テーマ
文化遺産と博物館
ユネスコの世界遺産・無形文化遺産、国の目録、博物館の収蔵品。何が、どう守られてきたかを扱う記事です。
記事36本
-

歌い出す人と高い声がいないと歌えない、ドニプロペトロウシク州のコサックの歌
一人が歌い出し、もう一人が高い声で旋律を導き、残りの人が中と低い声で支える。ドニプロペトロウシク州の村の合唱団が歌うコサックの歌は、2016年にユネスコの緊急保護一覧に載りました。担い手の年齢、声の役割、緊急とされた理由、2020年の報告の中身を、申請書と決定から読みます。
-

碑にユダヤ人と刻まれなかった谷、キーウのバビン・ヤール
1941年9月29日と30日、占領下のキーウの谷バビン・ヤールで、ナチス・ドイツの部隊がユダヤ人を銃殺しました。殺害は2年続き、戦後のソ連は1976年に建てた碑でユダヤ人に触れませんでした。数の出どころ、独立後の保護区、2022年3月1日のロシアのミサイル攻撃までをたどります。
-

16棟のうち8棟がウクライナに。カルパティアの木造教会
丸太を水平に積み、屋根と壁を木のこけら板で覆ったカルパティア山地の木造教会「ツェルクヴァ」。2013年にポーランドと共同でユネスコの世界遺産に記載された16棟のうち、8棟がウクライナにあります。四つの建築の型と8棟の顔ぶれ、2024年の報告が書く戦時下の保全の課題をまとめます。
-

バラは女性、チューリップは男性。クリミア・タタールの文様オルネク
クリミア・タタールの人々が刺繍や織物、陶器、銀細工に使ってきた文様オルネクは、図柄の一つ一つに意味があり、並べると物語のように読めます。2021年にウクライナの申請でユネスコの無形文化遺産に記載された文様の中身と、ロシアの占領下にあるクリミアで受け継ぐ難しさをまとめます。
-

緑と黄が「涙」のように流れる、コシウの彩色陶器
ウクライナ西部、フツル地方の町コシウでは、白い化粧土をかけた器に金属の棒で線を刻み、緑・黄・茶で彩る陶器が作られてきました。2019年にユネスコの無形文化遺産の代表一覧に記載されたこの伝統の作り方、描かれてきた図柄、名前の残る陶工、いまの担い手をまとめます。
-

猫の毛の筆で下絵なしに描く、ペトリキウカの花の装飾画
ドニプロペトロウシク州の町ペトリキウカで育った装飾画は、農家の白壁の絵から始まり、紙の上の一枚の絵になりました。猫の毛の筆で下絵を描かずに花を置いていく技法は、2013年12月にユネスコの無形文化遺産の代表一覧に記載されています。ウクライナの要素として最初の記載でした。筆づかい、空想の花、描き手たちをまとめます。
-

「世は私を捕えようとした、だが捕えなかった」哲学者スコヴォロダ
500フリヴニャ紙幣の肖像の人物、フルィホリー・スコヴォロダ(1722〜1794年)は、学院の職を解かれたあと25年にわたって各地を歩き、友人のもとで詩や対話を書いた哲学者です。生涯と著作、「生まれつき合った仕事」の考えを事典からたどり、生誕300年の2022年にロシアのミサイルで壊された博物館の記録をまとめます。
-

1011年か1037年か。キーウの聖ソフィア大聖堂が建った年
キーウの聖ソフィア大聖堂は、ヤロスラウ賢公の時代に建てられ、11世紀のモザイクとフレスコを今に残しています。ただし建った年は、1037年とする事典と、2011年に創建1000年を祝ったウクライナ政府とで26年違います。バロックの外観の由来、1934年の博物館化、2023年の危機遺産入り、2025年の損傷までをたどります。
-

焼けた博物館から運び出された14点、画家マリア・プリマチェンコ
キーウ州の村で空想の動物や花を描き続けた画家マリア・プリマチェンコ。全面侵攻の直後、その作品を収めたイヴァンキウの博物館が焼け、職員と住民が運び出した14点が2022年9月にキーウで公開されました。生涯と作品、ユネスコが関わった生誕100年、博物館の再建計画をまとめます。
-

みんぱくが所蔵するウクライナの刺繍と衣服は、ソ連の時代に来た
大阪の国立民族学博物館(みんぱく)の標本資料目録を「ウクライナ」で引くと120点が出てきます。刺繍の入ったシャツ、帯、タオル、エプロン。119点の地域欄は「ソ連 ウクライナ」で、104点は1981年度にまとめて受け入れられました。目録の外にあるバンドゥーラやチョルノービリの勲章も含め、データベースの記録をたどります。
-

旅をした目の見えない歌い手コブザールと、楽器バンドゥーラ
ウクライナの民族楽器バンドゥーラは、フレットがなく1本の弦で1つの音を出す楽器です。この楽器で叙事詩を語り歩いたコブザールは帝政ロシアとソ連の双方で弾圧され、伝統は1930年代に途絶えかけました。2024年、その伝統を守る取り組みはユネスコに選ばれています。
-

ウクライナの保護区に残る、耕されなかった草原と28の湖
ウクライナ南部には耕されたことのないステップが、西端のカルパティアにはブナの原生林が、北西のポリーシャには湖と泥炭湿地が残っています。その中心となる自然保護区は、観光地ではなく研究の場として設けられています。生物圏保存地域とラムサール条約湿地の記録から、何が守られ、そこで何が調べられているのかをたどります。
-

ウクライナの食卓──ボルシチのユネスコ記載と、地域で変わる料理
ボルシチのユネスコ記載は、代表一覧ではなく「緊急に保護する必要がある無形文化遺産の一覧」への記載です。穀物の粥、パスカの東西の形、地方ごとの料理のまとまり、酒と豚肉の加工品まで。由来や発祥の説明で裏づけの取れないものは、記事末尾にまとめています。
-

ウクライナの街と世界遺産
キーウ、リヴィウ、オデーサ、ハルキウ、ドニプロ。ユネスコの世界遺産8件と、そのうち危機遺産リストに載った3件、無形文化遺産7件、そして2026年7月29日時点で545件と確認された文化財被害。ウクライナの街と文化遺産を、ユネスコの公表資料からたどります。
-

ピサンカ──蜜蝋で「書く」ウクライナの卵と、2024年のユネスコ記載
2024年12月、ユネスコの代表一覧に記載されたのは、ウクライナとエストニアの共同申請による「ピサンカ、卵を飾るウクライナの伝統と技芸」でした。辞書と博物館はこの卵をどう呼び分けるのか。「この模様はこういう意味」という解読に、ウクライナの研究者はどんな警告をしているのか。残っている最古の手がかりは、卵ではなく12世紀の焼き物です。
-

ヴィシヴァンカ──地域で違う刺繍と、十九世紀末に入った柄
ウクライナの刺繍シャツ「ヴィシヴァンカ」は、地域ごとに技法も色も違います。いま「伝統的」として並ぶ柄には、十九世紀末に石けんの包み紙から来た十字刺しも混じります。模様の意味として語られる説明は、資料でどこまで裏づけられるのか。国の一覧とユネスコの一覧でどう扱われているかも見ます。