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ウクライナの人・文化・社会・未来を、日本と世界につなぐ

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日本とのつながり

日本での暮らしや文化交流、仕事を通じたつながり。

  1. 日本とのつながり/解説

    1920年、敦賀に着いた「未来派の父」。画家ブルリュークの日本の2年

    1920年10月、ハルキウ県生まれの画家ダヴィド・ブルリュークが船で敦賀に着きました。東京の「日本に於ける最初のロシア画展覧会」、小笠原での暮らし、日本の若い画家たちとの共著まで、約2年の足跡を当時の記録を調べた研究と百科事典からたどります。

  2. 日本とのつながり/解説

    大鵬の父から獅司、安青錦まで。相撲協会の記録に見るウクライナ

    昭和の横綱・大鵬の父は、ウクライナの村に生まれた人でした。2026年9月場所の時点で、ウクライナを出身地とする力士は前頭の獅司と大関の安青錦の二人です。日本相撲協会の記録と、大鵬の父をサハリンの公文書からたどった研究をもとに、3人の記録を並べます。

  3. 日本とのつながり/解説

    1929年、家族と東京へ。ピアニストのレオ・シロタ

    1928年に演奏旅行で来日し、翌1929年から1946年まで日本に住んだピアニスト、レオ・シロタ。東京音楽学校の名簿、当時の年鑑、研究者の論文から、生まれた町の書き方の違い、教えた生徒、日本を離れた日付の食い違いまでをたどります。

  4. 日本とのつながり/解説

    『羅生門』から『羊をめぐる冒険』まで。日本の小説のウクライナ語訳

    1971年、キーウで芥川龍之介の短編集が日本語からウクライナ語に訳されて出ました。1920年代のハルキウの日本研究から、物理学者で翻訳者のイヴァン・ジューブ、辞書をつくったイヴァン・ボンダレンコまで、日本の文学をウクライナ語にしてきた人たちを百科事典と図書館の目録からたどります。

  5. 日本とのつながり/解説

    年100万円を最長3年。日本財団のウクライナ避難民支援は2026年3月に終了

    日本財団は、日本に身元保証人がいるウクライナ避難民約2,000人に、1人年100万円の生活費を最長3年間給付しました。渡航費や住まいの準備金、帰国支援も合わせた給付は約53.8億円。事業は2026年3月31日に終わり、いまは新たに申し込めません。何を、誰に、どれだけ払ったのかを財団の報告書から整理します。

  6. 馬蹄形の演壇と、ノルウェーの壁画を背にした国連安全保障理事会の議場。円卓には15の理事国の席が並ぶ

    日本とのつながり/解説

    侵略した国が拒否権を持つ安保理で、日本は2年間何を言ったか

    2022年2月25日、ロシアは自国に撤退を求める安保理の決議案を拒否権で葬りました。日本はその年に非常任理事国に選ばれ、2023年から2年間、安保理の議場でロシアの侵略を非難し続けました。安保理がウクライナについて最初の決議を採択したのは、任期が終わった後の2025年2月でした。国連と外務省の記録から、日付順にたどります。

  7. 日本とのつながり/解説

    給与は183日、退職年金は住む国で。日本・ウクライナの新しい租税条約

    日本とウクライナの新しい租税条約は2025年8月1日に発効し、2026年1月から税の計算に使われています。1986年のソ連との条約を全面的に改めたもので、給与の183日の数え方が変わり、教員の2年免税はなくなりました。居住者の決め方、年金、学生、二重課税の外し方を条文に沿って読みます。

  8. 霧の中、旧ソ連製の移動式ミサイル発射機とミサイルサイロの丸い蓋が並ぶ、戦略ミサイル軍博物館(ウクライナ・ペルヴォマイシク)の屋外展示

    日本とのつながり/解説

    核兵器が残る新しい国と、日本はどう国交を結んだのか

    日本がウクライナを国家として承認したのは1991年12月28日、外交関係を開いたのは翌年1月26日です。当時のウクライナには旧ソ連の戦略核兵器が残っていました。国会の議事録と外交青書から、承認のときに日本が求めたこと、キーウに大使館が開くまでの1年、核兵器の廃棄への協力、1995年の大統領来日までをたどります。

  9. 日本とのつながり/解説

    クリミアは2014年、4州は2022年。日本はどちらの「併合」も認めていない

    ロシアは2014年にクリミアを、2022年にウクライナ東部・南部の4州を自国に「編入」すると一方的に宣言しました。日本政府はそのたびに外務大臣談話で認めないと表明し、国連総会ではどちらの決議にも共同提案国として加わって賛成しています。談話の文言と国連の議事録から、日本の立場を確かめます。

  10. 日本とのつながり/解説

    ブチャで40分、首脳会談は2時間40分。岸田首相のキーウ訪問

    2023年3月21日、岸田文雄首相はゼレンスキー大統領の招待でウクライナを訪れ、キーウ郊外のブチャで献花したあと、約2時間40分の首脳会談に臨みました。両国の関係は「特別なグローバル・パートナーシップ」に格上げされ、このとき調整開始で合意した情報保護協定は2025年6月に発効しています。外務省の記録から、その一日とその後を追います。