8,193キロ先の国会へ、ゼレンスキー大統領が12分で語ったこと
2022年3月23日午後6時、ゼレンスキー大統領はオンラインで日本の国会議員に語りかけました。演説は12分。チョルノービリ原発の危険、侵攻28日目の被害、そして制裁の継続と復興への備えを日本に求めた中身を、衆議院が公表した和文の仮訳から読みます。
2022年3月23日(水)の午後6時、衆議院第一議員会館の国際会議室に、衆参両院の議員が集まりました。オンラインで演説したのは、ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領です。ロシアによる全面侵攻が始まってから28日目でした。
衆議院のインターネット審議中継の記録によれば、演説の時間は12分です。その12分で大統領が何を語り、日本に何を求めたのかを、衆議院が公表した演説文の仮訳から見ていきます。ゼレンスキー大統領の経歴はゼレンスキー大統領の経歴の記事にあります。
3週間前に、衆議院は決議をしていた
演説の前提として、日本の国会はすでに態度を示していました。衆議院は2022年3月1日の本会議で「ロシアによるウクライナ侵略を非難する決議」を可決しています。決議は、ロシアの行動を「武力の行使を禁ずる国際法の深刻な違反であり、国連憲章の重大な違反である」とし、次のように述べました。
本院は、ロシア軍による侵略を最も強い言葉で非難する。そして、ロシアに対し、即時に攻撃を停止し、部隊をロシア国内に撤収するよう強く求める。
「ロシアによるウクライナ侵略を非難する決議」(第208回国会、決議第3号、2022年3月1日 衆議院本会議)
決議は政府に対し、ウクライナにいる日本人の安全確保と、国際社会と連携して「制裁を含め、事態に迅速かつ厳格な対応を行」うことを求めていました。演説の冒頭で細田博之衆議院議長もこの決議に触れ、日本の議会は「ウクライナ及びウクライナ国民と共にあります」と述べています。
本会議ではなく、議員会館で
演説は、衆議院と参議院の本会議として開かれたものではありません。会場は衆議院第一議員会館の国際会議室と多目的ホールで、衆議院の発表は催しの名前を「ゼレンスキー・ウクライナ大統領による国会演説(オンライン)」としています。
細田議長の挨拶によれば、会場には山東昭子参議院議長、岸田文雄内閣総理大臣、海江田衆議院副議長、小川参議院副議長をはじめ、衆参両院の多くの議員が集まりました。審議中継の発言者一覧では、進行は次のとおりです。
| 開始時刻 | 発言者 | 所要時間 |
|---|---|---|
| 18時00分 | 細田博之 衆議院議長(挨拶) | 2分 |
| 18時02分 | ゼレンスキー ウクライナ大統領(演説) | 12分 |
| 18時14分 | 山東昭子 参議院議長(挨拶) | 4分 |
衆議院が公表した演説文は、ウクライナ大統領府のウェブサイトに載った英訳をもとに、衆議院事務局が作った和文の仮訳です。以下の引用はこの仮訳によります。仮訳の中の地名は当時の表記のままにしています(「チェルノブイリ」「ザポリージャ」「スムイ」など。この媒体ではチョルノービリ、ザポリッジャ、スームィと書いています)。日本政府が「キエフ」を「キーウ」に改めた経緯は地名の綴りの記事で扱っています。
8,193キロの距離から始まった
大統領は、両国の距離から話を始めました。
両国の首都は 8,193 キロメートルを隔てております。経路にもよりますが、平均すると、航空機で 15 時間を要します。しかしながら、自由に対する我々の感情、生存への希求、平和への希望に、いかほどの距離がありましょうか。
ゼレンスキー・ウクライナ大統領による国会演説(オンライン)、衆議院事務局による和文仮訳
続けて、2月24日に日本が「即座に支援のために駆けつけてくれた」ことに謝意を述べ、日本は「アジアにおいてこの立場のリーダーとなりました」と語っています。
原発と化学兵器
演説の前半で多くの言葉が割かれたのは、原子力発電所の危険でした。大統領はまず、1986年に事故が起きたチョルノービリ原発を説明します。事故の処理の過程で、立ち入りが禁じられた30キロ圏内の森林に、何千トンもの汚染物質やがれき、車両が埋められた。2月24日、その土地をロシア軍の装甲車が通り、放射性物質の塵を大気中に巻き上げた。ロシアはこの区域を、ウクライナの防衛軍への新たな攻撃に使っている。そういう内容です。
そのうえで、ウクライナには稼働中の原発が4つ、原子炉が15基あり、すべてがロシアの脅威にさらされていると述べ、ロシア軍が「ヨーロッパ最大のザポリージャ原発」をすでに攻撃したことを挙げました。スームィ州の化学工場への攻撃でアンモニアが流出したこと、サリンのような化学兵器による攻撃の可能性を警告されていること(仮訳では「シリアで起きたのと同様のこと」)、ロシアが核兵器を使った場合にどう対応するかを世界の政治家が議論すべきだということにも触れています。
仮訳の本文には、広島・長崎への原爆投下や、東京電力福島第一原子力発電所の事故を名指しする箇所はありません。サリンへの言及も、シリアの例として出てくるものです。
大統領が挙げた数字
演説には、その時点の被害の数字がいくつか出てきます。いずれも2022年3月23日の演説で大統領が述べたもので、この記事で別の資料と突き合わせたものではありません。
- ウクライナ軍は28日間、祖国を守っている
- ロシアはウクライナの平和な町に1,000発以上のミサイルを撃ち込んだ
- 数千人が殺され、そのうち121人は子どもである
- およそ900万人がロシア軍から逃れ、自宅を去ることを余儀なくされた
- ロシアはウクライナの交易路である海を封鎖した
日本に求めた五つのこと
演説の後半で、大統領は日本への具体的な求めを並べました。仮訳から拾うと、次のとおりです。
| 求めたこと | 仮訳の言葉 |
|---|---|
| 制裁を続けること | 「日本は、アジアで最初に、平和を取り戻すためにロシアに圧力をかけ、制裁を課すことに踏み切ってくれました。どうかこの取組を継続してください。」 |
| アジアの国々と一緒に情勢を安定させること | 「アジアの友好国と一丸となって情勢の安定化に取り組んでいただくことを求めます。」 |
| ロシアとの貿易をやめ、企業が撤退すること | 「資金がロシア軍に流れないよう、ロシアとの貿易を禁止し、ロシア市場から企業を引き上げる必要があります。」 |
| ウクライナの防衛軍を助けること | 「我が国、またロシア軍に対抗している我が国の防衛軍、兵士を助ける必要があります。」 |
| いまから復興を考え、新しい安全保障の仕組みをつくること | 「今から、ウクライナの復興について考え始める必要があるのです。」「その発展のためには日本のリーダーシップが不可欠なのです。」 |
国際機関についても、国連や安全保障理事会が機能しなかったと述べ、「改革が必要です。誠実さの注射が必要なのです」と語りました。新しい安全保障の仕組みは、既存の体制を土台にしては「絶対にできません」とし、いかなる侵略にも「予防的かつ強力に」対抗する新しい体制が要る、と訴えています。
オーディオブックの話で閉じた
演説の終わり近く、大統領は日本の文化に話を移しました。2019年、大統領に就任して半年ほどたったころ、妻のオレーナ氏が視覚障害のある子どものためのオーディオブックの制作に参加し、ウクライナ語で吹き込んだのが日本のおとぎ話だった、という話です。大統領はこれを、ウクライナの人々が日本の文化に寄せる関心の「ほんの一部」だと述べました。
仮訳の最後は、ウクライナ語と日本語でそれぞれ「ありがとうございます」と述べたことを示し、「ウクライナに栄光あれ!」「日本に栄光あれ!」で終わっています。演説のあと、山東参議院議長は、2019年の即位礼正殿の儀の際に大統領の訪問を受けたことに触れ、日本の国会議員も全力を尽くすと述べました。
その後
演説で求められた制裁は、その後も続き、復興については2024年2月19日に東京で「日・ウクライナ経済復興推進会議」が開かれました。会議で交わされた文書とその後の動きは東京で披露された56本の協力文書の記事に、日本とウクライナの関係の流れは日本とウクライナの年表にまとめています。
出典・参考資料
- ゼレンスキー・ウクライナ大統領による国会演説(オンライン)(令和4年3月23日。会場・議長挨拶と山東参議院議長の挨拶の要旨)
発行:衆議院 確認日:2026-09-24 - ゼレンスキー・ウクライナ大統領演説文(仮訳)(ウクライナ大統領府ウェブサイト掲載の英訳から衆議院事務局が作成した和文仮訳)
発行:衆議院 確認日:2026-09-24 - ゼレンスキー・ウクライナ大統領による国会演説(オンライン)の際の衆議院議長挨拶(出席者)
発行:衆議院 確認日:2026-09-24 - ウクライナ大統領国会演説(オンライン)2022年3月23日(発言者一覧・開始時刻・所要時間)
発行:衆議院インターネット審議中継 確認日:2026-09-24 - ロシアによるウクライナ侵略を非難する決議(令和4年3月1日 本会議で可決)
発行:衆議院 確認日:2026-09-24 - ロシアによるウクライナ侵略を非難する決議案(第208回国会、決議第3号。決議文)
発行:衆議院 確認日:2026-09-24 - 経済制裁措置及び対象者リスト(令和8年9月10日現在。ロシア関連の措置が継続していること)
発行:財務省 確認日:2026-09-24 - 日・ウクライナ経済復興推進会議を開催(週刊 経団連タイムス 2024年3月14日 No.3629)
発行:日本経済団体連合会 確認日:2026-09-24
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