclopedia of Ukraineの「Rushnyk」の項も、クロレヴェツの織物は白い地に模様がくっきり浮かび、ロゼット、菱形、鉢、花、とりわけ生命の樹といった幾何学的な模様が中心で、模様の大半は布の両端に集まる、と書いています。
模様の「意味」については注意が要ります。ВУЕは生命の樹や世界樹を「中心となる象徴」と呼んでいますが、それぞれの図像が何を表すのかを示す史料までは挙げていません。美術学博士のテチャーナ・カラ=ヴァシリエヴァ氏は2015年の報告で、ルシュヌィクの図像と「生命の樹」「世界樹」の系譜的なつながりは仮説としてしか語れない、と述べています(ヴィシヴァンカの記事で紹介しました)。
オリュカのひとこと
クロレヴェツの織物は、何世紀から知られているのでしょう。事典ごとに違う年を本文で見比べられます。
いつから織られているか
始まりの年は、資料によって違います。
Internet Encyclopedia of Ukraineの「Krolevets」の項(初出1989年)は、町の成立を1601年とし、クロレヴェツとその周辺は16世紀から装飾の織物で知られてきた、と書いています。同事典の「Rushnyk」の項も「16世紀から」としています。ヘーチマン国家の時代(1650〜1781年)にはニージン連隊の百人隊(сотня)の中心で、18〜19世紀には大きな年市が立つ商業の町でした。
ВУЕは、もう少し細かい年を挙げています。町の城跡からは5〜7世紀の紡錘車が見つかっている。織工の同業組合は遅くとも1765年にはあり、34戸、およそ100人が属していた。織工の姓の最初の記録は1780年代の初め。1781年に、女性の織り手アンドリイーハ・オボロンシカが息子たちとともに、クロレヴェツ独自の織りのルシュヌィクの作り方を始めた、としています。どちらの事典も、この年の根拠となった史料の名前までは示していません。
19世紀には、ВУЕによれば、織工のルィンディン家がルシュヌィクを大量に作って国外にも売り、1830〜1860年にポルタヴァ、キーウ、ハルキウなどの展示会に出品しました。20世紀初めには、ベルギー、パリ、ロンドン、チュニスの国際博覧会でメダルを受けています。
Internet Encyclopedia of Ukraineの「Weaving」の項(初出1993年)は、1650年代以降に家内工業としての織物が盛んになり、クロレヴェツが民衆の装飾織物の最大の中心の一つになったと書いています。ソ連時代について「Krolevets」の項は、家内工業が織物の協同組合(アルテリ)に置き換えられ、1960年代に工場になった、としています。「Rushnyk」の項には、ソ連時代には伝統の図柄とは別に、レーニンやスターリンの肖像、五芒星、鎌と槌、政治のスローガンを入れた図柄も作られた、という記述もあります。
国の一覧と、地理的表示
ウクライナ文化省が公開している「ウクライナ無形文化遺産要素国家一覧」(2026年6月に掲載された版)で、「クロレヴェツの拾い織り」は2番目の要素です(保護番号002н.к.с.)。分野は「伝統工芸」と「その他:衣服と室内の要素」、地域はスームィ州のクロレヴェツ市。記載の根拠として、2012年12月14日の文化省令第1521号と、2018年2月12日の文化省令第105号の二つが挙げられています。
文化省は2024年8月の解説で、この国内一覧は2012年12月14日の省令第1521号で始まった、と説明しています。2018年の省令第105号は、いまの一覧を承認した省令です。クロレヴェツの拾い織りは、一覧が始まったときからの要素だということになります。
同じ一覧の1番目は、ユネスコの代表一覧にも載ったコシウの彩色陶器です。ユネスコの無形文化遺産の一覧に載っているウクライナの要素は2026年9月時点で7件で、クロレヴェツの拾い織りは含まれていません。
もう一つ、別の制度もあります。ウクライナの知的財産庁(УКРНОІВІ)が公開している地理的表示の登録一覧で、「クロレヴェツのルシュヌィク」(Кролевецькі рушники)は2020年10月26日に登録されました(登録番号3120)。対象の品目は、ルシュヌィク、テーブルクロス、ナプキン、エプロン、壁掛けです。同じ日にペトリキウカの装飾画も登録されています。無形文化遺産の一覧が「受け継がれてきた技」を記録する制度なのに対して、地理的表示は、産地の名前を製品に使える範囲を決める制度です。
いまの担い手
ВУЕによれば、2013年から町の公営企業「クロレヴェツのルシュヌィク」が製品を作っています。13人の女性の織り手が、この技を地域の共同体の文化の一部として守り、伝えている、とも書いています(何年の時点の人数かは書かれていません)。同じ項目は、この技を守り調べるために2011年に町にクロレヴェツ織物博物館ができたこと、1995年から毎年、国際的な文学・芸術の祭り「クロレヴェツのルシュヌィク」が開かれていることも挙げています。
クロレヴェツのあるスームィ州は、ロシアと国境を接する州です。2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナへの全面侵攻のあとの、クロレヴェツの工房や博物館の状況は、この記事では扱っていません。
ВУЕの項目の終わりには、地元の言い伝えとして、コシューク家の人々が詩人タラス・シェウチェンコのために婚礼のルシュヌィクを織った、という話が紹介されています。事典はこれを「言い伝え」として書いており、史料による裏づけは示していません。
出典と記事の記録
出典・参考資料
- Кролевецьке переборне ткацтвоВ. В. Шприндель、2023年3月9日公開。同業組合〈遅くとも1765年、34戸〉、1781年のオボロンシカ、ルィンディン家と1830〜1860年の展示、20世紀初めのメダル、2013年からの公営企業、13人の織り手、2011年の博物館、1995年からの祭り、大きさ・素材・染料、技法の分類、構図、模様と図像、儀礼での使い道、シェウチェンコの言い伝え
発行:Велика українська енциклопедія(ДНУ «Енциклопедичне видавництво») 確認日:2026-09-24 - RushnykM. Mushynka、初出1993年。幅と長さ、人の一生の儀礼での使い道、刺繍と織りの二つの技法、クロレヴェツの織物の特徴、ソ連時代の図柄
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24 - Krolevets初出1989年。1601年の成立、ニージン連隊の百人隊の中心〈1650〜1781年〉、年市、16世紀からの織物、アルテリと1960年代の工場
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24 - WeavingV. Hodys、初出1993年。1650年代以降の家内工業、クロレヴェツが最大の中心の一つ
発行:Internet Encyclopedia of Ukraine(CIUS) 確認日:2026-09-24 - Національний перелік елементів нематеріальної культурної спадщини України2026年6月掲載の版。002н.к.с.、分野、地域、根拠の省令〈2012年12月14日第1521号・2018年2月12日第105号〉
発行:Міністерство культури України 確認日:2026-09-24 - Українська культурна спадщина: Національний перелік елементів нематеріальної культурної спадщини України2024年8月7日。一覧は2012年12月14日の省令第1521号で始まった
発行:Міністерство культури та інформаційної політики України 確認日:2026-09-24 - Наказ МКІП від 06.07.2022 № 228本文。国内一覧は2018年2月12日の省令第105号で承認されたもの
発行:Міністерство культури та інформаційної політики України 確認日:2026-09-24 - Реєстр географічних зазначень登録番号3120「КРОЛЕВЕЦЬКІ РУШНИКИ」2020年10月26日と対象品目、3121「ПЕТРИКІВСЬКИЙ РОЗПИС」同日
発行:Український національний офіс інтелектуальної власності та інновацій(УКРНОІВІ) 確認日:2026-09-24 - Ukraine: Elements on the Lists of Intangible Cultural Heritageウクライナの7件
発行:UNESCO 確認日:2026-09-24
記載内容に誤りを見つけた場合は、訂正のご連絡からお知らせください。確認のうえ、訂正した内容と経緯を記事に記載します。





