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ウクライナの人・文化・社会・未来を、日本と世界につなぐ

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記事の分野

文化・歴史

料理、音楽、文学、工芸。ウクライナの文化と、その背景にある歴史。

  1. 文化・歴史/解説

    ほとんど台詞のない三人のコサック。アニメ『コサックたち』

    フライ、オコ、トゥルの三人のコサックが、粥を煮て、サッカーをして、花嫁を救い出す。1967年にキーウの撮影所で始まったヴォロディーミル・ダフノ監督のアニメーション『コサックたち』の作品一覧、資料で食い違う本数と最終作の年、編集台帳に残る言葉、撮影所の名前の移り変わりを、ドヴジェンコ・センターの資料と事典からまとめました。

  2. 文化・歴史/解説

    モルダヴァンカのギャング、ベーニャ・クリーク。バーベリ『オデッサ物語』

    ギャングの頭目ベーニャ・クリークが、20世紀の初めのオデーサの下町を舞台に動き回る。オデーサ生まれのイサーク・バーベリがロシア語で書いた短編の連作『オデッサ物語』の成り立ち、舞台になった地区モルダヴァンカ、主人公のモデルとされる人物、映画と日本語訳を、ウクライナの事典とYIVOのユダヤ百科事典からまとめました。

  3. 文化・歴史/解説

    仇討ちから罰金へ。キーウ・ルーシの法典『ルスカ・プラウダ』

    キーウ・ルーシの法をまとめた『ルスカ・プラウダ』は、原本がなく、1282年の写本をはじめ100を超える写本で伝わります。仇討ちを認めた短い版から、罰金に置き換えた長い版へ。成立をめぐる説、条文の中身、キーウ・ルーシのあとまで使われた経緯を、事典と校訂本からたどります。

  4. 文化・歴史/解説

    ヘーチマンの力を縛る16か条。1710年、ピリプ・オルリクの「憲法」

    1710年4月、ポルタヴァの敗戦で国を離れたコサックたちが、亡命先のベンデルで新しいヘーチマンとの取り決めを結びました。年3回の総会議、国庫と個人の収入の分離、役職の選挙。ウクライナで「ピリプ・オルリクの憲法」と呼ばれる文書の中身、2008年に見つかった原本、「ヨーロッパ最初の憲法」という評価の出どころを見ていきます。

  5. 文化・歴史/解説

    1932年10月、ハルキウの研究所がリチウムの原子核を壊した

    ハルキウ物理技術研究所は1928年に生まれ、1932年10月10日、加速した陽子でリチウムの原子核を壊す実験に成功しました。同じ年のケンブリッジの実験との関係、ランダウの理論部門、1930年代の逮捕、「中性子源」施設の2022年からの被害までを、事典とIAEAの発表でたどります。

  6. 文化・歴史/解説

    森のマウカ、川のルサルカ、家のドモヴィク。ウクライナの精霊たち

    ウクライナの民間伝承には、川辺で若い男を誘う水の精ルサルカ、森に住む娘の霊マウカ、家の炉を守るドモヴィクなど、多くの精霊が登場します。事典の記述をもとに、それぞれの姿と、キリスト教の祝日と重なって残った経緯、伝承を記録した民俗学者、文学に取り入れた作品をまとめました。

  7. 文化・歴史/解説

    1794年9月2日に港の工事が始まった町、オデーサと自由港の時代

    オデーサは、トルコの要塞があったハジベイに1794年、港として造り直された町です。碁盤の目の計画、リシュリュー公の統治、関税のかからない自由港の時代に、小麦の輸出で大きく育ちました。事典の記述と数字、自由港の期間の食い違い、2022年に「創建者たち」の記念碑が下ろされた経緯をまとめます。

  8. 文化・歴史/解説

    貴族と商人の寄付で1805年に開いた、ハルキウのカラジン大学

    ハルキウ国立大学は、1804年に設立が認められ、1805年に開学した、ロシア帝国が支配したウクライナの土地で最初の大学です。貴族と商人に寄付を説いた創設者カラジン、自治と検閲の揺れ、ウクライナ語の講義、名前の移り変わり、「最も古い」をめぐる書き方の違い、2022年からの被害をまとめます。

  9. 文化・歴史/解説

    ソ連ウクライナの首都だったハルキウと、デルジプロム

    1919年の末から1934年6月まで、ソ連のウクライナの首都はキーウではなくハルキウでした。首都の役所を集めるために建てられたのが、九つの棟を橋でつないだ「デルジプロム」(国家工業の館)です。首都の時代の始まりと終わり、建物の成り立ち、ユネスコの暫定一覧への記載と2024年の被害をまとめます。

  10. 文化・歴史/解説

    国の映画アーカイブ、ドヴジェンコ・センターの30年

    キーウのドヴジェンコ・センターは、1994年の大統領令で生まれたウクライナ最大の映画アーカイブで、2025年1月時点で6万2千点あまりのフィルムを預かっています。何を保管し、何を取り戻してきたか、2022年の「再編」命令と裁判がどう終わったか、2025年に国立の地位が与えられるまでをまとめます。